悪魔
デーオスが、この窮地に唱えた
深紅色に染まったゲートが、地面を覆う。
すると、しばらくして、ゲートから大勢の悪魔が飛び出して来た。
その中でも一番活きのいい悪魔が、シーアに対して爪をたて、切り裂かんとばかりに向かって行ったが、シーアを覆う膨大な魔力によって弾き飛ばされた。
しかしシーアはそれに動揺したのか、ヒカリとミライに向けていた魔法が消失した。
「ど……どうなってるの?」
「あ、あっしにもわかんねぇッス!」
「神導宗のお嬢さん、お久しぶりですな」
その声の方向へ振り返ったヒカリは、シーアに抵抗していて疲れていたこともあってか、驚きのあまり腰を抜かしてしまった。
「あ、あなたは……リーピ村の村長だった、カイモスさん……?」
ヒカリの言う通り、そこにはカイモスが堂々と立っていた。しかしヒカリの記憶とは大きく異なる姿をしていた。
……そう。あの日、悪魔によって地獄界に送られたカイモス率いるリーピ村の面々は、その過酷な環境に耐え忍び、悪魔族となって生きていたのだ。
「……よぉ、どうやら大ピンチらしいな」
そう言って空中からゆっくりと降りて来たのは、ヒカリの知る悪魔だった。
「あ……悪魔!」
「兄貴ィィィィ!!」
しばらく悪魔は周りの状況を観察して、事態を把握したのか、ヒカリに問いかける。
「あそこで発狂してるババアが、「神」になろうとして失敗した……ってところか?」
「失敗」という言葉に疑問を抱いたヒカリだったが、
「……うん、大体当たってるわ」
「そうか」
「それより……何なの?この状況!あんたがいなくなって、そしたら突然シーア先生に襲われたかと思えば、悪魔がこんなに沢山……もうわけがわからないわよ!」
「……そうだな。おい!そこのババア!」
「……キサマカ?……ワタシノ夫ヲ……殺シタノハ!」
「その通り。お前の夫……いや、「死神」を殺したのはオレだ」
「夫ヲ……侮辱スルナ!!
ヒカリとミライをあれほど苦しめた魔法だったが、バリアを張った悪魔は、腕組みをして立った状態のまま、その魔法を弾き返した。
キュイン!と音をたてて跳ね返された魔法は、シーアの身体に直撃し、
【ヒギャアァァァァァ!】
と、シーアは身悶えした。
「す……凄い……」
改めて悪魔の強さを実感したヒカリ。それと同時に、悪魔の姿を目にした瞬間、シーアとの苦戦でずっと緊張していた心が、安心感で満たされていることに気づいた。
ジタバタと悶えているシーアを指差して、悪魔は指摘する。
「……いいか、「神」なんてのは所詮ただの「人間」なんだ。オレが殺した「神」は、人間界で悪事を働く者をゴミ扱いして、そいつらを次々と地獄界へゴミ捨てするようなヤツだった……。
結局、魔力を持ってるか、持ってないかの違いだけで、やってることは人間社会の縮図と変わらねぇんだよ!」
ヒカリも、ミライも、デーオスも、リーピ村の悪魔達さえも、すっかり黙り込んでしまった。
空を覆う暗雲から、時折降り注ぐ雷鳴だけが、この場に音を届けた。それぐらいの沈黙だった。
しかし、その沈黙も長くは続かず、口火を切ったのはシーアだった。
「ハァ……ハァ……ダマレ……」
「核心をつかれて逆ギレか?」
「ダマレダマレダマレダマレェェェ!!」
「……これだからババアは苦手だ」
「ワタシハ……亡キ夫ノ意思ヲ継ギ……神トナッテ……人間界二秩序ヲモタラスノダァァァ!!」
「だからそれが間違ってんだよ。悪いヤツは社会から排除する……人間の不文律だったな?それと同じ事……いや、むしろもっとヒドイ扱いしてんのが神だろ?」
「ウルサイ!悪魔ノオマエニイワレテモ……説得力ガ全然ナイデハナイカ!」
「……確かに。それは一理あるな」
シーアの反論に納得してしまった悪魔。
2人のやり取りを真剣に見聞きしていたヒカリやミライやデーオス、悪魔達は、一斉に伝統芸能として古来より伝わる「ズッコケ」をした。
「オレも散々、悪行の限りを尽くしてきたらしいからな……返す言葉もねぇや」
