第25話 ゴブリンの巣

「ここだな」


 ショルムタイガーの襲撃を対処し、その後も目的地を目指した俺たちは遂に目的地である洞窟の入り口に到達した。


「調査班の調べでは、洞窟の出入り口はここしかない。つまり、もしゴブリンが外に出るのなら必ずここを通るということだ。よって、逃げ出したゴブリンを迎え撃つため二人ほどここに配置する。前衛と後衛一人ずつだ」

「なら決まってるな。おいスパーダ」


 リュードは俺を見る。


「魔法の使えねぇお前でもここの守りくらいはやれんだろ」


 最もな言い分だ。

 この中で俺が一番弱い……ならばここに配置されるのは当然の帰結と言える。


「いや、駄目だ。スパーダは連れて行く」

「はぁ!?」

「え……?」


 シェイズの発言に俺とリュードは思わず声をそろえた。


「ここを担当するのはウーリャとロイド、お前たちだ」


 何とシェイズは自分のパーティーの後衛であるウーリャと、Aランクパーティーの前衛であるロイドを指名する。


「ざけんな!! てめぇいい加減にしろよ!?」


 その指示にリュードはシェイズに詰め寄った。


「何か文句があるか?」

「大ありだ!! 何で魔法の使えねぇスパーダを洞窟に連れて行って、ロイドが入り口に待機なんだ!! 不合理だろ!!」

「そ、その通りだシェイズ。普通に考えれば、ここに残るのは俺だろ」


 リュードの言う通り、シェイズの指示には俺も違和感を覚える。

 どう考えても人選ミスだ。

 そんな真意を見抜いてか、シェイズは理由を語り出す。


「洞窟内部に何匹のゴブリンがいるか正確な数は分からない。逃げ出すゴブリンの数が多い場合、重騎士のモンスターを引き付ける魔法は必須だ。だがドミノの力はキングゴブリンの討伐で確実に必要になる。だから消去法でここに残るのはその男だ。ウーリャのサポートがあれば、よほどのヘマをしない限りここで逃げ出たゴブリンその全てを掃討できるだろう」


「う……!」


 何やら言いくるめられるリュード。

 その顔には悔しさがにじみ出ていた。

 しかしそれを聞いた俺はリュードとは違い、何処か違和感を覚える。


 まるで、何かの糸に絡めとられるかのようだ。


「話は終わりだ。いいな?」


 そう言ってシェイズはロイドとウーリャに目を向ける。


「……分かった。ここでの最高責任者はあなただ。指示に従おう」

「(コクコク)」


 二人は反応に差異はあれど、肯定の返事を返す。


「話は終わりだ。行くぞ」


 シェイズは自らが先導するように一番手として洞窟内へと侵入していった。



 洞窟内部は暗く視界が良くない。

 そのためこういった場所ではある魔具を使う。

 

 魔具、その名の通り魔法や魔力を利用した道具だ。

 リンゼが通信用に使っていた魔水晶もその一つである。

 製作者は主に魔道具師という魔具の研究や作成を行う職人であり、彼ら一人で行うこともあれば、他の魔法使いや学者、鍛冶師などと協力して一つの魔具を作り上げることもある。


 今回使うものは『魔力灯まりょくとう』。

 魔力を流すと光を発するという代物であり、今回のような視界の悪い場所では重宝される。

 ちなみに、値は張るがものによっては空中を浮遊し冒険者に自動追走するというものある。


灯火とうか


 ドミノは魔力灯を用いてその場を照らした。

 それによって視界がかなり鮮明になり、問題なく奥へと進めることが可能となる。

 今まで正確に捉えられていなかった洞窟内の景色が視界へ入った。

 洞窟通路の幅は大体二十メートル。

 本来ゴブリンの巣の通路はこんなに広くはない……ゴブリンの巣でこれほどまでに広い通路が必要とするならば、それは紛れもなくキングゴブリンがこの洞窟を住処にしている証拠である。


