第9話《血の騎士団》



動物は死の匂いを嗅げるというのは本当なのだろうか。


影狼を撫でながら考える。


猫は自分の寿命が残りわずかだと感じたら飼い主の前から消えるらしい。

犬も死が直前に迫っている人に過剰な反応を示した事例がある。


(ならこの瘴気と死臭が漂うこの奈落で何を感じているのだろうか。)


……無駄な思考だな。


夢想から現実に目を戻す。


今は影狼の背中に乗って《喰狼群》の領域から正反対の北西の領域、

血騎士団ブラッディナイツ》の方へ向かっている。脚での移動にうんざりしていたところに、影狼が足元の影から出てきて巨大化した。牛ぐらいのサイズはあるのではないだろうか。お陰で進軍速度は上がっている


《喰狼群》を取り込んだお陰でかなりの戦力増強ができた。


ただ……


「なあ、本当にこれでも足りないのか?」


影の中のアヌビスに聞く。


「確実に勝てる、という数ではないな。あちらの方が数は少ないが統率や練度が段違いだ。普通に戦えば練度の差で負ける。」


「『普通に戦えば』、か……」


敵の情報を俺は持っていない。ここはアヌビスに従うのが最善だろう。


「ああ、今ここで作戦の概要を話そう。



《血騎士団》の数は3000ほどである。質は圧倒的にあちらが上だ。数の差などあってないようなものだろう。


しかし、その数の多さを今回は生かす。


敵は陣形を自在に操れる。ただ、それは守りの陣形は他の陣形と比べて甘い。そこを見極めていけば瓦解させることはできるだろう。


そこで主力4000体の狼を一方面のみからぶつける。そうする事で意識をそちらに分散させる。


そして相手が攻めの陣形に変えたら、お主、ウプア、選りすぐりの精鋭の狼数十体をあの影の能力で敵のボス《団長》がいる本陣に送り、《団長》を撃破。


今回は短期決戦だ。時間を長引かせると主力4000体の狼たちが蹂躙され、こちらに矛先が向く。

お主が《血騎士団ブラッディナイツ》の《団長》を倒せ。

《団長》は見ただけでも他の騎士と比べて立ち上る妖気オーラの量が飛び抜けていた。単純な技量だけでは勝てぬぞ。」


「そこは俺にも考えがある。圧倒的な差ではないなら勝てるさ。それよりほんとに《竜》は使っちゃいけないのか?使えるならかなり楽なんだが。」


「駄目だ。《血騎士団》は《深淵の神》と戦うのに必須の条件だ。《竜》に喰われて手勢を減らすのは絶対避けなければならない。今回の要はお主とウプアだ。

お主はともかく、ウプアの実力がどれだけかは分からない。そこは我が調整する。」


《竜》さえ使えるなら、瞬殺できるだろう。ただ今回は使うことはできなくて、しかも時間制限有りだ。かなりギリギリの戦いになりそうだ……。


影の中のウプアに声をかける。


「ウプア。」


「ここに」


後ろから、影から手を胸に添えて半身のみ出してきた。影狼の背中の上なので、完全に顕現するのが俺にとって邪魔になると思ったのだろう。


「すまないが仕事をしてもらう。できるだけ俺と敵のボスが戦う時間を稼げ。」


「御意のとおりに。」


ウプアは一礼すると影の中に消えてった。


影狼を全速力で走らせながらこれからの決戦に備え、奥の手の準備をした。




◇◆◇◆



「いたな……」


《血騎士団》の領域に入ると丸い陣形を組んでいる騎士達がいた。どれもフルメイルを着ている重騎士達で見るからに屈強そうだ。中心ら辺には馬に乗った騎士達もいる。


見れば見るほど勝率が低くなっている気がする。それでもこの奈落では喰らい続けなければ気付けば喰われる側になる。なら、ここで引くという選択肢はない。



影狼から降りて深く息を吸う。


「……開戦だ。」


俺の後ろに4000の狼の軍勢が、そして横にはウプアがいる。

開戦の合図はウプアの遠吠えだ。


相手も気づいて陣形を崩し始めた。

だがもう遅い。



「アォォォォン」



