結末
玉座の間へと進む一行。その道中で会話は一切無かった。
その際、何人もの兵士と遭遇したが、その誰もが悪魔のありのままの姿と、それに勝るやもしれないヒカリの「圧」によって、任務であるはずの「リタとヘクを捕らえる」ということを忘れさせ、ただ呆然とヒカリ達の動向を眺めるだけだった。
いくつもの巨大な窓が並ぶ城内だが、その窓の横を通り過ぎる度に屋外へ目線をやると、無数の明かりが西に向かって行くのがわかる。
松明を掲げて突き進んでいるであろう、アマルティア国民の群れだということは、言うまでもない。
そしてついに玉座の間へ辿り着いたヒカリは、躊躇うことなく力一杯に扉を開けた。
そこには、いつか見た光景と同じ様に、玉座に座るアンティと、その横に立つデーオスの姿があった。
「ヒカリちゃん!無事だったんだね!良かった……」
アンティは不安そうな顔から一転、ホッとした表情を見せた。
「ところで、一体どうしたんだい?そんな怖い顔をして」
「……あなたの一声で……戦争が始まってしまったわ」
「……そうだね」
「これから大勢の命が失われてしまうわ」
「仕方ないじゃないか!ぼくもこんな形は望んで無かった……。しかし、卑劣な手を使って攻めてきたのは反乱軍の方だ!奴らは我らアマルティア国民全員を怒らせたんだ!」
肘掛けをドンッ!と強く叩き、怒りを露わにするアンティ。
「なぜリタとヘクを兵士に追わせたの?」
「まだ城内は危険だったし、2人を守りたかったからに決まってるじゃないか!ヒカリちゃんとも約束しただろ?一生をかけて守るって!」
「……もう十分わかったわ。それがあなたのやり方なのね?」
「……何か含みのある言い方だね?でも、そうだよ。これがぼくのやり方なんだ」
アンティは真っ直ぐな目で、胸を張って言い切った。
そう言われて、すぐさまヒカリが何かを言おうとしたその時、いつもはこういった場面では傍観していることの多い悪魔が、珍しくヒカリを抑えて一歩前に踏み出した。
「おい、デーオス」
「はい?」
「今お前がするべき事は何だ?」
「……そう……言われましても……」
デーオスは口元に手を当て、困惑した表情を浮かべた。そしてアンティと顔を見合わせ、共に苦笑いをした。
「ふん、まぁいい。悪かったな
「な、何だったのよ、今の」
「気にすんな、いいから早くやれよ」
そう言うと、悪魔は絨毯の上で横になり、いつも以上に自堕落な姿を見せた。
「ま、まぁいいわ。アンティ!リタとヘクから聞かせてもらったわよ!」
「……はて、何の事かな?」
「デーオスがアンティに言った言葉……「城内への砲撃は無事成功したと、兵士長から報告がありました」……間違いないわね?」
少し眉がピクリとしたアンティは、足を組み、前傾姿勢になったが、反論の言葉は無かった。
「……あれ?さっきまでの強気な態度はどうしたの?何も反論は無いのね?」
押し黙ったままのアンティに、ヒカリは声を荒らげた。
「私の推測が確かなら、今回の砲撃は反乱軍によるものではなく、自作自演だったってことになるわ!そりゃあ、こんなやり取り聞かれたら、身内だろうが必死で口止めしたくもなるわよね?」
そう言ってヒカリはリタとヘクを指さした。
「えぇっ!?まさか……」
「や、やっぱり……」
リタとヘクは、心のどこかにあった疑惑が的中した事による驚きのあまり、表情が不自然に歪んだ。
それを見ていたアンティは頬杖をつき、溜め息混じりに呟いた。
「つまり、何が言いたいんだい?」
「アンティ、あなたはこの自作自演をすることで、民衆を煽り、反乱軍と戦争をさせたかった……そうでしょ?」
「……フッフッフ」
すると、突然立ち上がったアンティは、まるで人が変わったかのように両手を大きく叩き、満面の笑みを浮かべ、声を張り上げた。
「ハッハッハッハッ!その通りだよ、ヒカリちゃん!」
「み、認めるのね?」
「ああ、認めるさ!全部君の言う通りさ!でもおかげで長かった争いが終わりを迎えようとしているよ?それの何が悪いんだい!?」
開き直った様に見えるアンティだが、その実、言っている事の整合性がある分、なかなか言い返す言葉が思いつかないヒカリは、自分に苛立った。
「沢山の……大勢の血が流れるのよ?なぜそんな平気でいられるのよ!?」
「なぜって?ぼくは戦いに参加しないからさ。反乱軍とアマルティアの民衆の争いだ。ぼくは傷一つつかないからね」
