第5話 時渡りと水の神


 戻って来たリュカは、目の前の尻尾をふる子狸を見て目を細める。


『なんだ、このガキは』

「お前までガキ言うな! わしはこれでもれっきとした狸の神だぞ!」


 するとギッと睨まれ子狸はビクッと体を震わす。また神ではないと言われるのではないか構えていると、リュカは意に反してあっさり認めた。


『そのようだな』

「え?」


 それは神と認めてくれたということかと感慨に浸りかけるが。


『だが、年齢はそこそこいっているようだが力が足りぬ。神と名乗るのはまだまだだな』

「がーん!」


 結局否定された。


 魂を抜かれたように固まっていると、リュカが尋ねた。


『名を何と言う』

「え? ポ、ポン吉だ」


 ポン吉と名乗ることに恥ずかしさがあり顔を赤らめる。


『亘、このガキの相手をしている暇はないぞ。すぐに神社に戻り翔琉かける達を追いかけるぞ』


 ――なっ! ガキだと! なぜ今、われの名前を聞いたのだ!


 目を見開き口を顎が外れるほどに開けポン吉はリュカを見る。だがリュカへ反論する勇気はない。


 ――こやつ、顔が恐ろしく怖いのう。まだシュラの方が怖くない。


「リュカ、実は翔琉を追う前にこの子狸の頼みを聞くことになったんだ」


 ――だから、なぜこやつまで名前を呼ばぬのじゃ! 


 わたるへも心の中で突っ込む。


 ――本当にこやつらでいいんじゃろうか。


 ポン吉は、亘がリュカに事の成り行きを説明しているのを見ながら不安がる。


「リュカは子狸の言うこと、どう思う?」

『信じがたいが、ガキの言う時代と翔琉達が過去に行った時代は合っている。それにガキがシュラに言えと言われた言葉が何よりも証拠だ』


 ――こやつ、わざとガキガキと言ってないか?


 ポン吉は目を細めリュカを見上げる。だがリュカも亘もポン吉には気にも止めずに話していた。


「それって、越時には謝ったかってやつ?」

「ああ」


 越時とは、亘の父親だ。


「なんで親父に謝るの?」

「今日の朝、俺とシュラとしかいない時に、俺は越時の……その……茶碗をだなー、割ったんだ」

「え! まさかそれって、親父が大事にしていた茶碗か?」

「……ああ」


 リュカは気まずそうに頷く。茶碗を割った時は、越時は時渡りの仕事で過去に行った後だったため、まだ謝れていないのが現状だ。


「そのことを知っているのはシュラだけだ」

「なるほどね」


 成り行きを聞いていたポン吉は、恐る恐る聞く。


「信じてくれるのか?」

「ああ。君の言うことを信じる」


 亘の言葉にポン吉は笑顔を見せる。


「ありがとう」

「じゃあ、まず神社に戻って、子狸が言う依頼を探すか」


 亘の言葉に、ポン吉の不満は頂天に達した。


「だからわしはポン吉だと言っているだろうがー!」


 全身でバタバタして反論するポン吉に亘は目を瞬き、リュカは嘆息する。


「ごめんごめん、あまりにも名前が子供っぽくて、呼んでいいのかなーと思っただけなんだ。気にしていたなら謝るよ」

「子狸と呼ばれるほうがバカにされてるみたいじゃ」


 ふんとそっぽを向き文句を言う。


『亘、謝らなんでいい。ガキを甘やかすな。ガキでいい』


 ――うー! なんなんだこいつは! だが文句は言えん。怖すぎじゃ!


