再会

「どこまで連れてくつもりだ?」

「……ここまでくれば、誰にも聞かれないだろう」

 そう呟くと、デーオスはようやく引っ張っていた悪魔の手を離した。

 玉座の間から、いくつの部屋をすり抜けただろうか。静まり返った城内の中でも、より一層静かな部屋へ連れてこられた悪魔は、理解不能な現状に少し苛立っていた。


「おい、オレを散々挑発しといて、今度は適当な理由をつけて城内をお散歩か?やり方が回りくどいんだよ」

「…………。」

「……よしわかった。楽に死にたいか、苦しんで死にたいか、どちらか選べ」

【す、すみませんでしたぁぁぁ!!】


 人気ひとけを避けた意味をなさない程の声量で叫び声をあげると、デーオスはこの世界で最上級の謝罪方法である「土下座」をやって見せた。


「……あ?」

「む、無理もねぇ、あっしみたいな下級悪魔のことなんか、悪魔の旦那が覚えてるわけねぇもんな?」


 今までのデーオスは、自信をみなぎらせ、堂々とした立ち振る舞いをしていたが、デーオスは、それまでと真逆で非常に弱々しく、話し言葉も独特の訛りがあり、まるで別人の様だ。


「王の側近としてカッコつけたかったんです!今までの言動をどうか許してくだせぇ!」

「……一から全部説明しろ」

「も、もちろんでごぜぇやす!」


 デーオスの豹変ぶりに呆れてしまった悪魔は、とりあえず話を聴くことにした。

 

「悪魔の旦那が、地獄界の頂点に君臨していた頃、その取り巻きの悪魔の中に、あっしもいやした」

「……全然覚えてねぇな」

「そ、そりゃあ、あれだけの悪魔を従えてた訳ですから、仕方ねぇッス……。そして、旦那が神とバチバチりあっていた時、あっしの誤算だったのは、旦那の使った魔法の破壊力!まさか地獄界の片隅に避難していたあっしまで巻き込まれるとは思いもしやせんでした……」

「あー、神にとどめを刺したアレか」

「旦那が神を殺したなんて……今でも信じられねぇッスよ!を破ってまで、あの時の旦那にはだったんスよね?」

「……なんのことだかわからんな」

「……まぁその話は本件と関係ないので置いときやす。その後あっしは咄嗟に「往復楼デビルゲート」を唱えやしたが、旦那の魔法からは逃れられず、人間界に辿り着いた時にはもう既に全身ボロボロで……」

「ちょっと待て。お前さっき下級悪魔だとか言ってたが、よく往復楼デビルゲートなんて大技を使えたな?」

 悪魔の問いかけに、デーオスは真顔で答えた。

「悪魔族は全員使えるッス」

「……マジか?」

「マジッス」

「……まぁいいや、それで?」

「あ、はい。それから……えーっと、どこまで話しやしたっけ?」

「人間界に辿り着いてボロボロになった……ってところまでは聞いたな」

「……違います。、人間界に辿り着いたんです。事実をねじ曲げないでいただけますか?」

「わかったわかった。それで?」

「旦那の言う通り、あっしはただのしがない下級悪魔。往復楼デビルゲートを使った影響で魔力がほとんど失われやした。そこにアンティ様が率いるアマルティア軍が現れ、あっしを保護してくれやした。そして今に至りやす」

「おいおい、話をだいぶ飛ばしてないか?いくら下級とはいえ悪魔族じゃねぇか。なんでアンティとかいう奴の言いなりになってんだ?」

「あっしみたいな雑魚悪魔じゃ、この見た目で人間共に威圧はできても、戦闘能力が並以下だということがバレたその瞬間、絶体絶命ッス」

「……なるほどな。それがお前なりの処世術ってわけか」

「そういうことッス!この事を知っているのはアンティ様だけ。その後は、人間界での言葉使いや立ち振る舞いを教えて頂き、僅かに取り戻した魔力で、王の手助けをしている次第です」


 そう言うと、土下座ポーズから一転、スッと立ち上がり、身なりを整えて、数分前までの堂々としたデーオスに戻った。


「……お前、さっきから話し言葉もキャラもブレブレじゃねぇか」

「仕方ないじゃないですか!あっし……私だって本当はこんな事したくないのです」

地獄目イービルアイでオレたちを監視してたのは?」

「もちろんアンティ様の意向です」

「理由は?」

「それが……」

 デーオスは言葉を詰まらせると、その態度は急にオドオドとし、視線もキョロキョロと定まっていなかった。

 

