謁見
―― あれから数時間。
一行は、リタとヘクの住んでいた家を一通り掃除し終えると、荷物を置いて、城下町を見て回ることにした。
買い物担当のリタとヘク。
住人の手助け担当のヒカリと悪魔。
この二手に別れての行動となった。
悪魔はデーオスなる人物のことで頭がいっぱいだったが、その件は一旦置いといて、ヒカリの言う通り行動を共にすることにした。
これは悪魔の「考えることをやめる」という元々備わっている性格が、いい方向に作用したと言えるだろう。
「おじちゃん!この魚いくら?」
「……300ゴールドだ」
「えぇっと、ヒカリ姉ちゃんに渡されたのは1000ゴールドだから……残りは500ゴールドか……」
「計算違うよ!と、とにかく、食材を任されたんだから、安くて質の良さそうな物を……いっぱい……買わなきゃ」
「そうだな!おじちゃん!この魚ちょうだい!」
「……わかった。ほらよ。魚とお釣りの500ゴールドだ」
「ほら見ろ!オレの計算合ってるじゃねぇか!」
「ちち、違います!あの……おじさん……ズルしないでください」
「ちっ、ガキと思ってふんだくろうと思ったのに……。まぁいいや、700ゴールドだ。釣りはちゃんと渡したからな。とっとと行きな!」
「なんだよ!せっかくこんな売れそうに無い、おじちゃんそっくりの魚を買ってやったってのによう!」
「なんだとこのクソガキ!」
「うわっ!ヘク!逃げるぞ!」
「ま、待ってよぉ!おじさん、すみませんでしたぁ!」
リタとヘクは、出だしこそこんな形ではあったが、その後は順調に目的を果たした。
―― 一方、ヒカリと悪魔はというと……。
「あぁ……まともな食事をしたのはいつぶりだろうか……」
「私が心を込めて生産したハラーです。お口に合いましたか?」
「……正直、味なんてどうでもいい。食える物だったら何でもいいんだ」
「そ、そうですよね。まだお若いのに家も職も失って、さぞ苦しい生活を送っていたことでしょう。神導宗は、そんな人々のほんの支えになれたらと、活動していますので」
「……その慈善心には感謝する。だが、お嬢さんは明日も明後日もここに来て、オレに食べ物を恵んでくれるのかい?」
「そ、それは……」
「……すまない。悪気はなかったんだ。……オレはもう寝る。他をあたってくれ」
「……わかりました。失礼します」
ヒカリと悪魔は、気だるそうに背中を向けて横になった男に言われるがまま、彼の目の前から立ち去った。
「あの男の人、もう人生を諦めているような印象だったわ……」
「そうか?オレにはわからなかったぞ」
「はいはい、そうでしょうね!そういう所よ!あんたが善行出来ない理由は!」
「…………?」
「…………?じゃないわよ!とりあえずあんたは黙って着いてくればいいの!そして私のする事を見て学びなさい!」
「へいへい」
その後のヒカリはというと、まさに馬車馬の如く、慈善活動に勤しんだ。
普段からしている食料の分け与えや怪我の治療に加え、時には悪魔の手も借りて、建物の修理などもして回った。
しかし、ヒカリには違和感があった。
その違和感の正体が何なのかは今はまだわからずにいた。
そうこうしている間に、気づけば夜を迎えようとしていた。
一行は家に戻ると、それぞれ遭遇した出来事を報告し合った。そして、ヒカリとヘクは晩御飯を作り始めたのだった。
「……それにしても、出かける前の悪魔、頭から屁が出そうだったな」
「それを言うなら湯気だ」
「ヒィッ!な、なんか顔が怖ぇ!」
「ヒカリお姉さん助けて……」
「こら!悪魔!いい加減に機嫌を直しなさいよ!」
「……別にもう怒ってねぇぞ。それに間違えを訂正しただけだ」
