変化

「えっ?アンティって人が、シーア先生の息子!?」

「うん。ただ、アイツの言葉のどこまでが本当か嘘か、最後になって、わからなくなったのよね……」

「それじゃあ真実はシーア先生に直接聞くしかないってことね?」

「……うん」


 ヒカリは今まで絶大な信頼を寄せていたシーアに対して、少しだけ不信感を持つようになっていた。

 

「あっしがアンティ様……間違えやした。アンティに聞いてた話では、どうやら本当らしいッスけどね」

「うーん、確かに。シーア先生の「言葉」って、何か不思議な力があるのよね……」

「そう?アタシはほとんど話したこと無いから、気づかなかったけど」


 そんな風に、城下町を出発した馬車に揺られながら、一行は情報交換の意味も込めて、これまでの出来事を話し合っていた。

 

「……なるほど、ヒカリ達の事情は大体わかったわ。まぁアタシの方は特にコレといった情報は無いんだけど……強いて言うなら、神導院はほとんど残されているわ」

「あの時って、どの時ッスか?」

「デーオスが知らないのも無理ないわね。神が姿を消してから、各国が縄張り争いをするようになったのよ」

「そうそう!それで神導院は元々2つの国の国境に近い場所に建てられていたんだけど、そこで起こった縄張り争いに巻き込まれて、倒壊しちゃったのよね」

「だけどその2つの国は、お互いジリ貧になって、結局双方とも国ごと崩壊しちゃったの。迷惑な話よ!」

「そんな事があったんスね……」

「まぁ幸い、アタシたち修道女は、ちょうど各地に出発するところだったから、大した怪我人がでなくて済んだのよ」

「……私は足を怪我しちゃって、まだ魔法も未熟だったから、他の子達より旅立つのが遅くなっちゃったんだけどね」

 そう言ってヒカリが苦笑いを浮かべたのと同時に、馬車の外からドドドドという地響きが聞こえてきた。

「えっ……なに?」

「ちょっと部隊長!何が起こってるのよ!」

「う、後ろ!後ろ!」

 部隊長が慌ててヒカリ達に伝えた方向を見ると、砂煙を上げて近づいて来るが見えてきた。


「な、なんスかアレ!お、おっかないッス!」

 デーオスはヒカリの足元にしがみついた。

「人……に見えるわね」

 ミライの発言に、ヒカリは足元のデーオスを蹴飛ばし、馬車の後ろの窓を開けた。

「あれは……」


 は、馬車を引っぱっているとはいえ、二馬力もあるスピードをあっさりと追い抜き、「止まってください!」と声を上げ、進行方向の前に立ち塞がった。


 ヒヒーン!!


 驚いた馬を必死になだめる部隊長。

 ヒカリは馬車から降りると、の方へ歩いて行った。

「あ、姉御ぉ!大丈夫なんですかぁ!?」

「大丈夫よ!」


「ごめんなさい、ヒカリさん。驚かせてしまったみたいで……」

「平気ですよ!それよりも、どうしたんですか?メランさん」


 の正体は、メランだった。


「私もお別れの挨拶を……と思って、お家を訪ねたら、もういらっしゃらなくて……慌てて出口に向かうとリタとヘクが「もう出発した」って言うもんだから……」

「す、すみませんでした。私の方こそ、あれだけ良くしていただいたのに、ご挨拶もせず……」

「いいのよ!今こうして会えましたから!」

 そう言うと、メランは背負っていた風呂敷を広げた。

 そこには、いい匂いを放つ弁当箱が、5段積み重なっていた。

「私が腕によりをかけて作った料理です。旅のお供にぜひ!」

「うわぁ!ありがとうございます!」

 ヒカリは匂いだけでヨダレがこぼれ出た。それほどまでに、メランの手料理が美味しいということを物語っている。

「喜んでもらえて良かったわ。国の英雄様に、私如きの手料理をお渡しするのはどうか?と思って心配していたの」

「そんなこと……。それに、今まで通りに接してください。メランさんには本当に感謝していますから。リタとヘクが元気になれたのも、メランさんのおかげです。これからも、あの2人の支えになってあげてください」

 ヒカリは深々と頭を下げた。


「もちろん、そのつもりです。……ヒカリさん。あなたは私を救ってくれた立派な修道女です。こちらこそ感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございます」

