第10話《タイタン族》



「お喜びのところ申し訳ございません。新たな敵が来襲してきました。その数2000弱、見るに北東からやってきた《タイタン族》と思われます。」



クソが、なんでここまで遠征しにきたんだ。今までこんなことはなかったのに。

……いやそもそも動かないなんて予想が間違っていたのか。

ウプアにさらに聞く。


「接敵までどれぐらいだ?」


「距離は1kmもありません。敵の進軍速度からしてここに到着するのに5分もかからないかと。」


最悪だ。今、戦闘は継続している。しかし両軍数を減らし疲弊しているので第二戦など無理であろう。このままだと共倒れだ。


(漁夫の利を狙いやがって……、知能も無いと見縊みくびっていたけどあるじゃねえか。)


俺だけ逃げて狼達もクロ丸の影の中に収納すれば最悪死ぬことは免れるが、作戦は失敗に終わる。しかしもう狼達には一度戦う気力もない。板挟みだ。


「……残存する騎士団の兵力はどれぐらいだ?」


「1000強です。しかし騎兵はほぼ潰しましたので、現存している味方の数でも殲滅戦は続行できます。」


か……。


「それは俺に《タイタン族》を足止めしろと言うんだな。」


「……申し訳ございません。この局面では逃げるのが最善なのでしょうが、我々はそれが出来ぬ状況……。私では力不足のため足止めも持って数分。

激戦の疲れを癒す時間も無いことをお許し下さい。しかしこの方法でしか突破口は無いのです。どうかお力添え下さい。」


「……分かった。騎士団を全滅させるまでは俺が相手をする。お前は引き続き残党の処理を頼む。……しかしなんでお前がそこまで必死になるんだ?別に逃げても良いだろうに。」


あるじを敵の前線に追いやるくらいだ。何か理由があるのだろう。横から斬り掛かってくる騎士を刀で両断しながら問う。


ウプアはしばらく黙った後、静かに口を開いた。


「どうか愚臣の進言をお許し下さい。

我らは昔、《深淵の神》と奈落の覇権を争うほど広大な領域テリトリーを持っていました。そこまで領域が広がった訳は我らが"秘宝"を崇め、恩恵おんけいとして力を分け与えて貰っていたからです。


しかし我らが《深淵の神》の領域まで遠征している間に突如この騎士達が現れ、"秘宝"を持ち去ってしまいました。"秘宝"の恩恵も無くなり力が弱まってしまい我らは分裂、半分以上が《深淵の神》に取り込まれ配下にされ、残りの仲間も徐々に減っていき、我が主に倒される頃には4分の1にまで減ってしまったのです。

もちろん悔恨かいこんが無い訳ではありません。しかしその事より重要なのはこの騎士達が持ち去った"秘宝"です。アビヌス様の話を聞く限り、これからの戦いに必ず役に立つと思い、進言致しました。此処ここで引くと回収が困難になります。どうか作戦の続行の許可をお願いします。」


 

ふむ…。ウプアにそこまで言わせる"秘宝"が何か気になるが、作戦を続ける意味は分かった。


「お前の進言を聞き入れよう。ただし"秘宝"を手に入れたら即退却だ。アビヌスもそれで良いよな?」


念の為にアビヌスにも聞いておく。


「良い。我もその"秘宝"が何か興味がある。もしかしたら非常に有能な物かもしれんぞ。」


思ったより前向きで良かった。ほっとした俺はウプアに指示を出す。


「さっき言った通りお前は此処で残党を狩れ。そして"秘宝"を奪取しろ。

期待しているぞ。」


そう指示出すと


「御意」


と言って立ち上がると身をひるがえして、敵の方へ飛んで行った。

ウプアの実力なら掃討に10分もかからないであろう。


(……俺も自分の仕事をこなすか。)


クロ丸のお陰で肉体は再生しておりは無い。しかし精神的疲労までは修復することができないようだ。常に頭に鈍痛が来る。脳も修復することはできないのだろうか?