「それならいいんだけど……。で、どうするの?結局お城には行くつもり?」
「当たり前だ。聞きたいことがありすぎる」
「まぁ確かに……。何で悪魔の正体を知っていたのか、何でリタとヘクを無理矢理連れ去ろうとしたのか、何で監視していたのか……思いつくだけでも沢山あるわね」
「オレは反対だなぁ!何かの罠に違いないだろうし!」
「うーん、その線も捨てきれないわよね」
「で、出来ましたぁ!」
そうこう話している内に、ヘクが料理を完成させた。
「ごめんねヘク。結局私はほとんど手伝えてなかったわ」
「いえ!大丈夫です。お料理作るの……興味あったし……」
ヘクの料理は見事な物だった。魚の煮込み、肉と野菜の炒め物、コーンスープ等々、どの料理からも良い香りが漂っていて、質素だったテーブルが一気に華やかになった。
「うおぉ!メランばあちゃんの料理みたいだ!」
「やっぱりヘクは凄いわね!仮に私が男の人だったら、お嫁さんにしたいくらいよ!」
「そ、そんなこと……ないです」
顔を赤らめたヘクは、嬉しそうにうつむいてモジモジした。
「……でも、大抵こういう場合、いざ食ってみると不味いっていうパターンが多いよな。知らんけど」
悪魔の心無い一言で、食卓は一瞬にして凍りついた。
「そ、そんなことあるわけないじゃない!そうやって陰湿なことばかり言って!」
「そ、そうだぞ!オレもヘクの手料理を見るのは初めてだけど、こんな美味そうな料理が不味い訳が無い!」
「陰湿な悪魔……陰湿なキャラ……略して陰キャ!あんた陰キャよ!この陰キャ悪魔!」
「陰キャ!陰キャ!」
「……なら、お前たちが先に食えよ」
またしても悪魔の一言で、食卓が凍りついた。
「……ヒカリ姉ちゃん、お先にどうぞ」
「いやいや、お腹が減って死にそうだぁ!って言ってたのはリタじゃない。リタが先に食べなよ」
「いやいやいや、ヒカリ姉ちゃんのおかげでオレ達無事にこの家に辿り着けたんだから、ヒカリ姉ちゃんが先に食べるべきだよ」
「いやいやいやいや」
「いやいやいやいやいや」
「そうこうしてる内に、メスガキが泣き出すぞ?いつになったら学習するんだ、お前たちは……」
悪魔の一言で、ヒカリとリタは我に返り、恐る恐るヘクの方へ目線をやった。
―― しかし時すでに遅し!
ヘクは涙で顔中を濡らし、泣き声をこらえるようにして、部屋の隅っこで丸くなっていた。
「私なんて……私なんて……」
【ごめーん!!】
ヒカリとリタは同時にヘクの元へと駆け寄り、この世界で最上級の謝罪方法である「土下座」をやって見せた。
「イジワルするつもりじゃなかったのよ?本当にごめんね!」
「ごめんよヘク!さ、冷めちゃうから早く食べようぜ!」
「……ぐすん……もういいです……どうせ美味しくないですから……」
「……いや、美味いぞ」
「えっ?ホント?」
「あぁ、食ってみろよ」
「そ、そうね。ほら、ヘクも一緒に。ね?」
「……ぐすん……はい」
「いただきまーす!……モグモグ……なんだこれ?うめぇ!」
「うん、ホント美味しい!」
「よ、良かった……」
「メスガキにしちゃあ、上出来だ」
「……ていうか、悪魔」
「なんだ?」
「あんたが余計なこと言わなければ済んだ話よね?」
「……なんのことだかわからんな」
ヒカリとリタは思った。いつか必ずありとあらゆる手を尽くし、何が何でも悪魔に一泡吹かせてやろうと。
―― そして、夜が更けた。
「いい?私が声をかけた後、2人が寝ている部屋の窓にハラーを投げ込むから、それが私たちが帰ってきた合図よ。それ以外の方法で誰かが訪ねてきても絶対に鍵を開けない事!わかった?」
「ふぁーい」
眠い目を擦り、息の合った返事をするリタとヘク。
「じゃあ行ってくるわね」
「いってらっふぁーい」
