道中
「いいですか?善行をしたいと思うなら、簡単に人を殺めるような事はしないでくださいね!」
ヒカリは歩みを進めながら、フワフワと翔ぶ悪魔を見上げて話す。
「なんでよ?」
「人を殺める行為は、善行とは真逆、悪行になります。つまり、ものすごーく悪い事なんです!」
「なるほど、それはダメだな」
「そうです!なので、私と約束してください」
「約束?」
「私の目の前で、二度と誰かを殺める行為はしないと約束してください」
「……その約束、どうしてもか?」
「どうしてもです」
「腹が減ったら、どうすりゃいいんだ?」
「わざわざ人間でなくとも、普通の食べ物でも生きていけるんですよね?」
「……チッ、わかったよ」
悪魔は観念したのか、ヒカリの目の前に降り立ち、渋々言葉にした。
「オレはもう二度と
そこに感情は一つもこもっていなかったが、実はこの約束、ヒカリの思惑通りの事だった。
「やっっったぁ!言ったね?約束したね?わーい!」
「……あ?」
「これで私の事も殺せないわよね?ざまぁみろ、このバカ悪魔ぁ!」
ヒカリの変わりようは目まぐるしく、大人しそうだったり、怯えきっていたり、今のように狂喜乱舞して見せたりで、悪魔は心の根っこの部分では、観察対象として面白い人間だと感じていた。
しかし、その感情に悪魔自身が気づいているのかは、また別の話。
現に、悪魔は呆れた表情でヒカリに問う。
「確かにオレは
「……えっ」
先程までのお祭り騒ぎが嘘のように止まった。まさに祭りのあとの静けさ。
「で、でもぉ、私を殺しちゃうと善行出来ませんよね?それに証人もいなくなっちゃいますよ?」
「別にお前でなくてもいい。オレにだって教わる人間を選ぶ権利はある」
すると、今度は悲しげな表情で、命乞いをするかの如く悪魔にしがみつくヒカリ。
「すみませんでした!調子に乗ってました!どうか!どうか私にチャンスをください!」
更に呆れた果てた表情で、溜め息混じりに悪魔は答える。
「冗談だって。少し揚げ足をとってみただけだ。お前も殺さないと約束しよう」
「ホントですかぁ?」
「ああ」
「……出来ることなら、私の身の安全も……」
「わかったわかった、お前を死なせないように努めよう」
「うぅ、ありがとうございますぅ……」
「いいから早くどけ。人間にベタつかれるのは何だか気持ち悪ぃ」
そんな出来事から数時間が経ち、お互い少しずつ打ち解けてきたのか、ヒカリの話し言葉も変わり、悪魔もようやく「ヒカリ」という名を覚えはじめた。
「……でね、その町の人、何て言ったと思う?「ボクの嫁さんになってください!」だって!」
「へぇー、良かったな」
「それが良くないんだなぁ。その人、私の好みじゃなかったし。それに、今まで色んな人に言い寄られてきたけど……私にはやるべき事がまだまだあるもの!」
「へぇー、良かったな」
「……ちょっと悪魔!さっきからテキトーな返事ばかりしないで!」
「
「お互いのことを知る。それもまた善行への近道である!」
「なにっ、ホントか?」
「……いや、ごめん、テキトーに言ってみた」
「……アホくさ」
「でもでも!相手の事を知るって、その人が一番望んでいる事に気づけるわけだし、当たらずも遠からずじゃない?」
「うーん、まぁ言われてみるとそうかもな」
「でしょ?だから、こういう他愛もない話も重要ってことよ!」
「
「……ねぇ悪魔」
「なんだ
「……私の名前は?」
「ヒカリだろ?」
「うん、そう!当たってる!」
「それが何なんだ」
「だって未だにメス呼ばわりとか……ヒドくない?」
「そんな事どーでもいいから早くゼンコウを教えろよ
「……やれやれだわ」
「何がよ?」
「だーかーらー!私の名前!」
「わかったわかった、善処する」
「……あのさぁ、名前で呼ぶことって、善処する程のことなの?」
「オレからすれば、そうなるな」
「ふんっ!変なの!」
「ほっとけ」
「ところで、あんたの名前は?」
「あ?そんなもん聞いてどうする?」