 恨めしそうにリュカを見ると、目が合った。


『なんだガキ』

「ひぃ!」


 今にも殺されるのではないかと思うほどの鋭い目つきに恐怖で後ずさる。


 もうガキで言いとポン吉は涙目になるのだった。



            ◇



 翔琉とシュラは門の中へと踏み入る。それを門の外から時和とわ達は固唾を呑んで見守っていた。


「ポンちゃん、翔琉お兄ちゃん達、大丈夫かな」

「うむ。何とも言えんな。時和、この場所から動くのではないぞ。もしこの結界から出たら怪我をするかもしれないからな」


 時和とポン吉と座敷わらしの周りには翔琉が張った強力な結界が囲んでいる。もし中の魔物達が外に出て時和達に襲いかかった場合を想定してのものだ。


「うまくいくでしょうか……」


 座敷わらしも不安を隠せず胸の前で手を組む。

 話し合いの結果、まずどのような状況か把握してからではないと対処が出来ないということで、翔琉とシュラが様子を見に行くことになったのだ。


 中は濃い瘴気で息苦さと吐き気を感じ、翔琉は顔を歪ませ腕で鼻と口を隠す。


「すごい瘴気だな……。気持ちわりい……」

「ああ。これではポン吉達は入れねえな」

「そういえば、なんでシュラは大丈夫なんだ? お前も神の仲間だろ?」

「俺達は戦闘に特化した武神だ。これぐらいの瘴気は慣れている。あんなポンコツと同じにするな」

「ポンコツって……」


 ひどい言われようだとこの場にいないポン吉に少し同情し苦笑する。


「まず結界を張る。気持ち悪くて死にそうだ」


 翔琉は右手の中指と人差し指を立て、左手の人差し指と中指を横にして重ね十時を作る。そして左横へ払い、上に引き上げ、下へと下げ、最後に斜め左上に一気に払う。


「【光壁こうへき】」


 すると翔琉とシュラの周りに見えない光の壁が覆う。魔障や瘴気から身を守る結界だ。

 【光壁】のおかげで楽になった翔琉はふうと息を吐く。


「シュラ、魔物は祓っていいんだよな?」

「ああ。雑魚だけじゃなくここの空間すべて浄化しろ」

「え? でもそうすると土地神まで……」

「心配するな。土地神まで祓うことは出来ない。魔物に落ちたと言っても神だ。今のお前では祓うことは出来ない」


 そしてシュラは剣を出現させる。翔琉達に気付いた魔物達が一斉に襲ってきたからだ。

 シュラは剣に炎を纏わせ一気に魔物を焼き尽くしていく。それを見た翔琉は、「さすがだねー」と感心する。


「じゃあ俺もやりますか」


 翔琉はまた両手の人差し指と中指で十字を作り、今度は右手で複雑な印を描く。


「【解呪浄化かいじゅじょうか】」


 刹那、光りの輪が翔琉の指から現れ、辺り一面に一気に広がる。その光りに触れたすべての魔物が光りの粒子となり消えて無くなった。浄化されたのだ。

 すると中央に1人の女性が現れた。


「あれが土地神の水の神……」


 腰まで伸びた髪は乱れ、服はどす黒いボロボロの服を纏い、目は生気を失いつり上がり、怒りに満ちあふれ、口には牙が生え魔物そのものの姿で神だったとは思えないほどの落ちようだった。


「水の神、怒りを抑えよ!」


 シュラが叫ぶ。



『うるさい! 許さん! 許さん!』


 水の神は怒りを露わにし、髪を逆立て叫ぶ。そして水の玉を出現させ、シュラと翔琉に弾丸のように放ち攻撃してきた。

 シュラは翔琉の前に立ちはだかり、すべての攻撃を剣で弾く。


「やめろ! 水の神!」


 と叫ぶが、届くはずもなく――。


 すると、水の神から湧き出る怒りの感情で、浄化したはずの場所はたちまちまた瘴気に包まれ、地面から魔物までもが湧き出てきた。


「げ! また出てきた!」

「翔琉! いったん下がるぞ!」


 シュラは翔琉を脇に抱えると、門の外へと一気に飛び出る。追いかけてきた魔物はシュラが剣で薙ぎ払い、門の外に出ないようにする。そして隙を見て翔琉はこれ以上魔物が外に出てこないように石の塀沿いに結界で囲んだ。


「ふー。これで一応魔物は塀からは出てこねえな」


 翔琉は冷や汗をかきその場に座り込む。


「やはり説得は無理か」


 シュラは嘆息する。



「どうじゃった?」


 ポン吉だけが結界から出て走り寄ってきた。


「ごめん、説得は駄目だった」


 翔琉は謝ると、「やはりそうか……」とポン吉は肩を落とす。


「さあ、どうするかだな」


 シュラは門の中へ視線を向け唸る。

 翔琉も腕組みをし考えるが、いい案がまったく浮かんでこない。いつもこういうことは亘の父親の越時えつときが専門なのだ。


「俺の炎でも土地神ほどの力の持ち主になると、確実に焼き払うことは難しいしな」


 シュラの言葉にポン吉は耳を立て声を荒らげる。


「焼き払う? それは絶対に駄目じゃ!」

「分かっている。水の神は土地神だ。もし土地神を消せばこの土地の均衡が崩れる。それは避けたい」


 シュラの言葉を聞いてポン吉は安堵のため息をつく。


「じゃあどうする? 俺の浄化の力も効かなかったし」


 翔琉はお手上げだと肩を上下させる。水の神があの状態では、何度やっても元に戻ってしまい堂々巡りだ。


「1つだけ方法はある」

「ほんとか! シュラ」

「おお! それはどのようにするのだ?」


 翔琉は笑顔を見せ、ポン吉も尻尾をパタパタさせる。


「あの状態では説得は無理だ。まず水の神から強制的に怒りと不の感情を取り出し、その後浄化し正常状態まで戻す。そうすれば水の神も話せるまでになるはずだ」

「なるほど! そんなやり方があったのか」

「わかった。じゃあさっそくやろうぜ」



 だがシュラは首を横に振る。


「だが、それは無理なんだよ」

「え? なんで?」

「それには、ポン吉の父親の神器『凌鏡の杖』が必要なんだよ」

「えええー! じゃあ無理じゃねえか!」


 翔琉は声をあげる。


「ああ。そうだ。だからどうしたものか悩んでるんじゃねえか」


 シュラは髪の毛をぐちゃぐちゃに掻く。


「どうすればいいのじゃ……」


 ポン吉は泣きそうな声をあげ肩を落とす。



 すると、背後から声がした。



「なるほど。そういうことね」



 誰だと振り返ると、亘とリュカだった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る