ヒカリと悪魔は2人を家に残し、城へと向かう。
夜も更けているということもあり、まだ子どものリタとヘクには無理をさせてはいけないという理由もあったが、城で何かトラブルが起きた場合、あの時のような失態を起こさないようにする為の処置でもあった。
色とりどりのレンガ造りの家が建ち並ぶ地帯を抜けると、5メートルはあるであろう城壁がそびえ立っていた。
城は城下町の中心に建設されており、城壁が周りをぐるりと囲んでいる。
つまり、城壁に沿って行けば入口に必ず辿り着くということだ。
ヒカリは左手で城壁に触れながら反時計回りに歩いた。
「ねぇ悪魔」
「なんだ」
「あんた、今なにを考えてるの?」
「別に何も考えちゃいねぇよ」
「これから敵地に向かおうってのに、無策なの?」
「あれこれ考えるのが面倒なだけだ」
「……行き当たりばったりね。今までの悪行三昧の理由が少しわかってきた気がするわ」
「ほっとけ」
「……ねぇ、悪魔」
「さっきから何なんだよ。一言にまとめろ」
「今更だけどさ、私との約束、覚えててくれてありがとう」
「……なんのことだかわからんな」
「フフフッ」
「おい、あそこじゃねぇか?」
「そうみたいね」
城壁がようやく途切れた先には大きな門があり、甲冑を纏った4人の兵士が目を光らせて立っていた。
「ヒカリ様と……悪魔様ですね?」
「……はい」
「デーオス様から仰せ付けられております。どうぞ、お入りください」
ギギギと音をたてて門がゆっくりと開く。
その先にそびえる城は、その辺の小さな山を飲み込むほど巨大で、城下町に並ぶ家と同じレンガ造りとはいえ、品質の違いか、はたまた整備の違いか、夜にも関わらず光輝いて見えるような錯覚に陥るほど、とても美しい外観をしていた。
「き……綺麗だわ……それに凄く広い……」
ヒカリは思わず
「どうぞ、こちらです」
兵士の1人が案内役としてヒカリと悪魔に同行する。
城の中はまるで迷路のようで、1度訪問しただけではきっと迷うであろう、複雑な造りになっていた。
幾重もの大きな扉をくぐり、大小様々な部屋を抜け、ようやく王が待つ「玉座の間」の前まで辿り着いた。
「御二方をお連れしました!」
「そうか、ご苦労!下がって良いぞ!」
「はっ!」
案内役の兵士は2人に頭を下げると、この場を去って行った。
すると、目の前の扉が勝手に開き始め、玉座に腰をかける人物と、その横に立つ何者かの姿が目に入った。
「よくぞ参られた、ヒカリ殿、悪魔殿。どうぞこちらへ」
聞き覚えのある声が、王との謁見を促した。
ヒカリと悪魔はゆっくりと歩を進めると、驚きの光景が待っていた。
玉座に座る人物は、凛々しい顔立ちで、栗色の髪はキッチリとセットされており、歳はヒカリとそう変わらない程の若さだった。
ヒカリは想像していた王の人物像とかけ離れた見た目に少し戸惑ったが、驚きの根源はそこではなかった。
2メートル近い長身、額の真ん中で分けられた肩付近まである銀色の髪、褐色の肌、頭にそびえる一本角、背中を覆う翼、腰辺りから伸びる尻尾……。
王の隣に側近として立つデーオスの姿は、まるで悪魔そのものであった。
「王の御前であるぞ。何を突っ立っている?」
デーオスの言葉に、ヒカリは思わず片膝をついて座り、頭を下げた。
しかし、悪魔は腕組みをしたまま微動だにしない。
「デーオス、我の客人に対して無礼ではないか?」
「はっ!申し訳ございません!」
「失礼した。ヒカリ殿、楽にしてくれたまえ」
「は、はい」
「悪魔殿も、そんなに警戒せずとも、楽にしてくれて構わんぞ」
「…………。」
「ところで、あの2人の姿が見えないようだが……?」
「はい、リタとヘクですね?無礼は承知の上で連れてきませんでした」
