第13話 夕食
「遅くなっちゃったね」
帰り道。
すっかり日が暮れた道を僕らは歩く。
小鳥遊さんと勉強を始めて今日で一週間。
明日はもうテストなので、こうして小鳥遊さんと過ごす時間は終わりになる。
「ありがとね、鈴原」
「何が?」
「この一週間、付き合ってくれて」
「別にいいよ。僕も家でやるより勉強出来たし」
既に校舎に人影はなく、歩いているのは僕達二人だけだった。
流れで何となく一緒に帰っているが、よくよく考えれば少し前までは、小鳥遊さんとこうして一緒に帰る事になると思ってもみなかった。
「鈴原は電車通学だっけ」
「そうだよ」
「私は学校から歩いて10分くらい」
「近いんだね」
「まぁそんなもんじゃない? 鈴原こそ、わざわざ電車通学なんて珍しいね。うちの高校、そんなに遠くから通うようなとこでもないと思うけど」
「それは……」
少しだけ言葉に詰まる。
別に隠している訳ではないが、僕が電車通学までして今の学校に通うのには理由があった。
それは、僕のこの赤い糸を視る体質に関わっている。
ただ、あまり愉快な話ではない。
せっかく楽しく会話してるのに、水を差してしまう気がした。
ちょうどその時、タイミング良く小鳥遊さんのお腹が鳴る。
「あぁ、お腹減ったぁ。今日うち誰もいないんだよね。なんか食べて帰ろっかな」
「今から外食って、遅くならない?」
「でも家に何もないし。私、料理もしないからさぁ」
「普段はどうしてるの?」
「ウーバーかファーストフード」
モデルなのによくそれで体型維持できるな、とは思ったが黙っておく。
ただ、あまり良い食生活ではなさそうだ。
「あのさ」
「うん?」
「もし小鳥遊さんが嫌じゃなければ、一個提案なんだけど」
◯
「ただいま」
「お、お邪魔します」
我が家の玄関に、緊張した声が広がる。
小鳥遊さんが玄関に立っていた。
ひどく緊張した様子で、表情が硬い。
「大丈夫だよ。今、妹しかいないから。母さんはもう直ぐ帰ってくるから、とりあえず上がって」
「し、失礼しましゅ」
噛み噛みの回らない呂律で、小鳥遊さんは靴を脱いだ。
先ほどまでのローファーではなく、普通のスニーカーだ。
彼女は一度家に帰って着替えていた。
こうなったのには訳がある。
僕は家で家族の分の食事を作らねばならない。
とは言え小鳥遊さんの食生活を放っておくのも気がかりだ。
だから声を掛けた。
……と言うのは、建前かもしれない。
あの時、家で一人だと言った小鳥遊さんは、僕にはどこか寂しそうに見えたのだ。
だから、放っておきたくなかった。
母に確認したら、帰りは送ってくれると言うし、問題はないだろう。
「へっ? 鈴原の家に? 私が?」
「嫌じゃなければ、だけど」
「へぅ……」
あの時、僕が食事の提案を小鳥遊さんにすると、彼女は何だか妙な声を漏らした後。
「じゃあ、お願い、しましゅ……」
と、呂律の回らない口調で、僕の誘いを受け入れた。
気持ち悪がられるかと思ったけど、意外にも、小鳥遊さんは嫌な顔一つしなかった。
一度荷物を置きに帰ると言う彼女につき添い、小鳥遊さんの家へと向かう。
我ながら突飛なことをしたなとは思う。
お弁当の時も、今日だって。
すこし踏み込みすぎた提案をしてしまっている自覚はあった。
普通の友人関係なら、まずやらないような提案だ。
でも、どうしてだろう。
僕は小鳥遊さんを放っておけなかった。
そして小鳥遊さんは、それを受け入れてくれる。
「ちょっと待ってて、荷物置いてくる」
「ん」
小鳥遊さんの家は大きなタワーマンションで、玄関がオートロックの立派な家だった。
お金持ちの娘、と言う感じだ。
「普段からここに一人なのか……」
立派で過ごしやすそうな家だけれど。
こんな場所に一人だと、寂しいだろうな。
何となく、そんな気がした。
そして現在に至る。
僕たちが玄関で話してると「お兄ちゃん、遅い。お腹減ったぁ」とぶつぶつ文句を言いながら妹なヒナが顔を出す。
「早くご飯――」
ヒナはそこまで言いかけて、言葉を止める。
そして驚愕の表情で目を見開いた。
「おおおお兄ちゃん!? そそそ、そちらの方は!?」
「あ、うん。クラスメイトの小鳥遊さん。以前会ったと思うけど」
「こ、こんばんは」
「ほ、本物だぁ! 本物のモデルさんだぁ!」
ヒナは慌てた様子で奥のリビングへと駆けていく。
取り残された僕と小鳥遊さんは、互いに顔を見合わせて少し笑った。
「……ごめんね、うるさくて」
「別にいいよ。可愛いじゃん」
リビングに入ると何やらガサガサと探していたヒナが「あった」と声を出し、手に持っていた物を小鳥遊さんに差し出した。
「あ、あの、これ!」
ヒナが手に持っていたのは、雑誌の『juju』だった。
「私、この『juju』すごく好きで、いっつもお小遣いで買って読んでるんです! それで、その、この表紙の人ってもしかして……」
「あ、うん。私……」
「ひぇぇ! やっぱりそうだ! すごい! ファッションモデルさんって、普段何食べてるんですか!?」
「や、私は専属じゃなくて、読者モデルみたいなもんだし」
「読者モデルって応募でなるやつですよね!? 表紙飾れるんですか!?」
「何か成り行きでって言うか、たまたま機会が巡ったっていうか……」
「成り行き!?」
何やら盛り上がっている。
その光景を微笑ましく感じて、僕は特に止めもせず食事の準備を始めた。
食材は帰ってくる前に小鳥遊さんと買っておいた。
カレーだ。
スーパーで既に切られた野菜が売られているので、肉を炒めて適当に煮込めば作れる。
「ただいまぁ。ごめんねー、遅くなっちゃった。良い匂いねぇ。今日はカレー?」
作ってるうちに母が帰ってきた。
その声を聞いて、小鳥遊さんが立ち上がる。
「おおお世話になります! す、すす、鈴原くんのクラスメイトの小鳥遊でし!」
「あらあら、これはどうもご丁寧に。鈴原の母の鈴原です。わぁ、あなた背が高いわねぇ」
「小鳥遊さんはモデルさんなんだよ!」
「あらぁ! すごいわねぇ」
「すすす、すごいだなんてそんな!」
母と妹に囲まれてあたふたしている小鳥遊さんは、何だか面白かった。
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