「だってずっと「悪魔」って呼び続けるのも、何か変じゃない?」
「……忘れた」
「はぁ?自分の名前を忘れるなんてある?」
「名前なんてのは同じ種族間でそれぞれを区別する為にある、ただの記号みたいなもんだろ?それにこの世界で「悪魔」といったら、このオレしかいねぇ」
「ま、まぁ……そうなんだけど」
ヒカリは何も言い返せず少し悔しくなったが、目的地が近づいた事に気づき、カバンから地図を取り出して、バサッと広げた。
「これから向かうこの「リーピ村」という所は、神を失ってから世界でも1、2を争うほど元気を失った村と言われているの」
「ほぉ、神を失ってからねぇ……」
「うん、悪魔だって神は知ってるでしょ?」
「もちろんだ」
「神は私たち愚かな人間の為に「調和」を保ってくれていたの。持たざる者には富や仕事を与え、力を持つ者には闘いではなく対話を教え、そうやって世界から争いをなくし、見守ってくれていた。なのに、なんで突然いなくなったんだろう……?」
ヒカリは少し不満そうな表情で、疑問を呈した。
そもそも神が健在であれば、自らがこんな旅をしなくても良かったんじゃないか……。
という思いも少なからず持っていたからであった。
「……えっと、神を殺したの、オレ」
「……また冗談?やめてよね」
「いや本当の事なんだが……」
「……は?」
「こう言っちゃあなんだが、オレの歴史上、最も楽しかったと言えるぐらいには神との戦いは楽しかったぞ」
ヒカリは考えた。というより、パニックになりそうな頭の中を整理して、悪魔の発言の意味を理解しようと必死だった。
「つ、つまり、今この世界がこうなってしまった元凶は……」
「……オレってことになるのかな?」
ばつが悪そうな顔をして、悪魔はニヤけて見せた。
【えええええええええええええ!?】
ヒカリの渾身の叫びは、周囲の木々や動物達をざわつかせた。それは悪魔の放つ殺気に引けを取らないくらいのレベルだった。
「バカ悪魔!あなたのせいでどれだけの人々が苦しんでると思ってんのよ!」
「あーうるさい、ちょっと黙ってくれる?」
「いいえ黙りません!これまで聞いてきた話だと、あなた悪い事しかしてないじゃない!本物の悪魔じゃない!ましてや神を殺したですって?どんな生き方をしてきたら、そんな悪行三昧になるのよ?」
「うーん、考えたこともねぇや。でもさ、オレはお前を助けたんだろ?だからその、なんだ、ゼンコウ?とやらもやってるぞ!」
「得意気に言うな!私が教えなければ何も知らなかったくせに!」
「まぁ落ち着けって、やっちまったもんはしょうがないだろ?神はもういないわけだしさ」
肩で息をするほど興奮状態のヒカリに対して、相変わらず飄々とした態度で接する悪魔。
そんな悪魔が驚愕するような発言がヒカリから飛び出す。
「いえ、神は復活するわ」
「……は?」
「正確には、私たち神導宗みんなの力で神を復活させるの。その為に旅をしている一面もあるのよ」
「……マジか?」
「大マジよ」
「具体的にはどうやって復活させるんだ?」
「詳しい事までは知らないんだけど、私の「恩師」曰く、善行をした分だけ私たちの身体に魔力が蓄積されるから、その魔力を持った神導宗のみんなで儀式をすると復活するらしいわ」
―― 悪魔は想像した。このままヒカリという神導宗の
「なるほどなるほど、神導宗、神の復活、面白い旅になりそうだな。よし、早くそのリーピ村とやらに行って、善行をするぞ。ハッハッハ!」
その刹那、悪魔は何か大事なことが頭をよぎったが、その内思い出すだろうし、どうでもいい事だろうと、いつものように考えることをやめた。
「なによ急にやる気になっちゃって。ちょ、ちょっと待ってよ!置いて行かないでってば!」
広げた地図を慌ててカバンにしまい込み、飛んでいく悪魔を追いかけるヒカリ。
リーピ村到着まで、あとわずか。
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