推しは負けヒロイン

権兵衛

第1話 推しは負けヒロイン


「わー。今期の春アニメも豊作だー」


大学2年生、19歳、オタク女子。

小田咲(おだ さく)は今日も午前中からパソコンと向き合う。

時は2021年、春、昨今から話題の流行病のおかげで、良くも悪くも大学の授業は全部オンライン。アルバイトも激減。そんな訳もあり、ほとんどの時を8畳1間の空間で過ごしている。


「みのりんの出る作品はー」


咲にはとても好きな声優がいた。

その声優こそ"みのりん"こと、七瀬みのりである。七瀬は声優として活躍する傍らアーティストとしてもその才能を見せ、今やアニメ業界では引っ張りだこの存在だ。


「主演は、異世界ものが1本、日常ものが1本、恋愛ものが3本か。その他にも脇役で数本。たくさん出る!!」


咲が七瀬と出会ったのは、つい1年前のことだった。


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(1年前)

2020年、夏


「夢の大学生活……初めての一人暮らし……」


それは咲が思い描くものとは程遠かった。

大学入学後、一回も大学に行っていない。授業は全部オンライン。ということもあり、大学で出来た友達は未だ0。咲は暇を持て余していた。


「りんちゃん?元気ー?」

『咲ー!久しぶり!仕事大変だけど、なんとかやってるよー』

「そう。良かった」

『どうした?ちょっと元気ないみたいだけど』

「え!?なんで?」

『いや、陸上やってた頃の腹の底から出る覇気みたいのがないかなって』

「何言ってるのー?大丈夫だよ」

『あ、ごめん。ちょっとこれから取引先に行かなきゃで』

「ううん。声聞けて良かったよ。今日はありがとう。またかけるね」

『うん。またご飯でもー!』


咲の高校の同級生はほとんど就職。遊ぶ時間が合うことなど滅多になかった。


毎日同じような生活、朝起きて授業受けて、昼食べて授業受けて、夜食べて寝る。

咲はそんな毎日に嫌気がさしていた。


そんなこんなで大学は夏休みに入った。

夏休みと言っても変わり映えしない。ずっと家にいる。


「ただいま」

「おかえりー咲。早かったね」

「うん。電車が少し早く着いて」


夏休み、咲は実家に帰省した。

咲の実家は下宿先から電車で2時間。ちょっと田舎からだいぶ田舎に移動する


「お母さん。直(すぐ)いる?」

「部屋にいるよ。直も夏休みだから」


咲には2つ下の弟、直がいる。仲はあまり良くはない。


「直、入るよー」


部屋に入ると、ヘッドホンをした後ろ姿。両手にペンライトを握り、タオルを首にかけている。どうやら入ってきたことに気づいてないらしい。

咲はこっそり後ろから近づくとヘッドホンを外して大声を出す。


「ただいま!!」

「わあーーー!!」

「あははっ。良いリアクション」

「うるせーよ。ブス!」

「ごめんごめん。あはは」

「笑うなー!ブス!」

「てか何してんの?昼間から」

「姉ちゃんには関係ねーだろ」

「なになに、七瀬みのりライブツアー2019」

「だから関係ないって」

「姉ちゃんにも聴かせてよ。この人の歌」

「まあ、いいけど」


直ぐはヘッドホンを外し、音をオープンにした。

七瀬みのりの歌が一室に響き渡る。


「へぇー。良い声、良い曲。顔も綺麗。この人何者?」

「声優さんだよ。まあもうアーティストでもあるけど」

「声優さん」

「全く運動ばっかりの脳筋姉ちゃんにはわからないと思うけど、アニメとか吹き替えで声を当てている役者さんのことだよ」

「いや、そのくらい知ってるわ!」

「でもこの人知らないんでしょ」

「うん。知らなかった」

「姉ちゃんもアニメとか観たほうがいいよ。今の状況下で盛り上がっている業界の一つだよ」

「アニメかー」

「どうせ大学生活も学校行けないから暇なんじゃないの?」

「まあ、それはそうだけど」

「じゃあ姉ちゃんこれ貸してあげる」


直は棚からCDとDVDを一つずつ取り出す。


「これは?」

「みのりん、いや七瀬みのりの主演のアニメ『ブラックローズ』のブルーレイと、七瀬みのりの最新アルバム」

「みのりんって」

「うるせー。黙れー。ブス、ブス、ブスー!!」


実家から戻り、夏休みもあと少しとなった。

夏休み明けても、オンライン授業なのは変わらないが。

ある日、咲はふと直から借りたアニメを再生する。


一話、また一話とのめり込んでいき、気づけばもう十二話(最終話)を迎えていた。


『ごめん、やっぱり君とは付き合えない』

『どうして!?ねぇどうして?理由は?』


七瀬みのり演じる主人公の京子は、意中の相手、透をどんな手も使っても自分のものにするために十一話かけて、計画を遂行してきた。

ただ、その非道さに気づいた透は結果、京子を振り他の人と付き合うことになった。


「主人公が振られて、終わった…」


ただ十二話後半の京子の境遇を知り、咲は不本意にも涙する。


「そうか。そうだったんか。ただの嫌な女じゃなかったんか」


「ていうか。なんてアニメ観せるんだ直のやつ。初手で観るもんじゃないじゃん」


咲は続けてアルバムを再生する。

元気が出る曲が中心に構成されてあるが、中にはバラード、女心に着目した曲。

いずれにせよ、共通して当てはまるのは、前向きになるということ。

それは今の咲の境遇にぐさりと刺さった。


「良い歌」


咲はそこからというもの、七瀬みのりという人間にどハマりし、ついにはファンクラブまで入会した。

それからは生活の一部には常に七瀬みのりがあり、派生してアニメ、漫画文化にも徐々にのめり込んでいったのだった。


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そして今に至る。


「私の推しは七瀬みのり!それにしても負けヒロインが多い…」


春アニメを一通り見終えた咲は、ぼそりとつぶやく。

異世界ものでは、終盤に金貨10000枚と交換されたため、金貨に負けた。

日常ものでは、好きな人の家にいるペット(犬)に負けた。

恋愛ものでは2作品は他の女に負け(1つは同級生、1つは先生)、1作品は他の男に負けた。


大学生活では、夏休み明けから、対面授業が再開するらしい。ようやく初めて登校する大学。果たして、咲の大学生活はどのように進んでいくのか。


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