平和



 そこは小さな村だった。

 水の透明度が高く、とても美しい川が流れている。

 その川を挟んで、睨み合う二つのグループがいた。


 一方は、農具や台所用品などの武器を構えた、人間の村人達。

 もう一方は、爪を伸ばし、牙を剥き出しにして、攻撃的な姿勢を見せる、悪魔族の群れ。


「ここはオレ達の村だ!野蛮な悪魔が入っていい所ではない!」

「おいおい、たかが人間如きが差別するなよ!」


「ハイハイ、ストップストップ!」


 空から声が聞こえてきた。村人達も悪魔達も、一斉に声のする方向を見上げた。


「か……神様!」

「神が……何でこんなところに?」

「何でって……アンタ達が争う声が聞こえたから翔んできただけよ!」


 以前に着ていた修道服とは比べ物にならない程、豪華絢爛な衣装に身を包んだヒカリは、膨れっ面で怒鳴った。


「村人達!見た目だけで勝手な憶測はしないこと!この悪魔達は、隣町の復興の手伝いを終えて、この村の力になろうとして訪れたのよ?」

「そ……そうだったのか……」

「ケッ!それなのに、この人間共ときたら……」

「クォラァ!いくら悪魔だからって、人間を見下すな!元々はとても飲めたもんじゃない程に汚れていたこの川を、長い月日を掛けて、ここまで美しく浄化させたのは、この村人達なのよ?」

「うぐっ……そ、そうなのか……」


「ほら!わかったなら、武器を降ろす!悪魔達も爪と牙を引っ込めなさい!お互い争う理由なんてどこにも無いじゃない!」


「……わ、悪かったな、悪魔達」

「いや、こっちこそ……すまんかった……」

「オレ達はこの川の美しさを代々守ってきたのだが、ここ数年の急速な文明の発達……それによる弊害で、環境汚染が起こり、頭を抱えていたところだったんだ……」

「なるほどな。だったらオレ達、悪魔族が、川の上流まで行って、環境汚染の根源を見つけ次第、お前らに報告しよう」

「おお……それはありがたい!ならば、毎日食糧を届けに行くことにしよう」

「それは助かるぜ!出来ることなら肉を多めにしてくれないか?」


 あっという間に意気投合した両陣営はワイワイガヤガヤと賑やかに団欒した。そして、村人の1人がヒカリに対して感謝を述べた。


「これも全ては神様のおかげ……ありがとうございます!」

「私はお互いの事を知ってもらうよう助言をしたまでです。それより、こんなにも穏やかな世界になったのは、あののおかげです。感謝をするのならば、そのにすべきだと思います」

 

「……はて?英雄……?」

「だ、誰のことですか?」


 村人や悪魔達の反応に、ヒカリは一瞬哀しげな表情を見せたが、

「いえ、何でもありません……」

 そう言って微笑むと、空高く舞い上がり、その場を後にした。





 一方で、アマルティア領土の南にある町で、とある騒動が起こっていた。


「前にも言ったであろう!ここの稲畑はの所有物だと!」

「いいえ!そのもっと前からの所有物だと言っておりましたわ!」


 この町の中でも飛び抜けて身分が高く、そこで肩を並べる2人のが言い争っていた。

 お互いが自分の所有物だと主張する稲畑は、年間で数千万ゴールドは生み出す程に、広大だった。

 しかし、この「稲畑騒動」は、2だけの問題では無かった。


「お前ら2人だけズルいぞ!」

「そーだそーだ!おいら達にもその稲畑をもらう権利があるはずだ!」

「むしろ、お前ら2人は今まで散々稼いで来たんだ!今度はオレ達が稼がせてもらうぞ!」

「だ、黙れ愚民ども!」

「そ、そうよ、私に歯向かうなんて、なんとおぞましい……」

「なんだとぉ!?」


 町は一気に暴動の様相を呈してきた。

 小石や作物の「トマト」や「キュウリ」などが飛び交い、この騒動を止めにやって来たデーオスは、

「困ります!困ります!」

 としか言えず、次々と飛んでくる作物の餌食になった。


 すると、空からヒカリが姿を見せた。


【やめなさい!!】


 ヒカリの大迫力の叫び声に、住民達は震え上がった。

 デーオスも全身トマトまみれで震え上がった。


「……順番に話を聞こうじゃない。まずはそこの!」

 