 メランも深々と頭を下げた。


「……さて、そろそろ帰りますね」

「はい。メランさん。わざわざ来てくださって、本当にありがとうございます!」

「いえいえ、あとは若い御三方に任せて、老人はただ消え去るのみ……ですわ。それでは道中お気をつけて……」


 メランは「ソレ!」っと掛け声を上げると、砂埃を巻き上げて去って行った。

 地平の彼方に消える去るまでに掛かった時間、およそ5秒ほど。


「……相変わらずの瞬足ね」

「なっ、何者なの?あのお婆さん」

「メランさんって人よ」

 そしてヒカリは、メランとのこれまでをミライとデーオスに話した。


「……なるほど。リタ君とヘクちゃんの「おばあちゃん」みたいな人ね」

「そ、それにしたって、悪魔族でもあんなに速く走れるヤツなんかいないっスよ?」

「……まぁ、人にはそれぞれ得手不得手があるってことよ!さ、行きましょ!」


 ヒカリは、自分自身も未だに信じられない程の脚力をもったメランの話題を、何となくな感じにして話を収めた。


 1の間に、いくつもの「非日常」を体験した部隊長は、メランの登場により、いよいよ頭がパニックになったようで、

「しゅ、しゅぱーつ、しまひゅー!」

 などと、わけのわからないかけ声と共に、定まらない視線のまま、馬を走らせた。


「……部隊長、大丈夫かな?」

「へーきへーき!いざとなったらアタシが運転するから!」

「へっ?ミライの姉御は、そんなことも出来るんで?」

「もちろんよ!今までそうやって神導宗の務めを果たしてきたんだから!馬に直接乗ることも出来るわよ!」

「えっ?それなら、わざわざ部隊長に頼まなくても……」

「あぁ、面倒だったから」


 ヒカリとデーオスは顔を見合わせ、今も懸命に馬を走らせている部隊長に、同情の視線を送った。



 ヒカリ一行はしばらく馬車に揺られながら、メランのくれた弁当を3人で取り合ったり、並走して追いかけてくる動物達に興奮したり、デーオスのを聞いて爆笑したりと、気づけば数時間が経ち、ヒカリがウトウトし始めた頃、アマルティア領土の北部にあたる、部隊長達が食糧調達を行っている小さな村に到着した。

 

 流石は隊を任されているだけあって、部下達の前に戻って来た部隊長は、先程までとは打って変わって、

「私がお送り出来るのはここまでです。私は任務に戻ります。……城内で話の節々を聞いておりました。これより御三方は、神を復活させる為の旅をなさるとか……。どうかその道中がご無事である様、祈っております……」

 そう言って跪き、ヒカリ一行に祈りを捧げると、すぐさま立ち上がり、威厳のある立派な兵士の顔つきに戻った。


「部隊長さん、本当にありがとうございました!」

「あざッス!」

「ありがとねー!」

 ヒカリと、デーオス、ミライも、部隊長の言葉に対し、それぞれのやり方で答えた。


 部隊長はミライの事をジッと睨んだが、一瞬ふと笑顔になった後、に敬礼をすると、

「戻ったぞ!進捗状況を報告せよ!」

 と叫びながら、群衆の中に紛れて行った。


「……この村に、アタシ達の出番は無さそうね」

「うん、安心して任せられるわ」

「そーッスね!」


 村人達も、兵士達も、活き活きとしているのが伝わってくる。

 ヒカリは「いつかきっと、世界中がになるといいな」と、漠然とではあるものの、少し希望を持てるような心境になっていた。


「……あっ!あぁぁぁぁ!!」

 突然デーオスが大声を上げる。

「うるさっ、なに?何事よ?」

「あ、あ、アレ!アレ!」

 デーオスがワタワタと指差す方向に目を向けると、兵士に混ざって働くの姿があった。


「あぁ、アンティね。それがどうしたのよ?」

「えっ?あっ?あっし……だって!」

 デーオスは大混乱に陥った!