「……茶番ハ終ワリダ……キサマを今ココデ殺シ……夫の弔イを果タシテ……ワタシハ神ニナル!!……ハァァァァァ!!」
「う、うわぁぁぁ!!」
その声はリーピ村の悪魔の1人が発したものだったが、その者を覆う魔力が何故か可視化されていて、グイグイとシーアの方へ引っ張られているように見える。
その悪魔は必死の形相で抵抗した。
「ハァァァァァァァッ!!」
シーアの気迫に、とうとうその悪魔の魔力が、まるで引っ張ったゴムが縮むかのように、シーアの元へ飛んで行った。
魔力を奪われた悪魔は、時間が止まったかのように、抵抗していた状態のままの姿で固まった。もちろん、生気などまるで感じない。
「マズイぞカイモス!このままではオレ達も……」
「いや!……我々は絶望の果てに、悪魔さんの粋な計らいで、今まで生きてこれたんだ……。皆の者!最期の時まで生きて足掻くぞ!!」
カイモスがそう言い放つと、
【オォォォォォ!!】
とリーピ村の面々は答え、次々とシーアに飛びかかって行った。
シーアは、その悪魔達の猛攻に苦戦を強いられたが、1人……また1人と、徐々に魔力を吸い取っていった。
しかし、カイモスは諦めていなかった。
「悪魔さん!我々がこうしている今の内に、あの女性を止めてくだされ!」
「えっ、断る」
カイモスの元に、一陣の通り風が吹いた。
「ななっ、何をおっしゃる!あんたしか止められる者はおらんのですぞ!?」
「……だそうたが、どうする?ヒカリ」
「……やっとまともに名前を呼ばれた気がするわ」
「うるせぇ。で、どーすんだ?」
ヒカリは、悪魔とシーアが会話をしている間、色んな事を考え、そして思い出していた。
悪魔に「善行を教える」という旅が始まった。
そして、色んな出会いと別れを経験し、時には自問自答に苦しむこともあった。
正直、胸を張って「これが善行だ!」と悪魔に言える程の自信は、まだ持ち合わせていない。
それでも、ヒカリはただ一つ、揺るがないモノがあった。
「……悪魔」
「なんだ?」
「……私は、ただ「目の前の困っている人を助けたい」……それだけなの」
「……そうか」
「だから……私が神になる」
「ちょっ……ヒカリ?本気で言ってるの?」
「私は本気よ、ミライ」
「神になって、どーすんだ?」
「もちろん困っている人達を助ける……それだけよ!」
「……フハハハ!気に入った!よし、お前が神になれ!」
ヒカリに迷いはなかった。
淡く虹色に輝く瞳は、ただ真っ直ぐ前だけを見つめていた。
「小賢シイ!……確カニ……ミライ……オマエガ持ツ器ナラ……神二ダッテナレルダロウ……」
もう何人目だろうか。飛びかかってきたリーピ村の悪魔を、視線はヒカリに向けたまま片手で捕え、シーアはその悪魔の魔力を吸い尽くした。
「ダガ……ソレヲ黙ッテワタシガ見テイルト思ウノカ!?」
気づけば、シーアは先程と比べ、明らかに魔力が高まっていた。しかし、その膨大な魔力を制御しきれていないのか、時折バチバチッと身体から魔力が放出され、神導院の残された壁や柱、そして自らが大事に育てあげた、綺麗に咲き誇る花たちさえも破壊した。
「そうですよね。きっと邪魔をするんでしょう。……邪魔出来るなら……ですけど」
「ナンダト……?」
「シーア先生。このままだと、あなたは自滅してしまいますよ?」
ヒカリの言ったことは的を射ていた。シーアの身体にはもう限界が来ていた。
過剰に摂取された魔力は、身体を蝕む程になっていて、シーアは意識を保つので精一杯だった。
「シーア先生。私はあなたに育てられました。おかげで曲りなりにも修道女としてやってこれました。本当にありがとうございます」
「グ……グガゴゴ……」
「……だから……もうやめにしませんか!?私は……シーア先生のことも助けたいんです!その魔力……私が全て受け止めますから!!」
「グギギ……ヒ……カリ……!」
「……はい」
「……立派になったわね」
そう言うと、いつものシーアが笑顔を見せた。