「はい。私がこの町に嫁いで来て早3年……。1年前に他界した夫が、先祖代々所有してきた稲畑を、今はこの町の住人数名を雇って、やりくりしておりました。すると先日、たまたま夫の部屋を片付けておりましたところ、が私の所有物だと記載されてまして……」


「ふむふむ、なるほど……。じゃあ、次、そこの!」

 

「はい!オレがまだ子どもの頃、親父はとんでもない怠け者で、働きもせず、ダラダラと過ごしていました。それに愛想を尽かしたおふくろは家を出て行き……。それからオレは決意しました。いつか……自分の力だけで金持ちになる!と。それを糧に頑張った結果がに至ります。そして、最近見つかったも自分の物にしようと……」


「ふんふん、なるほどねぇ……。じゃあ、最後、!」


「は、はい!おいら達もそれなりに稲畑を持っていて、生きる事に不便は無いのですが、2だけ広大な土地を所有していて、不満が溜まっていたんです……。確かに、は、先祖代々から受け継がれてきた広い土地があり、には、食糧を分けてくれた優しい方だった。それに、皆の者が休み休みテキトーに農作業をする中、1人毎日のように汗水流して作業をし続け、おいら達が持て余していた土地を、土下座してまで買い取ったの努力も認めております。だけど……最近になって見つかったは話が別だ!あそこはまだ誰の所有物でも無いはずなのに……2人が勝手に「自分の物だ」と主張し始めて……それで、おいら達は……」


「うーん……それぞれ思い思いの重い想いがあるみたいね……」


 これだけの人数が集まる中、時が止まったかのように、シーンと静まり返った。


「……べ、別に冗談とかじゃなくて、本心で言ったのよ!……で、ここまでの話を聞いて、デーオスはどう思うの?」

「あっし……コホン!私ですか?そうですね……難しい……と言わざるを得ませんね……」

「なにカッコつけてんのよ!」

 ヒカリは地面に落ちていた腐ったトマトを、デーオスの顔面にに投げつけた。


「神様……どうか私めに……」

「いや、オレに……」

「いやいや、おいら達に……」


「ああ!もう!こうなったらハラー対決よ!」


「えっ?」

「んっ?」

「はっ?」


「その最近見つかったっていう稲畑から取れた稲を原料に、各々が思う、最高に美味しいハラーを作って、私に持って来ること!はい、よーいスタート!」


 住人達は慌てて作業に取り掛かった。


 ……そして数時間後。


 お腹を空かせたヒカリは、ハラーを食べ尽くす気満々で、特別に用意された屋外の椅子に腰を降ろすと、ナイフとフォークを両手で持って、今か今かとテーブルをドンドンと鳴らしていた。

「……ヒカリ様。お行儀が悪いかと……」

「うるさい、裁くわよ?」

「……このデーオス、無念の極みであります」


「お待たせしました。それでは、私からは……こちらになります!」

 そう淑女が言うと、淑女に仕えているのであろう、料理帽を被ったコックが、スっとテーブルの上にお皿を差し出した。

 その皿の上には、きれいな正方形に切り取られたハラーが5段積み重なっていて、甘い香りのする液体が、まるで一筋の滝のように、四方にたれかかっていた。そして頂上には、赤いルビーを思わせる木苺が1つ乗っていて、存在感をアピールしていた。


「うわぁ……こんなの見たことないわ!いただきます!」

 ヒカリは夢中でその料理を食べ尽くした。

「……ヒカリ様、たった7秒で完食とは……お行儀が……」

 ヒカリはデーオスの足を踏んずけた。

「はぁ……美味しい……」

 ヒカリは恍惚とした表情を見せた。

「お気に召されましたか?」

「はい!まさかハラーをデザートに昇華させるなんて……私には無い発想だったわ!」

「お褒めの言葉、ありがたく受け取らせていただきますわ!」


「くっ……やるな。よし、次はオレの番だ!」

 そう紳士が言うと、どこか自信に満ち溢れた表情で、ヒカリの前にお皿をサッと差し出した。

 その皿の上には、星の形に切り取られたハラーが3枚、少しずつズレるように重なっていて、何より目につくのは、お皿全体に散りばめられた極小の粒が、キラキラと輝いていることだ。


