第12話 夢の中でも 後編 〜雨宮莉子〜
前回の続きです。今回は前回から8年後の
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あの時から、あたしが真への気持ちを自覚してから8年。あたしももう変わった。
あれから真のお陰でクラスのみんなと遊べるようになり、喋る時に緊張して固まる癖はもう無くなった。今では誰でも自分から笑顔で話すことができる。
全て真があたしを"自分という殻"から出してくれたお陰だ。あの出来事がなかったら今でも他人と話せなかったかもしれない。本当に真には感謝しかない。
だけど真にその話と感謝を伝えると
……それより、マコトのあの許嫁とやら、毎日真にベタベタしていてムカつく。そいつの家がすごい名家らしく才能がある真は半強制的に婚約させられたらしい。真のお父さんとお母さんも怒っていた。しかし死縷々士は縦社会。断れば真の家が取り潰しになる可能性もあるらしい。あたしは怒ってそいつの家を聞こうとしたが真も教えてはくれなかった。よほど上側の家なんだろう。
……だからといって真を横から割り込んで来て奪い取っていくのは納得できない。
(あたしの方が長く
あたしは頬を両手で叩き気合いを入れる。今日こそ真に想いを言葉にして伝えるんだ。今日は午後から真と待ち合わせ。そこで進展のないあたしの恋に終止符を打つ。
しかし想いを伝えることはなかった。午後にあれが起きたせいで。
「東京の上空に大きな亀裂が走っています。近隣の人は
このアナウンサーのお陰で多くの人が危機感を持ち、助かったのだろう。しかし当時のあたしは「なにこれ。」としか思っていなかった。それはそうだろう。いくら異形と戦う死縷々士の家だとしてもこんな事例は知らない。過去千年以上こんなことは起きなかったのだ。
しかしあたしもお父さんとお母さんの顔を見てやっとこの大きさが分かった。さっきまで笑い合っていたが今では顔を青ざめスマホで連絡を取っている。
こんな表情を見たことがなかった。
お父さんはスマホを凝視して大きく眼を見開くと下唇を噛んで席を立った。
「
お母さんはまだテレビを見て固まっていたがお父さんに声をかけられ、急いで
席を立った。
二人が仕事着に着替え、《仕事道具》を持って外に出て行くのを見て、もう戻ってこないような感じがした。あたしは急いで引き止めて二人に聞いた。
「なんで、いきなり仕事しに行くの?今日は仕事無いって言ってたじゃん!そもそもあれはなんなの?まさかあそこに行く気なの?ここから何百キロも離れてるのに?
パパとママが行く必要あるの?……いっちゃだめだよ……行かない「莉子。」
お父さんがあたしの言葉を
「これは見て見ぬふりをできることじゃないんだ。さっき仲間から連絡があった。
多分東京、いや日本に今までにない異形災害が起こるだろう。あの亀裂が何かはパパ達も分からないけど死縷々士として行かなきゃいけない。
これ以上説明する暇はない。莉子よく聞きなさい。
もうじき
あまりの気迫に頷くことしかできない。それほどまでにお父さんは本気だった。
今まで家にこんな強力な結界など張る必要がなかったのに、この状況で張るということは本当に最悪の場合を想定しているのだろう。
迫り来る最悪な未来を想像して息が詰まる。
お父さんはあたしが頷いたのを見届けると身を
お父さん達は死縷々士の中でもベテランだ。死縷々士という業界で経験ほど役に立つものはない。しかしあたしの胸の中には漠然とした不安があった。
___もしかしたらこれが最後なんじゃないか。もう二度と会えないんじゃないか。
そんな気持ちをこれ以上広げないために家に入った。
しばらくして優恵が帰ってきたので方印を玄関に貼り結界を張った。
そこからお父さん達が帰ってきたのが二日後の夜。二人とも目に光がなく、顔にも生気が無かった。だけど帰って来てくれた事実にあまりにも安堵してしまいあたしは泣き崩れ妹の優恵は二人に抱き付いていた。
