襲撃
「ていっ!やあっ!とうっ!」
キンッ!キンッ!キンッ!
「ふわぁ……そんなんじゃ眠ってでも相手に出来そうだな」
悪魔は眠たそうにあくびをしながら、横に寝そべるように浮いた状態で、リタの短剣を尻尾で捌いていた。
「な、なんでだ?こっちを見てすらいないのに、オレの剣が当たらねぇ……」
「ガキ如きの剣技で、このオレに傷をつけるなんて一生かかってもムリムリ」
「……言ったな?とりゃぁぁぁぁ!」
「リタ、張り切ってるわね」
「はい。実は私も少しワクワクしてるんです」
「どうして?」
「私もリタも、元々はこれから行くアマルティア城下町で育ったので、故郷に帰るのが楽しみなんです」
「なるほど、そうだったのね」
そんな賑やかな雰囲気で、ヒカリと悪魔一行はアマルティアへと向かって着実に歩を進めていた。村を出てから3日目である。
「ハァハァ……ダメだ、全然当たらねぇ」
「まぁその内何とかなるだろ、知らんけど」
「くそぉ!いつか絶対に当ててやるからな!ヒカリ姉ちゃん!ちょっと休憩しようよ!」
リタは不貞腐れて、疲労が溜まった身体を癒すために草むらに寝転んだ。
「そうね、そろそろ休憩にしましょうか」
ヒカリの魔法から生産されたハラーを食べながら休憩する一行だったが、まだ幼さが残る双子には中々に辛い旅のようで、不満が口に出るようになっていた。
「最近ハラーしか食べてない……メランばあちゃんの手料理が食べてぇなぁ」
「ごめんね、私がまだ未熟なせいで迷惑かけて……。料理も出来ないし、ハラーくらいしか魔法で食べ物を作れないし……」
「そ、そんなことないです!ヒカリお姉さんは凄いです!……それに比べて私なんか……何も出来ないし……」
「何言ってるのよ!ヘクが一緒にいてくれるだけで、私は嬉しいわ」
「……いいんです。どうせ慰めているだけですよね?私なんて……私なんて……ぐすん」
「あーあ、ヒカリ姉ちゃんがヘクを泣かせたぁ」
「えぇっ?何で泣くの?ホントにヘクのおかげで私は救われたんだから!本当よ?」
涙をポロポロと流すヘクを、何とか泣き止ませようと頭を撫でるヒカリ。
「ヘクは超ネガティブだから、1度そうなったらしばらくは泣き止まないよ」
「そんなこと言ってないで、リタもヘクに声をかけてあげてよ」
「えー、嫌だよ。オレも剣の稽古で疲れてるんだからさぁ」
「ぐすん……お父さん……お母さん……」
「……さっきからグチグチグチグチと……いい加減にしろよクソガキ共!!」
ヒカリの豹変ぶりに、驚くリタと泣き止むヘク。
「剣の稽古だぁ?悪魔にからかわれてるだけだろうが!一直線に突っ込むだけじゃなくて少しは頭を使え!」
「う、うん、いえ、はい!」
「それにヘク!泣いたって何かが変わる訳じゃないんだから無駄な水分を使うな!ハラーなら私の魔力が尽きない限り、いくらでも生産出来るけど、水は有限なのよ?わかったら、あそこの川から水を汲んで来なさい!」
「は、はいぃ!」
「ハァハァ……まったく……怒鳴ったら疲れたわ……って、あれ?」
理性を取り戻したヒカリは、瞬時に自分の言動を後悔した。
「み、水!汲んで来ました!」
「本っっっっっ当にごめんなさい!」
ヒカリは双子に向かって、この世界で最上級の謝罪方法である「土下座」をやって見せた。
「……これが
ヒカリは悪魔に石を投げつけたが、簡単に避けられた。
「私も少し疲れてたから、きっと2人に八つ当たりしちゃったんだわ……どうか許して下さい!」
「い、いや、オレも悪かったかなって……」
「わ、私も……」
双子は思った。自分達はもしかしたら2人の悪魔と旅をしているんじゃないのかと。
―― そんな出来事から数時間後、日が暮れてきたので、一行はテントを張って一夜を過ごすことにした。
「悪魔ぁ!いつものアレお願い!」
「へいへい」
木材が積まれている所に悪魔が指をさすと、ボッと音をたてて火がついた。
「ありがとう。これで今夜も野生の動物達に襲われることは無さそうね」
リタとヘクは、テントの中で一足先に眠りについた。
「おい、
「いい加減、名前で呼んでくれないかな?」
「お前、気づいているか?」
「何の話?」
「あのメスガキだ」
「ヘクのこと?ヘクがどうしたの?」
「想像力が豊かなお前なら、何か思い当たることはないか?」
「うーん、そうね……。10歳にしてはしっかりしていると思うわ。でも、それ以上にメンタルが弱いことに驚いたわね」
「そういうことじゃ……」
言いかけた言葉を飲み込み、突如として真剣な表情に変わった悪魔。その仕草は何かを感じとっている様に見える。