(頭を破壊すればあるいは……)


……どこまでも推測の範囲の出ない仮定だ。そこまで酔狂なわけでもない。

俺は考えるのを中止し《タイタン族》の方へ向かうため、足下にいるクロ丸の中に影として溶け込み、地面を滑る様に移動を開始した。



◇◆◇◆



「マジかよ……。」


数が思ったより少ないと思っていたがそういうことか……。

一番小さい敵でも先程倒した《騎士団長》並の身長があり、他はそれ以上。

所々5mはあるんじゃないかという巨人もいる。



《タイタン族》はギリシャ神よりも古代にいた怪物達だ。別称ティーターン族。

ゼウスの父親であるクロノスもタイタン族であり、今のギリシャの神々に倒されるまで世界を力で支配していた。

奈落に堕とされたということは殺されずに済んだタイタン族の生き残りであり、戦いから逃げた者、戦いに敗れた者と言っても良いだろう。



神々に近い怪物なのは知っていたので、ある程度覚悟していたがこれほどとは……。

奈落に堕とされた時に権能や力は奪われているはずだが、それでもかなり離れた此処からでも寒気がするほど気持ちの悪い妖気オーラを放っている。


極め付けはその容貌ようぼう。どの敵にも目と鼻が無い。

目と鼻など元から無かったかのような、顔に口だけ貼り付けたような醜悪な容貌に思わず絶句してしまう。


「なあアヌビス。なんで目が無いんだ?」


「此処に堕とされた時に権能と一緒に取られたのであろう。ギリシャの神共も

わざわざむごい事をするものだな。そのまま殺してやれば良いものを。」


アヌビスが嫌そうな感じに答える。あまり良い記憶が無いのだろう。実際此処に堕とされているし。



もう距離は300mもない。早く準備をしなければ。


先程倒して取り込んだ《騎士団長》を呼び出す。


クロ丸の影から黒い液体が《騎士団長》の身体を形成いていく。そうして出来上がったのは、前よりも小さくなった(約220cm)フルメイルの甲冑が怪しげに黒く光る騎士がひざまずき俺に頭を垂れている姿だった。この姿で登場してくるのはウプアで慣れたので特に気にしない。


「主君、お呼びでしょうか。」


「お前には俺の騎士として名前を授ける。心して受け取れ。」


「心得ました。」


そう伝えると《心話》でアビヌスに聞く。


(もう決めているんだけど名前つけてもいいか?)


(待て、神である我の意見も聞け)


なんだかんだアヌビスも名前を付けたいらしい。


(じゃあせーので言おう。せーのっ)


(《騎士パラド》)

(《戦士ベルラトール》)


……似てるけど違う。ていうかラテン語でいいのかよ。


(我は言語など気にせぬ。《戦士ベルラトール》とは此奴にぴったりではないか。)


うーん。確かに騎士っていうよりも戦士っぽい。

でも"トール"はやめた方が良くないか?


"トール"

北欧神話に出てくる荒ぶる闘神だ。神話の中でも強さ比べなら必ずと言っていいほど登場する神。流石に名前を勝手に使うと殺されそう。


(……そうだな。闘神の名にあやかるつもりでいたが此処から出た時が面倒臭い。もう身体を半分吹き飛ばされたくないのでな。)