「……何よ、まさかまだあんなヤツにビビってるわけ?」

「そそ、そんなことは……」

 ヒカリとミライは顔を見合わせ、ニヤリと笑った。明らかに悪巧みを思いついたような表情だ。

「ねぇデーオス?」

「へ、へい」

「アンティにビビって無いんだったら、でもして来たら?」

「えぇ!?……で、でも」

「悪魔の魔法はまだ効いてるんでしょ?大丈夫よ!」

「……そうッスね、そうッスよね!あっしは兄貴みたいな悪魔になりたい!それは今も変わ」

「ゴチャゴチャ言わずに行って来い!」

 デーオスの言葉を遮ると、ミライはデーオスの臀部でんぶを蹴飛ばした。


 蹴飛ばされた勢いによって、幸か不幸か、荷物を肩に乗せて歩くアンティの目の前に、デーオスが立ち塞がる状況になった。


「こ、これはこれは。お久しぶりですね?」

「…………。」

「お身体の方はどうですか?」

「…………。」

 返事をしないアンティに戸惑い、デーオスはヒカリ達に助けを求めようと目を向けると、ヒカリとミライは何やら全身を使ってジェスチャーをしていた。


「もっと何か言ってやれ!」


 そう勝手に解釈したデーオスは、思い切って、思いつきの言葉を投げかけた。

「その姿、?」

「…………!!」

 すると、特に反応を示して来なかったアンティが、物凄い形相でデーオスを睨みつけた。

 それに対してデーオスは一瞬にして怯み、腰を抜かす寸前までになった……その時。

 

「デーオス殿。国の英雄である貴方でも、作業の邪魔をされては困ります。でしたら、もう少し離れた場所からお願いします」

 

 隊員の兵士に、そう咎められたデーオスは、肩を落としてトボトボと、ヒカリとミライの元へ戻った。

「……なんか、悪い事しちまったッス」

「ごめんね、デーオス。私達も良くなかったわ」

「……マジごめん」

「いや、いいッス。それよりも……」


 そう言うと、デーオスは改めてアンティの動向を目で追った。

 偽りの王を演じ続け、常に身なりが整っていた頃のアンティはもういない。

 そこにいるのは、汗を流し、歯を食いしばりながら、村人の為の食糧を何度も何度も懸命に運び続ける、だ。


「……アイツ、今どんな気持ちなんだろう?」

「さぁね。アタシには見当もつかないわ」


「ちょいと、そこのお兄さん、お待ち!」

「…………?」

「昨日からずっと大変でしょう?こんなもので良かったら、食べてちょうだい」

 村人の老婆が、お手製の「おにぎり」をアンティに手渡した。

 アンティは少し躊躇う様子を見せたが、手渡されたおにぎりを口いっぱいに、ほうばった。

「あらあら、それじゃ喉に詰まるわよ?ささ、これもどうぞ」

 老婆は、湯のみに入った「お茶」を手渡した。

「このお茶はね、村の特産品なのよ。食糧をいただいたお返しに、この茶葉を国王に献上する予定でねぇ」

 アンティはゴクゴクと飲み干した。

「どうだい?お口に合いまして?」


 すると、アンティは老婆に対して、とても晴れやかな笑顔を見せた。そして一礼をすると、また作業に戻って行った。


「……あっしには、わかるっす。割と長い付き合いッスが、、今まで見た事ないッス」


 この時ヒカリは、改めてフォス王の考え方に感銘を受けた。

 あんなに非道だった人間アンティも、いつかは変われる、改心出来るのだと……。

 そう思うと、今まで自身が抱えて来た、自己矛盾との葛藤が、何となくだが「答え」に近づいたような気がして、またしても希望が湧いてくるような心境になった。


「まぁ、聞いてやりましょ!」

「賛成ッス!」

「そうね。まっ、アタシには関係ないけど」

「……ミライ。私より性格悪くなってない?」

「えっ?嘘?私が?神導院で一番性格が悪いと言われていたヒカリより?」

「……そういうところよ」

「……どういうところよ?」

 だんだん険悪になっていく2人。

「ミライってホント昔からあーだこーだ……」

「ヒカリこそアタシのことをあーだこーだ……」

 

「あぁー!もう2人とも、やめるッス!」


 そんな言い合いをしながらも、ヒカリ一行は村を後にし、ちゃんと目的地へ向かって歩きはじめた。


 神導院までは、まだもう少しかかりそうだ。

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