混迷
「うおーっ!」
「待ってよー!」
双子と思われる兄妹が追いかけっこをしている。歳は10歳ほどか。
「うぎゃっ!」
先頭を走っていた兄が何者かに衝突した。
恐る恐る見上げると、そこには子どもの目から見ても人間とは明らかに異質な、恐怖心を掻き立てられる風貌の男が立っていた。
褐色の肌、頭にそびえる二つの角、背中から生えた翼、揺らめく尻尾……。
「なんだ?このガキ」
その一言で双子の感じた恐怖心はより濃いものへと変わり、顔を真っ青にした2人は泣き叫びながら一目散に村の方角へと逃げ出した。
「……ハァハァ。やっと追いついた。何かあったの?」
「いや?別に何も」
「そう……?」
ヒカリは少し
「ようやく見えてきたわね。あそこがリーピ村よ」
ヒカリが指さした方角には確かに村が見える。しかし、村と呼ぶには甚だ廃れた様相を呈している。
「……ボロい村だなぁ」
身も蓋もない事を呟く悪魔。
「だから言ったでしょ?ここに住む人々は世界でも1、2を争うほど元気を失っているって。でも、そんな人達を救うことが私たちの目的よ」
「わかってるって、善行だろ?任せろ」
「任せられません!とりあえずはその見た目ね。これから人助けしようってのに、その悪魔丸出しの姿のままじゃ、怖がられて元も子もないわ」
そういうと、ヒカリは魔法を唱えた。
「
すると、悪魔の周りをキラキラと煌めく光が包み込み、瞬く間に悪魔の着ていた服を覆うように、新たな衣装が現れた。
ヒカリが着ている修道服に似た造りをしていて、フードで頭をすっぽりと隠し、少し余裕のある大きさのズボンは尻尾を隠した。
「よし!これで見た目は問題ないわね!」
得意気に、満足気に語るヒカリだったが、悪魔の表情はどこか不服そうである。
「なによ?このくらいしないと善行出来ないわよ?」
「いや、お前がこれで満足ならオレはいいんだが……」
そういうと、悪魔はヒカリに背を向けた。
悪魔の翼が服を突き破っていたのだ。
「えぇ……」
ヒカリはなんとも言えない表情を浮かべた。
「その翼、なんとかならないの?悪魔でしょ!」
「出来なくもないんだが、エネルギー使うんだよな……そもそもダルい」
「わかったわよ!ほんっと世話の焼ける悪魔ね!」
膨れっ面のヒカリは、渋々魔法を唱えた。
「
すると、「ハラー」がヒカリの両手から溢れんばかりに出現した。
「はい!これだけ食べればしばらくは大丈夫でしょ?」
「おう、悪ぃな」
悪魔は手渡されたハラーをペロリと平らげると、その象徴的だった翼を、背中の奥深くに収納した。
「今度こそ、これで大丈夫そうね」
村一つ入るだけの事に、これほど苦労するとは思いもしなかったヒカリは、額の汗を拭うと一息ついた。
「さて、それじゃあ善行しに出発だぁ」
いつも見せている怠惰な様子より、ほんの少しだけやる気を感じられる掛け声と共に、悪魔は村へ向かって宙に浮かんだ。
「ちょちょちょ、ちょっと待ったァ!」
「なんだよ、まだ何かあんのかよ」
「翔ぶな!翼を隠した意味!っていうか翼なくても翔べることにビックリだわ!」
「あぁ、あれは飾りみたいなもんだからな」
「ふぅんなるほど……じゃなくて!翔んでたらそれこそ人間じゃないことがバレバレじゃない!」
「うーん、言われてみればそうかもな」
「いいですか?翔ぶの禁止!服を脱ぐのも禁止!私の許可なく会話も禁止!それから……」
「あーうるさい、ちょっと黙って……」
「黙りません!こればかりは譲れません!」
「わかったわかった。けどよ、多すぎて覚えてられねぇんだよなぁ。ほら、もう最初の方の禁止事項忘れちまってる」
ヒカリは怒りを通り越して呆れてきたが、悪魔のためにわかりやすい提案をした。
「わかったわ、1つだけ守ってくれる?」