「……なぜだ?」
「それは……王様の手の者と思われる2人組に襲われた事に起因します」
「うーむ、なるほどな……」
それからしばらく、双方は無言になった。
静寂に包まれた玉座の間に、緊張感が漂う。
―― その時。
「……はい!王様モード終わりー!」
突然、気の抜けた声を出す王。
「ぼくも好きで王様やってる訳じゃないんだよ。ほんと堅苦しいのは疲れるんだよね」
気の緩みきった王の顔に、ヒカリはまたしても戸惑った。
「ぼくの名前はアンティ。よろしくねー。ところでヒカリちゃんは歳いくつ?」
「はい、20歳でございます」
「えっ?同い歳じゃん!仲良くしようねー」
「は、はぁ」
「だーかーらー!もう王様モードじゃないし、せっかく同い歳なんだから、もっと気楽に話そうよー!」
「なら聞かせてもらおうか」
ずっと黙ったままだった悪魔がついに口を開いた。
それに対して、アンティは前かがみになり、どこか薄ら笑いとも取れる表情で答えた。
「ぼくに答えられることなら何でも」
「なぜオレたちを狙った?」
「……狙ったという言い方には誤解があるね。正確には連れ戻したかった……かな?」
「ど、どういうこと……なのですか?」
いまいち王のノリについていけないヒカリが尋ねた。
「実はリタとヘクは、ぼくの弟と妹なのさ」
「は、はいっ?」
「……ずっと探したかった。会いたかった。それが、まさかこんな形で叶うとは夢にも思わなかったよ」
「そ、そんな……じゃあ、あの2人は……」
「うん。アマルティア王家の一族だよ」
ヒカリは呆然とした。
敵だと思っていた王との謁見に、自ずと身構えていたヒカリだったが、意外にもアンティが無防備な態度であることと、入ってくる情報量の多さに、少し混乱状態に陥ったからだ。
「ぼくの父上と母上は特殊な方でね。まだ10歳のぼくに王位を譲り、自分たちは王族であることを隠して、民衆の中に溶け込んでいた。そしてあの日、リーピ村から悲報が届いて……」
そう言って、段々と表情が悲しげになっていくアンティ。
ヒカリは、いつも一緒にいる悪魔とは違い、色んな表情を惜しみなく見せてくるアンティに、人間らしさを感じていた。
「ちょうどその頃に、身体中がボロボロで今にも死に絶えそうなデーオスを偶然見つけてね、助けてあげたんだ」
「あの時の御恩は一生忘れません」
即座にデーオスはアンティに対して跪いた。
それに対して、気にするなと言わんばかりに片手首を上下にブラブラさせてデーオスを立たせると、アンティは続けた。
「それからしばらくして、デーオスがこの城にとんでもない脅威が迫っていることを報せてくれてね。しかも、そこにはリタとヘクが巻き込まれていると言うから困ったものだ……」
そう言うと、アンティは悪魔を睨みつけた。
「デーオス曰く、この世で最も凶暴な生物みたいだね」
腕組みをしたまま、無言を貫く悪魔。
「ずっと会いたかった大事な兄妹が、そんなヤツと一緒にいるなんて聞かされたら心配になるに決まってるじゃないか!ぼくは暗殺部隊の精鋭2人を送り込んで、リタとヘクを生きて連れ戻すように指示したんだ」
しばらく続いたアンティの話を聞いて、自分達の体験と辻褄が合うことを理解したヒカリ。
だが、問いただしたいことが山ほどあるのも事実。
「お言葉ですが、王様」
「アンティでいいよ、ヒカリちゃん。それに敬語も無しだ」
「……わかりました。では……」
深呼吸をして、コホンと咳払いをすると、いつもの言葉使いに戻ったヒカリは、ようやく追いついた思考から出てきた言葉をアンティへぶつけた。
「ここにいる悪魔は、もうアンティ達が思っているような凶暴性はないわ。むしろ、私と共に神導宗の教えに従って善行に勤しもうと努力しているところよ」
