追憶



 悪魔は腕組みをし、宙にフワフワと浮いた状態で、ボーッと「地獄界」全体を眺めていた。


 悪魔は困惑していた。

 自分の行動原理は単純明快、ただ己の欲望のままに動く。その事は誰よりも自分自身がわかっていた。

 しかし、ヒカリと行動を共にするようになり、少しずつだが、その原理とのを感じるようになっていた。


 更には、元々「考える事」が面倒で、過去への執着も無いゆえに、すぐに考えを放棄したり、思い出すことをやめたりする性格の持ち主。

 ……そう思っていた悪魔だが、最初からそういう性格だったのかさえ疑問に思うようになっていた。


は全て地獄界ここにあるはず……オレの始まりの場所……思い出せ……地獄界ここでの出来事を……」

 



「……い!おーい!おいってば!聞いてんのか?」


 そこには、ボサボサで少し長めの白髪だが、頭頂部は円形にハゲていて、その部分に立派な角が生えている、白ヒゲを蓄えたがいた。


「あっ?ソティルのジジイか……何か言ったか?」

「……ゴルロラヴィンよ、お前に逆らえる悪魔はいやしないが、悪魔族最年長であるワシの言葉に耳をかたむけるくらいしてくれんかの?」

「あー、うん、そうだな」

「これ!テキトーに流すな!」


 ゴルロラヴィンは、悪魔族の中でも最強で最凶だった為、他の悪魔族に恐れられる存在だった。

 しかし、元々備わっていたカリスマ性もあってか、ゴルロラヴィンの周りには、いつも悪魔達が集まっていた。


「して、話の続きじゃが、最近妙な噂話が広まってての」

「ふーん」

「いつもつまらなそうにしてるお前さんじゃ。興味があれば他のヤツらに詳しい話を聞くといい」

「……ありがとよ」

「おほっ!あの天下……いや、無敵のゴルロラヴィン様から、珍しい言葉が聞けたぞ!ワシはそれだけで満足じゃわい!」

「けっ、ほざけ!」


 それから、しばらく時は流れ……。

 

「そういや、あの話、聞いたか?」

「ん?なにがよ?」

 ゴルロラヴィンの取り巻きの1人が、何やら得意げな表情で喋りかけてきた。

「ほら、「神」のヤツ、人間界で手に負えないような荒くれ者を、次々と地獄界に送り込んでてさ。オレらの間じゃ「神」じゃなくて「」だよな?って話!」

「……別にそれは今に始まった事じゃない」

「やや!続きがあってよ、その送り込まれてきた「人間」のほとんどは、この世界で生きていけずに死んでいくが、稀に地獄界に適応する「人間」がいるだろ?それがになるわけ何だが……」

