回想


 ―― 時は遡り、リーピ村から人々が居なくなる直前での出来事。


「……あんた、悪魔だな?」


 村の中央広場に戻った悪魔に、何者かが声をかけた。

「なんのことだかわからんな」

「隠しても無駄ですぞ。昼間に村の入口で遊んでいたリタとヘクから話は聞いておる」

「……お前か。この村に入ってからずっとオレを監視していたのは」

「ご名答です」


 そう言い寄って来たのは、村長のカイモスだった。

 

「それで?一体何の用だ?」

「折り入って、あんたに頼みがある。おーい!みんなー!」

 

 カイモスが一声あげると、村中の人々が集まってきた。

 そして村人達の手には、長年使われてこなかったであろう農具や、堅い木の棒、包丁など、見るからに戦闘態勢を示している物が、それぞれ握られていた。


「……何なんだ?」

「見てわからんか?」

「いや、そこじゃない。頼みってのはなんだ?」

「……我々と戦ってほしい」

「なんでよ」

「問答無用だ!」

 そう言い放つと、カイモスは隠し持っていたなたを悪魔目掛けて振り落とした。


 すると、ヒカリの魔法で造られた衣服は切り裂かれ、悪魔の身体に直撃したのだが、当の本人は何事も無かったかの様に平然としていた。

 むしろ攻撃を仕掛けたカイモスの方が、反動で尻もちをついた。


「き、傷一つもつかん……」

「何のつもりか知らんが、これで満足か?オレはお前らとは戦わん」

「なぜ戦わんのだ?あんたそれでも悪魔なのか?」

「おう、オレは悪魔。そこに偽りはねぇ。ただ、約束しちまったからな……」

「約束?そんなモノ、悪魔のあんたなら反故ほごにしてしまえばいい!」

「そういう訳にもいかない事情があるんだよなぁ。オレは今まで成し遂げられぬ事は無かったんだ。だから、例え口約束とはいえ「私の前で、悪魔らしいこと全て禁止」なんて言われたら、なーんにも出来やしねぇ」

「……それならば問題ありますまい」

「どういうことだ?」

「こんな物騒な場面を見せたくなかった……。私が作った饅頭の中に、少量ながら眠り薬を入れさせてもらった。今頃あのお嬢さんとリタとヘクは眠っておる。要するに解釈の違いだ。ではありませんか?」

「……ふん。考えたなジジイ。だが、もう一つ問題があってだな。オレは「善行」がしたいんだよ。あのメスからすれば、人殺しは悪行だから、絶対にするなと言われている」

「それも問題ない。我々はのですから」

 そう言ってカイモスはゆっくりと身体を起こし、鉈を構え直した。

 それに合わせるかの様に、他の村人達も各々の武器を構え直した。


「……言ってる事の意味がわかんねぇ」

「あんたがさっき丘で話していただろう?まったくその通りだ。我々は……あんなにも尽くしてくれた未来ある若者を見殺しにしてしまった……こうして何もせずに生きていることをずっと恥じている……」

「…………。」

「私達を殺すことくらい造作もないことだろう?これはあんたにとって立派な善行になりますぞ」

「…………。」

「……頼む!老い先短いジジイの願いだ!我々と……戦ってくれ……。せめて村の為に戦ったあの2人への償いに……。頼む……!」


 カイモスは、いつしか自然と溢れ出た涙で顔中を濡らしながら悪魔に懇願した。それに釣られてか、集まった村人達にも泣き出す者が続出した。



「……そうやってお前らはずっと言い訳を続けて、

「あんたに……何がわかる!」

「……まぁいい。確かにお前らの願いが叶うというのなら、お前らを殺す事は善行になるのかもしれん。だがオレは、それが本当に善行なのかが理解出来ねぇ。だからヒカリあのメスの教えに従う事にした。そこは譲らねぇ」

「ならば正当防衛を主張すればいい!」

「あーうるさい、ちょっと黙ってくれる?お前ら虫が良すぎるんだよ。国からの食糧が途絶えた時、夫婦が皆の為に働いていた時、村が襲われた時、それらを含めた今までの人生、自分てめぇらの力だけで何とかしようとしたことがあったのか?いい歳して情けねぇ」


 悪魔が投げかけた疑問に、村人達は誰一人答える事が出来ず、ただうつむいたままだった。

 しばらくして、涙も枯れ果てたカイモスが、悪魔に対してニコリと微笑んだ。


「……確かにあんたの言う通りだ。私はまた逃げようとした。悪魔さん、あんたの言葉は、なぜだかこの老体に染み渡る……」

「当たり前の事を言ったまでだ」

「ハッハッハ!違いない!……リタとヘクは人生まだまだこれからだ。あんたに任せてもいいですかな?」

「……それはメスが決める事だ」

「そうは言っても、あんたならきっと……。いや、これ以上は無粋ですな」

「…………。」

「悪魔さん、ありがとよ!」


 グサッ!


