門出
ヒカリは戸惑っていた。
ハラーを口いっぱいに頬張りながら、必死に状況説明をしてくる双子と、どう接すればいいのか解らないからだ。
「モグモグ……でな、村のみんなは「それは悪魔だ」って言うんだ!」
「モグ……ゴクリ。そ、そうなんです!お姉さんがいない時に私、話しかけてしまって」
「そんな話をメランばあちゃん達としてたんだけど、なんか急に眠くなってさ」
「そうなんです。いつもならもう少し起きてられるんですけど」
「それで、気づいたらヒカリ姉ちゃんと……あ、悪魔が……」
「……うぅ……」
「……で、でも、悪魔はヒカリ姉ちゃんの手下なんだろ?」
「手下じゃねぇぞ」
「ヒッ!」
「悪魔!リタとヘクを怖がらせない!」
「いや、事実を言ったまでなんだが……」
「や、やっぱこいつ怖ぇよ」
「お、お姉さん助けて……」
「大丈夫よ。この悪魔は私の前では絶対に悪さをしないから!」
「ホントかぁ?」
「ホントですか?」
「……まぁ、ホントだな」
「やっぱ顔が怖ぇ!」
「お姉さん助けて!」
「悪魔!リタとヘクを怖がらせるなって言ってるでしょ!」
「……何回やんだよ、このやりとり」
そんな会話の中、その時は突然やってきた。
「それでヒカリ姉ちゃん、村のみんなはどこへ行ったんだ?」
ヒカリは2人を不安にさせまいと、笑顔を取り繕っていたが、流石に表情が歪んでしまった。
「お姉さん、どこに行ったのか知らないですか?」
「あぁ……えぇっとね、村長のカイモスさんって人、いるでしょ?」
「うん!カイモスじいちゃんは、オレたちの親代わりをしてくれてたんだ!」
「カイモスおじいちゃん、好き」
ヒカリは胸が痛んだが、2人の為を思い、作り話を続けた。
「そのカイモスさんが村人全員で、この村を統治している国に食糧を貰いに行くって言ってたの。その時に、2人のことは私たちに任せるから、後から来てくれって」
「えぇ!何だよカイモスじいちゃん!沼くさいな!」
「り、リタ、それを言うなら泥くさい……だよ」
「いや、水くさいだろ」
「ヒィッ!」
「……オレが喋る度にいちいち怯えるなよ」
「とにかく!任せられたからには、このヒカリお姉さんと悪魔が2人を無事にその国まで連れてってあげるから、安心してね!」
「はーい!」
2人は息の合った返事をした。
「……ねぇ悪魔、これでいいんだよね?」
「なぜオレに聞く?」
「……そうだね、うん、大丈夫、何でもないわ」
旅支度をしてくると言って家に向かった双子を待つ悪魔とヒカリ。2人の間には、どこかよそよそしさがあった。
「ヒカリお姉さーん!」
小さなリュックを背負ったヘクが走ってきた。
顔周りを覆うような栗色のショートヘアーがパタパタとなびいている。
「あれ?リタはどうしたの?」
「それが……やめておけって言ったんですけど……」
そう言ってヘクが目をやった先に、何やら重たい物を引きずるようにノロノロとこちらへ向かうリタの姿があった。
普段は少し逆立ってゴワゴワしている栗色の髪が、今は力なくへこたれている様に見える。
「……ハァハァ、こ、これは……父ちゃんの……形見だから……」
その手には、10歳の少年が扱うにはあまりにも重すぎる、刃渡り1メートルはあるであろう鋼の長剣が握られていた。
「あれは……私でも持って歩くのは辛いわね」
「でも、お父さんの形見はアレしかなくて……お母さんのはコレ何ですけど」
ヘクはそう言うと、後頭部に着けられたピンクのリボンをヒカリに見せた。
「わぁ、可愛いわね。とっても似合ってるわ!」
ヘクは嬉しそうに頬を赤らめてうつむいた。
「お、オレのこと……置いてかないで……」
リタもまた、違う意味で顔を真っ赤にして、ズルズルとみんなの元へ向かって来ている。
「悪魔、何とかしてやれないの?」
「あのままにしておいたほうが、見てて面白いぞ」
悪魔はニヤニヤとリタの奮闘ぶりを傍観していた。
「何とかしてあげないと、善行教えてあげないわよ?」
「なにっ、それは困るな」
リタは息も絶え絶えとなり、遂に歩みが止まってしまった。
「ゼェゼェ……もうダメだ……」
「しょうがないガキだな」
そう言うと、悪魔は唐突にリタの持つ長剣に尻尾を振り下ろした。
―― ガキンッ!