「えっ?何?なんなのよ?」
「……視られているな」
「どういうこと?」
「
悪魔はいくつかの疑問点があったが、いつも通り考えることを止めて、己の思うままに行動した。
「まぁ誰だろうと関係ねぇ。このオレを相手にしようとは、いい度胸だな。それならオレも応戦するまでだ。
悪魔は
この騒動に不安を感じたヒカリは、リタとヘクを守らねばという使命感が生まれた。
その考えは正解だったが、残念なことに一足遅く、テントの中を覗くと荒らされた形跡があり、2人の姿はすでに消えて無くなっていた。
「リタとヘクがいないわ!きっと連れ去られたのよ!」
「ふん、どうやらこちらを視ているヤツらは、オレ達の敵で確定の様だな。だが相手が悪い。このオレを出し抜いたつもりだろうが、そうはさせねぇよ」
悪魔の
「ここから数十メートル先だ。全身黒ずくめの男2人がメスガキを人質にしているようだな」
「メスガキ……ヘクのことね。リタは?リタは大丈夫なの?」
「半分大丈夫ってところだな」
「何よそれ?どういう状況なのよ!」
「自分の目で確かめろ。オレは先に現地に行く。お前も着いてこい」
悪魔は音も立てずに敵の元へと翔んで行った。
「暗くてよく見えないのに、どうやって着いていけって言うのよ!もう!」
ヒカリは焚いていた火から松明を作り、必死に後を追いかけた。
「お、おい!お前ら!ヘクを離せ!」
「チッ、ガキが。大人しくしていれば良かったものを……」
リタは形見の短剣を構えて男2人と対峙していた。しかしその身体は、恐怖心でガタガタと震えが止まらない状態だった。
リタとヘクを
1人はリタが暴れた事により手に傷を負っていた。
もう1人は、ヘクの口を塞ぎ、ナイフをヘクの首元にちらつかせている。
ヘクは恐怖のあまり、ただ涙を流すことしか出来ずにいた。
傷ついた手をブラブラとさせて、男はリタの方へと歩み始めた。
それを見たリタは、表情が一気に強ばり、更に身体の震えが増した。
―― その時だった。突然どこからか声が聞こえる
「おい、お前ら何者だ?」
一同は一斉に声のする方向を見上げると、そこには腕組みをし、不機嫌そうな顔をした悪魔の姿があった。
「あ、アイツがデーオス様が言っていた悪魔か?」
「おい!余計なことを言うな!」
「す、すまん」
「デーオス?誰だそいつは?」
「お前に教える必要はない」
「そうか。まぁいずれオレ自身の手で見つけ出すつもりだから、別に構わん」
そう言うと、悪魔は表情を緩ませ、横に寝そべるように浮いた状態で、一同を眺める格好となった。
「……えっ?それだけ?」
リタの本音がこぼれた。
悪魔の姿を見た瞬間、どこか安堵したリタは、悪魔に何かを期待していた。だが、いつも通り怠惰でいる悪魔に、結局は失望する形になってしまった。
そんなリタの気持ちを知ってか知らずか、悪魔は語りかける。
「ほら、なにやってんだよ、早く続きを始めろ」
「続きって……見りゃわかんだろ?ヘクがピンチなんだ!何とかしてくれよ!」
「それはお前がすることだ。オレじゃない」
「お……オレが?」
「何の為の稽古だったんだ?こういう時こそ、お前が何とかして見せろよ」
「…………。」
「待ちなさいリタ!剣をしまいなさい!」
遅れてやって来たヒカリが一喝する。
「そこの御二方も、目的が何なのか知りませんが、その子を離してください!」
「それは出来ん」
「ならば話し合いましょう。力での解決では、新たな力を生み出すだけ。永遠に繰り返される争いなど避けるべきです」
「それも出来ん。我々はただ与えられた任務を遂行するのみ」
「……そうですか。残念です。ならば致し方ありません」
そう言うと、ヒカリは一同から数メートル後ろに下がり、男2人組を指さし、堂々と大声を上げた。
「悪魔ぁ!そいつらやっつけちゃって!」
「え?断る。面倒だし」
ヒカリの居る場所に、一陣の通り風が吹いた。
「そ、そんなこと言わないでよ!どうみても私たちピンチじゃない!」
「お前もガキと同じ様なこと言うんだな。オレは何もしないぞ」
「何で?何でなの?今まで散々悪行の限りを尽くしておいて、こういう時には何もしてくれない……あんたそれでも悪魔なの?」
「おう、オレは悪魔。成し遂げられぬ事などない。それが例え、ただの口約束だとしてもな」
その言葉を聞いてヒカリはようやく思い出した。
―― オレはもう二度と
これはヒカリと出会ってすぐに交わした口約束。
本人が忘れても、悪魔は忘れてはいなかったのだ。
ヒカリは何か込み上げてくる想いがあった。