「なんだ?」
「私の前で、悪魔らしいこと全て禁止!」
村の入口に着いた2人は、想像以上の光景を目の当たりにし、絶句していた。
さっきまで気持ちのいい青空だったのが、村に入るやいなや、どんよりとした曇天に変わったのかと思わせるほどに村人達から受ける負のオーラが凄まじく、見渡す限り高齢者ばかりで、その一人一人からまるで正気を感じない。
「旅の者かね?」
村人が話しかけてきた。
「は、はい。私は神導宗に身を置く修道女。この村の噂を聞きつけ、何か手助けは出来ないかと思い、旅すがら立ち寄らせていただきました」
「そうですか、それはご苦労様です」
「いえ、そんな……」
「今はこんな村です。何もして差し上げることは出来ませんが、どうかゆっくり身体を休めていってくだされ」
「お心遣い、感謝いたします」
「申し遅れました、私は村長のカイモスです。何かあれば、私に声を掛けてください」
「わかりました、カイモスさん」
宿を借りて部屋にたどり着いたヒカリは、おもむろにベッドへと身を投げた。
「こういうことだったのね。これだけジジイ……コホン、高齢者ばかりなら、村に元気がないってのも頷けるわ」
枕に顔を埋めたまま話すヒカリに対して、窓の外を眺めながら悪魔が呟く。
「いや、そうでもないようだな」
「どういうことよ?」
悪魔が腕組みをしたまま窓の外を指さす。それに釣られるようにヒカリが窓から顔を出す。
そこには、元気に駆け回る双子の兄妹の姿があった。
「……きっと、あの子達がこの村に残された希望なのかもね」
ヒカリは笑顔をふりまきながら無邪気に遊ぶ双子の様子を見て、なんだか心が癒される感覚がした。
「さて、これから忙しくなるわ!悪魔も手伝うのよ?」
「へいへい」
ヒカリはその口の悪るさが目立つが「困っている人を助けたい」という気持ちに嘘は無く、今も村人達に尽くそうと奔走していた。
食べ物を配ってまわったり、話し相手になろうとしてみたり、怪我の治療を勧めたり……。
しかし、その思いとは裏腹に、なぜか頑なに村人達はヒカリの助けを拒んだ。
そんな事を知ってか知らずか、村長のカイモスが2人の前にやってきた。
「私の作った饅頭だ。こんな物を作ることくらいしか出来んのだが……どうぞ召し上がってくだされ」
「あ、ありがとうございます!ではいただきます……モグモグ……んっ!おいしい!」
「ははっ!それは良かった!」
「おい、お前が善行されてどうする」
「うっ……こ、これからなのよ!あんたは黙って着いてきなさい!」
そう息巻いたものの、案の定、村人達の反応は悪い一方だった。
―― なんでなの?
ヒカリは憤りを感じた。それは村人に対してでは決して無く、自分の無力さへの感情だった。
それでも、唇をかみしめて、尚も奔走するヒカリを、ただただ横で眺める悪魔。
すると、ようやく1人の老婆が、ヒカリの声に答えた。
「ここ1年くらいずっと足が痛くてねぇ、この杖無しじゃ歩くこともままならないのよ」
「わかりました。では、その痛む箇所を診させていただきます」
ヒカリはゾッとした。怪我を放置されていた片足は酷く腫れ上がり、その様子は見るに耐えられない程だった。
「どうだい?治りそうかい?」
「だ、大丈夫です。絶対に治してみせますから」
まるで自分に言い聞かせるように呟いたヒカリは、一呼吸置いて、魔法の詠唱に入る。
相変わらずただ眺めているだけの悪魔だったが、ヒカリが奔走している間中、ずっと何者かが自分を監視しているのを察知していたが、あえて何も言わなかった。
「
ヒカリの魔法が実り、老婆の足の腫れは引いていき、健康な状態に姿を取り戻した。
「ふぅ、これで治ったはずです。どうです?まだ痛みはありますか?」