「……綺麗だわ……このまま見ていたいくらいだけど、いただきます!」

 ヒカリは夢中でその料理を食べ尽くした。

「…………。」

「……デーオス、何か言いなさいよ」

「……それでは……ヒカリ様、たった6秒で完食とは……お行儀が……」

 ヒカリはデーオスの尻尾を目一杯引っ張った。

「痛たたっ!……このデーオス、理不尽の極みであります!」

「さっきのとはまた違う美味しさだわ……」

 ヒカリは恍惚とした表情を見せた。

「……どうでしたか?オレが子どもの頃におふくろが作ってくれたモノで、唯一覚えていた料理の味は?」

「辛かったわ!でも……その辛さが癖になるのよねぇ……。ちなみに、辛さの秘密はこのキラキラ光る粉ですか?」

「当たりです!実はこの粉、世界中どこにでも生えている雑草の一つから取れる香辛料なんですよ!昔は貧乏だったから……おふくろの知恵ですね」

「えっ?私でも知らなかったわ!これは世界中の人々に伝承すべき事ね!」

「おぉ……お褒めに預かり光栄でございます!」


「お、おいおい、あんなすごい料理を見せつけられたら、おいら達のなんか……」

「どうなされましたか?次はあなた方の番ですよ?」

 デーオスが催促すると、半ば諦めたかのような表情で、村人の代表がトボトボと肩を落としながら、お皿を持って来た。

「お、おいら達のは……これです!」

 そう言って村人が差し出したお皿の上には、何の工夫も無く、無造作に置かれた、10枚だった。


「……いただきます」

 ヒカリは目を閉じて、ゆっくり咀嚼した。

 もうお腹が一杯なのだろうか、先の2人と比べても、明らかに食べる速度が遅い。

「……ヒカリ様……意外にもウゲェ!」

 デーオスの話を遮るかの様に、ヒカリはデーオスを突き飛ばした。そして、


「優勝」

「……はっ?」

「だから、優勝よ!!」

「お、おいら達が……ですか?」

「そうよ。よって、は、町人達が分け合うものとする!!」


 住人達はザワついた。

「なぜ?」とか「不正だ!」とか「もしかして神様が賄賂を?」などと言う声も聞こえてきた。


「不正も賄賂も無いわ。神に誓って……って私か。そう!私の名にかけて、まぎれもなく、優勝は町人達よ!!」


「な、なぜですか?」

「オレ達のハラー……あんなに絶賛してくれたじゃないですか」

「確かに……料理とは奥深く、ハラーがあんなにも彩やかな姿や味に生まれ変わることに感銘を受けました。でも……「ハラー道を極めし者」の私からすれば、こそが原点にして頂点!」


 力強く演説するヒカリに対して、開いた口が塞がらない住人達。


「……私の言葉が理解出来ぬのなら、それは私への……いや、「ハラー道」への冒涜です!」


 いまいちピンときていない住人達を後目に、ヒカリは町人達の元へ舞い降りると、

「とても素晴らしいハラーでした。そして……こうして伸び伸びと稲作が出来るのは、1だという事を忘れないように!ご馳走様でした!!」


 そう言って、空高く翔んで行った。


「む……無念ですわ……」

「ちくしょー!でも、いつか絶対オレの土地にしてやる!」

「い、いや!せっかく神様からいただいた土地だ!おいら達が大事に育てるぞ!」




「……あんなんで良かったッスか?」

 遅れて翔んで来たデーオスに、ヒカリは答えた。

「いいのよ。実際、本当に町人達のハラーが一番美味しく感じたし。それに、これまでの経験上、ああいうは、逆に刺激しあって、切磋琢磨するようになるから、きっとあの町はこれから有名になると思うわ」

「……姉御はそこまで考えてたッスね……やっぱ凄いッス!」

「……デーオス1人で解決出来たら、私の苦労も増えなかったのに」

「……す、すいやせん」



 その後もヒカリは、世界各地を転々とし、その先々で起こっている問題を、


「どっちがより早く行商先の村に荷物を届けられるか、レースで決着つけましょう!」

 

「……流石に悪魔達の方が悪いわね。ほら、謝りなさい!……じゃないと、今後どうなるか……わかるわね?」

 

「うーん、それなら……ハラー大食い競争よ!!」


 等々、方法を提案し、平和的解決をもたらし続けた。


 その結果、世界中から戦争が無くなり、見事「世界平和」を達成したのだった。

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