惜別



 終戦した「あの夜」から一ヶ月が経とうとしていた。


「姉御!姉御!朗報でっせ!」

「……その呼び方やめてって何度も言ってるわよね?」

「す、すいやせん……いや!そんなことより!リタとヘクが無事にアマルティア護衛部隊の入隊試験に合格しやした!!」

「ほんと!?良かったぁ!」


 あれからアマルティア国は大きな変貌を遂げた。

 反乱軍扱いを受けていたフォス王と兵士達は、戦争の間も、停戦中も、いつか国民全員にが伝わることを信じて、国の為に稲作を怠らなかった。

 それが功を奏し、食物に困らなくなった国民達の生産性が一気に上がり、アンティが政権を握っていた頃の数倍は活気に満ち溢れている。


 ヒカリとデーオスは、この国の「英雄」として称えられ、フォス王から直々に高待遇を受けていた。

 城下町でも人気者で、ヒカリは変わらず神導宗の務めを果たし続け、デーオスもヒカリのことを「姉御」と慕い、見習う形で町人の手助けをしていた。

 デーオスの姿も、すっかり受け入れられていて、端正な顔立ちも相まって、特に女性からの人気は凄まじいものだ。


 一方、アンティの「言葉」によって、心に深い傷を負ったリタとヘクは、しばらく寝込んだままだったが、ヒカリとメランによる看病と励ましにより、何とか立ち直ることが出来た。

 そして、この双子には「秘められた能力」があることを知っていたデーオスの推薦で、アマルティア護衛部隊への入隊を皆に勧められたリタとヘクは、それに前向きな姿勢を見せ、挑戦する運びとなり、現在に至る。


「それで、2人の今後の話がしたいから、フォス王が玉座の間に来て欲しいって言ってたッス!」

「わかったわ、早速行きましょ!」


 神導宗としての務めが一段落して、リタとヘクの家でくつろいでいたヒカリだったが、デーオスからの報せを聞いて、すぐさま家を飛び出した。

 

 そして玉座の間に着いたヒカリとデーオス。

 そこには、立派な甲冑に身を包んだリタと、衛生兵が着用する衣服を纏ったヘクの姿があった。


「ヒカリ姉ちゃん!オレ、やってやったぞ!力試しだ!って言われて、を降参させたんだぜ!」

 リタは鼻息を荒くして得意げに語ったが、兜のサイズが少し合っていないらしく、喋る度にガシャンと向きがズレては元に戻しを繰り返していた。

「それは凄いけど……もっとサイズの合った兜は無いの?」

「ふふん!オレはアマルティア国史上、最年少で兵士になった男だぜ!近いうちにガシャン!町の鍛冶屋のガシャン!おっさんが特注サイズをガシャン!持って来てくれるガシャン!らしいガシャン!」

 ガシャガシャと兜の向きに悪戦苦闘しながら語るリタ。


「ヘクも凄いわね!その服、とっても似合ってるわよ!」

「へへへ……そ、そうかな?」

 顔を赤くして照れるヘク。しかしよく見てみると、やはり服のサイズが大きいらしく、袖からは手が見えず、丈の長いスカートは、床の掃除が出来そうなくらいダボダボだ。

「……ヘクも特注サイズ、早くもらえるといいね」

「うぅ……今はこれで我慢ですぅ……」


「……ゴホン!そろそろ私の話を聞いてもらってもよろしいかな?」

 様子をうかがっていたフォス王が、ここぞとばかりに切り出した。

「あ、はい!お願いします!」

「……実はリタとヘクの両親であるアガー氏とエルキス嬢とは、古くからの付き合いでな。神が姿を消し、アマルティアがアンティの手に渡ってしまった時、私は個人的な願いとして、リーピ村へ行くように頼んでいたのだ。それがまさかになろうとは……。私はご存知の通り、として内戦を余儀なくされていた為、外界の情報は遮断され、最近になってリタとヘクから直接聞くまで、何も知らなかった……。私の判断が間違えていたのだ……本当にすまなかった」


 悲壮感漂う表情で、フォス王はリタとヘク、そしてヒカリに向かって、深々と頭を下げた。


「もういいって、フォス王!」

「そ、そうです!もう……何十回と謝ってもらってますし……」


 ヒカリには、今のフォス王の心境が痛いほど伝わっていた。それは自分自身と重なる部分が、どこかあるように感じたからだった。


「……それで、リタとヘクの今後の話というのは?」

「ふむ、そうであった。最初は……図々しい話ではあるが、私が親代わりとなって、2人を養っていくつもりであったのだが、2人の強い要望により、護衛部隊の入隊試験を受けてもらった。もちろん決して贔屓などせず、厳格な審査を行った。その結果、見事2人は合格した。つまり、が意味することは二つあるのだ」