「あぁーっ!父ちゃんの形見がぁー!」
自分が疲労困憊であることを忘れたかの様に、リタは大声を張り上げた。
鋼の長剣がポッキリと折れて、刃渡り20センチメートル程になってしまったからだ。
「これで持ち歩きやすくなっただろ?」
「そういう問題じゃない!オレの大事な剣に……なんてことするんだぁぁぁ!!」
キンッ!キンッ!キンッ!
リタは感情に任せて父の形見を振り回した。
しかし、悪魔は腕組みをしたまま、リタの攻撃を尻尾だけで全て捌いた。
「ガキ、お前に長剣はまだ早い。だが、オレが折ったことで短剣となった今はどうだ?普通に使いこなせている様に見えたが」
「た、確かに、悪魔の言う通りだ。これなら重くないし、武器として使えるぞ」
リタは何か込み上げて来る思いがあるのか、その表情は先程までとは違い、自信に満ちた笑みを浮かべ、凛々しさすら感じられる顔つきになっていた。
「……あ、悪魔、ありがとう」
「…………。」
悪魔はリタの感謝の言葉にはまるで興味がなかった。それよりも、リタから感じる「剣士」としての才能に興味があり、リタを観察していた。
まだ子どもということもあり、感情のままに振り回した短剣捌きは決して褒められたものではなかったが、内側から溢れ出た魂からは、過去に数える程しかいなかった「人間にしては強い魂」を持ったもの達を思い出させる程、突出しているモノを感じ取っていた。
「……おい、ガキ」
「な、なんだよ?」
「これから向かう国に着くまでの間、オレが剣の稽古をつけてやる」
「えっ?ホントか?」
「あぁ。お前がそれなりに戦えるようになるくらいにはな」
単なる気まぐれとも受け取れる悪魔の発言は、案の定、悪魔の純粋な欲望によるものだった。
「道中の暇つぶし」
「腕が上がったら戦う相手として最適」
ただそれだけのことである。
「リタ、大丈夫?」
事の一部始終を心配そうに見ていた女性陣2人が、リタの元へ駆け寄った。
「大丈夫だ!むしろ、悪魔が剣を短剣にしてくれたおかげで持ち運べるようになったし、悪魔が稽古をつけてくれるって言うから、これでオレもみんなを守れるくらい強くなれるぞ!」
自慢げに形見の短剣を見せるリタ。
「よかったね、リタ」
「へへっ、これでヘクのこと守ってやるからな!」
ヒカリは何かを拾い上げる動作を見せた後、悪魔の元に駆け寄った。
「悪魔も良いところあるじゃない」
悪魔の意外な一面を見たヒカリは、嬉しそうに悪魔の身体をつついた。
「ということは、これは善行になるのか?」
「うん……そうね、善行だと思うわ」
「そうか、それじゃあオレは善行を成し遂げたわけだな?」
「いやいや、こんなんじゃまだ成し遂げたと言いきれないわ」
「あ?なんでだ?」
「それは……ほら、世界にはまだまだ苦しんでいる人々がいるわけだし、もっと善行を積まないと、私からも人々からも認められないわよ?」
村人消失の件もあり、ヒカリにとっての悪魔は、「善行を教え説く」「旅路の危険を減らす」という当初の目的以上に、「目が離せない存在」となっていた。
その為、何としても自分の監視下に置いておきたかったのだ。
「そうか、善行は難しいな」
「当たり前じゃない!あんたは……そうね、ようやく第1歩を踏み出した……って所かしら?まだその程度よ!」
「ふん、まぁいいだろう。お前との約束もあることだしな」
「うん、この調子で頼んだわよ、バカ悪魔!」
「バカは余計だろ」
いつもの調子を取り戻したヒカリは、悪魔に悪態をつけるほどにまで元気を取り戻していた。
悪魔とヒカリ、2人の間にあったよそよそしい雰囲気はもう無い。
「さて、それじゃあ出発ね!」
「おー!」
「はい!」
「腹減ってきたなぁ」
―― こうして新たにリタとヘクを迎え入れたヒカリは、悪魔と共に、この辺りを領土としている「アマルティア国」を目指して旅立った。
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