「自分は安全だからって……あんたが焚きつけた戦争じゃない!それが国王のする事なの!?」
「だからさっきも言ったじゃないか!これがぼくのやり方なんだよ!あわよくば、この戦争で反乱軍が占拠している稲作地帯の奪還と、アマルティアの人口減少が見込めれば、この国は一気に平穏へと近づくだろう!」
「あんたねぇ!」
ヒカリがアンティに詰め寄ろうとしたその時、
「あー、つまんね。おしゃべりはお前らに任せるわ」
そう言うと、悪魔は突如として城の外の暗闇の中へと翔び去って行った。
「……ふん、何を考えているのかわからないヤツだということは知っていたが、まさかここまでとはな。だが、あの様子なら、ぼくの作戦にあまり影響は無さそうだ」
「作戦?」
「おっと、ぼくとしたことが、つい口が滑ってしまったね」
そう言うアンティの表情は、今まで以上に邪悪さを感じられるような薄ら笑いを浮かべていた。
その不気味さも相まって、ヒカリは洗いざらい全て吐かせようと、アンティに詰め寄って行った。
「その作戦とやら、聞いてあげようじゃない」
「うーん、どうしようかなぁ?これを聞いたらマズイ事になるんだろうなぁ?どう思う?デーオス」
「はっ!私はただ王のご指示に従うのみの存在。全ては王の気持ち次第かと……」
口元に手を当てながら跪いたデーオスは、月並みな返答をした。
「そっかそっか!なら言っちゃおうかなぁ?ヒカリちゃん聞きたい?」
「鬱陶しいわね……さっさと話しなさいよ!!」
「わかったよ、そんなに怒らないで。せっかくの美人が台無しだ」
そう言いながら、おもむろに歩きはじめたアンティは、ヒカリの髪にそっと触れた。
悪寒を感じたヒカリは、すぐさまその手を払いのけた。
「やめてよ気持ち悪い!」
「それはヒドイ言われようだ。流石のぼくも傷つくなぁ」
「いいから話しを聞かせなさい!」
「そうだな……どこから話そうか……」
アンティは考え事をするように、ゆっくりと玉座の間を歩いてまわった。
「ぼくはね、実はこのアマルティアのただの一般兵だったんだ」
「は!?言ってることがおかしいわよ?元々王族の家系だって……」
「真実を言っているだけさ。ぼくは生まれつき少しだけ弁が立つ才能があったみたいでね。言葉巧みに立ち回っていたら、気づけばただの一般兵から兵士長になり、そして王の側近へと、あっという間に昇進していった。ぼくの本当の母親に感謝だよ。そして次第にこう思うようになった……」
玉座に腰を下ろしたアンティは、冷ややかな目線で言い放った。
「この国をぼくのものにしてしまおう……とね」
「……な……なんですって……?」
「いやぁ、我ながら実に簡単な作業だったよ。本当の王に対してあらぬ疑いを幾つもかけてさ。みーーんなぼくの言うことを信じるんだから傑作だったなぁ!アッハッハッハッハッ!」
「そ、それじゃあ、反乱軍と言われている人達って……」
「ああ。この国の本当の王と、ぼくの言葉に
「なんてことを……」
「まぁそんな過去の話はどうでもいい。結果としてぼくは今、王の座についているわけだからね」
ヒカリは言葉に詰まった。
言語化出来ない程のあらゆる感情が、次々と湧いてきたからだ。
「……王兄ちゃん」
「ん?どうしたんだい?リタ」
「本当の母親って何だよ?オレ達……兄妹なんだよな……?それは嘘じゃないんだろ?……嘘じゃないって言ってくれ!!」
アンティはその言葉を聞いて、おもむろに髪をいじり始めた。
そして……。
「ほら、よく出来ているだろ?カツラというんだ」
栗色の髪から一転、カツラをとったアンティの髪は真っ黒のショートヘアーだった。
「嘘に決まってるだろ」
その瞬間、まるでリタとヘクの周りだけ時が止まったかのように、2人は硬直し、言葉を失い、真っ青な表情の両目からは音もなく涙が頬を伝っていた。
「そもそも君たち2人の名前なんて、ヒカリちゃんに言わせる様に仕向けて初めて知ったぐらいさ!そこからは、デーオスが魔法で掴んでくれた情報を最大限利用して、それらしい理由を辻褄が合うようにヒカリちゃんに話すことで、悪魔を説得して反乱軍を抹殺してもらいたかったけど、その作戦は失敗に終わった。けれど、ダラダラと生活している民衆共の心を動かす為に考えた「感動の再会」作戦。その道具として君たち2人を利用させてもらったよ。こっちの方は効果てきめんだったね。アッハッハッハッハッ!」
―――― ドクン!