「二つ?」

「そう。一つは、リタとヘクは両親の血をちゃんと引き継いだ「天才」だということ。このままどんどん経験を積んでいけば、諸外国にも名を轟かすであろう。正に逸材である!」

「そ、そんなにリタとヘクは凄いのですか?」

「へへーん!当たり前ガシャン!」

「リタは……悪魔さんに鍛えてもらってたし、私も……ヒカリお姉さんに……色々教わってたから」

「……そうね」

「そしてもう一つ!これが重要である!」

「何でしょうか?」

「護衛部隊になってもらったからには、当然アマルティア国を今後護衛してもらうことになる」

「……つまり……?」

 ヒカリは薄々感じていた事を、自分の口からは言い出せず、フォス王に言葉の続きを求めた。


「つまりだ。ヒカリ嬢は神導宗の修道女。その掟は知っておる。世界中を廻って困っている人々の手助けをしなければならない。その旅に、もうリタとヘクを連れ出すわけにはいかないのだ」


「えっ」

「あっ」


 きっと、そこまで先の事に考えが及んでいなかったのであろう。リタとヘクは不意にでた言葉そのままに、開いた口が塞がらない状態でいた。


「……確かに、おっしゃる通りです」

「あれから、はや一ヶ月……。ヒカリ嬢とデーオス殿には充分過ぎる程に手助けしていただいた。もうアマルティアは大丈夫である。それよりも、領土内に点在する他の村へ向かっていただけると、国としても助かる」

「そう……ですね……」

「そ、そんな!待ってよヒカリ姉ちゃん!」

 鬱陶しかった兜を投げ捨て、リタがヒカリに詰め寄る。


「これからもアマルティアにいてくれよ!オレ、絶対強くなって、今度はオレがヒカリ姉ちゃんを守りたいんだ!」

 泣きそうな顔を必死で堪えて、懇願するリタ。

「……ありがとう。でも、私、行かなきゃ」


 ヒカリも断腸の思いだった。

 この2人ふたごを守り抜くと、リーピ村で心に決めた。しかし結局のところ、襲撃された際や、アンティによる「嘘」から、守ってあげることが出来なかった自分を悔やんでいた。


 ――――  いっそ、自分の元から離れた方がいい


 そう思うようにさえなっていた。


「リタ、ヘク、ホントにごめんね。私は2人の保護者になれてなかったね」

「……めろ」

「でもね、短い間だったけど、私は2人に出会えて本当に良かったと思っているわ」

「……やめろ」

「一生会えなくなるわけじゃないし、きっといつかここにも戻って来るから」

「やめろって言ってんだろ!!」


 ついに堰を切ったように怒鳴り声を上げるリタ。

 その頬には、涙が伝っていた。


「なんで……そんなこと言えるんだ……?」

「リタ?」

「オレ達はとっくにみたいなもんだろうが!!」

 ヒカリはリタの言葉にズキンとした胸の痛みを感じた。

「オレは……家族と離ればなれになるのは嫌なんだぁ……うわぁーん……」

 そう言って泣き崩れるリタ。


 玉座の間は、リタの泣き声だけが響いていた。


 ―― その時だった。


 ずっと無言を貫き、様子を窺っていたヘクが、泣き崩れるリタの元へと走り出した。


 バタン!


 しかし、長すぎるスカートに足をとられ、ヘクは顔面から地面に向かって倒れてしまった。


「へ、ヘク!大丈夫!?」

 ヒカリはヘクの性格を知っている。と思い、すぐさまヘクの元へ駆け寄った。

 しかし、いつもと様子が違う。


「……だ、大丈夫です。1人で……起きれますから……」

 そう言うと、ヘクは自力で立ち上がった。鼻血は出ているが、涙は一切出ていなかった。

 そしてリタの側にたどり着くと……。


 バチン!