「さっきから当たり前の話ばかりじゃねぇか。要点を言え」

「やや!すまねぇ……けどよ、ここから凄いんだぜ?何と!その「地獄界の絶対的な掟」である、「死ぬ」か「悪魔になる」か……。そのがいるって噂があってよ!!」

「なにっ?」

「おっ!流石のゴルロラヴィンも、気になるか?」

「……すっげぇ気になる」

「よっしゃ!じゃあ一緒にみんなでを探しに行こうぜぇ!」

「オォーーッ!!」


 かくして、ゴルロラヴィン一行は、地獄界を探索して回った。

地獄目イービルアイを使ったら、つまらない」

 というゴルロラヴィンの提案で、各々が自分の目だけを頼りに、血眼になって探し回った。


 ……しかし、一向に見つからない。


「おいてめぇ、嘘ついたんじゃねぇだろうな?」

 イライラし始めたゴルロラヴィンは、噂を持ち込んだ悪魔の首を掴み、持ち上げた。

「とと、とんでもねぇ!オレもアイツから聞いたんで……」

「はっ?お、オラに責任を擦り付けるなよ!オラだってアイツから……」

「……もういい、面倒くせぇ」

 ゴルロラヴィンは、掴んでいた悪魔をぶん投げると、自らが禁止した地獄目イービルアイを唱えた。


「……たった今、あっちの方で6人の人間がな」

「ギャハハハ!哀れなヤツらだぜ!」

「悪魔になれない人間は、根性が足りないんだよ根性が!」

「違いねぇ!ギャハハハハ!!」

「うるせぇ、気が散る」

「……す、すまん」

「おっ!アイツか?」

 ゴルロラヴィンは、を見つけたようで、すぐさまその人間の元へ翔び立った。

「あ!おい!待てよ!」

 続けて他の悪魔達もゴルロラヴィンを追うように翔び立った。


 に到着すると、ゴルロラヴィンは驚いた。

 そこには、生きる気力を全く感じない、人間のメスがいたからだ。

 遅れて到着した悪魔達も、その様子に驚きを隠せなかった。

「おいおい……まさかメスだったとは……」

「違う、そこじゃない」

 ゴルロラヴィンが驚いていたのは、だった。

「確かに……あれだけ無気力じゃあ、一瞬にして死ぬはずなのに……」


 更に興味が湧いてきたゴルロラヴィンを筆頭に、次々と悪魔達はを囲む様に降り立った。

 そして、取り巻きの1人が尋ねた。

「お嬢さん、お名前は?」

「…………。」

だから伝わらねぇんじゃねぇか?」

「ああ、そうか!の言葉で……。コホン、お嬢さん、お名前は?」

「…………。」

「……おい、何とか言えよこのメスが!!」

「…………。」

 そのメスは、悪魔達がいくら凄んでも、まったくの無関心と無表情で、ボーッと突っ立っている。


 ―― つまらない。


 ゴルロラヴィンが思った印象だった。


 ピュン……ズドォォォォン……!!

 

 一気に熱が冷めたゴルロラヴィンは、八つ当たりするかのように、指先からビームを放出して、遠くにそびえる山一つを丸々破壊した。

「す、すまねぇゴルロラヴィン!オレが悪かった……」

「黙れ、殺すぞ?それに問題はこのメスのつまらなさだ」

「……それなら、しばらくワシに預けてくれんかのぉ?」

「ソティルか。何か名案でもあんのか?」

「まぁな。悪魔族最年長の知恵をナメてもらっては困る」

「……そうか、じゃあ任せた。オレは食事に行ってくる」


 そう言うと、ゴルロラヴィンは地獄目イービルアイを使い、地獄界に堕ちて来る人間を求めて翔び去った。


「……とは言ったものの、どうしたらいいんじゃろうか……」

「何だよ?名案があったんじゃねぇのか?」

「あの場でワシが、お前さん達はどうなっていたことやら……」


 一同は想像しただけで、震えが止まらなくなった。


「あ、ありがとよソティルのジイさん!あんたは命の恩人だ!」

「そう思うのなら、お前さん達も一緒に考えるんじゃ!」

「そ、そうだな。うーん……」


 一同は、それはもう必死に考えた。自分の命欲しさに頭をフル回転させた。

 すると1人の悪魔が呟いた。

「……?」

「ん?どういう意味じゃ?」

「いや、ただの思い付きなんだけどよ、見た目は大人だし、ちゃんと二足歩行してるけどよ、言葉が話せず理解もしてないようだし、実はの様な状態なんじゃないかなぁー……なんて」


