第6話 幼馴染み

 今日も僕と隣の席の小鳥遊さんは運命の赤い糸で結ばれているらしい。


 赤い糸は小鳥遊さんが近くにいるほどよりハッキリと見え。

 小鳥遊さんが遠くにいるほど薄くなる。


 どう言う原理で成り立っているのかはわからない。

 ただ、その糸は今日も、神秘的な赤い色彩を浮かべている。


 放課後の図書室。

 図書委員の仕事を終え、僕はそっと部屋の中心にあるテーブルにつく。


 放課後の図書館は静かだ。

 この時間帯は誰も図書室には来ない。

 どこか遠くの、部活動の声だけが響いているのを感じる。


 時刻は現在17時。

 委員の仕事は17時半までだが、他の図書委員は大体17時には帰ってしまう。

 だが僕はいつも18時までは残り、本を読んでいる。

 家に帰っても特にやることがないからだ。


 同級生たちがやっているソシャゲや動画を、僕はチェックしていない。

 ファッションにも疎いし、ついていけるのはせいぜいマンガくらい。


 取り柄だとか、個性だとか、強みだとか。

 そうしたものを僕は持っていない。

 無個性であることを気にはしていないが、たぶんつまらない人間だろうとは思う。


 ただ、同じ年の友人と遊ばない自分の生活に、劣等感を抱いたことはない。

 こうして一人で過ごす時間も、案外好きだ。


 それに最近は、小鳥遊さんと話すようになり、少しだけ学校が楽しく感じる。


 もちろん、彼女と僕とは違う世界の人間だ。

 でも、それでいいんじゃないかと思う。


「運命の赤い糸か……」


 この糸が切れるのを、僕は見たことがない。

 ただ一つ言えることとして、僕と小鳥遊さんが結ばれるビジョンは、あまりに現状とかけ離れていてイメージがわかない。


 彼女のことを知ってみたいと思って、ここ最近話すようになったけれど。

 いまだに僕らの赤い糸が結ばれているのは、何かの間違いじゃないかと思ってしまう。


 茜色の夕陽が窓から差し込み、薄暗い図書室内を照らす。

 照明をつけていないのはわざとだ。

 なんとなく、この薄暗さが僕は好きなのだ。


「あれぇ? 鈴原くんじゃーん」


 急に、間延びしたのんびりとした口調で話しかけられる。

 見るとすぐそばに女子が立っていた。


「黒咲さん」


 同じクラスの黒咲カオリさん。

 小鳥遊さんと仲が良い、色黒のギャルだ。


 どこか母性的な人で、むっちりとした体型は男子人気があるらしい。

 キツイ印象のある小鳥遊さんと違って、彼女は分け隔てなく人と話す。

 オタクに優しいギャル、と言うやつだろうか。


「鈴原くん、なにやってるのぉ? こんなトコで」


「図書委員の仕事だよ」


「夕焼け眺めるのが仕事?」


「誰もいないから休んでただけ」


「そうなんだぁ。相変わらず超塩じゃーん、ウケる」


「ウケる……?」


 ウケるようなことを言ったつもりはないのだが。

 独特の感覚なのだろうけれど、正直よくわからない。


「黒咲さんこそ、図書室に来るの珍しいね」


「別にぃ? ちょっと借りてた本返しに来ただけだよぉ? で、カウンターに人いなかったから探してただけぇ」


「あ、そうなんだ、ごめん」


 自分が図書委員であることを一瞬失念していた。

 カウンターに戻り、黒咲さんから本を受け取る。

 室町時代の歴史に関する資料だった。

 失礼かもしれないが、何というか意外だ。


「歴史とか好きなの?」


「好きなように見える?」


「見えない」


「アハハ、ウケる」


 また『ウケる』。

 どう返したらいいか分からずにいると、彼女はにんまりと笑みを浮かべる。


「ほらぁ、この前、日本史の発表あったでしょ? テーマ別のやつ。あれで使ったんだぁ」


「へぇ……」


「意外? 勉強しそうにないのにって」


「そう言うわけではないけど」


「ウチ、見た目がこんなだからさぁ、勉強しとくと有利なんだよねぇ。ギャップ? っていうのかなぁ。勉強出来ると素行良くみられるの。だから授業はちゃんと受けるんだぁ」


「結構、計算して動いてるんだね」


「まぁねー」


 本のバーコードをパソコンに接続したスキャナーで読み込み、返却の項目に数字を入力する。

