第9話
学校に着いた僕らは昇降口で別れた。深愛は部室に寄ってから教室に向かうらしく、葵は別のクラスらしい。別れる前に忘れずに放課後の集合場所を聞き直しておく。場所は図書室らしい。
自分のクラスのドアを開けた僕は元の世界での自分の席に向かう。机のフックに掛かっている体操着袋が自分のものであることを確認し、ほっとした。もし違ったら自分の席がどこか聞いて回る頭のおかしな奴にならなければいけないところだった。
「今日も両手に花で登校とは羨ましいねえ」
着席するや否や、後ろの席から僕のことを煽ってくる聞き覚えのある声が聞こえた。
「直道……」
「どうしたよ、捨てられた子犬みたいな目しやがって。俺は拾ってやんねーぞ」
「……いや、お前は変わらないなって思って」
いつもだったらむかつく奴だが、僕の数少ない人間関係の中で関係性が変わっていなさそうなこいつに少し安心感を覚えてしまった。
「なんだよ、不気味な奴だな。岬さんと付き合ってて、栗原さんとも仲がいいのにそんな辛気臭い顔していたら世が世なら刺されても文句言えないぞ」
「誰に刺されるって言うんだよ」
「そりゃ学校中の非モテ男子たちだろうよ」
「……直道はその中に入ってないのか?」
「俺はジャーナリスト目指してっからな。どっちかというとお前が栗原さんとホテルに入ったり、刺されたりする瞬間を撮影する側だ」
「それはジャーナリストじゃなくてパパラッチって言うんじゃないか……?」
少なくとも真っ当なジャーナリストはお前のことをジャーナリストとは認めないと思う。そんな風に直道の煽りを捌きながら授業の準備をしていると、なんとなく直道に質問を投げかけたくなった。
「なあ直道」
「なんだよ」
「タイムリープして過去を変えたらさ、どうなると思う?」
こいつにそんなことを聞いて何かヒントになる答えが返ってくるとは思っていない。でも深愛や葵では悩みの内容と近すぎるし、両親にこんな荒唐無稽な質問はできない。そういう意味で直道は今のもやもやをぶつける相手としては最適だった。
「なんだ? 急に中二病にかぶれたのか?」
質問を聞いた直道は頭がおかしくなったやつを見るような目になる。
「……単なる雑談のネタだよ。昨日そういう映画を見たんだ」
まあそんなことを言われるのは予想できたから、用意していた言い訳を口にする。直道は訝しげな表情を浮かべながらも口を開く。
「そんなの、変える内容によるだろ。朝に米食ってたのをパン食ったくらいじゃなんも変わらないだろうけど、学校に爆破予告でもしたら犯罪者だ」
休校になってクラスメイトには感謝されるかもだけどな、と直道は笑った。
「じゃあ例えばさ、元々は告白しなかった女の子に過去に戻って告白したら未来は変わると思う?」
「そりゃあ結構変わるんじゃないか? 告白しちゃったらその告白が成功するにせよ失敗するにせよもうその女の子とはただの友達ではいられないし、仮に成功したらその女の子と付き合っている間は他の女の子とは表立っては付き合えないわけだし」
「表立っては……?」
「そりゃあ二股や浮気ってパターンまではないとは言えないからな。芸能ニュース見てれば恋愛感情が倫理観を超えることはよくあるだろ」
恋愛感情じゃなくて性欲かもしんねーけどな、と直道は下品なことを言いながらケラケラと笑う。
……葵には振られてるからないとは思うけど、この世界の僕が二股掛けていたらどうしよう。
「それに振られても告白したっていう事実だけで他の人間の行動に影響を与えることはあるしな」
「他の人間?」
告白が当事者以外のどういう人間に影響を与えるんだろうか。直道の言葉の真意を尋ねようとしたが、そのタイミングでガラッと教室の扉が開かれる。
「朝礼はじめっぞー」
オガセンがパツパツなポロシャツで無駄にムキムキな肉体をアピールしながら現れた。なんでこの人数学教師やってんだろ。
オガセンが暑苦しいことを除けばつつがなく朝礼が終わったが、一時間目が数学の授業だったのでオガセンはそのまま教室に残って紙の束を取り出した。
「じゃ、昨日の小テスト返すぞー」
「だりー」「今日はないですよね!」
「採点するのも大変なんだぞ?」
「だったらやんなくていいですよ……」
「先生はみんなのために……まあいいや、まず最初は……山本―、お前最低点だぞ」
「うわっ、オガセンそれ言うのはあかんすよ!」
クラスの晒し者にされた直道のテストをチラ見すると、どうやら僕が元の世界で受けたものと同じようだ。ちなみに点数はオガセンが晒したくなるのもわかるくらい見るも無残なものだった。
「次は鉄、取りに来い」
「はい」
受け取ったテストの点数を見るとだいたい七割くらいで、解答も見覚えのあるものだった。テストの難易度的には可もなく不可もなくといったところで、どうやらこの世界の僕とそれほど学力に差異はなさそうだ。
オガセンは絶え間なくテストを返していき、深愛の番が訪れた。前の世界では深愛のテストが返却されるときはちょっと教室全体が息をのむような雰囲気だったけれど、ここではそういう様子はなかった。
「次は……岬か、悪くないけどもうちょいやれるだろ」
「あはは、買い被りですよ先生」
深愛はそう照れ笑いしながらテスト用紙を受け取る。オガセンの口ぶりからして満点ではないんだろう。ということはやはり、前の深愛と今の深愛の学力が違うのは本当のことらしい。
僕が変えた過去は、僕が葵に告白して振られたことと深愛の告白を受けてしまったことの二つくらいだ。それの何がどう影響して葵が僕たちと同じ高校に入り、深愛の成績が凡庸なものになるのか。わけがわからない。
タイムリープで上の空になっていた僕は、授業中オガセンに当てられてあたふたする羽目になった。授業後にオガセン直々のお叱りを受けたけれど、結局午前いっぱいの土曜授業は全く集中できなかった。
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