親友

「……リ!ヒカリ!」

「……誰?」

「また寝ぼけてる!きゃははは!」

「……その笑い声は」


 


「ミライ、おはよう」

「おはよう、じゃないわよ!とっくに今日の授業終わったよ!」

「えっ嘘?」

「そんなヒカリに朗報よ。シーア先生が今すぐ部屋に来いって」

「……全然朗報じゃない。先生怒ってた?」

「うん、ものすごーく」

「あぁ……嫌だなぁ」


 ヒカリは教室の椅子から重い腰を上げた。

「いってらっしゃーい!」

「ミライのバカ!後で美味しいもの奢らせるからね!」


 教室を出ると、色とりどりの花が咲く中庭がすぐ目の前にあり、その花壇を挟んだ向こう側にシーア先生の部屋がある。


 ―― コンコン


「失礼します」


 そこには、白髪ではあるが、とても50代とは思えない程の若々しい女性が、花の水やりをしていた。

 

「あらヒカリ、おはよう。どう?いい夢は見れたかしら?」

「……それが、何かもの凄く壮大な冒険をしている夢を見た気がするんです……」

「そう。それは良かったわね。ところで、なぜ呼び出されたかは、わかるかしら?」

「えぇっと……その……」


【座りなさい】


 ヒカリは言われるがままに、身体が勝手に座り込んだ。

 それはシーアに対して感じている畏怖の念と、それ以上の畏敬の念を持ち合わせている事に由来する、条件反射のようなものだった。

 そんな理由もあってか、ヒカリはシーアに命令口調で指図されると、その通りにしなければならない感覚に、度々陥ってしまう。


「あなたは何の為にこの神導院しんどういんに住んでいるの?」

「人助けをしたいからです!」

「そうね。じゃあ人助けをする為に必要なモノは何?」

「……ハラーですかね?」

【違います!!】

「ヒィ……」

「確かに、時と場合によってはハラーも立派な人助けに必要なモノです。しかし、私が今あなたに答えてほしかった重要なモノ、それは「知識」「魔法」「経験」です」

「……はい」

「この3つが揃って、初めて胸を張って人助けが出来るのです。それを教える為の神導院で、あなたがしてることと言えば、授業中に寝てばかり……」

「……弁解の余地もございません」

「まぁ、せめてもの救いなのは、あなたには魔法の才能があることよ」

「直接言われると、なんか照れますね」

【お黙り!!】

「むぐぐ……」

「そして、経験は嫌でも身に付くものです。あなたに足りないのは圧倒的に学力です!」

「モゴモゴ」

「だから、今後はちゃんと授業に集中して、知識をつけなさい。あなたはきっと素晴らしい修道女になれるわ。はい!もう口を開いてもいいわよ!」

「プハァ……あ、ありがとうございました!」



「――っていう事があったのよ」

 アイスクリームをペロペロと味わいながらヒカリは話す。

「でもさぁ、それって期待されてるってことでしょ?」

「そうなのかなぁ」

「そうだよ!アタシなんてシーア先生と直接ちゃんと話したことなんて無いよ?」

「……うん、そうだね!ポジティブに考えよう!」

「そう!その意気よ!そして、アタシたちの手で神を復活させようね!」

「ん?神?」

「あー、ヒカリ寝てたもんね。今日の授業でアタシも初めて聞いたんだけどさ。アタシたちが人助けをすると、その分魔力が蓄積されるんだって」

「ふんふん、それで?」

「えぇーと、確か最終的には、魔力で満たされた修道女を集めて何かの儀式をすると、神が復活する……だったかな?」

「なるほどねぇ」

「ほら、神がいなくなってから、結構色んな国で争いごとが増えてきてるじゃん?きっと、神が世界の平和を守っていたからなんだよ」

「うーん……私は単純に人助けがしたいだけなんだけどなぁ……」

「……あのさ、あえて聞かずにいたんだけど、ヒカリはどうして神導院に居るの?」

「あぁ……ちょっと重い話になっちゃうけど、平気?」

「平気だよ。親友だもん」

「……嬉しいこと言ってくれるわね!」

「やだっ!くすぐったいってば!きゃははは!」



「……私ね、記憶がほとんど無いのよ」

「えっ?」

「気づいた時にはもうこの神導院にいて、シーア先生が私の身の回りの世話をしてくれていたの」

「…………。」

「それから少しずつ言葉を思い出して……身体を動かすことにも慣れて……あとはみんなと一緒かな?神導院生として勉強の毎日!」

「……そっか」

「ごめんね!やっぱり重かったよね?」

「んーん、そんなことない!むしろ話してくれてありがとう!」

「ミライ……」