 開放的に感じる……吹き抜ける風が頬を伝う。

 また上部から垂れた水滴がぴちゃ……ぴちゃ……と音を立てて地面に小さな水たまりを形成。

 魔力灯による明かりの届かない箇所は依然として暗く、そこは何処までも吸い込まれそうな深い闇を彷彿とさせた。


 冒険者として洞窟内の探索は何度も行っている。

 こういった事象も何度も目撃している。


 しかしどうしたことか。

 

 今の俺には、それらの事象が全て不気味に覚えてしまっていた。

 Sランクの強大なモンスターが奥にいるからだろうか。

 その圧が、俺の心を震わせる。


「キングゴブリンの元に向かう。ゴブリンは通常のセオリーに従って駆除しろ」



 その後は一方的な蹂躙と殺戮が続いた。


『ギャァァァァァァァァ!!!』


 小さな洞穴に火炎瓶を投げ込み、


『ギャァァァァァァァァ!!!』


 弓や剣といった人間から奪った武器を使い襲い掛かって来たゴブリンたちを容易に屠る。

 狭い通路内でも的確な距離を保ち、得物が味方に当たらないよう絶妙な動きで


『ギャァァァァァァァァ!!!』


 変わらず単調なゴブリンの断末魔が洞窟に響き渡る。

 恐らく敵の大将にはもうこちらが攻めて来たことは悟られているだろう。


『全く、雑魚の叫び声は耳に響いてかなわん。雑魚は雑魚らしくせめて静かに死ね』


 俺の思考とは露知らず、ゼノはそんな感想を零した。


 それにしても……妙だな……。


 洞窟をかなり進んだ辺りで、俺はふとした違和感を覚えた。


「スーちゃんも感じる?」


 同じく、リンゼも俺と似た感覚を味わっているようだ。


「あぁ……。ゴブリンたちはキングゴブリンの指揮の元統率されていると思っていた。だけど、襲ってきたゴブリンたちの行動は、大将のいない群れで行動しているゴブリンと同じ。到底指揮統率が取られているものとは思えない」

「うん……まぁキングゴブリンがこういう時の対処を指示してなかったとも考えられるけど……それでも何か変だよ」

「そうだな……まぁ、杞憂だといいんだが……ん?」


 リンゼと会話をしていると、何やら正面から強い風を受けた。

 これは紛れもなく、大きな空間があるという証。


「近いぜ」


 少し警戒した様子でドミノがニヤリと笑う。


「不気味な圧も感じる……後百メートル」


 エルもまた、警戒する様子を見せる。


 もうすぐそこまで来ていると、全員の意識が一致した。 



 俺たち一行が百メートルという距離を歩くと、そこには先程とは比べ物にならないような広い円形の空間が広がっていた。

 岩や瓦礫がそこら中に散乱していたがそれ以上に目を引くのは、生物の骨だ。

 頭蓋や大腿骨、様々な部位の骨が転がっている。

 モンスターの骨もあるが、一番多いのは間違いなく人骨である。

 攫われた村民たちのものであることは、容易に見て取れた。


 それらを見て、俺たちはそれぞれ感情を抱く。


 惨いと思う者。

 怒りを湧き出す者。

 悲しみを抱く者。

 無関心を貫く者。


 様々な感情が俺たちの周りにひしめいた。

 そしてそれに浸る暇もなく、


 ドン……!!


『っ!』


 巨大な足音が耳に届き、地面が揺れた。

 一体何の足音なのか……想像を働かせるまでもなく、予測するまでもなく俺たちは心で理解する。


「戦闘態勢を取れ」


 端的にシェイズはそう告げる。


 ドン……!! ドン……!!


 足音は近づき、ソレは俺たちとは対角線上に位置する場所から姿を現した。


「グォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」


 紛れもないゴブリンの王……キングゴブリン。

 俺にとって初めての邂逅だった。




◇◇◇

小話:

キングゴブリンは大きな個体で十メートルほどです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る