「おい、隠し事は無しにしろよ?」

「もも、もちろんです!あのですね……アンティ様にはがあるのです……。それに、ご本人は謙遜されていましたが、かなり頭のキレる方だと思います。先程私が述べました通り、あなたは警戒すべき対象だったので、アンティ様に伝えたところ、少し考え込んだ後、あのような手ほどきを瞬時にご命令されました」

「ふむ。だが、それだけじゃ別に言うほどキレ者って感じはしねぇけどなぁ」

「いや、話はここからなんです。……は、アンティ様には絶対内緒にしてくださいよ?」


 どこか運命的な巡り合わせによって再会した悪魔とデーオスが、静寂に包まれたアマルティア城の一室でコソコソと話をする。

 傍から見れば、それは有り得ない光景であり、異様に映るだろう。しかし、当人達にとっては、今後を左右する程のとても重要で意味のある行為であった。


 デーオスから一通りの話を聴いた悪魔は、「なるほどな」と呟くと、窓の外に広がる城下町を眺めた。

 そして、何やらデーオスにボソボソと呟いた。


 



 時を同じくして、ヒカリはアマルティア城を後にし、リタとヘクが待つ家へ帰る為、朝靄あさもやがかかる城下町を1人歩いていた。

 その道中のヒカリは、別れ際のアンティに言われた言葉が何度も頭の中で繰り返し再生されていた。


―― 返事はすぐで無くていい。ただ、罪の無いアマルティア国民の為に、どうか力を貸して欲しい ――


 ヒカリは悪魔と出会ってからの体験から、自分の持つ価値観に疑問を抱いていた。

 自分は本当に正しい道を選んでいるのか……。

「善」と「悪」の定義は間違っていないのか……。

 そんな葛藤の中で、国一つを動かす大きな決断を迫られ、心中穏やかでいられるはずもなく、その足取りは重くなっていた。


 ―― その時。


 ドン!