「驚いたよ。痛みが全然無くなったよ。本当にありがとね、神導宗の娘さん」
「いえ、然るべきことをしたまでです。こちらこそ、よそ者の私達を信じてくださり、ありがとうございます」
「よそ者?」
「はい……村の皆さんはきっと、よそ者の私達を警戒して話を聞いてくださらないのかと思いまして……私の同行者も怪しい大男ですし」
「……それはあまり関係ないことですよ」
「と、言いますと?」
「……そうね、せっかく治していただいた足。もう動きたくてウズウズしてるわ。この先に村全体を眺められる丘がありますの。話はそこでしませんか?」
「わかりました」
「では参りましょう、それ!」
老婆は今までの怪我が嘘のように、超高速で丘の方へ走って行った。
「……あのババア、めちゃくちゃ速いな」
「……うん、速いわね」
丘の上に着いた2人。そこにはいくつかの十字架が村を見下ろすように建てられていた。
夕焼けが村全体を照らす中、老婆が語り出す。
「……もう神がいなくなってから2年経つわね。お察しの通り、この村に若い者はほとんどいません」
「はい。でも子どもを2人見かけました」
「リタとヘクですね。あの子らはとても強い子よ。それこそ年老いていない時代の私達と比べてもね」
「……この村で何があったのですか?」
老婆は夕焼けに染まったリーピ村を、目を細めて眺めながら答える。
「高齢化の進んだリーピ村には、村周辺を領土とする国の食糧調達部隊が、王の命令で定期的に食糧を届けてくれていたの。2年前までは……」
「……神がいなくなった年ですね」
「そうよ。神がいなくなってから、国は食糧確保の為に戦争をはじめたわ。それ以来、このリーピ村には食糧が届かなくなった」
ヒカリは悪魔を睨みつけた。しかし、悪魔は上の空だった。
「その後はあなた達も知るように、徐々に世界はおかしくなっていった。それでもね、こんな世の中でも、あなた達のように善行をしようとする人はいるわ。それがリタとヘクのご両親よ」
ヒカリは黙って老婆の話に聴き入った。
「食糧が尽きかけ、途方に暮れる私達の元に、リタとヘクを連れて突然現れたの。リーピ村の危機を救うため……と、言ってたわ。2人は魔法使いでね。その魔法で診療をしたり、空いた時間には食糧を魔法で生産して、それを分け与えてくれた。本当に身を粉にして働いてくれていたわ」
「……凄い」
ヒカリは思わず本音がこぼれた。
その言葉を聞いた老婆は顔をしわくちゃにして微笑んだ。
「えぇ、私もそう思うわ。あんなに他人の為に献身的でいられるなんて、とても真似出来ない。でも、そんな時間は長く続かなかったの」
「……まさか……ここにあるお墓は……」
「えぇ、そのご両親が眠っているわ。ある日、魔法を使いこなす男3人組が、村の食糧を狙って襲ってきたの」
ヒカリは3人組に心当たりがあるような気がしたが、そんな事は置いといて、話を聞くことに集中した。
「私たち年寄りは、怯えて震えて何も出来ず、見てることしか出来なかった。でも、あの2人は違った。奥さんのエルキスさんは、リタとヘクと私たち年寄りを避難させて、旦那さんのアガーさんは、勇敢に立ち向かったわ。私は訳もわからないまま、とにかくリタとヘクを連れてこの丘まで逃げてきた。その時に私は足に傷を負ったの。しばらくして様子を見に村へ戻った時にはもう……。ご両親や数名の村人が犠牲になっていた……」
夕焼けに照らされている老婆の後ろ姿が、弱々しくなっていくのをヒカリは感じた。
「それ以来、村の皆は生きていることを恥じているのよ」
「恥じ……ですか?」
「そうよ、私もその内の1人。あんなに人の為に尽くせる有望な2人が先立って、余命
―― ヒカリは言葉が出なかった。
どんな言葉を紡ごうとも、ただの戯言になってしまう……。