「アタシ、ヒカリの事、ちゃんと知れて良かった!」

「私の方こそ、ミライに聞いてもらえて良かった!」

「……えぇーコホン、ヒカリ様」

「な、なによ急に改まっちゃって」

「不束者ですが、これからも末永くよろしくお願いします」

「なにそれ?結婚の挨拶の真似事?」

「いやいや、アタシは本気ですわよ?」

「フフフフッ!当たり前じゃない!これからもずっと一緒だよ!」

「うん!ずっと一緒だからね!約束だよ?」

「はい、約束します」

「よし!そうと決まればアタシも頑張らなきゃ!」

「頑張るって……何を?」

「そりゃあ、魔力では敵わないかもしれないけどさ、今後何かあった時はアタシがヒカリを守るの!」


 

 …………守る?


 

「ヒカリってば、どこか抜けてる所あるじゃない?すぐに悩みこんじゃうし。そんなヒカリを助けたいの!」



 …………助ける?



「だから、ヒカリは安心して人助けに集中してね?」

「うん、ありがとう……ミライ……。……あ、あれ?……なんか安心したからなのかなぁ?……急に……眠くなってきちゃった……」

「……それはきっとと思うよ」

「……ごめん……ちょっとだけ……眠らせて……」

「うん、おやすみヒカリ。ヒカリなら、きっと大丈夫だから……」

 


 ……………………。




 ―― ヒカリ姉ちゃん!ヒカリ姉ちゃん!


 まぶたがゆっくりと開いていく。

 ヒカリの淡く虹色に染まった瞳。

 その特徴的な瞳に映るのは、涙でぐしゃぐしゃになったリタの顔だった。

「……リタ?」

「ヒ、ヒカリ姉ちゃん!よかった……生きててよかった……ウエエエン!」

 安堵したリタの目から、遠慮なしに涙が流れた。

「それは……こっちのセリフだと思うんだけど……なんでリタは生きてるの?」

 そう聞かれたリタが何やら説明をしているようだが、号泣しながらだった為、ヒカリは何一つ理解出来なかった。


「……あんたならわかるんでしょ?」

 ヒカリが見上げた視線の先には、いつも通りの悪魔がいた。

「ああ。説明が必要か?」

「当たり前じゃない」

「その前に一つ確認しておきたいことがある」

「なによ?」

「お前、?」

「どこまでって……リタがその……あんなことになって、ヘクが取り乱してしまったから、何とかしなきゃと思っていたら、急に全身に激痛が走って……。そこからは……よく憶えてないわ」

「なるほどな。その様子じゃ、どうやらみたいだな」

「なに?どういうこと?」

「お前はガキと一緒に一度死んだんだ。もう一方の男の手によってな」

「……えっ?」

 ヒカリは驚きを隠せないでいた。リタはまだしも、まさか自分まで死んでいたとは思いもよらなかったからだ。

 

「正確に言えばってところだな。どんな人間だろうと、死ぬ時は一度「地獄界」を必ず通る事になる。地獄界での記憶が無いってことは、恐らくその寸前、走馬灯でも見ていたんだろう。ガキと一緒だな」

「そう言われると、何か夢みたいなモノを見ていたような……」

「ほぅ、夢か。それはさぞかしだったんだろうな」

「…………。」

「まぁ要するにだ、オレがあの男2人組の魂を喰った時、お前は仮死状態でギリギリこの世にいなかった。だからという約束は守られたままってわけだ」

「……そうなるわね。やっぱり悪魔のおかげで助かったんだ……私たち」

「それは違うな」

 そう言うと、悪魔が指をさす。

 その方向に従って目線をやると、リタの泣き顔の向こう側に、身体を丸めて眠りにつくヘクの姿があった。

「メスガキには生まれ持った魔力があった。お前に引けを取らない程のな」

 数時間前、悪魔が言いかけた言葉の意味を理解したヒカリ。

「じゃあ……ヘクの魔法で?」

「ああ。術式はめちゃくちゃだったが、人間特有の火事場の馬鹿力ってヤツだな。死の瀬戸際のお前ら2人を回復しやがった。流石のオレも驚いたぞ」

「ヘク……やっぱり凄い子なんじゃない」

「その後は見ての通りだ。疲労で倒れ込む様に眠りやがった。まだ魔力のコントロールが出来ないみたいだな。いざとなればオレがお前らを回復しようと思っていたんだが……。まぁ、なんだ、メスガキに感謝しな」

「フフフッ、そうね」


 ヒカリはようやく動けるようになった身体を引きずってヘクの元へ近寄ると、横になり、ヘクを包み込むように抱きしめた。


「ありがとう、ヘク、ミライ」

 

 ―― 気づけば夜明けを迎え、朝日が3人と悪魔を照らしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る