【それだ(じゃ)!!】


 そこにいた悪魔達が一斉に叫んだ。


「そうとわかれば、まずは言葉を教えんとのぉ!」

「いや、その前に、コイツをどうやって生き長らえさせるかだろ!」

「そんなもんオレ達と一緒で、堕ちてきた人間の魂を食わせれば……」

「バカかお前は!コイツはじゃねぇか!」


 この奇妙な人間のメスとの出会いを境に、毎日退屈でつまらなかった悪魔達の日常は変わった。


「ワシの名前はソ・ティ・ルじゃ!」

「…………?」

「ソ!ティ!ル!じゃ!」

「…………じゃ?」

「名前の方を覚えんかい!」

【ギャハハハハハ!!】

 人間のメスは、無表情のままだったが、ようやく言葉を発した。

「……でも、少しは喋れるようになったようじゃのぉ」

「じゃあ、これならどうだ?」

 1人の悪魔が、地面に落ちていた石を拾った。

「これの名前は?」

「…………じゃ?」

【ギャハハハハハハハハハハ!!】

「……おい、うるせぇぞ、あっち行け」

「でもよぉゴルロラヴィン、面白いもんだぜ?」

がか?」

「ワシなんか、目に入れても痛くないわい!のぉ?」

「…………じゃ!」

【ギャハハハハハハハハハハハハハ!!】


 ―― その時。何の前触れもなく、は姿を現した。


「……何か面白いことでも見つかったのかね?」

 悪魔達は慌てて人間のメスを囲んで、その姿を隠した。

「べ、別に何でもない……です」

「……よぉ、。久しぶりだな」

「……ゴルロラヴィンか……」


 ―― 突然現れたのは、「神」というには仰々しい程に、だった。

 しかし、が紛れもなく「神」だということを、悪魔族全員は知っていた。


「貴様達「悪魔族」へ、しに来た」

「へー、言ってみろよ」

「最近、が現れた。仕方なく私自らの手で葬ってやったが……」

「ふん、オレらは退屈なんだよ。テメェが送り込んでくる人間の魂を喰うぐらいしか楽しみがねぇ」

「しかしそれは、ゴルロラヴィン、貴様と交わした「」ではないか」

「……人間界のを見つけ次第、テメェが地獄界に送る。その人間ゴミの魂をいただくかわりに悪魔族オレらは人間界に干渉しない……だったか?」

「その通り。私には使があるのだ。人間界のという使命がな。しかし、一方的に契約違反されては私も困る。落ち度があるとすれば、貴様らではないか?」

「……確かに。それは認める。オレも人間界に行こうとするヤツを見つけ次第、殺しといてやるよ」

「……さっきも言ったが、これはだ。……次は無いと思え」

「へいへい」


 神は、ゴルロラヴィンとの会話を終えて、その取り巻きの悪魔達を睨みつけると、スッと姿を消した。


 神が居なくなった事を確認すると、取り巻きの1人が溜め息混じりに話し始めた。

「……はぁぁ。怖かった」

「いきなり現れるなよな!心臓に悪いぜ……」

「あっ、あっしなんか……震えた足が止まらねぇッスよ」

「デーオスはビビり過ぎ!」

「そそそ、そんなこと、いいい言わんでくれぇ」

「おいおい、口まで震えてやんの!ギャハハハ!!」

「……ふん、オレがいる限り、ビビる事はねぇ」

「確かに……。け、けどよぉ、もしガチで神と戦うことになったら、いくらゴルロラヴィンでも……」


 ズドン!!