この想いは、今後の悪魔との関係性でとても重要な事だと直感したが、悪魔の力に頼らざるを得ない現状との間で、葛藤することになってしまった。
「……ヒカリ姉ちゃん、オレに任せてくれ」
思考が追いつかない状態だったヒカリを、リタの言葉が現実に引き戻した。
「何言ってんのよ。悪いけど、今は子どもの出る幕じゃないわ」
「わかってる、わかってるんだ!オレみたいなガキじゃどうにもならないって……」
「じゃあ下がってなさい。私が何とかするから」
「……それでもオレは戦う。村のみんなの為に戦った、父ちゃんみたいにオレはなりたいんだ!」
ガタガタと震えながらも声を絞り出したリタの迫力に、ヒカリは返す言葉も出てこない。
「よく言った、ガキ」
そう呟いた悪魔から、ヒカリにとっては身に覚えがあり過ぎる、とてつもない殺気が放たれた。
そのあまりの迫力に、男2人組は一瞬怯んだが、経験や自信からなのか、すぐさま体勢を立て直した。
しかし、その一瞬に誤算が生まれた。
悪魔の殺気は、この辺りの風向きさえも変えるほどの力を放出していて、その影響で偶然にも近くにあった木の枝が折れ、その枝がヘクを捕らえていた男の片目付近に刺さり、それに動揺した男はヘクを取り逃がす事となった。
一部始終を見ていたヒカリは、すぐさまヘクを抱き上げ、逃げ出すことに成功する。
「おい!大丈夫か?」
「あ、あぁ、目は完全にやられちゃいない。だが、しばらくは片目が使えん」
「仕方ない。任務では「生きて捕らえよ」とのことだったが、そんなこと言ってられんな」
そう言うと、手に傷を負った男が、再びリタへと歩み始めた。
その時、殺気を放ち続ける悪魔がリタに声をかける。
「おい、ガキ。オレとアイツ、どっちが怖い?」
「えっ?」
「オレとアイツ、どっちが怖いかって聞いてんだよ」
悪魔の殺気がどんどん増していき、辺り一面暴風が吹き荒れる。
男2人の動きが止まり、ヒカリとヘクは吹き飛ばされないように堪えるので精一杯だった。
リタは悪魔の恐ろしさを改めて知り、今すぐにでもこの場から逃げ出したい気持ちでいっぱいだったが、倒すべき敵がいることと、大見得を切った自分を裏切れないという自尊心が、何とかその場にとどまらせた。
「お前には剣士としての才能がある。このオレが保証しよう。だが、あの程度の相手に負けるようじゃ、この先ずっとガキのままだ。オレを失望させるなよ」
悪魔が口にした言葉のどこまでが本音なのかはわからなかったが、不思議なことに妙な説得力を感じたリタは、いつの間にか全身を襲っていた震えが収まっていることに気づいた。
「悪魔と比べたら……お前らなんか怖くねぇんだよ!」
リタは走り出し、右手に持った短剣を大きく振り上げ、男へと斬りかかった。
しかし、相手も百戦錬磨。悪魔のどんどん増していく殺気に意識を取られそうになっていたが、リタの攻撃を見るや否や、迎撃体勢に入った。
―― ゴキッ!
嫌な音が響いた。
男は、振りかぶられたリタの右手を一瞬にして折っていた。
「ガキが調子にのるなよ」
「……へへっ、嫌だね。調子にのらせてもらう!」
そう言うと、リタは左手を男の太もも目掛けて振り下ろした。
「ぐわぁぁぁ!」
―― それは対悪魔用として秘密裏に練習していた技だった。
右手に短剣を持ち、わざと大きく振り上げて見せることで「右手に武器がある」と錯覚させ、左手に持ち替えた短剣で攻撃するという、子どもながらによく考えられたトリッキーな技である。
「み、右手が痛てぇ!」
激痛が走る右腕を庇いながらジタバタするリタ。しかし、その表情は晴れやかであった。
「ヒカリ姉ちゃんに頭を使えって言われたから、この技が生まれたんだ!」
「リタ……」
ヒカリは喜びと安堵が一気に込み上げてきた。
「父ちゃん見てたか?オレは勝ったぞぉ!」
歓喜の声を上げるリタ。だが……
―― ゴキン!
またしても嫌な音が響いた。
「くそっ、ガキ如きに、2箇所も傷つけられちまった」
「ハッハッハ!お前もそろそろ引退の時期か?」
「うるせぇ、まだまだ現役だっつーの」
リタの首があらぬ方向に曲がっていた。
そのままリタの身体は崩れ落ちるように倒れた。
【リタァァァーーーー!!】
ヘクが泣き叫ぶも、リタからは返事がない。
「ヘク、落ち着いて聞いて?私の魔法ならきっとリタを助けられるから。安心して?ねっ?」
「でも……でも……」
「本当に大丈夫よ。こう見えても回復魔法は得意なの。だから……」
「あっ!ヒカリお姉さん、後ろ」
「えっ?」
―― ゴキン!
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