 リタの頬に向けて繰り出されたビンタの音が、玉座の間に響き渡る。

 リタは驚いた表情で、ぶたれた頬に手をやり、ヘクを見上げた。


「この一ヶ月の間、辛い時もあったけど、「もう泣くのはやめよう」って約束したよね!?それを言い出したのはリタじゃない!なに泣いてんのよ!」

「……え……あ……」

「私だって辛いよ?ヒカリお姉さんの事……大好きだから!!」

 ヒカリはまたしても、ズキンとした胸の痛みを感じた。

「でも……だからこそ、ここで一度お別れした方がいいと思う。護衛部隊のお仕事を一生懸命頑張って、いつか再会した時に、ヒカリお姉さんが!!」


 少し涙声で、瞳は潤んではいたものの、決して涙を流さず、凛とした表情で、垂れていた鼻血を拭ったヘク。

 それは、今までのヘクからは考えられない、見事な「決意表明」だった。


「……ヘク、もう一発ビンタしてくれ」

 つい出てしまった自分の「弱さ」を後悔したのだろう。リタは立ち上がり、ヘクの正面に立って目を閉じた。


【バチィィン!!】


 とてつもない破裂音が響き渡った。そしてあまりの衝撃に、リタは数メートル吹き飛んだ。


「い……痛でぇぇぇぇ!!」

 リタはジタバタと悶絶寸前になった。

 

 ―― なんと、ビンタをしたのはヘクでは無く、ヒカリであった。

 

「ひ、ヒカリ姉ちゃん……?」

私からの餞別よ!私のビンタに耐えられるんだから、どんな敵が現れてもきっと大丈夫!」

 そう言って微笑むヒカリ。

 リタはその時、ヒカリの後方にある大きな窓から差し込む日差しも相まってか、一瞬ヒカリが「天使」のように見えた。


 そして、ヒカリはヘクの元へ行くと、そのまま強く抱きしめた。

「さっきの言葉、立派だったよ。それに、私もヘクのこと、大好きだからね」

「……うぅ……ヒカリお姉さん……ズルいですぅ……」

 ヘクはずっと我慢していたが、ヒカリの言動によって、ついに泣き出してしまった。

「こら、泣いちゃダメなんでしょ?」

「だっで……うわぁぁぁん……」

「おいヘク!話が違うじゃねぇか!」

 リタもヒカリに向かって走り出し、抱きついた。

 それをヒカリは笑顔で受け入れ、3人はしばらく抱き合った。

 

 フォス王も、デーオスも、何も言わず見届けていた。2人の「粋な計らい」である。


 ―― その時。


 バァン!!


 玉座の間の大扉が開いた。

「お取り込みの所、大変申し訳ありません!!」

 1人の兵士がやって来た。

「むむ!ホントに取り込み中だったぞ!少しはわきまえんか!」

 呆れた顔でフォス王が兵士を咎めた。

「た……大変失礼しました。しかし、緊急の連絡ゆえ……」

「緊急……?何かあったのか?」

「はい!私は食糧調達部隊長であります!今回は「北部」を担当していたのですが……」

「なにっ!北部だと?その隊にはが居たはず……ヤツがまた何か悪さでもしたのか?」

「いえ!彼は相変わらず言葉を使えず、今はただ黙々と与えた仕事をこなしております!」

「そうか……ならば、何事か?」

「そ、それが……」


 すると、膝まづいていた部隊長の背中を踏んずけて、が玉座の間に飛び込んで来た。


【ヒッカリィィィーーーッ!!】


 は、ヒカリの名を叫びながら、ヒカリの元へ一直線に向かった。


「えっ!?何この状況?面白そう!私も混ざっていい?いいよね?」

 そう言って、抱き合っていた3人に混ざる様に抱きついた。


 一瞬の出来事に、玉座の間にいた者達のほとんどが、状況を掴めずに唖然としていた。

 ……ただ1人を除いては。


「……その声……もしかして……」

「もしかしないでよ!すぐ気づいてよ!」

「久しぶりね、ミライ!」

「うん!会いたかったよーっ!……ってまぁ、ちょくちょくけどね」


 修道服に身を包み、淡い青色の髪をポニーテールで結んだ、ヒカリにも引けを取らない程の美少女の正体は、ヒカリの親友である「ミライ」だった。


 フォス王が部隊長に問いかける。

「もしや、緊急の連絡とは……」

 それに対して部隊長が答えようとすると、それを遮るようにミライが喋り出した。

「そう!アタシの事でーす!ヒカリにどうしても伝えたい事があって、無理を言って馬車をお借りしました!」

「……それで急遽、他の者を残し、私が馬車の運転をしてここまで……」

 そう語る部隊長の話をまた遮るように、ミライが喋り出した。

「ホントはね、アタシの明晰夢渡ニゲラを使って、に潜り込んで伝えようと思ったんだけど……ヒカリの魔力がどんどん高まっていて、とうとう「反射」されて会えなくなっちゃったの」

