王国
「うーん、ちょっと苦いわね、やり直し!」
「は、はい!
「なぁヒカリ姉ちゃん。ハラーじゃなくて他の食べ物を教えてやってよ」
「はぁ?何言ってるの!ハラーこそ最高にして至高、究極の食べ物じゃない!」
「……悪魔、ヒカリ姉ちゃんの異様なハラー愛は何なんだ?」
「オレに聞くな」
「で、出来ました!」
「はい、ではお味の方は……もぐもぐ……今度は辛いわね、やり直し!」
「は、はいぃ!」
すっかり元気を取り戻した3人と、相変わらずマイペースな悪魔は、アマルティア城へと続く関所のすぐ側まで来ていた。
「うおぉ!見たことある景色だ!」
「ホントだ!懐かしい!」
双子は目を輝かせ、歳相応に大騒ぎした。
「こんな子どもが、戦闘のプロ相手に渡り合ったり、仮死状態の人を回復できる程の魔力を持っているなんて、誰も信じないでしょうね」
「ん?なんか言ったか?
悪魔はあの事件以降、暇を見つけては
「ダメだよヒカリ姉ちゃん。この状態の悪魔は、二つ返事しかしないよ?」
「わかってるわよ。けど、なんか見てて
「うんうん、気持ちはわかるけどさ……」
そう言うとリタはおもむろに悪魔に向かって短剣を振り下ろした。
ガキン!
「……な?」
右指をこめかみにあて、
「まぁ流石は悪魔と言ったところね」
ヒカリは苦笑いを浮かべた。
「おーい!悪行常習犯のバカ悪魔!」
「なんだ?やかましいアホ
「段々呼び方がヒドくなっていく……」
「お前もな」
「そろそろ関所に入るから、また私の魔法で着替えてくれない?」
「あー、その前に腹ごなし」
「あ、あの、コレ……」
「おう気が利くな、メスガキ」
悪魔は相変わらず、ヒカリやヘクに一瞥もくれずに、ヘクお手製のハラーを口に放り込んだ。
「……なんだこりゃ!不味い!」
思わず叫び声を上げる悪魔。
「やーい!やーい!ひっかかったー!」
それを見て大喜びするヒカリとリタ。
「私……頑張って作ったのに……ぐすん」
「あっ……ごめんね!そういうつもりじゃ……」
「そ、そうだよ!お、オレは好きだなぁ!ヘクの作ったハラー!」
「……ぐすん。私なんて……私なんて……」
悪魔が間髪入れずに言う。
「やーいやーい、メスガキを泣かせたー」
ヒカリとリタは思った。いつか必ず悪魔に一泡吹かせてやろうと。
「おい!止まれ!」
関所には入国の許可を待つ大勢の人々が集まっていた。
その中でもずば抜けて大柄で全身を覆い隠す様な服装の悪魔は、嫌でも目立ってしまい、アマルティアの兵士達に呼び止められてしまった。
「こ、この者は、神導宗の教えに関心を持ち、見習いとして同行している者です」
「どーも、見習いでーす」
「……神導宗の者に入国してもらうのは、こちらとしてもありがたい話ではあるが……この男が……?」
兵士達全員が疑惑の目で悪魔を見つめる。
「おぉ神よー、お導きをー」
「もっと感情込めなさい!」
悪魔の耳元で怒りながら囁くヒカリ。
「……まぁ良いだろう!通れ!」
ヒカリは冷や汗でベトベトになったが、何とか悪魔と入国することに成功して胸を撫で下ろした。
「あとは……あの2人ね」
「だーかーらー!オレたちの故郷なんだって!」
「そ、そうなんです!まだ私たちが住んでいたお家だって残ってるはず……かも……です」
「うーん、そう言われてもなぁ……子どもだけで入国させる訳には……」
「やっぱり手こずってるわね。悪魔!あんたは目立たないようにそこでじっとしてて!」
「へいへい」
そう急いで言い残すと、ヒカリは双子の元へ駆けて行った。
「
悪魔はいつもの様にこめかみに指をあてると、例の人物を探し始めた。
「……この国に入った瞬間にオレたちを視てやがる。一方的に視られるってのは、いい気分がしないな」
この先ずっと人間のフリをしないといけない。その上で何者かに監視され続けなければいけない。
悪魔の苛立ちは積もるばかりであった。
「リーピ村でこういうことがあってそういう事情もあり、要するにこの2人は私の保護下にありますので、どうか通していただけませんか?」
ヒカリは兵士に諸々をまくしたてた。
兵士達もその勢いに押されてか、渋々双子の通行を許可した。
「お前らいつかオレが偉くなったら、その時は覚悟しろよ!」
ゴンッ!