そう感じるほど、老婆の言葉に説得力があったからだ。
「要するにだ。
ずっと沈黙していた悪魔が、あくび混じりに言い放った。
「ちょっと!急に何言ってんのよ!」
「いいのよ、あなたの言う通りだわ。みんな怖いのよ。自分たちの意思で何かをすることが……」
「おばあさん……」
「私はあなた達が村人に声をかけて回る姿が、あの2人と重なって見えたのよ。だから耳を傾けることにした。ごめんなさいね、冷たくあしらってしまって。今はとても感謝しています」
「いえ、そんな……」
老婆は布を取り出し、辺りの十字架を綺麗に拭いてまわった。
「ここにはね、殺された私の旦那も眠っているのよ。怪我でこの丘を登れなくなって、かれこれ1年、やっと会いに来れたわ……」
老婆は
「……あの時はありがとう……臆病で……惨めな私たちを……どうか許してください……ごめんなさい……ごめんなさい……」
「なぁ
ヒカリは答えられなかった。
「おい!お前ら!メランばあちゃんを泣かすな!」
勇ましい声が丘に響き渡る。ヒカリたちが振り返ると、そこにはあの双子の兄妹が立っていた。
木の棒を構えて威嚇するように顔を強ばらせている兄と、その後ろからオドオドとした表情で覗き込む妹。
「リタ、ヘク、大丈夫よ。私が勝手に泣いただけ」
「ほ、ホントか?」
「えぇ。むしろこの人達は、私の足を治してくださったのよ」
「そう言われれば、どうやってここまでメランばあちゃんは来れたんだ?」
「き、きっとあのキレイなお姉さんの魔法だよ」
「そうなのか?」
ヒカリは、せめて子どもの前では平然としていたいと思い、その金色の髪をサラリとかきあげて嬉しそうに答えた。
「ええ、このキレイなお姉さんが治したのよ!」
「……まぁまぁキレイだけど、母ちゃんには敵わないな」
ヒカリは伝統芸能として古来より伝わる「ズッコケ」をやって見せた。
「じゃあ、今度から父ちゃんと母ちゃんの墓参りに、メランばあちゃんも一緒に来れるな!」
「そ、そうだね!カイモスおじいちゃんも喜ぶね!」
双子は嬉しそうにメランの元へ駆け寄り、その後、両親の眠る十字架に祈りを捧げた。
「あの子たち……」
「ええ、まだ10歳よ。なのに、しっかりと両親の死を理解して、それでも生きているわ。本当に強い子よ」
そう耳元で囁くと、メランは再び双子の元へ戻って行った。
ヒカリは、このリーピ村の実情を聞いて、なんとも言えない感情が頭を渦巻いていた。
生きることに執着のない村人、両親の死を受け止めて生きている子ども、どうにもならない過去、どうにもできない現状……。
「私は……無力だ」
「ならばどうする?善行やめるのか?」
「……わからないわ」
「おいおい、オレに善行を教えてくれるんじゃなかったのかよ?」
「……うるさいわね」
「あ?なんだって?」
【うるさい!!】
ヒカリのとてつもない大声が丘にこだまし、村の方へと向かって行った。メラン、リタ、ヘクも驚いた顔でヒカリに目をやる。
やり場の無い感情のぶつけ所が無かったヒカリが、悪魔に八つ当たりをするような形となってしまった。
それに気づいてか、ヒカリは無表情になった顔をうつむけた。
「……ごめんなさい。私が悪いわ。善行を教えると息巻いて、結局このザマですもの。本当にごめんなさい」
そう悪魔に早口で呟いて、ヒカリは村へと駆けていった。
「あ……あの」
「ん?」
妹のヘクが悪魔に話しかける。
「お、お姉さんとケンカしたんですか?」
「ケンカ?そんなもんしてねぇよ」
「そ、それなら良かったです」
「おい、メスガキ」
「は、ハイ!」
ヘクは一気に緊張した顔つきになり、背筋がピンと伸びた。
「まぁそんなに怖がるなって。お前に聞きたいことがあるんだが……」
ドカッ!