 そう言いかけた悪魔の片翼が、ゴルロラヴィンの目にも止まらぬ手刀の斬撃によって、斬り落とされた。

「グギャァァァァ!!」

「つまらんことぬかすな」

「うっ、うぅ……す、すまねぇ……」


 その一部始終を、陰から見ていた人間のメスが、突然フラフラとゴルロラヴィンに向かって歩き始めた。

「ま、待つんじゃ!」

 ソティルの声も虚しく、人間のメスは、大きめの岩石の上で片膝を立てて座る、ゴルロラヴィンの元へ辿り着いた。

「なんだ?メス

「…………め」

「あ?」

「……だ……め……」

「こ、これは……」

 ソティルを含む、他の悪魔達は驚愕した。

 相変わらず無表情ではあるものの、自分の意思で何かをする人間のメスを初めて目にしたからだ。

「何が言いたい?」

「……だ……め……。いた……い……こと……か……わい……そ……う……」

「……悪ぃ、誰か通訳頼む」

「お、恐らくじゃが、ゴルロラヴィンがしたに対して、抗議しておるんじゃろう」

「ほぅ、このオレ様にねぇ……」


 すると、ゴルロラヴィンはバサッと翼を羽ばたかせ、宙に浮いた。そしてブツブツと魔法を詠唱すると、自らが斬り落とした悪魔の片翼を

「おい、さっきは悪かったな。やり過ぎた」

「やや!滅相もねぇ……」

「これでいいのか?メス

 人間のメスは、コクリと頷いた。

「ハッ!気が変わった!確かにお前らの言う通り、なかなか面白いヤツだな!」

「そ、そうじゃろ?」

「よし、このオレが直々にをしてやろう」


 そう言うと、ゴルロラヴィンは人間のメスを抱えて、もの凄い勢いで翔び去った。


「あわわわ……大丈夫なんスかねぇ?」

「大丈夫じゃろ。ワシもゴルロラヴィンとは長い付き合いじゃが、本当にをしとったわい」


 ゴルロラヴィンは、地獄界を見渡せる程の高度で翔んでいた。そのあまりの高さに、人間のメスは少し怯えているようだった。

「おいおい、この程度でビビってんじゃねぇよ」

「……あ……れ……」

 人間のメスが震える指で差した方向には、苦しみもがく人間の姿があった。

「アレは神が地獄界ここに送り込んだ、悪い人間だ」

「……か……かわい……そう……」

「は?人間界で悪さばかりしてたから、地獄界ここに来たんだぞ?そんなヤツに同情すんなよ」

「……でも……かわい……そう……」

「……そうか。ならば、オレ様が如何に凄いか見せてやる」

 そう言うと、ゴルロラヴィンは二つの角の間に小さな赤黒い光球を生み出すと、そのもがき苦しむ人間へと飛ばした。

 すると、その光球に当てられた人間は、瞬く間に角や翼や尻尾までも生え揃い、まるでの様な姿へと変貌した。

 衣服もゴルロラヴィン達と同じような物に変わり、そのは、自分の姿が全くの別物に変わった事に気づくと、慌てて全身を触りながらおののいていた。


「魔力を少し分けてやったんだ。これでアイツはこの地獄界で生きていけるぞ。ただ、もう人間には戻れないけどな」

 人間のメスは、そのを、無表情でジッと観察していた。

 その悪魔は、ようやく現実を受け止めたのか、悪魔としての第一歩に「空を翔び回る」ことを選んだらしく、翼をバタつかせて翔ぼうとするのだが、まだ身体の勝手が効かずに、ピョンと跳ねては近くの岩石に頭をぶつけ、またピョンと跳ねては仰向けにひっくり返ったりと、見ていて滑稽だった。


「何してんだアイツ……アホらしい」

「……フフッ」

「あ?」

「……フフフッ!」

「……なんだ、お前、んじゃねぇか」


 ずっと無表情だった人間のメスが笑った。

 その表情をみたゴルロラヴィンの心の中で、言葉では言い表せないが芽生えていた。

 