「ほぉ……あなたが、ですか?」
デーオスは驚きを隠せないでいた。
「それに、アンティは何故リーピ村を放置したの?リーピ村の住人の話では、アマルティア国は戦争に夢中になり過ぎて、定期的に届けてもらっていた食糧が途絶えてしまったと聴いたわ」
頷きながらヒカリの言葉に耳を貸すアンティ。
「更にはリタとヘクがあなたの兄妹ですって?そんな話、あの子達からは聞いたことがないわよ?そして一番気になるのは、あなたの横に立っているその悪魔よ!」
「ちょっと待ってよ、落ち着いて」
アンティが、段々と語気を強めながら問い詰めてくるヒカリを静止した。
「順番に説明させてくれ。確かにぼく達は未だに戦争中だ。だけど、その相手を君達は知っているかい?」
「いえ、そこまでは……」
「ぼくが王位を継いだ事を気に食わない輩がいてね。2年前にとうとう城内や城下町で反乱が起きたんだ」
「まさか……」
「そのまさかだよ。相手はぼくの王制に反旗を翻した反乱軍。自分が本当の王だと語るリーダーの元に集まった兵力は1万人以上。対するアマルティア軍は半分以下の3千人程だ」
「……戦力が……違いすぎる」
「その通り。リーピ村の件は悪かったと思っている。でも、ぼく達も自国を守るので精一杯なんだ……わかるね?」
「……事情はわかったわ」
「そして、リタとヘクにぼくとの記憶が無いとするならば、おそらくはぼくの両親が何かしらの手段を使って記憶を操作したんだと思う」
「は?何よそれ?実の親が理由も無くそんなことするわけないじゃない!」
「理由は「ぼく」さ」
「えっ?」
「ぼくは生まれつき魔力をもってないんだ。とびぬけた才能もない。でも、リタとヘクにはそれがあった……。ぼくなんかよりあの2人を
「で、でも……」
「ぼくは両親からしてみればただの出来損ない……だからぼくを「王位」という鎖に縛り付け、ぼくの存在を無かったことにしたかったんじゃないかな?」
「そ、そんな……」
「別に同情してもらいたくて言ってるわけじゃないけど、これが「事実」なんだよ。でもまぁ……それでもぼくの親に変わりは無い。リーピ村からの悲報を聞いた時は……胸を痛めたよ……」
ヒカリはアンティの口から次々と語られる情報に、またしても頭が混乱し始める。
アンティの言っている事をヒカリは信じたくはなかったが、話を聴けば聴くほど全てにおいて辻褄が合っている分、否定的な意見が浮かばず「事実」として受け入れるしかないような気分にさせられたからだ。
「あとは……デーオスのことだったね。それは本人の口から説明させよう」
そう言ってアンティはデーオスと目配せを交わした。
デーオスは深く頷くと、静かに語り始めた。
「お察しの通り、私も悪魔族です。そして私の真の姿を知るのは、この世界中でただ2人のみ……」
「ど、どういうこと?」
「それは……そちらの悪魔殿が、ご存知かと思いますよ」
そう言ってデーオスは不敵な笑みを浮かべた。
ヒカリ、アンティ、デーオス、3名の視線が、ずっと沈黙を貫いている悪魔の元に集まった。
「さぁ!いい加減、黙ったままではつまらないでしょう?あなたの口からお聴かせください!」
「ん?知らん」
玉座の間に、一陣の通り風が吹いた。
「と、とぼけても無駄ですよ?私はあなたのことを知っている!あなたも私のことを……」
「えっ、知らねぇよ?」
「そんな……お、お戯れを……」
「いやいや、マジで知らん。ついさっきガキ共の家で会ったばかりじゃんねぇ」
常に余裕を感じさせる表情をしていたデーオスの顔が、ピクピクとひきつってしまっている。
「……お、王様、不躾なお願いで恐縮ですが、この者と2人きりで話をさせていただいても宜しいでしょうか?」