「痛っっってぇ!」
「すみません、子どもの言ってる事ですので……。では失礼致しますわ!フフフッ……」
「あっ、ヒカリお姉さん待ってぇ!」
「……何なんだ?あの一行は……」
何とか関所を越えたヒカリ達は、リタとヘクの言う昔住んでいた家を探しに、城下町へとたどり着いた。
とても広い敷地に多くの人々が行き交うこの町には、レンガ造りの家が建ち並び、それぞれが色とりどりに塗られていて、個性を主張しているようにも見える。
しかし、そんな町の景観とは裏腹に、住人達の表情は皆どこか浮かないような顔ばかりだった。
「こんな立派で鮮やかな町なのに、何だか元気が無いような人ばかりね……」
「なぁ、あの店見なよ。店員の顔と、売り物の魚の顔がなんか微妙に似ているぞ」
「そう言われると……。それに、売る気も買われる気も感じないわね」
「ふ、2人とも、失礼……なんじゃ……ないかな」
「そ、そうね、ごめんごめん!リタ!妙な事言わない!」
「えぇっ?お、オレのせいかよ……」
「まぁ大丈夫よ!2人の家を見つけたら、私と悪魔で町中の人を笑顔にして見せるから!」
「お前1人でやれよ」
「はぁ?あんた善行したくないの?」
「あぁそうだったな。やるやる」
「……上の空でそう言われてもねぇ……」
「ところで、カイモスじいちゃん達は、どこにいるんだろうな?」
「……早く会いたいなぁ」
「あっ、えーっと、こ、こんなに広い城下町なんだから、会えるかもしれないし、会えないかも……なんて……」
「そっか……。まぁその内バッタリ会うだろうな!」
「うん……そうだね!」
ヒカリは嘘を重ねる自分に罪悪感を感じ、胸が傷んだが、この場を切り抜けたことに、皮肉にも胸をなでおろした。
そんなやり取りを続けていた一行だったが、ついに目的地付近に到着した。
「たしかこの辺りだったと思います」
「えーそうかなぁ?オレはもっとあっちの方だと思ったけど」
「えっ?そ、そうかも……ちょっと自信なくなってきちゃった……」
「家は何色だったか覚えてる?」
「茶色!」
双子は息の合った返事をした。
「……おいガキども、それはあの家か?」
悪魔が指さす方向には、確かに茶色の家があった。
「あ!アレだよアレ!悪魔すげぇな!」
「うん!あそこで間違いないです!」
「ホント?良かったわ。じゃあしばらくは2人のお家にお世話になりましょうか!」
「はーい!」
双子はまたしても息の合った返事をすると、懐かしき我が家へと向かって駆けて行った。
「おい待て……って、もう聞こえねぇか」
「何よ?久しぶりの我が家じゃない。そりゃ嬉しくもなるわよ」
「まぁ確かに、あの家に住んでいたんだろうが……今は……」
そう言うと、悪魔の表情は険しくなった。
「ただいまーっ!」
リタが元気よくドアを開けた。
すると、中には見覚えのある懐かしいテーブルやキッチンなどがそのまま残っていた。ただ、見覚えのない人物が窓際でイスに座り、本を片手にこちらを見ている。
「おや?私には「ただいま」と言われる間柄の人物はいないはずですが?」
そう言うと、本をパタンと閉じ、立ち上がった。
その人物は、ヒカリが着ている修道服のような衣服を着用しており、頭はフードですっぽりと覆いかぶされ、顔はよく見えない。しかし、声色で男性だということがわかる。
「だ、誰だお前は!」
「人の家に勝手に上がり込んできて「誰だ」はないでしょう」
フードから銀色の長髪がチラチラ見え隠れしている。
「す、すみません、私たち2年前までここに住んでいた者なんですが……」
「おぉ、そうでしたか!これは失礼」
態度が急変する謎の男。
「実を言うと、私は正式にこの家を借りている訳では無いのです。空き家だったので、時間がある時に勝手に上がらせてもらっていました。恐らく所有権は未だにお2人のご両親のモノだと思いますよ」
そう言うと、謎の男は優しげに微笑んだ。
「だ、だったら早く出ていってくれよな!」
「リタ!し、失礼なこと……言っちゃダメだよ……」
「大丈夫ですよ。言われずとも私はそろそろここを出ようと思っていたところですので。あなた方の後ろにいる大柄の男性が、今にも飛び掛って来そうですしね」
そう言うと、またしても謎の男は微笑んだ。
「ふん、その口の利き方は余裕の表れか?」
悪魔はどこかイラついたような顔つきだ。
「いえいえ、滅相もない。私は今すぐにでも逃げ出したいくらいですよ」
「ちょっと悪……コホン!あんた!何言ってんのか説明しなさいよ!」
「こいつがオレ達をずっと監視してたヤツってことだ」
「えっ?」
「えっ?」
「えっ?」
ヒカリ、リタ、ヘク、それぞれが突然の事態に語彙を失い、同じリアクションをとった。
「お前がデーオスか?」
「ご名答!流石は悪魔殿……おっと失敬。これは秘密にしている事なんですよね?」
「……おい
珍しく怒りを露わにする悪魔。
過去に2度見た「殺気」とは違い、人間が出す怒りの感情に近いとヒカリは感じとった。
正体を隠し続け、善行も中々出来ず、ずっと何者かの監視下に置かれ、さらにはその監視していた人物の挑発ともとれる言い回し……。
ヒカリは悪魔に同情した。
「お気に障ったのでしたら申し訳ございません。しかし、そういう物騒な言葉はお控えください」
「なんだと?」
悪魔の怒りのボルテージが上がったことは、ヒカリでなくとも、リタとヘクにさえ伝わった。
「私はアマルティア国の王に側近として仕えております。王はあなた方にお会いしたいと申しております。話の続きはそちらでしませんか?」
突然の申し出に、悪魔をなだめながらヒカリが答える。
「わかりました。ただ、私たちは旅を終えたばかり。疲れを残したままの謁見行為は無礼にあたるかと……」
「わかっております。城の門番には伝えておきますゆえ、いつでもお越しください。では、私は色々と予定がありますので、そろそろ失礼させていただきます」
デーオスは悪魔に一瞥くれると、不敵な笑みを浮かべ、颯爽と去って行った。
「な、なんなのよ、あいつ」
「どうだっていい。このオレを前にして、ああいう態度をとってきた奴が、どうなったかを教えてやるまでだ」
ヒカリは心の中で「ご愁傷さま」と呟いた。
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