ヒカリにかつてない程の鼓動が全身を駆け巡った。
そして、考えるよりも先に身体が勝手に反応するように、リタの持っている短剣を奪い取り、アンティに向かって一直線に駆け出していた。
【アンティィィィィッ!!】
―― ザクッ!!
「……神導宗のあなたがこれ以上をやってはなりません!!」
聞きなれない声に、ふと我に返ったヒカリが目にした光景は、アンティを庇うようにヒカリの短剣を左腕で受け止めた、甲冑を身に纏う老兵の姿だった。
「あ……あなたは……?」
「私はこの国の王……いや、今は反乱軍のリーダー……と言った方が正しいですかな?」
「き、貴様……!どうやってここへ!?」
「オレが連れてきた」
その声の先には、姿をくらましていた悪魔の姿があった。
「全て……話は聞かせてもらった。それは私だけじゃない、アマルティア全国民だがね」
「ど……どういうことだ!?」
あれだけの余裕を見せていたアンティだが、流石に焦りの表情が出始める。
すると、ずっと沈黙を貫いていたデーオスが口を開いた。
「あ……あっしは……あんたのやり方にウンザリしてたんだぁ!」
「デ、デーオス!?」
「アンティ!……様のやり方にあっしはついていけないと、悪魔の旦那に全て話させてもらいやした。そしてつい先程、悪魔の旦那に言われた助言……やっぱ旦那はすげぇ悪魔だぁ!この時の為にあの日、あっしにこうするように仕向けたんですね!?」
「ふん、なんのことだかわからんな」
「デーオス……お前まさか……」
「そのまさかッス。あっしが今まで口元に手を当て続けていたのは、あっしの魔法、
デーオスの話に続く様に、悪魔が言う。
「おかげで反乱軍に向かってった民衆共も、今じゃ足を止めて考えふけてたぞ」
「そこに突如、この奇っ怪な……ゴホン、失礼。悪魔殿が私の元にやってきて、一言「お前はどうする?」と言われ、ここに連れて来ていただいたのだ」
そう言うと、本当のアマルティア王は、アンティの目の前に仁王立ちした。
「もういいだろう?やめにしないか?」
「……ハハッ!ふざけるな!おいデーオス!貴様、助けてやった恩を忘れたのか?」
「忘れるわけがありません。今でも感謝しております」
「ならば、こやつらをどうにかしろ!」
「……それは出来ません」
「なにぃ!?」
「もう私としては、充分恩を返したつもりです。それに、悪魔の旦那……いや、兄貴!」
「あ?」
「これからは「兄貴」って呼ばせてくだせぇ!」
「……好きにしろ」
「あっしはアンティの汚いやり方に、只々言いなりになっていた……ただの操り人形ッス。でも、もうそれも終わりだ!あっしは……兄貴みたいなカッコイイ悪魔になりたいんでさぁ!!」
「この……クソ悪魔共が!」
アンティは玉座の横に垂れているロープを思い切り引っ張った。
すると、けたたましいベルの音が城内に響き渡り、直後、城中の兵士達が玉座の間に集まってきた。
「おい!兵士長!」
「はっ!」
「この者共を始末しろ!」
「……出来ません」
「な、なんだと……!?」
「私たちは目を覚ましたのです。あなたの口車に乗ってしまい、常に国民の為に尽力してきた本当の王を裏切ってしまったことを……心から後悔しております」
兵士長をはじめ、集まって来た兵士達は皆、一様に涙を流していた。
「だ、騙されるな!これは罠だ!ぼくの……ぼくの話が聞けないのかぁぁぁ!!」
「見苦しいぞテメェ」
「う、うるさいぞ悪魔風情が!」
「おい、
「あっ……え、はい!」
「お前はコイツを殺そうとしてたよな?それなら、オレがコイツを殺せばそれは善行か?」
「お待ちくだされ、悪魔殿」
「なんだ?」
「この男……アンティの処遇は、私に任せていただけないだろうか?」
「……具体的にはどうすんだ?」
「更生してもらおうと思っています」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
しばらく唖然としたまま、事の成り行きを傍観している内に、冷静さを取り戻したヒカリが割って入る。
