奇跡
「……そうして、村人が消えていった後、悪魔さんは食糧を探しに村を回っていたわ」
「……そんなことがあったんですね」
「えぇ。私はあなた達とお話させてもらってから、「生きる」という事への執着が湧いてしまって……。村の外れから一部始終を見届けた後に、この治していただいた足でアマルティア城下町に逃げ込んだのよ」
「そ、そう言えば、メランさんは私なんかよりずっと高速で移動できますものね」
「……ごめんなさい。私は結局……逃げ出すことしか出来なかった。リタとヘクの事からも……」
ヒカリは首を大きく横に振り、メランの震える手を包み込むように握ると、ゆっくりと語り始めた。
「いいんですよ、逃げ出しても。私は今まで色んな人々を見てきました。そのほとんどが、どうにもならない現実から目を逸らしたり嘆いたりしていました。人はそんなに強くないんです」
「でも……それじゃあいつまで経っても……」
「そのままでいいんです!……私の恩師も言っていました。怒ったり、泣いたり、笑ったり……何とかしようと頑張ってみたり、時には逃げ出したり……それが「生きる」ということなんです。この世界に絶望して無気力な人生を送るより、何倍も「生きている」という証なんですよ!」
ヒカリに握られた手に頭を埋めるようにして、メランは声を振り絞った。
「ヒカリさん……ありがとう……」
「いえいえ。お忘れですか?こう見えても私は神導宗の教えを説く、立派な修道女ですから」
そう言ってヒカリはニコリと微笑んだ。
その表情は、メランにとっては眩しいくらいに輝いて見えた。
―― ちょうどその時。
「……よお。話は終わったのか?」
扉の前には、修道服に身を包んだ悪魔の姿があった。
「ああ!あんたねぇ!今までどこに行ってたのよ!」
「ふん、オレの存在を忘れてたクセに偉そうに言うな」
「うっ、た、確かに……」
「……お前は、あの村の高速ババアか」
「クゥオラァ!言い方ってもんがあるでしょうがぁ!」
「ふふふっ」
「め、メランさん?」
「ごめんなさいね。あなた達のやり取りを見てると、つい可笑しくて……ふふふっ」
メランが涙を流す程に笑っている様子を尻目に、ヒカリは悪魔の顔を見ると、なぜだかホッとした気持ちになった自分に驚いていた。
リタとヘクの件もあり、自分の元へちゃんと帰って来てくれた悪魔に対して、安堵している節もあると感じたヒカリは、その微妙な心境に戸惑いながらも、自分の気持ちを落ち着かせた。
「……メランさんから聞いたわよ。リーピ村から人が消失した件は、やっぱりあんたが頼まれてやった事だったのね?」
「……なんのことだかわからんな」
「またそうやって……いつも肝心な所は、とぼけて教えてくれないんだから……」
ヒカリは呟くようにそう言うと、機嫌を悪そうに頬を膨らませ、プイッとそっぽを向いた。
「そう言うお前こそ、なかなかオレに善行のやり方を教えてくれねぇじゃねぇか」
「ふーんだ!私に頼ってばかりじゃなくて、少しは自分で考えたら?」
「あぁなるほど、それは一理あるな。……よし、わかった!」
明らかに思いつきの行動だろう。悪魔が何やら魔法を唱え始めた。
「
すると、悪魔の両手から溢れんばかりのハラーが生産された。
「おいババア。見よう見まねだから味の保証は出来ねぇが、これ食って元気だせ」
「えっ?は、はぁ……ありがとうございます……」
メランはつい先程、みんなと食事をしたばかりだったので満腹状態にあったが、悪魔なりの善意を断ることも出来ず、手渡されたハラーを無理やり口の中に押し込んだ。
「モゴ……と、とても個性的なお味で……モグモグ」
「おっ、食ったな?よし、これで善行出来たぞ」
「はぁ……あんたねぇ……」
ヒカリは溜め息混じりに話し始めた。
「メランさんの顔、見てみなさいよ!嫌々食べてるじゃない!」
「い、いえ……そんなことは……モゴモゴ」
「でもほら、お前しょっちゅうハラー食わせて回ってたじゃねぇか」
「それは本当にお腹が空いてて、ハラーを必要としている人に配っていたの!」
「何でそれが
「表情見ればわかるでしょ?あんたそんなこともわからないの?」
「全然わからん」
「……まだまだ先は長そうだわ」
ヤレヤレといった感じの表情で、頬杖をついたヒカリは、悪魔の作ったハラーをかじりながら窓の外の遠くを眺めた。
「でも、人の為に何かをしようとしてくれた悪魔さんの気持ちは嬉しかったわ。ありがとう」
ようやく口いっぱいだったハラーを飲み込んだメランは、そう言うと悪魔に深々と頭を下げた。
「メランさんやめてください!甘やかしたらダメなんです!」
「それだけじゃないわ。カイモスさんや村の皆の件も感謝しています。それにあの時……村の異変に気づいて恐ろしくなった私を見逃してくれたわよね」
