第10話 ギルド本局
四時間後、俺はリンゼと共にギルド本局に足を運んだ。
理由は決闘合意書にサインをするためである。
決闘を行う前、当事者たちは決闘のルールを定め、その紙にサインをし正式に決闘の実行が許可される。
合意書はギルドにしか無いため、決闘を行う前には必ずギルドに行かねばならない。
本来ならばこれを書いてから場所や立会人の手配をするのが通例なのだが、今回はあべこべだ。
「……」
ちなみにだが、ここに来た今も俺は拘束状態にある。
どういう事かと言えば、両手を紐で縛られ、その紐をリンゼに握られている状態だ。
「お、おいあれ……」
「リンゼじゃねぇか。って一緒にいる奴は誰だ? 何かしょっぴかれたのか?」
本局のロビー内にいた他の冒険者は俺を好奇の目で見る。
まぁ仕方の無い事だ。
端から見れば、今の俺はSランク冒険者に連行されている犯罪者にしか見えないからな。
『おぉ!! 地方局と違って広いな!!』
俺に背負われているゼノは、本局の広々としたロビーに感動していた。
「そりゃあ何て言ったって、冒険者ギルドの本部だからな」
王都にあるギルド本局には、この国の様々な情報が集約しそれを基にクエストを発行……そのクエスト場所に近い町の地方局へと配布したりする。
また、地方で冒険者登録を行った者の情報も当然のように全てここに集約される。
正に本局の名にふさわしい施設という訳だ。
「リンゼさん。お待ちしておりました!」
すると、今まで遠巻きに俺達を見ていた冒険者たちと違い、そいつは俺達に近付くとリンゼに話し掛けてきた。
「ヴァルスさん。こんにちは」
話し掛けられた彼女は、ヴァルスと呼んだその女性に挨拶をする。
見れば冒険者ではなく、ギルド局の制服を纏ったギルド局員だった。
「そちらの方は?」
そう言って、彼女は俺を見る。
「この人は私の夫です!」
「おい」
さらっと現実を捏造するリンゼに俺はツッコむ。
最早リンゼの発言に一々口を挟むなど無駄だと理解はしているのだが、
『くぅぅぅぅぅ!!! 勝手な事ばかり言いおってからにこの女ぁ!! 今に見ておれ!!』
このように、リンゼが俺に対しあらぬ事を言うと後ろに背負っているゼノが五月蠅いのでやめてほしい。
「夫って……じゃあこの人が良く言っていた?」
「はい! スーちゃんです!」
何だ、リンゼの奴俺の事を時折話題にでも出していたのか。
「初めまして。私の名前はヴァルスと申します。ここ本局でクエストの斡旋や受付を行っています。今回はお二人の決闘受理書のサインに立ち合わせていただきます」
ヴァルスはそう言って、俺の前に手を伸ばした。
合意書のサインにはギルド局員が一名必ず立ち合うのが決まりであり、彼女はその役目を担ったという事だ。
「よろしく」
手が縛られているため、俺は両手で包み込むようにヴァルスの手を握る。
「……何ですかこれは?」
「お、気が付きましたか」
拘束されている俺に訝し気な目を向けるヴァルスに俺は言葉を発した。
正直あまりにもこの状態をスルーしたまま話を続けていたため、俺も正直何時気付くのか気になってこれについて言及しなかった。
「……夫婦間の趣味嗜好についてとやかく言う筋合いは無いですが、時と場合は考えた方が良いと思います……」
「ちげぇよ!?」
ヴァルスのとんでもない曲解に対し、俺は堪らず叫ぶ。
「私も本当はこんな事したくないんですヴァルスさん。だけどこうしないとスーちゃん逃げちゃうから」
言いながらリンゼは手に握る紐を引っ張り俺を近くに引き寄せる。
「そうなんですか? でしたら仕方ないですね」
ん……?
ヴァルスから発された言葉に、俺は思わず首を傾げた。
「え、えーと……。ヴァルスさん……?」
「はい?」
「あ、あのーそれだけですか? もっと何か、言う事あると思うんですが……」
俺が恐る恐る聞くとヴァルスは頬に手を当て、やがて思いついたように口を開く。
「結婚おめでとうございます!」
「……」
あまりにも常軌を逸した回答に、俺は自分でも思う程のアホ面でヴァルスを見た。
「いや違うでしょ!? もっと色々あるでしょ言う事が!?」
「そうですか……? だって、逃げようとしたんですよね。スパーダさん」
「は……?」
何を言ってるんだ……?
「ダメですよ! リンゼさんはずっとスパーダさんのために頑張って来たんですよ!? ならちゃんと思いに応えないと……!」
「い、いや……そんなの……こっちの気持ちもあるでしょうが!?」
「いいえ!!」
「っ!?」
突然口調の強くなったヴァルスに俺は慄く。
「ダメです……!! 思いがあるなら、前に進むべきです!! 後悔してからじゃ遅いんです……!! じゃないと私みたいに婚期を逃す事になる!! リンゼさんには私のようになってほしくないんです!!」
婚期……?
「ヴァルスさんはとっても優しいんだよ。私のために色々親身になって相談に乗ってくれたりしたの!」
「あー……」
なるほど、つまりリンゼがこうなった原因の何割かはこの人にある訳か……。
そう思うと、唐突にこのギルド職員に対して存在していた敬意が一気に弾け飛んだ。
ていうか、仮にも本局の局員がこんな私情で冒険者に助言していいのか!?
などと思うが、時すでに遅し。
リンゼは立派なヤンデレ属性へと成長を果たしている。
というよりそもそもの話。ギルドに勤める人間はこういう野蛮というか、何処かおかしな気質の奴がいる。
ギルド職員だけではない、これは冒険者にも言える話だ。
普通に感性や価値観を持つ人間も多いが、それと同じくらいぶっ飛んでる奴も多い。
「決闘頑張ってね、リンゼさん! あなたなら絶対に大丈夫だと思うけど!!」
「はい、ヴァルスさん! 私、絶対にスーちゃんをモノにしてみせます!!」
端から見ても、全く以て感動出来ないそのやり取りに俺は半眼を向ける。
『何じゃ、コイツら阿呆なのか?』
色々言いたい事はあるが、最早何もかも面倒臭いため、特にこれ以上反論する事はせずに決闘合意書への手続きを済ませるのであった。
◇◇◇
小話:
村や町にあるギルド局が地方局、王都など各国の主要都市にある本局です。
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