「ヘクに何を言った!怯えてるじゃないか!」
兄のリタが悪魔の
「コラ!村の為にわざわざいらした方に、いきなり何してるの!」
「……だ、だって」
「どうもすみません。ほら、謝りなさい!」
「……ご、ごめんなさい」
殴られた箇所をポリポリと掻きながら、悪魔は平然と答えた。
「いや、別にいい。それよりも……」
「あっ!お前は……!?」
―― リタは気づいた。
この大男は、村の入口で遊んでいた時に遭遇した、恐ろしい異人だということに。
「あ、あわわわわ!へ、ヘク!メランばあちゃん!い、今すぐここから逃げよう!」
「どうしたのよ急に」
「説明は後でするから!は、早く!」
「すみません、ご無礼は承知の上ですが、子ども達が何やら騒ぎはじめましたし、これ以上ご迷惑にならないよう、私たちはここで失礼いたします。本当にありがとうございました!」
メランは深々と頭を下げると、リタとヘクを抱えて、相変わらずの超高速で村へ戻って行った。
「やっぱあのババア速いな」
宿に戻ったヒカリは、今日の自分の行動と、メランから聞いた話を繰り返し思い出しては、唸り声を上げながらベッドの上でジタバタしていた。
「「生きてることが恥ずかしい」なんて発想、考えもしなかった……今まで私がしてきた事って、本当に正しい行為なのかしら……」
ヒカリは頭の中を覆っていた羞恥心や疑念を一旦振り払い、今まで立ち寄った村や町での出会いを思い返してみた。
確かにヒカリの善行を鬱陶しく感じる人もいただろう。しかし、それ以上に感謝をしてくれる人々のほうが多く、その一人一人の笑顔が忘れられずにいた。
「……大丈夫よヒカリ。
ヒカリは自分にそう言い聞かせた。
「……ヒカリ……」
「……ん……誰?」
「……ヒカリ、ヒカリ!アタシよ!」
「……あ、ミライ。久しぶりね」
「もう、また寝ぼけちゃって。授業中でも大体そんな感じだったよね」
「あぁそうだったっけ?
「もうあそこを出てから、ずいぶん経つものね。ところでヒカリ、この村で何してるの?」
「何って……人助けよ」
「人助け?ホントに?」
「ホントよ!」
「でもヒカリって、昔から「性格の悪さ」が目立ってたよね」
「……確かに私の性格は少しだけ曲がっているかもしれないけど……誰かを助けたい気持ちは本物よ!」
「だけど村人達から「ヒカリに助けられた」って印象、あまり感じないよ?」
「そ、それには……色々事情があったの!」
「そうなんだ。まぁ人間関係って複雑だもんね」
「うん」
「あっ!ごめんね?何だかイジワルな事ばかり言ってるよね?」
「ううん、大丈夫」
「……ところで、一緒に行動しているのは「悪魔」なんでしょ?人助けとは程遠い存在……だよね?」
「それは否定しないわ。けど、悪魔のことだって改心させられると信じてる。いいえ、改心させてみせる!」
「……そう。ヒカリがそう言うのなら信じるわ。けれど、相手は悪魔。決して目を離してはダメよ」
「わかってるわよ……今だって……あれ……そういえば……」
「悪魔!!」
ヒカリはいつの間にか眠っていた。
夢をみていた事に気づくと、慌てて辺りを見回した。
窓の外はもう日が暮れて、村の様子はというと、より一層静けさを増し、昼間以上に不気味な雰囲気を感じる。
「ヤバい、油断した!私のバカ!
急いで村の外に飛び出したヒカリは、一瞬にして村の異変に気づいた。
「……人の気配がしない」
いくら夜が更けているとはいえ、人の姿がまったく見当たらない。
家を一軒ずつまわってみたが、人の影一つとして見つけることが出来ない。
「……どういうこと?一体何があったというの?」
ヒカリはふと空を見上げると、眩しい程に明るく光る満月が、
その満月を雲が隠すかの如く、謎の物体が遮った。
目を凝らして見ると、それは頭の後ろに手を組み、足を交差させて、仰向けの状態で浮かぶ悪魔の姿だった。
ヒカリが繕った衣服は着ておらず、いつもの服装に戻っていて、満足そうな表情で眠っているように見える。
悪魔を視認したヒカリは、未だかつて無い程の胸騒ぎに襲われ、感情に任せた叫び声をあげていた。
【悪魔ぁぁぁぁ!!】
「……んっ?おお
悪魔はあくびの後、身体を伸ばして、首をコキコキと鳴らしながらヒカリの元へ降りてきた。
「色々聞きたいことはあるけど、単刀直入に言うわ。あなた、この村で何をした?」
「何って……別に……」