「まずは、その……私が取り乱したことによって、腕に刺し傷を負わせてしまったこと、心から謝罪申し上げます。本当にすみません」
「……あなた方が受けた心の傷に比べたら、些末なことです」
「……確かに、私たちは……特にあそこにいる
「ふむ……それで?」
「それに、国家に対する反逆は大罪に値します。そのことを忘れずに、どうか賢明なご判断を……」
「……確かにアンティの犯した罪は計り知れない程の大罪と考えておる。しかし、その悪意を見抜けなかった私の責任でもある。それに、だからと言って、更生の機会を少しも与えないというのは、この「フォス・アマルティア」の名に恥じる行為なのです。……わかってもらえないか?」
「クックックッ……」
「アンティよ、何が可笑しい?」
「そんな甘い事言ってるから、ぼくにアマルティアを乗っ取られたんだろう?」
「確かにそうかも知れんな……。だが、貴様の言葉に耳を貸す者はこの国にはもうおらんよ」
「いや、ぼくは宣言するよ。実の母であるシーアから受け継いだこの言葉の力で、ぼくは何度でもアマルティアを乗っ取ってやる!」
「えっ!?ちょっと待って……シーアって……」
―― その時だった。
「
唱えられた魔法は、悪魔の掌の上で濃い紫色の火球となってメラメラと揺らめいた。そしてそのまま奇妙な軌道を描きながら、アンティの口の中へ吸い込まれる様に入っていった。
「…………!…………!!」
アンティは懸命に何かを話そうとしているが、言葉が出ずに口をパクパクさせている。
「こ、これは……?」
驚いたフォス王が悪魔に問う。
「要はコイツのおしゃべりが元凶なんだろ?だから、コイツから言葉を奪ってやった」
アンティが最後に残した言葉を問いただしたかったヒカリは、悪魔にしがみつくように尋ねた。
「そ、そんな……それじゃあアンティはもう……」
「さぁな。あまり使わない魔法だから、この効力がいつまで続くかはオレにもわからん。明日までか、一年か、或いはコイツが死ぬまでか……」
「……そう」
「私は……悪魔殿の判断に間違いは無いと思っておる」
そう言うと、フォス王は悪魔とヒカリに頭を下げ、語り始めた。
「人間、誰しも完璧では無い。時に誤ちを犯す生き物だ。アンティの様に即刻「極刑」を免れない者もいるだろう。だがそれは私の信念に反する。生きてさえいれば罪を償う事は出来るのである。「言葉を失う」事の残酷さは計り知れないが、アンティを悪人たらしめる元凶……その「言葉」を断ち切っていただいた事、感謝申し上げる。我々人間には到底出来ない芸当ですからな。そしてアンティは私が責任をもって改心させますゆえ……」
「おいおい、一国の王がオレみたいなヤツに、そう易々と頭を下げていいのか?」
「……フォッフォッフォ!何をおっしゃる。私は今はまだ反乱軍のリーダーですぞ?」
そう言って、フォス王は満面の笑みを浮かべた。
「……して、デーオス殿……でしたかな?」
「えっ!あっし……いや、私ですか?」
「そなたの力をもう少しだけお借りしたいのだが……よろしいですかな?」
「……ふふっ、遠慮なく」
【アマルティア全国民よ!全て聞こえていたであろう!即刻武器を捨てよ!!】
フォス王はデーオスの
【……我々アマルティア国民は、長い年月をかけて誤ちを犯し続けていた。私もその1人だ。アンティの謀略にまんまとのせられてしまった。本当にすまない。
……だが、今晩のように国の為を思い、奮起して戦おうとしたその勇気と心意気があれば、この先のアマルティアには明るい未来が待っていると私は確信しておる!
……やり直そう。どんなに年月をかけようとも】
しばらくすると城の外からは、アマルティア国民や反乱軍による雄叫びや泣き声が響いてきた。
その激しく感情が入り乱れた人々の声は、夜が開ける頃まで途絶える事は無かった。
しかしそれは、アマルティア国民にとって「終戦の日」の象徴として、後世まで語り継がれる事になる。
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