「あ、あぁ、構わん」
アンティの表情も、ひきつっているように見える。
「ありがとうございます」
デーオスはアンティに一礼すると、悪魔の手を掴んだ。
「ささ!行きましょう!」
「なんだよ、ここで話せよ。そして離せよ」
「お願いします!ここは私に従ってください!」
そう言うと、慌てた表情のデーオスが、
「……さて、2人きりになったね、ヒカリちゃん」
「ちょっと、王様だからって変な事考えてるなら、私はもう帰るわよ?」
「それは大きな誤解だよ。君って面白いね。アッハハハ」
アンティは笑い転げて見せた。
自分の早とちりで笑われてしまったヒカリは、顔を赤くして謝った。
「ご、ごめんなさい」
「ハハハ……気にしないでくれ。そして、ここからが本題なんだ」
「と言うと?」
「君たち2人に、いや、正直に言おう。君と同行している悪魔の力を借りたい」
ヒカリは薄々勘づいていた事を、平然と言ってくるアンティに対して、警戒心を強めた。
「……悪魔を戦争に加担させるってこと?」
「そういうことになるね」
「……ダメよ。悪魔をそんな「兵器」みたいに扱うなんて。それに、もう悪魔は私の前で人殺しをしないと約束してくれた。それをちゃんと
「ならば、君の目の前でなければ、人を殺せる……という解釈になるよね?」
痛いところを突かれたヒカリは、返す言葉が出てこなかった。
しかし「理性」ではなく、どこからか湧いてくる「感情」が、ヒカリの後押しをした。
「でも……でも!悪魔は私と一緒に善行をするって……善行をしたいって……心から思っているところなの!私にはわかる。まだ出会ってそんなに長くは無いけど……悪魔は……悪魔は変わろうとしている!」
「しかし所詮は悪魔。ヒカリちゃんの前で、そう振舞っているだけかも知れないよ?」
「そんなこと……ないもん!」
「子どもみたいに駄々をこねるんだね。アハハハ」
今度は馬鹿にされている笑われ方だと感じたヒカリは、怒りで顔を赤くした。
「とにかく!私は……私と悪魔は、あなた達に加担しないわ」
「……今日、ここに来るまでの間、城下町でどれくらいの住人を見かけた?」
「そんなの数え切れないくらい見てきたわよ!それがなんだって言うの?」
「住人達は、どんな顔をしていた?」
そう言われてヒカリは城下町で感じた違和感の事を思い出した。そして、その正体にようやく気づかされることになる。
神のいない世界を懸命に生きる人々。その表情からは、様々な負の感情を感じ取ることが多かった。ただそれ以上に、「生きようとする意志」があったから、ヒカリの善意に対して自然と笑顔になれる人が大勢いたことをヒカリは知っていた。
しかし、このアマルティアに着いてからはというと、ヒカリによる懸命な善行に対して、そういった「意志」を住人から感じることはほとんど無かった。
「そ、それは……みんな無気力で……どこか人生を諦めたような顔をしていたわ」
「……ぼくはね、この国の王として、アマルティアに住まうあらゆる人々を救いたいと思っている。その為には、いち早く戦争を終わらせなければならない」
「…………。」
「2万人。戦争に巻き込まれ、苦しんでいる一般国民の数だ。君たち2人が力を貸してくれれば、きっとこの2万人は……いや、アマルティア全国民が救われるんだ。これこそ、大いなる善行だとは思わないかい?」
アンティのなりふり構わず感情をむき出しにした力説に、ヒカリは思わず心を揺さぶられてしまった。
―― 玉座の間は、またしばらく静寂に包まれた。
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