「じゃあ村人は?ここにいたカイモスさんやメランさんや他の人達は?どこに行ったのよ?」
「……知らん」
「はぁ?知らないわけないじゃない!悪魔のあなたでさえ気づかない内に村人全員がどこかへ消えたって言いたいの?」
「……うーん、そうなるな」
「バカみたい!誰がそんなこと信じるのよ!」
「いや、ほら、オレも腹一杯になったら眠くなっちまってよ、寝てる間にいなくなったって可能性も……」
「今「腹一杯」って言った?」
「えっ?言ったか?そんなこと」
「言ったわよね?」
「あー寝起きだから頭がまわらねぇ」
「……あなた、村人の魂を食べたのね?」
「なんのことだかわからんな」
「最っっっ低!バカ悪魔!あなた何をしたかわかってるの?」
「なんで魂を食った前提で話が進んでんだよ」
「だってそれ以外ないじゃない!あの時、私の目の前で使った魔法なら、魂を吸われた人は跡形もなく消滅する!これで説明がつくわ!」
「わかったわかった。とりあえず落ち着け」
「落ち着けですって?出来るわけないじゃない!善行どころか悪行の限りを尽くして、本っっっ当にあなた何がしたいのよ!」
「あーうるさい、ちょっと黙ってくれる?」
「その言葉、聞き飽きました!もし仮に私が悪魔だったとしたら、今すぐあなたをぶちのめしたいくらいよ!」
「いいから黙れ」
―― いつもと違う言い方、いつもと違う目つき、悪魔の放った一言は、ヒカリが喋り続ける事を止めるには十分過ぎる程に重みがあった。
「お前は本当に想像力が豊かな
悪魔から受けた威圧感からか、それとも答えが出せないからなのか、険しい顔をしたヒカリは黙ったままうつむいた。
「残りの人生ただ何もせず、死を迎えることしか出来ずにいたジジイ共の所に、オレの様な「悪魔」がやってきたとしたらどうだ?想像力が豊かなお前なら、答えは容易に出せるはずだと思ったのだがなぁ……」
2メートルはある長身の悪魔からすれば、当然ヒカリを見下ろす形になる。しかし、悪魔の問いかけも相まって、ヒカリは精神的にも見下されているように感じていた。
「……つまり、悪魔はカイモスさん達に頼まれて、村人みんなを殺したってこと?」
「仮にの話だと言ったはずだが?それに、オレの出した問題に対する答えになってないぞ」
「……んない」
「あ?聞こえねぇな」
「わかんないって言ったのよ!」
「……そうか、それは残念だ」
悪魔は本当に残念そうな表情で溜め息を吐き、眉をひそめ、夜空を見上げた。
「未だに善行の定義がよくわかんねぇし、いつになったらオレは善行が出来るようになるんだ?」
悪魔の心からの問いかけに、ヒカリは何一つとして言葉が出てこない。それはヒカリ自身にも「迷い」が生まれていることを意味していた。
「……相変わらず黙る一方か」
「うるさいわね。私だって……色々考えてるのよ……」
力なく答えるヒカリ。
「そうか。まぁオレに成し遂げられぬ事など無いからな。いずれその考えとやらがまとまったら、教えてくれりゃあいい。ところで
「……どうぞ、ご自由に」
どこか投げやりな返答のヒカリを、まるでお姫様を抱きかかえるような持ち方をして、悪魔は翔んだ。
「ちょ、ちょっと!翔ぶってこういうこと?私の高貴な身体に気安く触らないでよ!」
「うるせぇなぁ、あと少しだから我慢しろ」
そう言うと、ものの数秒で目的地まで辿り着き、悪魔はヒカリを雑に放り投げた。
「キャン!」と尻もちをついたヒカリ。その声が反響するこの地は、満月に雲がかかり薄暗くなっていたが、見覚えのある場所だということにすぐ気がついた。
「ここは……あの丘だわ」
「村人がどうなったのかは教えてやれねぇが、お前の言う「希望」だけは、まだこの村に残っているみたいだな」
丘を薄暗くしていた雲が切れ始め、徐々に明るく照らされたその先には、亡くなった両親が眠る十字架を囲むように、スヤスヤと寝息をたてる双子の姿があった。
「あ……!!」
ヒカリは双子を見るやいなや、何故だかこれまで自身の中を渦巻いていた負の感情が、洗い流されていくような気持ちになった。
そして双子の元へ駆け寄り、その寝顔を見つめた。
「このガキ共、どうするんだ?」
「……私が守る。絶対に守ってみせる」
満月の光が、無人の村をキラキラと照らしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます