第8話 歪んだ愛情 後
「えへへ……」
数分にも及ぶ接吻……もとい
俺が舌に噛みついた事で口から出血している彼女は口元に付着した血を舐め取る。
「スーちゃんとキスしちゃった……」
「頭おかしいぞ……お前……」
口の中に異物が侵入した違和感を拭えないまま、俺はリンゼを睨み付けた。
「これからはずっと一緒。ご飯もお風呂も、ベッドも……全部一緒だよ?」
くそっ……!! どうすりゃいい……!! ここから逃げるには……!!
俺は幼馴染……いや、狂人と化したこの女の魔の手から逃げる事を決意する。
『おい!! おいスパーダ!!』
ん……、この声は……。
俺は首を曲げ、その声の方に顔を向ける。
そこには俺の剣が立て掛けられていた。
ゼノ……!!
「あーその剣? スーちゃんのものだから一応持って来たんだよ。好きな人の持ち物を無理に捨てたくないからね♪ でも不思議なんだよねー、その剣抜こうとしても抜けないんだもん」
当たり前だ……あの剣は俺しか抜けないからな……!
心の中でそう呟く俺、しかし実際にそれを声に出すことはしない。
『スパーダ!! その女ヤバいぞ!! マジで危険な女という奴じゃ!! 早く儂を連れて逃げろ!!』
分かってるよ……!! だけど……!!
俺は椅子に縛られている手に力を籠めて、紐による拘束を剥がそうとするが、かなりキツめに縛られており、魔法の使えない俺では拘束を解く事は叶わない。
駄目だ……。俺一人の力じゃ抜け出せない……!!
どうする……、誰かに助けを求めるか……? でもここは王都……俺に知り合いはいない。
仮にいたとして、そもそも連絡する術がない。
なら……。
俺が選択できる選択肢は一つしかなかった。
「わ、分かった……お前に従う……」
俺はリンゼの言葉に従う事にした。
『おい何を言っておる馬鹿者!?』
うるせぇ!! 元はと言えばお前のせいでこうなったんだろ!!
先程の悔いは何処へやら。
酒におぼれた自分を棚に上げ、俺は心の中でそう叫ぶ。
「ホント!? じゃあこれで私達、正式に夫婦だね!」
俺の言葉に、リンゼは心底幸せそうに抱き着いた。
「あ、あぁ……」
こうなったら……コイツの言う事を聞いた振りをしてどっかで逃げ出すしかない!!
素早くプランBに移行する俺。
彼女に従順さを見せるように柔和な笑みを浮かべながら口を開いた。
「だ、だから……この紐を解いてくれないか? これじゃトイレにもいけないだろ?」
「ダメ。絶対逃げるもん」
リンゼの返答に、俺は一切表情を崩さない。
くっ……、分かってはいたがやはり俺が逃げ出すのを警戒してるな。
もっと段階を踏んで、徐々に警戒を解いていくしかなさそうだ……。
脱出に暫くの日数を要する事を、俺は覚悟した。
「それに、トイレなら心配しないで良いよ?」
すると突然、リンゼがそんな事を言い始める。
「お、おいまさか一緒に行くなんて言わないだろうな……!? 流石にそれは断固拒否するすぞ!!」
いい年をして排泄姿を見られるなどたまったものではない。
「分かってる。流石にそれはスーちゃんも嫌がるだろうって思ってるから」
「な、なら……」
言葉を繋げようとする。
しかし、次のリンゼの発言が俺の思考を全て覆した。
「だから下にオムツを履かせておいたよ」
「……は?」
言われて、俺は下半身の奇妙な感覚に今更ながら違和感を覚える。
まるで何か履きなれない異物を履かされているかのような……そんな感覚を。
「……お、おいまさか……!!」
「これでシてる姿を見せなくて済むね♪ どう? 私スーちゃんの事ちゃんと考えてるでしょ?」
ニッコリと、リンゼは笑顔を見せる。
コイツ……コイツ……!!
その顔を見た俺は、感情を爆発させた。
「ざっけんなぁぁぁぁぁぁ!!!」
俺は叫ぶ。
そして勢いよく体を前に倒しリンゼを巻き込んで椅子ごと床に倒れる。
百歩譲って拘束されるのはまだ許そう。
その上で、食事や風呂、睡眠もまだ許容しよう。
だが、オムツを用いて用を足すなどこの年齢の男がやるにはあまりにも恥辱が過ぎる。
到底看過する事の出来ない行為だった。
「乱暴だよスーちゃん!」
「てめぇ……!! いい加減にしろよ……!! どんだけ俺を好き勝手すりゃあ気が済むんだよ!!」
「言ったじゃん。スーちゃんがいけないって……。素直に約束を守ってくれれば私はこんな事をしなくて良かったのに!」
リンゼは俺は強く抱きしめる。
「安心して? スーちゃんの排泄物なら私、喜んで処理するよ?」
あぁ……もう、駄目だ……!!
徐々に警戒心を解き、脱出を試みるという俺の選択肢はリンゼの様子を見て
俺が変わったように、コイツも変わっちまってる……それも、最悪な意味で……!!
リンゼの中では、俺が忘れていたその約束がとても大事で……それを糧にここまでSランク冒険者になるための研鑽を積んできたのだろう。
それは彼女の様子や発言から分かる。
だが俺にとってはその約束とやらは、他愛もないただのガキの戯言でしかない。
しかし信じられない事に、コイツにとってはそれが全てだったんだ。
それを蓄積させて、思いを募らせて。
愛と狂気を履き違えて、それを至上のモノなどという誤認識をしている。
こんな俺をまだ好きとか……哀れだな……。
怒りを通り越し、俺は接触を続ける幼馴染に同情する目を向けた。
だけど……悪いな!! 俺は、お前と一緒になるつもりはねぇよ……!!
助けは来ない、一人で脱出する事も不可能。
しかもこの様子じゃ、仮に逃げたとしても……この幼馴染は地の果てまで俺を追って来るだろう。
最早……俺に『普通』の選択肢は残っていない。
だから、俺は
何だかんだコイツとは二年の付き合い……俺が何を言いたいか、ゼノは察した。
『ハハハハハ!! 任せろ!! その女に一泡吹かせてやる!!』
ゼノは快活な口調で、俺にしか聞こえない声を上げた。
よし……。
奴の了承を得た事で俺は、第三の選択肢に手を伸ばす。
だが、
「お金の事も心配しなくていい……スーちゃんが食いしん坊でも大丈夫。スーちゃんはただ、私が帰って来るのを待っていればいい……それだけで、私は頑張れるから!」
「……」
そんなリンゼの言葉に、一瞬俺は固まる。
……いや、いい。これでいい、いいんだ。
もう一つの選択肢、頭の中でそれを振り払う。
そして俺は意を決するように正面に位置するリンゼの顔を見て口を開く。
「なぁ……リンゼ」
「ん? 何?」
一度軽く息を吸い込み、
「俺と……決闘しないか?」
言った。
「……え?」
それは俺自身、最も取りたくない選択肢だ。
◇◇◇
小話:
長いモノに巻かれるタイプのスパーダですが、流石にオムツは許容できなかったみたいです。
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