第3話 座敷わらしと子狸
「こらこら! なぜ無視をする! ここじゃと言っておるではないか!」
子狸はぴょんぴょんとジャンプしながら短い手足をバタバタさせる。
だが亘はあえて子狸に目線を合わせない。
「……」
亘は斜め上を見て目を細める。絶対にこれは面倒なことだと直感で分かる。
――変なのには関わらないでおこう。
「こらー! いつまで無視をしているのじゃ! 亘!」
「え? なんで俺の名前を……」
つい反応して子狸を見ると目があった。しまったと少し後悔する。
「ふん。それぐらい知っておるわ」
子狸は、どうだと言わんばかりに自信ありげな顔を見せ尻尾をピシっと振る。
「実はお主に頼みたいことがあってのう」
亘は目線を外し立ち上がると、何事もなかったかのようにその場を去ろうと歩きだす。それに慌てたのは子狸だ。
「待て! 待ってくれ! お願いだ! お主しかおらんのじゃ!」
子狸は亘の足にしがみつき泣きついてきた。ちらっと下を見れば涙目でこちらをすがるように見ている。
「………………」
視線を外し考える。
――このまま無視してしまうのは、どうも気が引けるよなー。
もう1度そっと見れば、捨てられた子猫のように一段と目をうるうるさせてじっとこちらを見あげている。その姿を見たらもう観念するしかない。「はあ」と嘆息し尋ねる。
「なに?」
「おお! 頼みをきいてくれるか!」
ぱぁっと笑顔を見せる子狸に、現金なやつだなと苦笑する。
「時と場合と内容によってね」
そんな亘の気も知れず、子狸は尻尾をパタパタ振り笑顔で言った。
「簡単なことじゃ。時渡りの依頼をしてほしいのじゃ」
◇
「お
翔琉は眉を潜めて聞き直すと座敷わらしは大きく頷き返す。
「はい。ある神様のお社を建ててほしいんです」
「なんで?」
「神様の願いです」
神様ということは、神社にいる神様のことだろうか。社なら宮大工に頼めばいいのではないかと思うが、普通の者には座敷わらしは見えない。だから頼んできたのかと一瞬思うが。
「詳しく聞いてやりたいんだけど、今悠長なことを言ってられないんだよね。どうも過去に飛ばされたみたいなんだ。まず現代に戻らないと。話はそれからでいいか?」
勝手に過去に来てしまったのだ。今頃亘は心配しているはずだ。
すると座敷わらしが言う。
「過去に呼んだのは私です」
「え?」
翔琉とシュラは目を見開き座敷わらしを見る。
「過去に呼んだのがお前?」
「はい」
座敷童は頷き返す。するとシュラが食ってかかる。
「ちょっと待て。過去に呼んだのがお前だというのはどういうことだ!」
「シュラ?」
どうかしたのかと翔琉はシュラを見る。
「過去へ意図的に呼ぶのは時を司る神の許しがなければ出来ない。ましてやこいつは山の神のような力が強いわけじゃない。そんなやつが翔琉達を過去へ飛ばすことは出来ないんだよ」
すると座敷わらしは頷く。
「その通りです。私の力では出来ません。これは時を司る神が力を貸してくれました」
「!」
時を司る神とは、翔琉の実家の神社のご神体であり、翔琉達『時渡り』の者に力を与え、過去へ送ることが出来る唯一無二で、時間の流れ全体を管理している偉大な神だ。
「なるほどな。時を司る神が関わっているならば、翔琉達を過去に送るのは容易いということか」
だがそれならば、なぜ時和まで過去に送ったのか。時和もまだ高校を卒業するまでは時渡りの力は封印させられている。今この時点では何も出来ることはないはずだ。
それにもう一つ疑問に思うことがある。
「お前はこの時代の者だよな。ならばなぜこの時代の時渡りに頼まない」
わざわざ翔琉達がいる時代にまで来て頼まなくてもいいはずだ。時渡りの力が必要ならばこの時代の時渡りの者でもお社は作ることは出来るはずだ。
「私はこの地域からは出ることはできません」
「ああ……」