この二日間最悪の事ばかりを想定していて寝ても覚めてもお父さん達のことばかり考えていた。しかし二人は帰ってきた。いつもの日常に戻れる事が心から嬉しかった。
あらかじめ準備していた料理を温め、四人で食事を取る。
あたしと優恵はなにがあったのか質問を投げかけていたが二人とも「ああ…。」「そうね…。」としか返してくれなかった。
その言動を不思議に思った優恵が核心を突く。
「ねえ……。誰か死んだの……?」
その言葉に二人の、そしてあたしの肩が跳ねた。わざと避けていた話題。お父さん達の仕事仲間にはある程度面識がある。その人達が死んだ姿を想像したくなかった。
___パチッ
お父さんの箸をテーブルに置く音が静かなリビングに響いた。これから何を言おうとしているか分かる。しかしその言葉はあたしの想定を遥かに超えるものだった。
お父さんが声を震わせ今にも泣きそうな声で、しかししっかりと聞き取れる声で言葉を
「よく聞きなさい。二人にも大きく関係するから。
実は………
凛花と貫之が……、真君のお父さんとお母さんが……死んだ。」
その言葉に衝撃を受ける。いつも優しくて美人で強かった真の両親が死んだ事が信じられなかった。
真の両親は他の名家の当主達に引けをとらない程強かったのに。
しかし、あたしは悲しむより真を心配する気持ちの方が強くなった。
(今の真はどうしているのかな?)
自分の親が死んだとなればそのショックも計り知れないだろう。
そう思うと居ても立っても居られず真に会いに行こうとした。しかしお母さんが「もう遅いから明日にしなさい。今は真君を一人にしてあげて。」と止めてきたので渋々電話をかけるのをやめ明日なんて声をかけるかベットの中で必死に考えた。何気ない話をすればいいのか、慰めの言葉を送るのかとか。
もしかしたらお母さんの言葉を無視して真に会いにいけば何か変わっていたのかもしれない。
◇◆◇◆
翌日、あんな事があっても学校は通常。すぐに真の家まで走っていったが、真はいなかった。その時の真のお爺さんの目はあたしを見ているようで焦点が合っていない何か大事なものが抜けたような目だった。
あたしはいたたまれなくなりその場を去り真を探すように通学路を走った。
(見つけた。)
真は一人で歩いていてその後ろ姿はいつもと変わらなかった。あたしは立ち止まり、息を整えてから真に声をかける。
「お、おはよう。マコト…。」
そう言うと真は振り返りいつも通り笑ってあたしに言葉を返した。
「おはよう莉子。」
その表情は昨夜必死に考えていたどの言葉も似つかわしくないもので次の言葉に詰まる。
あたしが頭をフル回転させて出した言葉はあまりに酷かった。
「その……お父さんの事……。」
その言葉に真は笑いながら軽く手を振って否定するように言った。
「ああ、別に莉子が気にする事じゃないよ。職業上いつかはこうなると話し合っていたから。」
その言動はいつも通りの言動で親が死んだと思えないような会話だった。しかしあたしはそれを額面上に受け取って、心の中で安堵する。これ以上深入りすることなどまだ中学生のあたしには重荷すぎた。
そのまま何気ない会話に切り替わる。
だけど気づくべきだった。
いつも通りな事が普通じゃない事に。真が何を思ってそう振る舞っているのか。多分この頃から真は壊れ始めた。
あたしは真を傍で支えようと決意し学校ではいつも一緒にいた。学校の人達も直接伝えてはいなかったが真の両親が死んだ事に薄々気づいていたと思う。
そして真はいつも以上に人を助けるようになった。困っている人がいたら誰であろうと助ける。
真は常に笑顔で接するので今まで以上に真の周りに人だかりができ、最早学校で知らない人はいないほど人気者になった。
学校の誰もが、あたしでさえ真の笑顔に徐々にヒビが入ってるのが分からなかった。
真も限界が来たのだろうか。翌年の11月、真は同じ学年の男子二人に暴力を振るった。