ウプアの遠吠えを皮切りに俺の後ろから狼達が前に進撃していく。


クロ丸の中の精鋭200体の狼とウプア、アビヌス以外の手駒は全て出した。

ここからは白兵戦だ。


相手の陣形が完全に変わるまでここで眺める。


相手は瞬時に盾持ちを前に出し守りを固めている。一糸乱れぬ動きだ。

しかし速さは獣の方が上。

完全に前衛が揃う前に、先頭の狼が1人の騎士の喉笛に噛みついた。


至る所で激しい衝突が起き狼達が吹き飛ぶ。今ので軍勢がかなり減った。しかし勢いは衰えない。


次々に前衛に飛びかかり、局所的にではあるが前線を食い破っている所もある。



___しかし、そこを騎兵が潰していく。更に突撃してきて、狼の軍勢の真ん中に斬り込んでいる。


(勢いが殺されたか……。このままだとジリ貧だな……。)


しかし相手はまだ守備陣形のままだ。しかも騎兵が本陣から出撃してきたのでタイミング的には良し。


「そろそろだぞ。」


アヌビスが影から頭を出し、俺に伝える。


「そうだな……、行くか。」


そう言うと俺はクロ丸の中に入り、移動を開始した。


クロ丸は前と比べて速度、強度、移動範囲が明らかに上がったため、500m先にも影をかいして移動できる。


クロ丸を動かし、戦場の足元を通り抜けて行く。味方の狼は大分減ったがそれでも攻勢を維持している。

しかしこのまま騎兵に蹂躙されていけば戦線の崩壊もそう遠くはない。


ものの十数秒で敵の本陣に辿り着くと俺はクロ丸の中から敵の観察を始めた。


すぐ上には騎士団長らしき騎士がおり、騎馬に乗っている。周りの騎兵も前線の騎士より一回り大きく、精鋭部隊の直下兵だと分かった。


(まず騎馬から下ろさないとな。)


戦いは攻撃が上からな程有利だ。上に振り抜く剣よりも下に振り下ろす剣の方が重くなる。しかも相手は上に剣を振り抜かなければいけないため、急所の頭に剣が届きにくく、苦戦を強いられる。

ただでさえ身長で負けているのに騎馬にまで乗られたら話にならない。


しかし、下ろす方法はある。


クロ丸を操り影を鋭利化させ、騎馬の脳天を貫き、脚を切り落とす。馬が急に下から貫かれたので、多くの騎兵は落馬したちまち混乱状態になった。


その混乱に乗じて影の中から200体の精鋭と共に出る。


意識外から襲撃に、隊列が完全に崩れた。選りすぐりの狼達は残りの騎馬に乗っている騎兵も引きずり下ろし、腕や足、首などを噛み切っていく。


俺の近くの騎士は俺に気づくと剣を持ち切り掛かってきた。



退け、ものが。」



俺の影からウプアが出てきて、片手で切り裂く。不思議と服に血が飛び散らない。


「《影狼》行け。」


忠実に影の中に潜んでいた影狼が後ろから剣を振り下ろそうとしていた騎士の頭を噛みちぎる。


周りに敵がいない間に精鋭の狼達に中心に敵を寄せ付けないように命令を伝達する。


《騎士団長》は数名の直下兵に守られているが、全員馬から降りている。


直下兵と《騎士団長》に下からクロ丸の影の棘をお見舞いする。瞬間的な速さで直下兵の胸元に近づくと深々と貫き串刺しにした。


しかしさすがは《騎士団長》。見事対応し、後ろに一歩引いて、棘を叩き斬った。



「こんにちは、団長さん。」



戦闘で昂揚している俺は目の前にいる自分の倍の身長はある騎士に話しかけた。フルメイルの頭からくぐもった声が聞こえる。



「……ナゼダ……。ナゼワレラヲオソウ。ワレラハナニモシテイナイトイウノニ……。」


少なからず怒気を含んだ声と気配でこちらを威圧する。


から《深淵の神》の勢力が増長したんだろ?奈落の力関係が壊れたのにはお前にも責任がある。」


理由はなんでもいいがコイツらが重要な時に動かなかったのは事実だ。そのおかげで《深淵の神》が力を取り戻し始め、今俺が苦労している。理不尽な理由だが《深淵の神》とはできるだけ弱った状態で戦うべきだった。