戦った事あんのかよ。じゃあさ……





そんな風にしばらくアヌビスと名前を出し合ったが結局最初のに落ち着いた。


俺は刀を《騎士団長》の右肩に置く。


「お前の名は『ベルラト』だ。これからお前には俺の手足として仕えてもらう。騎士達を率いて我が道をはばむ敵を撃滅せよ。」


「拝命致しました。」


そして刀を左肩に置く。


「ベルラト。お前はこれからも俺に忠誠を示し騎士として、戦士として俺を

守り抜く事を誓うか?」


先程まで敵だった者に自分の騎士として受勲するのはなんとも奇妙な経験だ。

しかしくすぐったいような嬉しいような気がする。


ベルラトはより一層頭を垂れ、


「今此処に不変の忠誠を誓います。」


と言った。この儀式でベルラトと俺に確かな魂の繋がりができた。

改めて見るとベラルトの妖気の質は俺の配下の中で一番かもしれない。

もちろんそれだけで実力が決まるわけではないが、妖気の質が高ければ同じ攻撃方法で出せる火力が上がり、妖気の消費量が少なくなる。

戦闘能力を見極める上では大事な要因なので強い味方がいると安心できる。


そうこうしているうちに《タイタン族》が目と鼻の先まで来た。


ベラルトに指示を出す。


「ベルラト。今から全騎士を率いて目の前にいる奴等を殲滅しろ。慈悲は要らない。できるよな?」


「御意。ぐに敵の首魁しゅかいを打ち取ってご覧に入れましょう。」


そう言うと、自分の影から騎馬を呼び出し、飛んでまたがる。そして周囲に響き渡る声でまだ戦っている《血騎士団》に呼び掛けた。



「全騎士団員にぐ。私はたった今、現主君の軍門にくだった。我らの敵は狼ではない。新たに我らの領域テリトリーに侵攻してくる《タイタン族》である。我が主君は寛大にも騎士としてむかい入れて下さる。騎士達よ、剣を置いて我が主君の軍門にくだれ。」


響き渡る声に騎士の攻撃が止まる。そして戦闘が停止し、両者どちらも動かずに数秒時が止まる。

始めに動き出したのは今まで戦い続けていた一人の騎士だった。

剣を地面に置き、跪く。そうすると甲冑が黒く染まり、自軍に加わったのが分かった。その騎士を先頭に続々と騎士が跪き黒く染まってゆく。


(倒さなくとも、恭順きょうじゅんの意があれば、配下にできるのか……。)


新たな条件が加わったことに驚いた。しかし一体ずつ倒す必要がなくなるのは

利点だ。


1分もせずに残存していた騎士が全て軍門を降った。これが狙いではあったがまさかこんなに上手く行くとは。


ベラルトはあの両手剣を片手で持ち上げると奈落の天に向かって突き出した。


クロ丸の影が地面に広がり、騎兵、歩兵問わずに全騎士が顕現けんげんした。


ベラルトが剣先を《タイタン族》へ向ける。



「 《プロスボレ》!!!」


ベラルドの号令と共に騎士達がときの声を上げて走り抜けていく。


鬨の声に共鳴して地面を震わす。その震えはついに大気にまで影響を及ぼし、息をするのが難しくなるほどだった。


騎士の走り抜けていく背中を横目に《竜》を呼び出す準備をする。

数では勝っているとはいえ、不確定要素が多い。正直、《タイタン族》を配下に加える利点は今の所無い。なら《竜》を成長させるためのかてにする方がいい。


外の妖気を取り込み、体内の妖気と外界の妖気を同化させる。一気に体温が上昇し体中から汗が噴き出るが、妖気が暴走しないよう、深呼吸で落ち着く。


段々と体からドス黒い妖気が立ち昇り《竜》を形成していく。


《竜》が完全に顕現された頃には全身びしょ濡れになっていた。《竜》の雄叫びが奈落中に響き渡る。《タイタン族》も歩みを止め怖気おじけ付いように硬直している。


《竜》の一つ目が敵の群れを捉え、空間を泳ぐように突進して行った。


《竜》にありったけの妖気を込めたので、流石に身体が言うことを聞いてくれるはずもなく、その場にうつ伏せに倒れ込む。もう膝が笑って立てない。


「悪い、寝るわ。全て終わったら起こしてくれ。」


アヌビスにそう伝えると近くに影狼を呼び寄せ、地面と頭の間に寝そべらせ枕として使う。


(……久々にちゃんと寝る気がする。)


今までほぼ気絶に近かったので疲れが取れた実感がない。こんな奈落で眠れるとは思いもしなかったがそれ…も……また………。


脳が回らなくなり、何も考えられなくなった俺は、叫び声と金属の音を聴きながら寝た。








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