「……さぁな。あまりに高速で動くもんだから気づかなかったんじゃねぇか?」
「ふふふっ、ヒカリさんの言う通りね。あなたは肝心な所はとぼけちゃう……照れ屋さんなのかしら?」
「うるせぇぞババア。またオレのハラーで口を塞いでやろうか?」
「やめなさい!悪行常習と非常識の照れ屋バカ陰キャ悪魔!」
「おい、どんどんオレに妙な肩書きが増えてってるぞ」
「本当にお2人はお似合いね!ふふふふっ!」
そう言うと、メランは顔をしわくちゃにして、お腹を抱えて笑った。
それを見た悪魔とヒカリは目線を交えると、お互いが「コイツと一緒にされたくない」とでも言いたげな表情をしていた。
―― その時だった。
【パーンパカパッパッパッパッパーン】
アマルティア城の方角から、とてつもなく大きな音量のファンファーレが聞こえてきた。
その音は城下町内を反響して、未だに余韻が残っている程に凄まじかった。
「うっ、うるさっ……なっ、何事よ?」
「…………。」
すると今度は、どこか聞き覚えのある声が国中に響き渡った。
【私はアマルティア国の王でおられる、アンティ様の側近として仕える者!この放送は私の魔法によってアマルティア国全土に発信されています!アマルティア国民よ!今すぐにアマルティア城の入口広場にお集まりください!これはアンティ様による御命令であります!直ちにお集まりください!繰り返す……】
「この声……あのデーオスって悪魔ね?」
「そうみたいだな」
「ていうかあんた!あの悪魔と何の話をしてたのよ?」
「……まぁ、色々だ」
「またそうやって……」
「お前こそ、あの王様と何の話をしてたんだ?」
「……まぁ、色々よ」
「ケッ、バカらしい」
「と、とにかく話は後にしよ?実はリタとヘクが城に招待されて向かったんだけど、このタイミングで国民全員を集めるなんて、きっと何か関係があるんだわ!」
「まぁ、そうだろうな」
「……やっぱり何か知ってるのね?話しなさい!」
「話は後にしようと言い出したのは
「あーはいはい、わかりましたよ!とにかく言われた通り、入口広場まで行ってみましょう!」
ヒカリとメラン、そして悪魔は入口広場に到着した。
すでに大勢の国民たちが集っていて、いくら広大な敷地を持つアマルティア城とはいえ、身動き一つとるのも困難な程に、入口広場の人口密度は過密になっていた。
しばらくして城の上部にある部屋の奥から、正装したアンティが姿を現し、民衆の目につくバルコニーへ向かって歩いて来た。
「皆の者、よくぞ参られた!アマルティア国王のアンティである!」
その一声に、民衆からの反応はまるで無かったが、構わずアンティは続けた。
「……長い長い終わりの見えぬ戦いは、停戦中とはいえ今尚続いている。それも全て私が未熟なばかりに起こってしまったこと……。理由はどうあれ、王位を継承した私に反旗を翻す者が現れるのも道理である……。皆にはずっと苦しい思いをさせてしまった……心からお詫び申す」
ゆっくりと間を置きながら話すアンティ。
しかし、その言葉一つ一つに心がこもっているように見て取れる。
それを感じとっているのか、いないのかはわからないが、まだ民衆は無反応のままだった。
ヒカリ達も、ただ黙って聴き入っていた。
「ところで、皆には知らせていなかった事だが、私には生き別れた弟と妹がいる。まだ戦争中ゆえ、探しに行かせる兵力などありはしない。だが、あえて正直に言おう!私も一国の王と言えど、ただの1人の人間である!何度この国を見捨て、2人を探す事に兵力を使おうと思ったことか!何度3人で静かに暮らせるよう、ここから逃げ出してしまおうと思ったことか!」
アンティの気持ちのこもった演説が聞こえたのか、この場所に来る気力も無かった人々さえも、ちらほら集まって来た。
「そんな私にも、今は亡き神の導きだろうか……幸運が舞い降りた」
そう言うと、マントをバサッとひるがせ、奥の部屋の方を指さした。
「はーなーせーよー!離せったら!」
「わっ、あわわわ……」
デーオスと思われる白装束を纏った大男に、半ば強引に連れられて現れたのは、リタとヘクであった。
「見よ!この2人こそ、私が毎晩思い続け、片時も忘れたことのない、弟のリタと妹のヘクである!」
「だーかーらー!オレたちはお前の事なんか知らないんだってば!」
「ちゃ、ちゃんと……お話を……聞かせてください……」
アンティは、リタとヘクと目線の高さを合わせるように跪くと、穏やかな声で2人に語りかけた。
「とりあえず落ち着こう。ぼくも民衆の前で演説するのが久しぶり過ぎて、少し緊張しているんだ」