 曲がり角で何者かとぶつかってしまい、尻もちをついたヒカリ。


「す、すみません!ボーッとしてて……」

「いえ、こちらこそ、ちゃんと前を見ずに申し訳ありま……あら?あなたは……」

「……あっ!」


 ヒカリは驚愕した。

 ぶつかった相手は、リーピ村で唯一まともに話をしてくれた、あのメランだった。


「め、メランさん!生きてらしたんですね!……どうしてここに?」

「どうしてって……。そうよね。あなたが知るわけがないわね。から何も聴いてない?」

「ど、どういうことでしょう?それに……悪魔?」

「やっぱり聞いてないのね……。それより、リタとヘクは無事なの?元気にやってますか?」

「はい。今は2人が住んでいた家で寝ています」

「そう……よかったわ。あら?気づけばもう随分と日も昇ってきたわね。詳しい話は後でいくらでもするから、まずはリタとヘクに会わせてもらえないかしら?」

「もちろんです!どうぞ、こちらへ」


 家に到着した頃にはすっかり朝を迎え、小鳥たちがけたたましく鳴いていた。


「リタ!ヘク!起きてる!?」

 そう言って、ヒカリは2階の窓へハラーを投げ込んだ。

 しかし、いくら待っても反応がない。

 ヒカリは魔法でハラーを生産すると、延々と窓に投げ続けた。


「……これは、何かの儀式かしら?」

「い、いえ、これには事情がありまして……」

「……フガフガ。これ以上食べれないよ……」

 微かに聞こえたのは、まだ寝ぼけているリタの声だった。

「リタ!起きなさーい!メランさんも一緒よ!」

 尚もハラーを投げ続けるヒカリ。

「リタ!ヘク!私よ!メランおばあちゃんよ!」

「……え?メランばあちゃん!?」

 驚きの声を上げたリタが、ようやく窓から顔を出したが、それと同時にハラーを顔面に受けてひっくり返ってしまった。

「あっ……ごめん。なかなか起きないから」

「め、メランおばあちゃん?」

 ヘクがひょっこりと顔を出し、続いて、顔面を痛そうに撫でながらリタが恨めしそうに顔を出した。


「リタ……ヘク……あぁ……本当に無事だったのね……」


 双子の元気そうな顔を見るやいなや、メランは口元を隠し、止まらぬ程の涙を流した。


「……どうも歳をとると、涙腺がゆるくなってダメね」

「メランさん……」


「メランばあちゃーん!」

「メランおばあちゃーん!」


 メラン同様、顔中を涙で濡らしたリタとヘクが家から飛び出してきて、メランに抱きついた。

「黙っていなくなるなよぉ……」

「メランおばあちゃんの……ばかぁ……」

「ごめんね……リタ……ヘク……」


 感動の再会を果たした3人と、それを見守るヒカリ。


 それから少し時間が経った頃には、すっかりいつもの日常に戻っていた。

 メランが手料理を振る舞い、リタとヘクがここに来るまでの出来事を得意気に話し、和やかな雰囲気で時が過ぎていく。


 しかしその間中、ヒカリはずっと考え込んでいる様子で、その表情は暗く、3人からの言葉に対して二つ返事をするばかり。それに気づいたリタとヘクはヒカリに何とか元気になってもらおうと、手を替え品を替え笑わせようと頑張るのだが、ヒカリは愛想笑いを返すだけだった。


 そのまま更に時は過ぎ、リタがメランにおやつを催促し始めた頃、ようやく意を決したかのようにヒカリが口を開いた。


「メランさん、ちょっといいですか?」

「……そうね、その気はなかったんだけど、随分と勿体つけてしまいました。ごめんなさいね」

「いえ……大丈夫です」

「じゃあ、そろそろ話しましょうか……」

「ちょっと待ってください!もちろんお聞きしたい事もあるのですが……まずはお城に呼ばれて行った際に、王様から色々聞かされたことをみんなに伝えたくて……」

「……わかりました。それはどんなお話かしら?」

「実はこのアマルティアの王、アンティは、リタとヘクのお兄さんなんです」


 突然の展開に、3人は目を丸くした。

「そんな話は、ご両親から一言も聴いてないわよ?」

「うん。オレたちも初耳だ」

「お、お兄ちゃん……?」

「そうでしょうね。それには理由があったのよ」


 そう言うと、ヒカリはアンティから聴いたリタとヘク、そして両親の事を、そのまま3人に伝えた。


「……嘘だ!オレの父ちゃんと母ちゃんは……そんな悪い事するわけがない!」

 怒りを露わにして、テーブルをドンッ!と叩くリタ。

「確かに……そんなことをするようには、到底思えないわ」

「わ、私は……その……よくわからない……です」

「でも、それが事実だとアンティは言ってたわ。私も最初は信じられなかったけど、話を聞けば聞くほどアンティも嘘をついていないように見えて……」


 4人はすっかり黙り込んでしまった。

 それぞれ思う所があるのだろうが、それをどう表現すればいいのか、言葉が見つからないからだ。


 それからしばらく続いた沈黙を破ったのは、意外な事にヘクであった。


「……私、その王様に会ってみたい……です」

「おいヘク!何言ってんだ!」

「リタ、落ち着いて。ヘクはどうしてそう思ったの?」

「何が本当で、何が嘘かとかじゃなくて……うまく言えないんですけど……こうして考えてても仕方ないから……それなら実際に会ってお話を聞きたいなって……」

「……そうね。確かにヘクの言う通りかもしれないわね」

「ヒカリ姉ちゃんまで……オレはそんな奴、会いたくないからな!」

「それでも!……もし本当のお兄さんだとしたら……今会わなきゃ、きっと後悔するから」


 いつも自信無さげに目を泳がせながら話すヘクだが、この時ばかりは、その言葉と目線にしっかりとした決意を感じさせる力強さがあった。


「アンティは2人に会いたがっていた。その為に、リタとヘクへの招待状を受け取っているわ」

「……うーん、ヘクはこう見えて頑固だからな。一度こうなったら意地でも曲げねぇ。……仕方ない!ヘクだけじゃ心配だし、オレも会ってくるよ」

「……メランさんは、どう思いますか?」

「2人とも、村にいた頃より随分と大人になっているわ。もう年寄りの言う事だけじゃなくて、自分たちで物事を決めてもいい頃合なんじゃないかしら?」

「……そう……ですね」


 ヒカリはどこか吹っ切れたような表情で頷くと、ポケットから招待状を取り出した。


「これを城の門番に見せれば、アンティの所まで案内してくれるわ。ただし、少しでも危険を察知したら、すぐに逃げること。わかった?」

「おう!」

「はい!」


 

 遠くなっていく双子の背中を見て、ヒカリは「もう戻って来ないのかもしれない」という思いからか、胸が少しズキズキした。


「ヒカリさん?大丈夫?」

「……大丈夫です。それより……そろそろ聞かせてください」

「わかりました。……あの夜のリーピ村のみんなは、……」

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