第2話 あおり
2021年度の夏休みも終わり、大学では後期の授業が始まろうとしていた。
咲(さく)の機嫌はとりわけ良かった。
「あと14日、あと14日、ライブまであと14日」
咲は夏休み中に結果が発表された、七瀬みのりライブツアー2021の抽選に見事当たったのだ。2020年にライブが中止になったため、実に2年ぶりの開催。咲にとっては人生初ライブ。2週間前にも関わらず既に気分が高揚している。
一方の大学生活は初日から授業があったため、大学に行ったものの、誰と話すこともなく、1日1日を何となく過ごしていた。
今日も午前中まで授業はあったものの、まともにしゃべったのは事務のお兄さんだけだ。
「あと7日、ライブまであと7日」
今の咲のモチベーションはライブだけだった。
咲はいつも通り大学の食堂で1人、ご飯を黙々と食べる。
食べながら周りをみていても、なんだかんだグループが出来ている。
いつのまにグループ作っているんだろう、と咲は疑問に思いながら、ふと目を近くの席にやる。
するとそこにあった鞄についていたキーホルダー。それには見覚えがあった。
「あおりだ」
そう。そのキーホルダーは七瀬みのりの公式マスコットキャラ”あおり”のグッズだった。
「あれ欲しいんだよな。通信販売の競争で負けたからな。まあ当日買えばいいか」
食後、残る授業を受け終わった咲は帰る準備をしていた。
「なにか落ちてる。ってあおり?」
そこにはあおりのキーホルダーが落ちていた。
するとそこに一人の男子が教室内に戻って来て、何かを探しているようだった。
「あの、もしかしてこれ探してます?」
「あっ!ありがとうございます!」
「あおり、ですよね?」
「ご存じですか。ですです」
「七瀬みのりさん。良いですよね」
「もしかしてみのりんのファンですか?自分の推しなんすよ」
「私も推しです!容姿もさることながら、声や歌も良いですよね」
「そうそう。どの曲が好きですか?」
「おーい!駿也。早くいこうぜ!」
彼の友達が教室内に顔を出してきた。
「おう!」
「拾ってもらってありがとうございました!あ、自分、法学部の立花駿也っていいます。また機会があれば、みのりんについて語りましょう!」
「あ、法学部の小田咲です。またおねがいしますー!」
「なんだなんだ駿也。彼女か?」
「違うよ!行こうぜ!」
咲はなんだか久しぶりに人としゃべった気がした。
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*豆知識(あおり)
「あおり」とは、七瀬みのりの飼っている雪だるまの妖精。
キーホルダーを押すと、他人を煽るボイスが流れる。
代表例
『えっ!そんなこともわからないんですか?』
『わー顔真っ赤。ウケるんですけどー!』
『君、もしかしてキッズ?』
煽りボイスだが、七瀬みのりの声で出来ているため、Mのファンに強い支持を受けている。自分以外の他人に対して使うときは気を付けよう。
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咲は割とテンション高めで大学から帰っていた。
なんか大学生っぽいことしたー。
咲が思う大学生っぽいこととは、イマイチ謎である。
咲は帰り道のコンビニで、煙草を吸ってはその場にポイ捨てする若者にたまたま出会った。
咲の性格上、この手のことを黙って見過ごすことは出来なかった。
「ポイ捨てはやめた方が良いと思いますよ」
「なに?なんか言った?」
「だから!煙草の吸殻は地面じゃなくて、灰皿に捨てましょう!」
「このコンビニにそういうのが無いから」
「じゃあこのコンビニで吸わないで下さい。もしくは吸ってもゴミはきちんと処理して下さい」
「ったく。うるせーブスだな!」
正直”ブス”という言葉は言われなれてしまった。
『えっ!そんなこともわからないんですか?』
『君、もしかしてキッズ?』
「この声は」
「今度はなんだ?」
咲の後ろからはみのりんの煽りボイスが流れる。
「あおり!!」
「いい大人が煙草の処理くらいきちんとしましょうよ」
あおりを握った駿也が若者に冷静にもやや強めの口調で言う。
「わかったよ」
そういうと若者は吸殻を拾って去っていった。
「君はさっきの立花君」
「小田さんこそ、意外と度胸ありますね」
「まあ、ああいうの放っておけなくて」
「というか。立花君、あおりの使い方。ビックリしちゃったよ」
「あおり、いろんな場面で意外と使えるんですよ。入りでこの煽り台詞でも声が声だから、あまり逆上してこないんですよね」
「あおり、買えなかったんだよね」
「確かに完売早かったですからねー」
「まあ、ライブの当日販売で買おうと思うんだけどね」
「小田さん。ライブ当たったんですね!」
「うん。立花君は?」
「自分も当たりましたよ!まだ座席は見てないですけど」
「私はね1階席の良い所だったんだ」
「いいっすね。1階席、おめでとうございます」
「…………」
「「あの……」」
2人が喋り出すタイミングは見事に重なった。
「小田さんからどうぞ」
「あ、あの、もし良かったら、一緒にライブ会場で待ち合わせしませんか?」
「あ、いいですよ」
「じゃあ次は立花君どうぞ」
「同じなんですけど。連絡先交換しませんか?」
「うん。いいよー」
こうして2人は約1週間後に控えるライブに一緒に行くことになった。
ただ2人の気持ちが一緒という訳では必ずしもなかった。
1人は「人生初ライブ。不安だったけど、一緒に待ち合わせてくれる人いて良かったー。こういうイベント行ったことないから、いろいろ教えてもらおう!」
もう1人は「こういうライブに女子誘っちゃったよ。連絡先まで交換してもらえて嬉しいし、それにしてもあの嘘のなさそうな真っすぐな性格。惚れてまうやろー!」
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