 うちの高校は図書の管理をこのようなデータ形式で行っている。

 昔はカードでやっていたみたいだが、資源の無駄だし手間だということで廃止されたらしい。


「返却完了したよ」


「ありがとー。ねぇ、鈴原くんは好きな女の子とかいないのぉ?」


 予期していない質問に思わず眉をひそめる。


「……急に何」


「んー? なんでも。ちょっと気になってぇ。だって鈴原くんの生体謎だらけだもんねぇ」


「人をUMAみたいに言わないでよ」


「で、いるのぉ?」


「答えなきゃダメ?」


「別にぃ? でもそういう風に言うってことは、気になってる人はいるんだぁ?」


 のんびりした話し方の割に鋭い。

 小鳥遊さんが普段良いように扱われている理由が何となくわかった。

 僕が黙っていると、「ごめんねぇ」と察したように黒咲さんが言う。


「ついつい踏み込んじゃった」


「別に気にしてないよ」


「そっかぁ」


「じゃあ代わりに、僕からも質問していい?」


「なにー?」


「黒咲さんと小鳥遊さんって仲いいよね」


「うん。小学校のころからの付き合いだよぉ」


「小鳥遊さんって関西の人なの? たまに関西弁になるんだけど」


 すると黒咲さんは一瞬キョトンとした後。

 クックックと愉快そうに笑いだした。


「何で笑ってるの」


「アハハ、だってぇ、ミナミ関西弁なの隠してるのに、バレちゃってんだもん」


 何やらツボにハマったらしい。

 黒咲さんはしばらく笑った後、「あー、おかしかったぁ」と呼吸を整えた。


「ミナミはねぇ、関西出身なんだぁ。小学校まで大阪で生活してたんだってぇ」


「東京にはいつから?」


「んーっと、うちらが高学年のころ? 五年生くらいだったかなぁ」


「二人はすぐに仲良くなったの」


 すると彼女は「んーん」と首を振った。


「ほらぁ、ウチとミナミって系統違うじゃん? だから、最初はあんまり仲良くなかったんだぁ。でも、ウチがある日、男の子に告白されちゃて。それがクラスのリーダーっぽい女の子の、好きな人だよねぇ。そのせいで目をつけられちゃって。そん時、ミナミが助けてくれたんだよ。あん時のミナミカッコよかったなぁ」


 黒咲さんは少しだけ遠い目を浮かべる。


「ミナミ、不器用だし、めっちゃ怖い人に見えるけどね。とっても優しいんだぁ」


 その言葉に僕は頷いた。


「分かるよ」


「分かるの?」


「うん。何となくだけど。悪い人じゃなさそうだなって」


「よく見てるじゃーん」


 黒崎さんは少しだけ嬉しそうに笑うと、いたずら小僧のように僕を覗き込んだ。


「鈴原くんも、案外良い人だね」


「そうかな」


「うん。暗い人なのかなって思ってたけど、フラット? って言うか。案外クール系なのかなぁ? ミナミのお気に入りなの、何となくわかったかもぉ」


「へっ?」


 驚いて彼女を見ると、黒咲さんの首根っこが不意に誰かに掴まれる。


 小鳥遊さんだった。

 ワナワナと口を震わせながら、顔を赤くしている。


 怒った視線を向けられ、黒咲さんはヘビに追い詰められたネズミのように顔をこわばらせた。


「どこにも居ないと思ったら……何いらんこと言ってんの……」


「あ、えーとミナミ? いつからそこにぃ?」


「『鈴原くんも、案外良い人だね』から」


「あ、アハハハハ、なるほどぉ?」


「いいから行くよ! ほら早く! 今すぐ!」


「ちょっと待ってぇ! 引きずらないでぇ! 鈴原くん、待たねぇ」


「あ、うん、さよなら……」


 小鳥遊さんに引きずられていく黒咲さんを見送る。

 すると不意に小鳥遊さんが頬を赤くしたまま、こちらをギロリと睨んだ。


「鈴原、今の忘れて! 何でもないから! んじゃ!」


 そして小鳥遊さんと黒咲さんは図書室から去って行った。

 静寂が再び図書室に満ち、僕は何となく夕陽を眺める。


 小鳥遊さんの顔、夕焼けみたいに赤かったな。


 僕と隣の席の小鳥遊さんは。

 運命の赤い糸で結ばれているらしい。


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