第7話 歪んだ愛情 前

「……俺が酔いつぶれて意識を失ってから、どれだけ時間が経った……?」

「えーっとね……一日半、かな?」


 一日半……酔ってどれだけ食ったか覚えてないが、相当食ったはず……。

 まだ大丈夫か……。


 一先ず俺は自分の腹事情が大丈夫であると理解する。


「料理とお酒に睡眠薬も入れてたから、一日以上経ってもぐっすりだったよ?」


 さらっととんでも無い事を暴露するリンゼ。

 事態の深刻性を更に痛感した。


「俺をこんな所まで連れて来て、拘束して……何が目的なんだよ!?」


 取り繕っていた平静さを、俺はとっぱらいリンゼに食って掛かる。


「言ったでしょ? 結婚するって!」


 ケロッとした様子でリンゼは答えた。


「だ、だからそれはガキの頃の口約束で……!!」

「違う!!」

「っ!?」


 言葉を並べた俺に、リンゼは剣幕を変えて叫ぶ。


「私は、ずっと本気だった。だからSランク冒険者になるために死に物狂いで努力した! スーちゃんの隣に立つのに、相応しい人になれるように!! その約束があったから、私ここまで頑張れたの!!」

「……お前……」


 リンゼの言葉に、嘘は見受けられなかった。

 彼女が本気で俺と結婚しようとしているのが、切実に伝わってくる。


 そしてようやく実感する、この幼馴染の異常さを――――。


 考えてみれば、俺が冒険者としてどこにいるかなど、一介の一冒険者が分かるわけない。

 だがこのリンゼばSランク冒険者、その権力としてある程度他の冒険者の個人情報など把握することができるだろう。


 久しぶりに会ったあれは偶然などではなく、計算の内。

 睡眠薬を用意していたのは、俺が素直に言う事を聞かなかった時の保険……。

 俺がNOを出した時点で、コイツは俺を監禁する計画に変更したのだ。


 あまりにも狂気。


 だがその片鱗を、俺は十年ぶりに会話をしたあの最中……気付いていたはずだ。

 ――――にも関わらず、俺は道を誤った。


 悔やんでも、悔やみ切れない。


 くそ……ッ!!


 俺が彼女にバレないように唇を噛み締めていると、


「それなのにスーちゃんは約束覚えてないって言うし……結婚する気なんて無いって言うし……酷いよ!」


 そんな事を言いながら彼女は近付くと、俺の太ももの上に馬乗りになった。


「ねぇ……? どうしちゃったのスーちゃん? 何でそんな風になっちゃったの?」


 リンゼが俺の耳元で囁く。


「昔のスーちゃんはもっと熱くて活発で……冒険者になるのをすごく楽しそうに語ってた……けどなんか、今冒険者やってるスーちゃん……すごい、辛そうだよ?」

「……」


 どちらとも、彼女の言う通りだった。

 昔の俺は……馬鹿正直で、冒険者に希望と大望を抱いていた。

 そして今の俺は……冒険者というものに、嫌気がさしている。

 子供の頃の俺が持っていた純粋無垢な心は、年を経て……経験を通過して、風化の一途を辿っていた。


「色々、あったんだよ……」


 そう、本当に……色々な事があった。

 それが、今の俺を作り上げたのだ。

 

「……ふぅん……まぁ、でもいいよそんな事は!」


 リンゼは俺の両肩を掴むと、正面から俺を見据える。


「どれだけスーちゃんが変わっても、私はスーちゃんが好き。その気持ちには何の曇りも無い。だから安心して……?」


 ……俺としては、今すぐ嫌ってもらった方が気が楽なのだけどなぁ!!


「とにかく、これからスーちゃんは私と夫婦として一緒に暮らすの!」

「ふざけんな……!! 何勝手に……!?」


 俺が全てを言い切る前に、リンゼは自身の口で俺の口を塞いだ。


「……っ!?」

「ん……んぅ……」


 こ、コイツ……!?


 リンゼの舌が、俺の口内を蹂躙する。


 ざけんな……!! 好きにさせるかよ……!!


「んぅ!!」


 俺は、口内に侵入しているリンゼの舌に噛みついた。

 しかし、


「……///」

「……!?」


 彼女は唇を離すどころか、痛がる素振りすら見せない。

 寧ろその目には、俺に向けられた重圧にも等しい慈しみが向けられている。


 その段階で俺は、彼女の気が収まるまで口内の蹂躙を受け入れるしかない事を悟った。




◇◇◇

小話:

リンゼの住んでいる家は一軒家で彼女がスパーダと住むために実費で購入しました。

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