第9話 食堂

 僕と隣の席の小鳥遊さんは、運命の赤い糸で結ばれているらしい。


 今まで見えていなかった、自分自身の赤い糸。

 それが見えるようになってから、小鳥遊さんとの交流が増えている。

 ただ、これが運命の赤い糸の効能化と言われれば、正直疑問だ。


 左手小指から伸びている赤い糸は、今日もほのかな紅い光を放っている。


 昼休み、学校の食堂。

 毎日大勢の生徒が楽し気に食事する中で。

 一人でぼっち飯をしている男がいる。

 僕である。



「これお金。余ったら返しなさい」

「わかった」



 そうやって今朝、母親から渡された昼食代をかつ丼定食に変え。

 僕は食堂で一人、飯を貪っているいうわけだ。


 我が家では普段、お弁当は僕が作っている。

 だが昨日は夜更かししてしまい、不覚にも起きることが出来なかったのだ。

 失敗したな……と思う反面。

 どのみちぼっち飯をすることに変わりはないので、まぁいいかとも思う。


 昼休みの食堂はよく混む。

 テーブル席のど真ん中で座って食べようものなら、絶妙に集団で座るのを邪魔する存在となり、邪険に扱われてしまうだろう。

 その中で、窓際の端にある一人掛けの席が確保できたのは幸運だった。


 今まで学食は利用してこなかったが、実際食べてみると案外おいしい。

 そんな感じで僕が一人かつ丼のうまさに感動していると。

 ふいに食堂内にざわめきが走った。


「おい、あの子誰だよ」

「二年じゃね?」

「背高ぇ……」

「あの人キレー……」


 男女問わず賞賛の声が聞こえてくる。

 気になって視線を向けてみると。


 お盆を持った小鳥遊さんが歩いていた。


 何かを探すように、キョロキョロと周囲を見回している。

 なんだか不安そうで気になる。


「小鳥遊さん」


 放っておけず、つい傍を通る彼女に声を掛けてしまった。

 声を掛けてから一気に注目が集まり、「しまった」と内心思う。


「あの人が彼氏?」

「友達じゃない?」

「地味だしな」

「陰と陽、光と影、相反たることわりの如し組み合わせよ」


 小鳥遊さんに向けられていた評価の目が、途端にこちらに向けられる。

 一人なんか世界観がおかしい奴が居た気もしたが、気にしてはならない。


 そもそも、僕と彼女は生きる世界が違うのだ。

 うかつに声なんてかけるべきじゃなかった。

 最近よく話すから、慣れてきてたのかもしれない。


「……鈴原!」


 意外にも、小鳥遊さんは僕を見て一瞬嬉しそうな笑みを浮かべた。

 そして、すぐに気を取り直したように、ゴホンと咳払いしてこちらに歩み寄る。


「あ、あんたもここで食べてたんだ」


「小鳥遊さんは、誰か探してたの?」


「別に……。席探してただけ」


「一人なの? 黒咲さんとか、いつもの人たちは?」


「常に一緒なわけじゃないし」


 僕はそっと周囲の席を見渡す。

 一人で座れそうな空席は、どこにも見当たらない。


 僕の隣以外は。


「じゃあ、一緒に食べる?」


「はっ? なんで!?」


「いや、隣の席空いてるから……」


「ぐぬぬぬ……」


 彼女はしばらく何やら迷った様子を見せた後。

 やがて、静かに席に着いた。


「べ、別にあんたと食べたいわけじゃなくてたまたまこの席が空いてたから座っただけだし」


 なんかツンデレみたいなこと言ってる。


 いつも隣の席にいる彼女だが、こうして食堂で隣合わせになるのは中々新鮮だ。

 あと、何も話さないといつも以上に気まずい。

 まだ静寂は僕らに味方していない。


「小鳥遊さん、あんまり食堂使わないの?」


「いつもは購買のパン。今日は買えなかっただけ」


「じゃあ、他のクラスの子と食べてるんだ。この間の人とか」


 先日教室に来ていたモエカと言う女子のことを思い出す。

 小鳥遊さんも気づいたのか、少しだけ気まずそうな表情をした。


「……そうだけど。あの時のことは忘れろって言ったじゃん」


 そう言えばそんなこと言われてたな。

 とは言え、あれだけ印象的な出来事を忘れるのは無理だ。


「小鳥遊さん、よく四人で一緒にいるよね。黒咲さんとか」


「みんな中学からの付き合いなんだ。私、あんまり友達いないから」


「へぇ……」


「浅い友達はそれなりに居るんだけど、まともに話せる人が少ないっていうか。なんか勝手に周りから距離置かれるんだよね」