 この地獄界で過ごすようになってから、どれくらいの年月が経つだろうか。

 堕ちてくる人間の魂を喰い尽くし、他の悪魔族を「力」で支配し、神と契約を結び、いつしかゴルロラヴィンに

 そんな退屈でつまらない日常に、少し色がついた。

 それは他でも無い、この人間のメスの影響だろう。


「ハハッ!もっと凄いもん見せてやろうか?」

「……うん!」


 地獄界で最も大きな山に住む、地獄界で最も大きな生物「ケルベロス」。

 地獄界名物、「地獄の湯」に浸かって伸び伸びとしている悪魔達。

 地獄界で数少ない森の中で、稀に見ることが出来る「人間の魂のダンス」


 色んな場所へ行き、色んな物を見て、人間のメスの表情は、より豊かなものになっていた。

「どうだ?凄いだろ?」

「……うん!」

「……ん?お前……まさか……」

「だ……いじょ……う……ぶ」

「ならいいんだが……さっさとアイツらの所に帰るか」

「……ご……る……」

「あ?」

「……ごる……ろ……?」

「あぁ、別に覚えなくていい」

「……あ、あり……が……と」

「別に礼を言われる程の事なんか……」

「あり……がと!」

「……わかったよ。素直にその気持ち、いただいとくわ」


 そして、ゴルロラヴィンと人間のメスは、ソティル達の元へ戻って来た。


「おぉっ!帰ってきたか!ワシのよ!」

「いつからジジイの娘になったんだよ」

「ソティルのジイさん、ゴルロラヴィンとメスが居なくなってから、ずーーっと心配して、そこら中ウロウロしてたんだぜ?」

「こ、コラ!余計な事言うでない!」

【ギャハハハハハ!!】

「それでよ……ほら、お前言えよ!」

「は、はぁ?お前が言えよ!」

「……仕方ない、ワシが皆を代表して言わせてもらうぞい」


 そう言うと、ソティルが一歩前に出て、ゴルロラヴィンの前に立った。


「何の話だ?」

「ふむ、お主とその……人間のメスが居ない間に、ワシらで考えておったんじゃ」 

「何を?」

「名前じゃよ」

「……名前?」

「そうじゃ。いつまでも「人間のメス」なんて呼び方じゃ、ワシらもその子もいい気がせんだろう?」

「うーん、まぁ言われてみれば……」

「じゃろ?そしてワシらはその子の名前を考えてたんじゃが、満場一致で「とある名前」に決まったんじゃ!」

「ほう、聞いてやろうじゃねぇか」


 ソティルから「名前」を聞かされたゴルロラヴィンは、怪訝な顔になった。


「……待て待て、おかしいだろ。何でよりによって……」

「そうかのぅ?これほどピッタリな「名前」は無いとおもうが……」

「そうだぞ!これはみんなの意見なんだ!流石のゴルロラヴィンも受け入れるしかないぞ!」

「そーだ!そーだ!」

「お前らなぁ……」

「それにホレ!見てみぃ!」

 そう言ってソティルが指差した先には、ゴルロラヴィンの腕にしがみつく、の姿があった。

「この短時間で随分仲良くなったようじゃのう?」

「……いや、悪ぃ。お前らが急に話題をふってきたから言い忘れたんだが……」

「な、なんじゃ?」

「こいつ、そろそろ

「えっ?」

「はっ?」

「……なっ」


【何だってぇぇぇぇぇぇっ!?】


「コイツが今までどうやって人間の姿を保ったまま地獄界に居たのかはわからんが、もう何日もを取ってないだろ?オレの腕にしがみついてんのは、そうでもしてないと今にもぶっ倒れるからだ」


 ゴルロラヴィンの言う通りだった。

 顔色は真っ青になり、息も絶え絶えで、今にも倒れそうな状態だった。

「は、早く何とかせねば!」

「そうだ!オラの往復楼デビルゲートを使って、人間界の食糧を……」

「ダメだ!!」

 声を荒らげるゴルロラヴィン。

「神との会話、お前達も聞いてただろ?はオレが許さん」

「……アンタ、昔と違って、随分丸くなったじゃねぇか」

「おい!やめろって!」

「いや、ここは言わせてもらう!昔のあんたは今よりもっと恐ろしくて……でもそんなアンタにオラは憧れてたんだ!なのに、今のアンタはまるで……人間で言うところのみたいだ!」

 すると、他の取り巻きの悪魔も堰を切ったように、ゴルロラヴィンに対して思いをぶつけた。

「ゴルロラヴィン……もしかしてビビってるのか?実は神の方がお前より強いんじゃないか?」

「今の腑抜けたゴルロラヴィンより、神の方が強いに決まってる!」

「そーだ!そーだ!」


 しばらく黙って聞いていたゴルロラヴィンは、溜め息をつくと、ようやく口を開いた。


「お前らがどう思おうが自由だ。だが、がある手前、人間界に向かおうとするヤツを見つけ次第、オレは躊躇うことなくソイツを殺す。それだけは覚えておけ」


 そう言って、人間のメスをソティルに渡すと、ゴルロラヴィンは目にも止まらぬ速さで、地獄界の彼方へ消えていった。


「……ふん!神にビビった腰抜けめ!居なくなって清々したぜ」

「実際、神の方が絶対強いだろうしな!」

「バカタレ!言ってる場合か!」

 突然ソティルが大声で喝を入れた。

「そうこうしてる間にも、は死に近づいておるんじゃぞ!」

「そ、そうだった!……オラ、人間界に行って来る!」

「しかし……もしゴルロラヴィンにバレたら……」

「どっか行っちまった今なら、バレやしねぇさ」


 そう言うと、その悪魔は往復楼デビルゲートを唱え、人間界へと向かって行った。



 ―― それから、一ヶ月が過ぎた。


 2、3日に1回は誰かが人間界に行き、食糧を大量に持って帰って来る事に成功していた。

 そのおかげか、どんどん元気を取り戻したは、よりまでも取り戻していた。

「……みんな……ありがとう」

「へへっ!どーってことねぇって!」

「そうじゃ!なんせワシのみたいなもんじゃしな!」

「いやいや!オラの……その……恋人……」

「それはごめんなさい」

「コイツ、フラれてやんの!」

【ギャハハハハハ!!】

「フフッ……フフフフ!」

 も楽しそうに笑っていた。まるで初めて出会った頃が嘘かのように。

 