―― だが、時すでに遅く……。
【ギャァァァァァァァァァァァァァ!!!!!】
世界中に轟く程の凄まじい咆哮をするシーア。
最早、人間の面影は無く、シーアの身体から発せられる魔力は、あの悪魔でさえ、冷や汗を流す程になっていた。
「これはヤバイな……」
「えっ?」
「ヒカリ、それと……何だ……その他諸々全員だ!今すぐ下がれ!」
「待って!私があの魔力を受け入れることが出来れば……」
【自惚れるな!!】
未だかつて見たこともない悪魔の迫力に、ヒカリはたじろいだ。
「いいか?各自とにかく自分の身の安全だけを考えろ!あとは……オレが何とかする」
そう言い残し、悪魔は渾身の力で発した、メラメラと揺らめく
―― 前に神と戦った時に使ってきた……
……くそっ無茶苦茶しやがって!人間界でそんな出力の魔法を使ったら、全人類が滅亡するぞ……。
かといって、オレの奥義、
……どうする?……何か……何かないのか?
オレは最強の悪魔。今までだって何とかしてきたはずだろ?
思い出せ!オレ!考えろ!ゴルロラヴィン!!
無慈悲にも、その時はおとずれた。
目を開けてはいられない程の激しい光がシーアの身体から発せられ、暴走した魔力が大爆発を起こす……その刹那。
―― 覚悟は決まった……オレに成し遂げられぬ事など無い!!
【ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……】
激しい轟音が世界中に響き渡る中、悪魔はその身一つで、暴走した強大な魔力を受け止めていた。
―― あぁ、しんどい。これ程の魔力に立ち向かうとは……完全に想定外だったな。
でも何とかこのまま踏ん張れば耐えれそうだ。
……だが……その先は……もう無い……だろうな……。
そうか……ついに……オレも………死……………………
……………………………。
……………………………………………?
…………オレはまだ……生きてんのか……。
どうせなら…………最期に何か食いてぇ…………。
あぁ…………腹減ったなぁ…………。
…………?
……なんだ?
…………オレは…………この味を知っている…………。
…………美味いなぁ……このハラー………………。
「どうです?何だか幸せな気持ちになりませんか?」
「……あぁ……今ならわかる」
「そう……それなら、あの時の予行練習も、無駄じゃなかったってことね」
「……そう……だな……」
「……ねぇ、悪魔?」
「…………ゴルロラヴィン」
「えっ?」
「オレの……名前だ……」
「……ねぇ、ゴルロラヴィン?」
「……なんだ?」
「…………死んじゃ……嫌だよぉ……」
「……なんだ、お前、泣けるんじゃねぇか」
「当たり前よ!……私だって……人間だもん」
「……お前が泣いてるところなんて……初めて見たからな」
「グスッ……我慢してきただけよ!」
「フッ……お前らしいや……」
「うるさい」
「……ところで……ヒカリ……」
「……何よ?」
「……オレは……善行……出来たかな?」
「全然出来てないわよ!」
「そう……なのか?」
「……こんな……か弱い乙女を泣かせて……最後まで……極悪人よ!」
「そうか……すまなかったな……」
「グスッ……ホントにそう思うなら……死なないでよ……うわぁーん……」
「おいおい……無茶言うなよ……もう長くないことは……オレが一番よく知ってる」
「なんで!?なんで回復魔法が効かないのよ!?なんで…………っ!」
「……ヒカリ……最期に……言っておく事がある」
「グスンッ……何?」
「…………今まで、ありがとよ」
「このオレに成し遂げられぬ事などない!」
……ホントは、そう言うつもりだったんだ…………。
…………さて……そろそろ疲れてきた…………。
………長い眠りにでも入るとしよう…………。
オヤスミ……ヒカリ……。
…………………………………………。
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