第3話 友達

 隣の席の小鳥遊さんと僕は、運命の赤い糸で結ばれているらしい。


 左手小指から伸びる毛糸のような不思議な赤い糸。

 触れることも解くことも出来ない糸は、隣の席の小鳥遊さんと繋がっている。



 今日も休み時間のチャイムが鳴り、僕はぐったりと机に突っ伏した。


 ゴリゴリの文系の僕にとって、数学の授業は地獄だ。

 だから大体、休み時間になるころにはくたびれ果てている。


 救いなのは、こう言う時に話しかけてくる人がいないことだ。

 楽しくおしゃべりする気分にはとてもなれない。


 高校二年になるが、僕には友達らしい友達がいない。

 寡黙な人間だと思われているのもあるが。

 それ以前に、自分から人に話しかけることがあまりないのだ。


 そんな僕が唯一話しかけるのが、小鳥遊さんだった。


 好きだから……ではないと思う。

 女性として気になるから……でもない気がする。


 この糸だ。

 急に見えるようになった運命の赤い糸が小鳥遊さんに伸びているから、妙に気になってしまうのだ。

 こんなに僕と正反対な人に、どうして結ばれているのだろうかと。


 小鳥遊さんと僕とでは、生きる世界が違う。


 彼女はギャルで美人で二年の有名人。

 一方で僕は空気が服を着て歩いている存在。

 以前順番に生徒を当てていた先生が僕だけ飛ばしたほどには存在感がない。

 ……まぁ、あまり気にしてはいないのだが。


 とにかく、僕と小鳥遊さんは生きる世界が違う。

 その証拠に、ほら。



「小鳥遊、今日みんなでカラオケ行くんだけど、お前も来ねぇ?」



 彼女の席には、休み時間になるとこうして他クラスからわざわざ男子が声を掛けに来るのだ。


「ほら、駅前のあの新しく出来たとこ。お前入れたらちょうど六人なんだよ。男女三対三。な、悪くないだろ」


「合コンじゃんそれ」


「いいじゃん。新しいクラスになってさ、他クラスの奴らと交友深めるのも悪くないだろ」


 ずいぶん熱心に誘っている。

 小鳥遊さんと親しいから、と言うわけではなさそうだ。

 言葉の端々に、小鳥遊さんに対する好意が見え隠れしている。


 一方の小鳥遊さんはと言うと、つまらなさそうに真顔でスマホをいじっていた。

 最近分かってきたのだが、興味がない時、彼女はこのような塩対応をする。

 そして僕はその塩対応を常にされている気がする。


 しばらく熱心に男子は小鳥遊さんを誘い続けた。

 困っているようには見えなかったが、いい加減止めるべきなのだろうかと迷っていると、不意に彼女はスマホをポケットに入れて口を開く。


「んー、悪いけど興味ない。パスッ!」


「そんな冷めたこと言うなよ」


「だってどう聞いても合コンっぽいし。あと私、悪いけど今日カオリと約束あるんだよね」


「それなら黒咲も一緒に」


「ほらもういいから! 帰った帰った!」


 小鳥遊さんがしっしっと追い払うと、舌打ちをして男子は帰っていく。

 ちょっと冷たいような気もしたが、それくらいしないと帰らなさそうでもあった。

 あれが正しい対処法なのだろう。


 男子が居なくなると、小鳥遊さんは「ふーっ」と疲れたようにため息をついてスライムのようにぐにゃりと姿勢を崩した。


「……大丈夫?」


 何となく声を掛ける。

 彼女は一瞬だけビクッと体を震わすと、しばらく沈黙した後、僕をじろりと見た。


「何が」


「今の。大変そうだね」


「別に。いつものことだから。あんたに心配されることじゃない」


「そっか」


 あまり声を掛けるべきじゃないかもしれない。

 そう思い話を終えようと黙ると「……疲れるんだよね」と彼女は口を開いた。

 話すのか。


「仲良くもないのにさ、取り繕って、楽しいフリして。何がいいのかまるでわかんない」


「小鳥遊さんでもそう言うの思うんだ」


「私でもってどう言うこと」


「友達多そうに見えたから」


 すると彼女はそっと遠くを見て「あんなの、勝手に寄ってくるだけだよ」と言った。


「人の上辺とか、ステータスとかばっか見て、私自身に興味があるわけじゃない。読モと話してみたい、可愛いモデル紹介してほしい、ヤりたい、そんなんばっか。邪険にするのも感じ悪いから、ある程度合わせてるだけ」


「人気者も大変だね」


「そう言うあんたは楽そうね」


「まぁ、小鳥遊さんみたいな悩みとは無縁だね。一人も性に合ってるし。でも、たまにみんなが楽しそうにしてるのを見ると、やっぱり羨ましくなるよ」


「へぇ……そうなんだ」


「あ、でも」


「何よ」


「最近はちょっと楽しいかも。小鳥遊さんと話してるから」


 僕が言うと小鳥遊さんは椅子から転げ落ちた。

 ぎょっとしてると、ジリジリと井戸から這い出る幽霊のように椅子を這い上がってくる。


「ななな、何言ってんの急に!?」


「いや、率直な感想を言っただけだけど……」


 すると「ミナミー」とのんびりした声を出しながらクラスメイトの黒咲さんが現れた。


「今日の放課後だけどさぁ」


「あっカオリ! ナイスタイミング! トイレ行こうトイレ!」


「どうしたのぉ、顔真っ赤だよぉ?」


「なんでも無いから!」


 そうして小鳥遊さんは黒咲さんを引っぱって出ていった。

 クラスの注目が集まるなか、僕は呆然と一人取り残される。


 隣の席の小鳥遊さんと僕は。

 運命の赤い糸で結ばれているらしい。

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