「……あの……ソティル?」

「なんじゃ?」

「……その……ごる……ごるろ?」

「……あぁゴルロラヴィンのことか?」

「そう!」

「あれから一ヶ月か……全然姿を見ないのぉ」

「……悪い人……違う」

「ん?」

「ゴルロ……ラヴィン……悪くない……」

「は?何言ってんだよ!神にビビってお前を見捨てて逃げ出したクソ野郎だぞ!?」

「……違う!……違う!」

「……実はワシもから思うところがあってのぉ」

「どういうことだ?ソティルのジイさん」

「……ゴルロラヴィンが本気でを断罪するつもりだったら、全員始末すればよかっただけのこと……」

「……た、確かに」

「ワシは付き合いも長い。あやつの胸中も何となくわからんでもない。ワシらの前から姿を消したのは、契約を破って人間界に行くワシら悪魔族をなんじゃないかと思っておったが、あやつのの為に、今まで黙ってたんじゃ……」

 

「…………。」


 ゴルロラヴィンの取り巻き悪魔達は、黙り込んだ。

 自分達がゴルロラヴィンに向けた言葉の数々……。

 それが今は恥ずかしくて仕方がなかった。


「……ゴルロ……ラヴィン……悪くない!」

「……そうだな」

「……そうッスね」

「オレ達の行動を見越しての言動だったんだな……」

「あぁ、アイツはやっぱスゲェよ」

「お陰でも元気になったしな」

「みんなで謝ろう。例え許してもらえなかったとしても」


 バラバラになっていた悪魔達の気持ちは、改めて1つになった。それはきっと、のおかげでもあるだろう。


「ワシがみんなを代表して、礼を言わせてもらう。ありがとうよ、

「気に……すんな……ジジイ!」

「オラ達と一緒に居すぎたせいで、言葉使いが、ちぃとばかし汚ぇ気がする……」

「ワッハッハ!それは仕方ないじゃろ!」

「違いねぇ!」

【ギャハハハハハハハハハ!!】


「さて、オレらのは、今頃どこで何しているのやら……地獄目イービルアイ!」


「そうだ……。はどこに行った?」


 ―― 最悪の展開だった。

「神」が姿を現したのだ。


「私の目を誤魔化せるとでも思ったか?」

「ま……待ってくれ神よ!ワシの話を……」


裁きの鉄槌オープンミラージュ


 ズドォン!!


「そ、ソティルのジイさん!」

を無視し、あげく何度も人間界へと出入りする……。万死に値するぞ!」


 神の唱えた魔法は、光り輝く巨大な鉄槌となって、悪魔達を襲った。


「か……間一髪じゃった……」

「くっ……どうする?戦うか!?」

「む、無理ッスよ!あっしは逃げさせてもらいやす!」

「ヒカリ!お前さんは今すぐここから逃げるんじゃ!!」

 それがソティルの最期の言葉だった。


 ズドォン!!


「ハハハハハ!まずは1!」

 神の鉄槌に押し潰されたソティルは、細かい光の粒子となって、サラサラと消えていった。


「ジイさん……テメェェェッ!!」

 1人の悪魔が怒りに任せて、神に向かって翔んで行く。

 ……しかし、それも虚しく。


 ズドォン!!


「これで2匹目だな!」

 その後も神の猛攻は止まることなく続き、そこにいた悪魔達は、あっという間に全滅した。


「フン、私の使命の為、大人しく地獄界ここに籠っていれば、こんな事にならずに済んだというのに……」

 

 神は辺りを見渡した。それはゴルロラヴィンを探す為だったが、視界の端に何やらを捉えた。


「ん?人間か?」

「……あ……あぁ!」

 ヒカリは、この短時間で、自分に良くしてくれた悪魔達が、次々と目の前から消えていく光景に混乱した。

 ただでさえ、ようやく人間味が戻ったばかりだというのに、その光景はあまりにも残虐で衝撃的で、それに耐えられるはずも無く、身体は硬直して動けず、言葉もままならない状態だった。


「……なぜ地獄界ここで、人間の姿を保てているのか……興味深いな」

 神は宙を舞いながら、ヒカリに近づいた。

「20歳くらいの女性か……ん?……まさか……そのは……!!」


 神はヒカリのに気づき、動揺して、後退りした。

 しかし、ヒカリからすれば、神はに変わりはなく、ようやく動いた身体は、無意識に神から離れようとした。

 そして、気づけば声を振り絞り、大声を上げていた。


「ゴルロラヴィン!!」


 ズバン!!