「ハナシニナランナ……。ワレラニハガアルノダ、ココヲハナレルナドデキルワケナカロウ。」


"役目"が何が気になるがそれは優先することではない。


「話をするつもりなど更々さらさらねえんだよこっちは。」


手に《黒掌》を纏いながらさらに《創造妖法》で妖気をかなり凝縮させ、異常に重い一振りの刀を作った。刀の重さは勝負にかなり関わる。重ければ相手との押し合いで有利になりやすい。かといって自分の身の丈に合わない重さであれば動きに支障をきたし、意味がない。


しかし相手は自分の倍はある身長に、2m強ある両手剣を使う。普通両手剣は両手で使うのだが馬上で片手で持ち上げていたあたり、片手でも軽々振り回しそうだ。


そんな相手から繰り出される一撃は普通の刀で耐え切れるものではなく、叩っ斬られるか押し潰されるだろう。


ならばそれ相応の刀を作らねばならない。恐らく120斤(72kg)はある両手剣に、200kgはありそうな巨躯。それに耐える刀の重量は300斤(180kg)がギリギリである。クロ丸による俺自身の強化と妖気を解放したことでより洗練された妖気操作による身体強化のおかげで動きに支障をきたすことは無いが、あくまで"耐え得る"のであって有利になるわけではない。しかもこれ以上重量を増やすと流石に動きが鈍くなる。


そんなわけでこのクソ重い刀を両手で支えながら右下段の構えで動きを待つ。

これを持って突撃するのは力の浪費だ。


《騎士団長》は大きく振りかぶると


___空中を切った。


予想外の行動に対応が遅れる。


ザシュッ


「グッ……、くそ……。」


刀で瞬時に"斬撃"を受けるが打ち消すことは出来なかったため、右肩から左脇腹まで深い傷ができた。妖気とクロ丸の影で強化していなかったら上半身と下半身が泣き別れしていた。


しかし相手の攻撃方法パターンが分かっただけマシだ。


この場面で間合いを詰めない選択肢は無い。長い時間を掛ければかける程形勢が傾く。


俺は傷を再生させながら《騎士団長》のふところに飛び込む。そして

横一閃にくる剣をしゃがんで避け、相手の右足に一閃いっせん___



____出来なかった。刀が振り抜けていない。敵の脛付近で刀が止まっている。

手が痺れて動かない。


《騎士団長》は刀を右足で払うと俺の鳩尾みぞおちを蹴飛ばした。



「う゛、オ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛!!」


蹴り飛ばされた先で地面に手をつき吐く。

(ハハッ、もう胃に何も残っていないじゃねえか)


黄色い胃液塗れの地面を見ながら、現実逃避する。あの硬さは論外だろ……。


甲冑が擦れる音が近づいてくる。


顔を上げて刀でギリギリ蹴りを受けるが衝撃に耐えきれずにまた転がった。


(全身がもう痛い……)


すでに体が悲鳴を上げているがそれでも立つ。受けなければ死んでしまう。


「ワガ《使命》ヲハバムモノハハイジョスルベキダ……。ソナタガマイタタネダ、ソノミデコウカイスルガイイ。」


片手で剣先をこちらに向け言い放つ。

ふざけんじゃねえよ、俺はまだ生きてるぞ。


俺はまた《騎士団長》の間合いに入り飛び上がって、今度は上から刀を振り下ろす。


ガキンッ


「グッ……」


《騎士団長》は剣で受け止めたが衝撃を食らったようで小さくうめいた。しかしすぐに剣を振り俺を振り落とす。俺は宙返りをしながら着地した。


《騎士団長》はそのまま詰めてきて数合程打ち合った。


「あ……」


そして決着が着く。先に倒れたのは俺だった。


運悪く俺の身体からしたたった血で左足が滑った。体勢を崩したのを相手が見逃してくれるはずがない。


俺はすべもなく肘から下の両腕を叩っ斬られた。


「あ゛れ゛?」


既に目の前に刀と腕が無く、血の溢れる断面しか見えないことに脳の処理が追いつかない。


(なんで腕がないんだ…?)