「やっぱり、今までのって……」

「そうよ!約束したじゃない!……ってね!」

「た、確かに……あながち間違いではないわね。でもそれって……私が眠る度に……?」

「そんな訳ないじゃない!たまにお邪魔してただけ!」

「そうだったんだ……おかげで何度も救われたわ。ありがとう、ミライ」

「もう!何よ今更!」

 そう言って、ミライはヒカリの肩をバシン!と叩いた。


「あ、あのぅ……」

「ど、どなたですか……?」


 半ば無理矢理ミライの言動に巻き込まれていたリタとヘクが、恐る恐る尋ねた。


「ん?なんだね君たちは。子どものくせに一丁前に護衛部隊の格好なんかしちゃって」

「ひ、ヒカリ姉ちゃん!と知り合いなのか?」

「……コ・イ・ツですってぇ!?生意気な!」

 ミライはリタの両の頬を強く引っ張った。

「いててて!やめろー!」

「……ん?あぁ、ゴメンゴメン。君がリタ君だね?」

「……そうだよ」

 ほっぺを擦りながら、恨めしそうに答えるリタ。

「そして、君がヘクちゃんか!んー!やっぱりで見た方が可愛いわねぇ!うり!うり!」

 今度はヘクの両の頬をプニプニするミライ。

「あ、ありがとう……ございますぅ……」

「あとはだけね。……あれ?見当たらないわよ?」

 ミライはを探して、辺りをキョロキョロと見回した。それどころか、玉座の間のカーテンの裏や、高級そうなタンスの中、さらにはフォス王が座る玉座の後ろまで、ヒョコヒョコと探し回った。

「フォッフォッフォ!元気のいい娘さんだ!」

 フォス王は思わず笑いがこぼれた。

「ちょ、ちょっとミライ!王の御前よ?自重しなさい!」

「えぇー?だってが見当たらないんだもん」

「そ、それは……ちょっとのよ!とにかく、私に伝えたい事って何よ?」

「あぁ!そうそう!そうだった!」

 そう言って、ミライはバタバタとヒカリの元に駆けつけると、耳元で囁いた。

「ついに「神の復活の儀式」が執り行なわれることになったのよ!」

「えっ!ほんとに!?」

 驚くヒカリに対し、ミライは声高に話を続けた。

「ホントよ!アタシは以来、ずっと神導院しんどういんの「修繕活動」の手助けを中心に、付近の町や村で神導宗としての活動をしてたの。そしたら、神導院にいるシーア先生が、「時は満ちたわ。あなたは南のアマルティア領土にいる神導宗の子達に、今すぐに戻って来るよう伝えなさい……」って言われて……」

 ミライはシーアのモノマネを混ぜながら、事の経緯をヒカリ達に説明した。


「なるほど、それはヒカリ嬢にとっては緊急事態であるな」

「そうなんですよ!流石は国王様!話がわかるぅ!……それに比べての兵士ときたら……」

「し、仕方ないであろう!突然見ず知らずの女に、訳も解らぬまま「城へ連れてけ!」などと言われても「はい、わかりました」とはならんであろう!」

「まぁ、結局連れてきてくれたから良しとするわ、ありがと」

 感情の一つもこもっていないミライの言葉に、部隊長はとても悔しそうな表情で、床に突っ伏した。




 こうして、ヒカリは急遽、北の国境を越えてすぐの所にある、「神導院」に向かう事となった。

 国境にある関所の通行証をフォス王に発行してもらっている間、ヒカリは一晩かけて、しばらくお世話になっていたリタとヘクの家を、デーオスと共に綺麗に片付けた。

「……しばらくは、ここともお別れね」

「……そうッスね」


 夜が明け、家を出ると、ガチャリとしっかり鍵をかけて、その場を後にした。



 

 城下町の出口に向かう道中、ヒカリとデーオスは、ミライと合流した。

 

「あーあ、会いたかったなぁー、

「ちょっ、な、何よ急に!」

「あんれぇ?確かアタシが明晰夢渡ニゲラでヒカリの夢の中に入った時……」

「だああああ!もう、うるさい!」

「へへっ!2人はホントに仲がいいんですねぇ!」

「そりゃもちろん!アタシたち親友だもの!」

「うん、それは否定しないけど、余計な事は言わないでよ?」

「わかったわかった!……で?は、どこへ行ったの?」

「それなんですが……あっしに一言、「を取りに行ってくる」とだけ言って、地獄界に戻って行きやした……」

「えっ、そうだったんだ」

「アイツ……私には一言も無いのよ?ヒドイと思わない?」

「ははぁーん、さては……」

「だ・か・ら!そういうのは、もういいってば!」

「怒った?きゃはははは!」

「……あぁ、あともう一つ。あっしに「お前が今するべき事は、まだあるはずだ」とも言ってくれやした。あっしは……その言葉に感動したッス!もう一生兄貴について行くッス!」