 意外……でもないのか。

 普段、塩対応のイメージがある小鳥遊さんは、少し冷たい印象がある。

 本当はそんなことないと思うが、この派手な容姿に読者モデルという経歴だ。

 なんだか近づき難い部分はあるのかもしれない。


 実際、思い返すとオシャレ意外の話題で話しかけられている印象はない。

 男子も、友達として彼女に話す人はいなさそうだ。


「お母さんはお弁当作ってくれないの?」


「うちほとんど親が仕事でいないから」


「へぇ……」


「そう言えばあんたこそ、いっつもお弁当じゃなかったっけ」


「よく見てるね」


「う……別に、隣の席だから見えるだけであって、普段から意識的に見ているわけではないというか、特に下心があったり、なんか話しかけるタイミング伺ったりとか、そう言うんじゃないから勘違いしないでほしいというか」


 めちゃくちゃ喋るなこの人。

 その様子が何だか面白くて、自然と笑みが浮かぶ。


「今日は起きれなかったから作れなかったんだ」


「あんたのおばさん、寝坊したの?」


「いや、僕が寝坊した」


「自分でお弁当作ってるってこと?」


「そうだよ」


「へぇえ……」


 彼女は目を丸くする。


「うち片親で、母さんも仕事で忙しいから。妹と僕と母さんの分のお弁当は僕が作ってる」


「偉いね。お弁当かぁ……いいなぁ」


「小鳥遊さんも作ってみたら?」


「私には無理だな。朝弱いし。料理もしたことないから」


「料理って言っても、せいぜい混ぜて焼くくらいだし、朝時間がないなら前日の夜に作っておいてもいいし、僕も大半は冷凍食品を突っ込んでるだけだよ」


「それでも! 何かそう言うのって、あんまり続かないんだよね私。自分で消費することが目的だと、甘えが出ちゃうって言うか」


「なるほど……」


 彼女の言っていることは分からないでもない。

 僕も母や妹の分がなければ続いていない気がしたからだ。


「でも鈴原のお弁当かぁ、いいなぁ……」


 小鳥遊さんは羨むように呟く。

 その言葉が、妙に引っかかった。

 どうやら小鳥遊さんは、お弁当そのものより『鈴原のお弁当』を羨んでいるらしい。


「……小鳥遊さんのお弁当も作ろうか?」


「はっ!? はぁーっ!?」


 彼女はガタリと立ち上がり、周囲の視線を感じるとすごすごと座りなおした。

 なんとなく言ったものの、さすがに踏み込みすぎたか。


「ごめん、さすがに迷惑だね」

「迷惑とか……! じゃ、ない……」


 彼女はほぼほぼ満タンだった水を飲み干すと「ぶはぁ!」と息継ぎする。


「その、急だったから、驚いただけ。でも、何で?」


「いや、『鈴原のお弁当いいなぁ』って言うから……」


「えっ! 声に出てた!?」


「うん」


「うぅぅぅぅ……」


 彼女は小さくうなり声をあげると、探るような視線をこちらに向ける。


「でもお弁当が増えるんの、負担でしょ」


「そんなに変わらないよ。ただ、よく考えたら男の手作り弁当を渡されるのは気持ち悪いね」


「そんなことない!」


 被せ気味に言われる。


「その、私もお弁当いいなって思ってたしさ……。だから、その、よろしくお願いします」


 彼女の顔は真っ赤だった。

 僕は頷く。



「あ、でも食材費はちゃんと払うから!」


「わかった。じゃあ明日から作ってくるね。受け渡しはどうしようか。教室だと目立つし」


「あの……さ」


 彼女はそこで、僕の服の袖をちょいとつまんだ。


「せっかくだから一緒に食べようよ」


 その顔は真っ赤だった。

 額から汗も出ている。

 暑いのだろうか。


 思わぬ小鳥遊さんの提案だったが。

 なんだかそれが嬉しく感じる。


「うん。じゃあ、一緒に食べよう」


 僕は思わず、笑みを浮かべた。

 そんな僕の顔を、吸い込まれたかのような瞳で彼女が見てくる。


「あの、小鳥遊さん?」

「あっ、わわ、なんでもない!」


 彼女はプイとそっぽを向くと、うどんをすすった。


「鈴原のお弁当か……」


 そして彼女は笑った。


「楽しみだね」


 赤い糸が、いつもより強く輝いている気がした。


 僕と隣の席の小鳥遊さんは。

 運命の赤い糸で結ばれているらしい。

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