 カイモスは突然持っていた鉈で、自らの腹部を切り裂いた。


「ぐっ、ぐおぉぉ……」

「か、カイモスさん!?」

「そ、村長!」

「何やってんだカイモス!」


「私は……最期くらい……自分の意思で……」

 そう言い残して、カイモスの意識は途切れた。

「そ……村長……。う、うおぉぉぉ!!」

 それを見た村人の1人が、続くように持っていた包丁で自らの腹部を刺した。

 そして続けとばかりに、次々と村人達が自傷行為に走り、バタバタと倒れていくという異様な光景を、悪魔は目の当たりにした。


「ふん。最期の最期にようやく自分てめぇらの意思でとった行動がかよ。なんか後味悪ぃな」

 そう言うと、悪魔はそれなりに長い時間をかけて、をブツブツと呟いて、魔法を唱えた。


悪魔の契約デスリターン


 すると、自害を試みて倒れ込んでいた人々の傷口が見る見る治っていき、意識を取り戻した村人達はあまりの出来事に顔を見合せ、驚きを隠せないでいた。


「こ、これは……」

 思わぬ事態に、カイモスは自身の身体に異常が無いことを確認すると、悪魔に目線をやった。


 悪魔は宙に浮くと、村人達を見下ろす形で話し始めた。

 

「お前らのその心意気だけは認めてやる。だがオレからしたらまだまだ甘えてんだよ。これからお前らを「地獄界」に転送させる。そこはこの世界よりも遥かに生きていくには辛い場所だ。自害する程の根性と後悔があるのなら、!」


 悪魔の言葉に村人達は震えた。それが感動によるものなのか、恐怖によるものなのかは解らない。

 しかし、カイモスだけは全てを受け入れた様な表情で、悪魔に言葉を投げかけた。


「……あんた、本当に悪魔かい?私にとって……いや、我々にとっては、まるで神のような振る舞いだ」

「チッ、うるせぇ」

「……僅かだが、この村には備蓄してある食糧がある。その全てをあんたに差し上げよう。そして、は、リタとヘク、それと……あのお嬢さんには秘密にしてほしい。あまりに衝撃的な話ですからな。……それに、こんな老いぼれにも一応プライドがある」

「ケッ!安いプライドだな」

「まさに、おっしゃる通りだ」


「…………プッ。ハッハッハッハ!」


 会話を交わした悪魔とカイモスの間には、どこか通ずる所があったのか、自然とお互いが声を上げて笑い合った。


 ―― そして、その時がやって来た。


「いいですな?絶対に秘密にしてくだされ」

「……あぁ」

「男同士の約束ですぞ!」


 それに黙って頷くと、悪魔は目を閉じて、ブツブツと魔法の詠唱に入った。


往復楼デビルゲート


 すると村全体の地面を覆う程の、深紅色に揺らめく大きな空間の歪みが発生した。

 その中に吸い込まれるように次々と村人達が消えてゆく。

 その一人一人の表情からは、リーピ村を訪れた時の様な負のオーラは感じられず、皆どこか晴れやかな顔つきをしていた。


「おい、カイモスとか言ったな?例のガキ共はどこだ?」

「あんたと戦う予定だったのでな。丘の上にある両親の所に置いてきたわい」

「そうか」


 その後、カイモスは何かを言いかけたが、悪魔の表情を窺うと、何かを察したのか笑みを浮かべ、そのまま何も言うこと無く地獄界へと落ちて行った。

 


 往復楼デビルゲートによって生じた空間の歪みがゆっくり閉じていく様子を眺めながら、悪魔は自分の言動に戸惑いを感じていた。


 ―― いつもの悪魔じぶんなら、襲われた時点で返り討ちにして魂を喰らう ――

 

 それだけの事だったはずが、ヒカリとの約束があるとはいえ、何故かカイモス率いるリーピ村の面々にやたらと世話を焼き、更には助言めいた事までしてしまったからだ。


 しかし、悪魔は「どうせ単なる気まぐれだ」と深く考えることを止めて、カイモスの言われた通り、村に残された食糧を漁る為に村中の家を回った。


「魔力を使いすぎたな……。それにしても意外とあるもんだな。モグモグ……ゴクン。……まぁこれだけ食い物があれば魔力を補えそうだ」

 回収した食糧を食べ歩きながら、悪魔はヒカリが眠っているであろう、宿屋の前にたどり着いた。


 中に入ると、今まで回って来たどの家よりも大量に食糧が備蓄されていて、しかも他の家とは違い、しっかりと日持ちするように調理された状態で保存されていた。

 それを見つけた悪魔は、少し興奮気味にガツガツとむさぼる様に食べ尽くした。


「ふぅー、食った食った。腹一杯だ。……ふぁーあ!」


 悪魔は腹が満たされると睡魔に襲われ、大きなあくびをすると、宿屋から外に出て眠ることにした。


 その途中、机にうつ伏せた状態で眠っているヒカリが視界に入った。

 

「……脳天気な顔しやがって」


 よだれを垂らしながら気持ち良さそうに眠るヒカリ。

 悪魔は何か思い当たる所があったのか、その様子をしばらく眺めていた。


「……ふん。こいつのかもな」

 

 そう呟くと、悪魔はまたしても「単なる気まぐれ」からなのか、ヒカリに毛布をかけてやると、窓から空に向かって翔び出して行った。

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