「ぐぉぉぉ……!!」

 神が突然うめき声を上げた。その背中にはまるで刃物で切られたような傷跡ができていた。

「……なんか呼ばれた気がして来てみたら、神じゃねぇか」

「ご、ゴルロラヴィン……!!」


 そう。そこにはゴルロラヴィンの姿があった。

 

「ところで、は何処へ行ったかわかるか?」

「……ハッ!白々しいヤツめ!私が全員始末してやったわ!」


 ズバババババン!!


「ぐ……ぐぁぁぁぁぁっ!!」


 ゴルロラヴィンによる、光速の手捌きと尻尾捌きによって、神の身体は傷だらけになった。


「冗談にしちゃあ、笑えねぇな」

 







 神は問う。

「貴様……いったいどういうつもりだ!?」


 悪魔は答える。

「お前こそどういうつもりだ?」


 人間界と繋がるもう一つの世界「地獄界」で行われている「神と悪魔の戦い」

 

 2人のやりとりを期に、それは終わりを迎えようとしていた。



「なぜ……そうまでして私の使の邪魔立てをするのだ?」

「あーうるさい、ちょっと黙ってくれる?思い出したことがあった」


 ―― 違う。本当は思い出したをしたんだ。しょーもないプライドってヤツだな。


「オレとおまえ、どっちが強いかって話になったことがあってな?はみんな口を揃えて神が強いって言ってたんだわ。でさ、オレ自身も興味あったし、証明したいと思ったわけ。オレの方が強いってことを」

「そ……そんな理由で……貴様は!」


 ―― これも違う。もうはどうでもよかった。死んでいった仲間達が帰って来る事など無いのだから……。それにオレは……ただアイツを……ヒカリを守りたかっただけなのかも知れない。


「やはり貴様とは分かり合えぬようだな!今ここで貴様を倒し、使命を全うさせてもらう!これが私の……全力だ!!」

 神は全身全霊をかけ、魔法を唱えた。


「くらえ!天国への扉セブンスヘヴンズ!」


 ―― 流石のオレも、このクラスの魔法を使われたら、全力で返すしか為す術が無かった。

 

死に逝く運命ヘルジャッジメント


 二つの魔法がぶつかった瞬間、辺り一面全てを照らす程の眩い光が、少し遅れてとてつもない轟音が、地獄界全体をのみこんだ。


 ―― 。オレも魔力をかなり使ってはいたが、この暴走した魔法から身を守る程度の魔力は残していた……

 ところが、ソティルのジジイが残した「」がオレの頭に直接囁いてきやがった。

 ……ヒカリを守ってくれ……とな。


 そして、決着の時を迎える。

 神は消えゆく我が身から、断末魔をあげた。

 

「あ……悪魔……め……」


「おう、オレは悪魔。オレに成し遂げられぬ事などない」


 ―― そう。オレは成し遂げた。自分を犠牲にして、往復楼デビルゲートを開き、ヒカリを人間界に避難させた……。



 この「神との戦い」が、眠る度に出てくるのは、きっと楽しかったからと言うより、トラウマみたいなもんなんだろうな。

 なんせ、あれ程の威力を持った二つの魔法が、無防備な状態でオレに直撃したんだ。自分で言うのもなんだが、生きてただけでも大したもんだ。

 そしてオレは致命傷だった身体を癒す為に、人間界に行った。

 しかし、後遺症があったようで、記憶力や考える力をほぼ失い、ただ己の欲望のままに動くようになった……。

 そう考えれば、辻褄が合うじゃねぇか。

 ……そりゃあ、のは、妥当と言えるな。


 それにしても、オレとヒカリは地獄界で知り合い、その後、お互い記憶を無くした状態で再び知り合う事になるとは……。

「運命」なんてもんがあるとするなら、流石のオレも少し信じてしまうかもしれん。



 ―― そして、悪魔はゆっくりと目を開けた。

 そこには、かつていたはずのはもういない。


「やれやれ、色々思い出せたな……。良い事も、悪い事も……」


 そう呟いた悪魔だったが、直後、地獄目イービルアイで視られていることを感知した。

「……誰だ?悪魔はもうオレとデーオスしか……」


 悪魔も地獄目イービルアイを使い、その根源を探ろうとしたが、目の前の光景を見て納得した。

「なるほど、の仕業か」


 ―― その時、上空に往復楼デビルゲートが開かれ、デーオスの地獄声デスボイスが鳴り響いた。


【あ、兄貴ぃ!大ピンチッス!助けてくだせぇ!!】


「聞こえただろ?……も一緒に行くか?」

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