昼休みの学校裏の庭に人だかりができている。あたしは友達から知らされた事が今でも信じられなかった。人だかりを押し退け一番前に出ると信じられない事が起きてた。
一人の男子中学生は右脚が足首からあらぬ方向に曲がっていて吐瀉物を吐き、
うずくまっていた。
もう一人の男子中学生は真に襟首を掴まれ少し脚が宙に浮いている。目には恐怖の色が浮かんでいた。
そんな非現実的で
___真が振り上げる拳に妖気をこめていた事だった。
常人が喰らえば即死級の妖気量を拳にこめている。死縷々士の規律として一般人に力を行使することは固く禁止されていた。
今まで一度も問題を起こしたことのない真には信じられない凶行だった。
真は無表情のまま拳を振りかぶったので反射的に叫ぶ。
「マコト!!!」
真は掴んでいた襟首を離し、能面のように無表情を変えずにこちらを見た。
その今まで向けられたことのない冷たい表情に怖くなり逃げ腰になる。
しかし伝えなくては、幼馴染として、真を支えると誓った女として。
「マコト……何してるの?それ人にやっちゃいけないでしょ?」
真を怒らせないように諭すように言う。それだけ今の真は危うかった。
しかし真は無表情のまま倒れ込んだ男子中学生を指差す。
「殺すに決まってんでしょ、こんな屑。なんでこいつらが生きてんだよ。」
その言葉には男子中学生に対する殺意と死んだ両親の悔しさが表れていた。
「なぜこんな奴が生きて、父と母が死んだのか。」と。
「止めて、もう止めて」
もう泣きながらそれしか言えなくなる。
真はあたしと男子中学生を見比べると男子中学生に小さく耳打ちをしてあたしの横を通り過ぎた。
「先生呼んでくる」と言い残して。
___結論から言うと大事にはならなかった。実際は真が殴った男子中学生二人は転校したが、学校生活は今まで通りのまま、誰もが真に普通に接していた。
あたしはそんな真と同級生が怖くなった。なんで普通に接せるの?
真とはあれから話していない。あたしが避けている。
あんな表情を自分に向けられると思うと怖かった。
友達に相談しても変な目で見られる。
しかし真は二年半で不動の地位を築き今でも笑って過ごしている。
それがものすごく気持ち悪かった。
それから二週間後、真は始めて同年代の死縷々士に負けた。どうやら妖術を知って半年の同い年に負けたらしい。励まそうと思ったがあの表情がトラウマで近寄る事が出来なかった。両親も心配していたが適当にはぐらかして話題を避ける。
しかし妹には気づかれていた。
そして年も明けて高校入学後。
頑張って勉強したおかげで県一位の高校に入学できた。真もこの高校に入ったようだが今でも話せていない。高校に入って一番驚いたのは、あの真に勝った男の人だった。明るく誰とでも分け隔てなく接し既に人気者の彼はすぐにクラスの中心となった。
その感じがあまりにも昔の真に似ていて昔の真を見てるんじゃないかと思った。
話してみれば性格も真にそっくり。
気づいたらあたしは真から逃げるようにその男の子と、
「……っ!……ゆめか……」
日付けを
(あたし最低だ……。)
心のどこかでいつも思っていた。自分で支えると誓ったのに真と話すこともせずに真を怖がって避けた。その結果がこれだ。
あたしは真の幻影を追い、真には支える人がいなくなった。噂では一人暮らしをしているらしい。
今でも真のことが怖い。そんな風に感じるあたしにはもう真の隣にいる資格はない。
(それでも……、真には真のことを本当に支えてくれる人が隣にいて欲しい。)
自分の心根の弱さと汚さ、そして身勝手な願いに自己嫌悪に落ち入りながら月明かりに願った。
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どうかこれからも本作品の応援のほどよろしくお願いします。m(_ _)m
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