そこで先ほどシュラの言葉を思い出す。まだこの地には時渡りがいないのだ。
「それに翔琉さんしか無理だと時を司る神が言ってました」
「え? 俺?」
「それはなぜだ?」
シュラは一抹の不安を覚え尋ねる。
「実は、神様が立ててほしいお社の場所に問題が……」
シュラははぁと肩を落とす。
――やはりか。
「座敷わらし、その問題とは説得か? 浄化か?」
「どちらもです」
シュラは天を仰ぎ額に手をあてる。
「最悪だ……」
「え? どういうこと? なんで俺?」
翔琉は訳がまったくわからない。
「お前の浄化の力が必要ってことだ」
シュラの言葉に座敷わらしは頷く。
「その通りです。普通の浄化では無理なのです。翔琉さんの強力な浄化の力が必要なのです」
「なぜ?」
「説明する前に神様に会ってもらえますか」
そして座敷わらしが案内したのは、近くの山の麓にある廃墟化した稲荷神社だった。赤い鳥居が崩れて原形を留めていない。相当昔に廃墟になったようだ。
「神様、お連れしました」
すると廃墟化した社から白い狐が現れた。
「よう来た。我はこの稲荷神社の狐だ。 待っておったぞ」
「わー! 狐の神様だー!」
時和は狐の神を見て喜んでいるが、翔琉とシュラは冷めた目をして見る。
「……」
「……」
狐の神はその冷たい射るような視線に気付き、しらっと目線を外した。そして手に持った扇子で顔を隠し、それ以上話さず気まずそうに黙っている。
「なあシュラ、あれタヌキだよな?」
「ああ。タヌキだな」
「ギクッ!」
目の前の狐の神が肩を揺らし、座敷わらしも気まずそうに顔をそらす。
「な、なぜばれたのじゃ!」
「いや、俺、
「俺、神だからわかるし」
「!」
「だから化けてもばれると言ったじゃないですか」
座敷わらしがため息をつく。
「うー!」
狐はしぶしぶ元の姿に戻る。そこには小さな子狸がいた。
「やっぱ子供のタヌキか」
「わー! 小さなタヌキだー!」
「ガキか」
シュラの言葉に子狸が激怒する。
「誰がガキじゃー!」
「いや、ガキだろ」
「ガキではない! わしはこう見えても100年は生きておる神だぞ!」
「やっぱガキじゃねーか」
シュラは嘆息し、翔琉は苦笑する。
「な! お前は何歳なのだ!」
「俺か? 数えたことねえが、この時代ならまあ1500年は生きてるな」
「なっ!」
子狸は後ろに仰け反り驚く。
「わしよりも15倍も歳をとっているとは!」
「その言い方やめろ。なんか気分が悪い」
シュラの反論に、神が言い方気にするなよと翔琉は心の中で突っ込む。
「おい子狸」
「子狸と呼ぶのではない!」
すると時和が訪ねる。
「子狸の神様は、名前なんて言うの?」
すると子狸はきっぱりと言い切る。
「名前はない!」
「え?」
「名前など必要ない。神様でいいのだ」
2本足で立ち胸を張る。
「じゃあお前は今からポン吉だ」
「え?」
シュラの提案に翔琉と時和も賛成する。
「あ、いいねー。ポン吉」
「ポンちゃん! ポンちゃん!」
「ちょ、ちょっと待て。わしはそんな名前は嫌じゃぞ! 神様と呼べ!」
するとシュラが仁王立ちでポン吉の前に立つ。その姿は武神そのものであり、威厳と恐怖を感じさせるオーラを放っていた。
「誰が神様だってー? よくそれで神を名乗れるな。俺はいーやーだ! なんで俺が俺より格下のポン吉を神様って呼ばにゃいけねんだ。神様名乗りたいなら、せいぜい神社にいる力が強い神ほどのランクになってから名乗れ」
「うっ!」
シュラの、言い方は悪いが真っ当な言葉で返す言葉がない。
そんなポン吉を放っておいて、シュラが座敷わらしへと首を向ける。
「座敷わらし。で、俺らに何をしてほしいんだ?」
「はい。実は、ポン吉様のお社があった場所の浄化と助けてほしいお方がおります」
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