そして火傷のような熱さと強烈な痛みに現実に引き戻される。



「クソがあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」



「ココマデアガクトハ、モウヨイ、スナオニ逝ケ」



両手剣を俺の首元に当てると大きく振りかぶった。俺は膝立ちの状態で首を切られる罪人のようだ。



(あ、これ死ぬ。)


俺は死を感じ、頭に冷水をかけられたように冷静になる。


(どうすればどうすればドウスレバ生き残れるんだ?)


頭をフル回転させて、手立てを考える。


(何が効くんだ?何がコイツを止めることができるんだ?)


今までのことを頭の中で繰り返し考える。



___そして俺は一番ゲスい方法を思いついた。思わず笑みがこぼれる。



「イノチゴイモセズニソノカオカ。モウイイ、シネ。」



《騎士団長》が剣を振り下ろす。



しかし頭に1cm程届かずに剣は停止した。


「……ナゼ……?」


《騎士団長》は後ろから直下兵……いや直下兵に背中を貫かれ動けないでいる。フルメイルで表情が分からないが心底驚いている。


そしてさらに2人の兵に両足を剣で串刺しにされ、地面に足を縫い付けられて倒れた。


そして俺はよろよろと立ち上がった。


「これで立場逆転だな、《騎士団長》」


さっきまで俺を見下ろしていたのに気づけば俺に見下ろされている。


《騎士団長》が下から俺を睨む。


「ワレノキシニナニヲシタ。」


「俺に寝返ったんだよ。さっきお前を守っていた仲間が。残念だったなあ?

悔しいよなあ?」


我ながら下卑げひた笑いが止まらない。


さっきクロ丸の攻撃を避けた。俺の攻撃よりも威力が低いクロ丸の攻撃を避けたのは一つしかない。


それは攻撃が効くからだ。


それが理解してからは速かった。

最初に倒したクロ丸の中にいる直下兵をクロ丸の影をまとった剣を持たせ《騎士団長》の後ろに顕現する。


仲間の気配で気づかなかったのだろう。まさか同士討ちになるとは思っていなかったみたいだ。



「ナニヲシテモムダダ。ワレハ屈シハセヌ。」


《騎士団長》がなんか言っているがもう無駄だ。


(念のため《奥の手》を使うか。)



奥の手とはもし俺が死にかけになり、倒すことができなくなったら、油断して近づいたところで相手の身体を掴みクロ丸を流し込んで無理矢理配下に加える。


この方法は時間がかかり、取り込んでいる間はほとんど無防備になる為ギリギリまで使いたくなかった。


アビヌスが言うには強靭な意志を持っている者はただ倒すだけでは吸収を拒まれ自ら破壊するらしい。



俺はしゃがみ、右腕の断面を頭に押し付ける。そして取り込もうとすると断面からドス黒い血のような液体が《騎士団長》の身体を頭から覆っていく。

(クロ丸液体バージョンだな)



「アガッ、ア、アガガッ」


震えて抵抗しようとするがもう遅い。黒い血が全て覆うと、《騎士団長》の身体は液体となって地面に溶けていった。



「……これで討伐完了か……。」


まじで疲れた。もう倒れたい。


俺が安堵すると後ろから声が掛かる。振り向くとそれはウプアだった。





「お喜びのところ申し訳ございません。新たな敵が来襲してきました。その数2000弱、見るに北東からやってきた《タイタン族》と思われます。」





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投稿が遅れて申し訳ございません。諸事情により立て込んでて投稿がなかなか出来ませんでした。

これからも応援をよろしくお願いしますm(_ _)m


そして誤字脱字がありましたらコメントでご報告ください。

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