そう言うと、アンティはガタガタと震える両手を、何故か得意げに双子に見せつけた。
それを見たリタとヘクは、何だか自然と笑いが込み上げてきた。
2人の歳を考えれば、今の混乱した状況下で平然と出来るはずもなく、緊張の糸が張り詰めていた。それをアンティがほぐすような形となった。
「さて、まずはぼくから質問してもいいかな?」
「……わかったよ」
「はい」
「2人のご両親の名前は?」
「アガーとエルキスだ」
「うん、そうだね。ぼくの両親と同じ名だ」
「た、たまたま同じ名前ってこともあるだろ?」
「確かにその線もあるね。だけど、ぼくの両親はとある村を救うために自己犠牲を厭わず、そして最期の時を迎えるまでの一生を、全て他人の為に使うような、心から尊敬出来る人物だった……。君たちの両親とは違うかい?」
「……いや、オレ達の父ちゃんと母ちゃんの事を言われてるみたいだ」
「……うん」
「やはりそうか……。それにほら、見てごらん?ぼく達3人とも形は違えど、髪の色が一緒だね」
「言われてみれば……」
「……どうかな?ぼくは2人が本当の弟と妹だと確信している。あとは君たち次第だ」
アンティの眼差しは、一点の曇りもなく、真っ直ぐに輝いて見えた。
ヘクはその瞳の奥から何かを感じ取ったのか、震える声で尋ねた。
「ほ……本当に……お兄さん……なんですか?」
「……ああ」
「本当に本当に?」
「……ああ!ずっと……会いたかった……」
アンティの目から、今まで溜め込んでいた涙が溢れ出してきた。
それを見たリタとヘクは直感した。
「兄ちゃん!」
「お兄さん!」
3人は泣きながら抱きしめ合った。大衆の目線など気にもとめず、再会の喜びを分かちあった。
「色々辛かっただろう……ごめんな……」
「うわあああん!」
「ぐすん……お兄さぁぁん!」
リタとヘク。齢10歳にして、両親の死をも受け止められる程の強い心を持っている。
―― そう思われがちだったが、そんなはずは無かった。
子どもながらに周りの大人達の顔色を伺い、気を使わせたり心配させたりしないようにと、気丈に振る舞っていた。
両親の死も、本音を言えば「本当はどこかで生きていて、また会えるんじゃないか?」と考えているくらい、現実感が無かった。
そんな2人の前に、突如として現れた唯一の肉親。
その人物からは、何となくではあったが、父の面影と母の優しさを感じ、これが「兄という存在」なんだと気付かされた。
ヒカリとも違う、悪魔とも違う、リーピ村の人達とも違う、肉親にのみ伝わる共感覚。
その感覚に従うように、今までぶつける相手が居なかった様々な感情が、肉親と思われるアンティを前にして、一気に溢れ出た。
そうして泣き崩れるリタとヘクを、力強く抱きしめたまま、アンティは声を上げた。
「見よ!私は半ば諦めかけていた兄妹との再会を果たすことが出来た!奇跡的な出来事だ!いや、違う!「信じ続ければ奇跡は起こせる」のだ!!」
これまでまったくの無反応だった民衆も、この感動の再会に、拍手を送る者、共に涙する者、声を上げる者など、様々な反応を示すようになっていた。
「この戦争もそうだ!兵力の差は歴然だ!兵士の数だけで言えば勝てるはずもない!だが、今ここに集いし国民全員がその手に武器をとれば、きっと終わりを迎えることが出来る!皆の者!我々に力を貸してくれ!そして共に奇跡を起こそうではないか!!」
【ウオオオオオオオオ!!】
つい先程までの静寂が嘘のように、アマルティア城入口広場は、民衆の雄叫びと熱気で包まれた。
それは、アンティがこの短時間で、何となく生きているような状態だった国民達に、生気と戦う意欲を与えたということを意味していた。
「……なんだか凄い展開になってきたわね」
「そうだな」
「リタとヘク、良かったね」
「そうだな」
「……実はアンティに戦争の加担を頼まれたの」
「ほぉ」
「もちろん悪魔の力が目当てよ?」
「だろうな」
「……私、これからどうしたらいいのかな?」
「さぁな」
「このまま戦争が続いたら、どっちが勝つの?」
「間違いなく反乱軍だな」
「どうして?」
「数で勝っていたとしても、たかが烏合の衆。一人一人の戦闘力は向こうが上だろう」
「だとしたら……沢山、人、死んじゃうね」
「三分の一が生きてたら上出来だろうな」
「……ねぇ、悪魔」
「なんだ」
「仮に私が反乱軍の討伐を認めたら、あんた一人でどこまで出来る?」
「……皆殺しは余裕だな」
「そう……」
ヒカリと悪魔のやり取りは、沸き起こった歓声や雄叫びに飲まれていった。その騒ぎは夕暮れ時までやむことなく続いた。
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