「……でも、地獄界じゃなくて、この世界に置いてかれてるじゃない」

「くっ!姉御は手厳しいッス!」

 

「キャアーッ!デーオス様ぁー!」

「また戻って来てくださいねー!」

「……あんたって、悪魔っていうより、って感じよね」

「いやぁ、なぜだか女性達に人気でして……へへっ」

「まぁそれも含めて、この一ヶ月、本当に助かったわ。ありがとう、デーオス」

「あ、姉御ぉー!」

「だから、その呼び方は何とかならないの?」

「だって、姉御は姉御ッスから」

「……意味がわからないわ」

「とにかく!兄貴が言う、が、姉御の手伝いなんだと自分なりに解釈したまでッス!お礼なんか要らないッスよ!」



 そうこう話している内に、とうとう城下町の出口に辿り着いたヒカリ一行。

 門番の1人がヒカリに近寄ると、

「これは王から預かったものです。お受け取りください」

 そう言って、関所の通行証と一通の手紙を渡された。

 手紙には、こう書かれていた。


「見送りに立ち会えぬ無礼、どうか許して欲しい。なにぶん私も案外多忙であるのでな。

 ヒカリ嬢よ。改めて書かせてもらうが、そなたはこの国を救ってくださった英雄である。その事を忘れずに。

 アマルティア国はいつでもそなたが帰って来る事を待っておりますぞ!」


「フォス王……ありがとうございます」


 ヒカリはフォス王からの手紙を胸にあてて、城の方角へ一礼すると、大事そうにカバンの中にしまった。


「ヒカリ姉ちゃーん!!」

「ヒカリお姉さーん!!」

「リタ!ヘク!」


 そこにはリタとヘクの姿があった。

 2人ともブカブカだった装備が一新され、ピッタリのサイズになっていた。

 

「王様が見送りの許可をくれたんだ!」

「ヒカリお姉さん……あの……これ!持って行ってください!」

 ヘクは母の形見である、ピンクのリボンを差し出した。

「ダメよ!こんな大事な物……受け取れないわ」

「……あんなに優しくて……沢山の人の病気を治していたお母さん。……だから、何となくですけど……危険な目にあった時に、……そう思うんです」

「それなら余計に受け取れないわよ!」

「違うんです!……んです……。いつか!!」


 ヘクなりの、精一杯の「気持ち」だった。

 

「……いいんじゃない?ヒカリ!」

「そうッスね!」

「……わかったわ。大事に!」

 ヒカリはピンクのリボンを受け取った。そして、すぐさま髪に結んだ。

「どう?似合う?」

「凄い!とっても似合ってます!」

「姉御、最高ッス!」

「ヒカリ、いいモノ預かったじゃない。羨ましい!」


「こ……コホン!ゴホン!」

 リタが急に不自然な咳払いをはじめた。

「ん?リタ、どうしたの?」


「これがだぁぁぁ!!」


 そう言うと、リタはヒカリの元へ猛スピードで突進した。

 反射的にヒカリは身構えたが、ほんの一瞬、目を離した隙に、リタの姿が視界から消えた。


 バチン!


 気づいたら、ヒカリは頬にビンタを受けていた。

「……えっ?」

 ピリピリと痛む頬を撫でるヒカリ。あまりの出来事に一瞬怯んだヒカリの前方には、リタの姿があった。

「へへーん!見えなかっただろ?」

「う、うん……」

「オレみたいなガキに、一方的にビンタされた気分はどうだ?悔しかったら!!」


「……ふふふ。わかったわ。今回は降参よ。でも……覚悟しておくことね」

 そう微笑みながら、ヒカリは握られた拳をもう一方の手で包み、指の関節をボキボキと鳴らした。


「……やめとけばよかった」

 リタはボソッと呟いた。



「それじゃあ……行くね」

 ヒカリ一行は、部屋の外観も内装も豪華な、窓付きの立派な馬車に乗り込んだ。その馬車を引っぱる2頭の馬がヒヒーン!といなないた。運転手はもちろん部隊長だ。

 部隊長は仏頂面で、何かブツブツとボヤきながら馬を走らせた。


「ヒカリ姉ちゃん!」

「ヒカリお姉さん!」


 双子は息の合った声で叫んだ。


!!」


 ヒカリもそれに答える。


!!」


 そうして馬車は走り出した。

 ヒカリ達と双子は、お互いが見えなくなるまで手を振り続けたのだった。

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