第5話 殺戮



____殴る

____蹴る

____喰いちぎる

____引き裂く



りあっているうちに今まで師匠から教えてもらった型や戦い型が崩れていく。幾度も襲いかかる狼に妖気を込めた拳を放ち、足に噛みつこうとしてくる奴は腹を蹴り上げる。周りの敵はクロ丸を操作し棘でつらぬく。


___痛い、拳が痛い。


拳は両方とも砕け手の甲から骨が見えている。妖気を拳に込めても自分の妖気の操作が悪く、ダメージを受けてしまう。


ただ、動きについていけるようになった。


正面から飛び掛かってきた狼の頭を掴み、地面に叩きつける。狼の動きに合わせて動けるようになってきた。確実に慣れてきている。叩きつけても動こうとする狼の頭を踏み抜く。


「グシャッ」


あまりに気持ちの悪い感覚だったがすぐに意識を周りに戻し、周りを見渡す。まだ十数体しか倒せてない。まだ殺気を剥き出しにした狼たちが見渡す限りいる。


___クロ丸の硬度は狼たちの骨より硬い。


試しに俺はクロ丸を拳に、纏おうとした。

拳の内側を意識し、妖気とは違ったクロ丸の力を注ぎ込む。

拳が段々と黒くなっていき、最終的には暗黒物質に近い色になった。しかし両手に纏ってみても肘までが限界であり、それ以上は広がらなかった。


「おっと」


後ろから飛び掛かってきた狼を体を捻って避け、空中で拳を叩き込む。拳を叩き込んだ場所には拳ぐらいの穴が空き、狼は血を吐いて絶命した。威力は充分。妖気の流れも信じられない程良い。というか自分の妖気を使う必要がない。


感覚は手が少し痛む程度で違和感はない。《黒掌こくしょう》とでも名付けようか。


あまりの敵の多さに体術が使えない。ただの力技で敵をほふる。

血が飛び散るが今更だ。至近距離は黒掌で対応し中距離はクロ丸の影を操作し数を減らしていく。


__ズルッ


足が血で滑って倒れた。その拍子に肩に噛みつかれる。どんどん俺の周りに群がり周りが見えなくなっている。ゴキンッという鈍い骨の音と共に肩から腕が噛みちぎられた。他の至る所も噛みちぎられていく。


身体に激痛が走るがそれでも俺は目の前の狼の喉笛に噛みつき、喰いちぎった。生肉の味に吐き気がするが飲み込む。それと同時に足元の影からクロ丸を呼び出し、周りの狼を串刺しにしていく。そして空間ができた隙に立ち上がり体からクロ丸の妖気+俺の妖気を最大出力で放出した。


「ドゴォォォォン!!!」


周りの妖気がぜ大きな爆発音と共に周りの狼が吹っ飛んだ。


裂傷、咬み傷、切り傷、火傷、体の至る所に怪我を負っている。


感覚的に俺はクロ丸から体に妖気を流し込む。怪我をした所が黒い水に覆われ、

欠損部分は黒い水が怪我する前の形を形成する。瞬時に俺は怪我が治り、戦闘態勢に入る。


狼たちは全く怯む様子がなく、殺戮を前にしても突撃してくる。俺は跳んできた狼の頭を殴り潰す。


___何故なぜだろう、こんなに傷を負い、絶望的な戦力差なのに、恐れを感じない。最初の一戦で何かが吹っ切れたのだろうか。横から襲いかかる狼に裏拳で風穴を開ける。


「数が多いな。」


動けない程に俺の周りに密集している。俺はある技を試すために右手の出力を上げ地面を殴る。


「《影渦えいか》」


衝撃で地面が砕け蜘蛛の巣状の亀裂が走り、周りの地面が岩石となって周りに飛ぶ。岩石自体にも妖気を込めたので当たった狼は身体が吹き飛んでいく。さらに亀裂からクロ丸の棘を無数に出し、狼を串刺しにし、半径10mの生体反応は完全に消えた。


「使えるな。」


幸いにも実験体は有り余る程いる。新たな技を編み出すには充分であろう。

狂気を帯びて襲ってくる狼たちに向かって腕をクロスさせて迎撃技を生み出そうとする。


___その姿はまさに死神であった。



◇◆◇◆

「化け物か、彼奴あやつは」


蛆の様に闇から湧き出てくる狼を真は一人で屠っていく。最初は5000近くあった気配も今は半分も切っている。人間がここまで苛烈な強さを持っていることにアヌビスは驚いた。


真は表情を変えずに狼を処理していく。頭の中では技のことをずっと考えている様だった。返り血を浴びながら無表情で敵を屠る真の姿にアヌビスは身震いする。まさにあの《殺戮の執行人》の化身のような動きである。


___第一あのクロ丸とはなんだ、死体を吸収するたびに気の量が上がっていく。まさに変幻自在の影であり僅かにも感じられる。真も成長速度が異次元だ。既にクロ丸を使いこなしている。


このまま成長すればタルタロスも……そして我を此処に放逐した奴らも……


この世界の法則から逸脱した二つの魂にアヌビスは少しだけ期待を込めた。



◇◆◇◆



「ゼェ……、ゼェ……」


俺は血まみれになり、身体にべっとりとした感覚を肌で感じながら、の山の上に座り肩で息をした。


___途中から記憶飛んでた……。ていうかなんだこの死体の数。


辺りを見ると、狼の残骸が地面を覆い尽くすように横たわっていた。まともな形をした奴は一切ない。ただ、死屍累々の景色に吐き気はしなかった。おかしいな、前はこんなの見ただけで吐いていたのに。今は何も感じない。


「見てて爽快であったぞ。一撃で狼を肉塊にする様子は。」


アヌビスが近寄ってくる。


「お前のせいでズボンも血まみれだ。どうすんだこれ。」


「この影に作らせれば良いではないか。」


アヌビスが当たり前のように言う。


え……。どうやってやれば良いんだよ、てか出来るのか?


「何を言っとるんだお主は。"創造妖法"を使ってわれのからだを構築したであろう。今更何を言っておるのだ?」


……初耳なんですけど…。

"創造妖法"

それは妖気を圧縮して実体化させ、それで物質を作る妖術。これは妖術よりも妖術操作寄りなので理論上は誰にでも出来る。だが実体化させるだけの妖気量とかなりの妖気操作の技量が必要だ。大体は単調なもので戦闘では壁を作る程度のことしかできない。しかも妖気の消費量も馬鹿にならない。


だがアヌビスは、俺がアヌビスの体を作ったと言っている。生物の体のような精密なものを作るのはそれこそ"創造妖術"を所持していないと不可能だ。

師匠さえ手の形を作るのが限界だった。創造妖法でそんなの作れるわけない。


と今までは思ってました…。


「それはお主ら人間が『妖気』とは何かを理解してないからであろうに。」


「じゃあ妖気ってなんだよ。」


「『妖気』とは空気と同じように存在しており、お主ら人間も知らぬ内に身体に取り込み、また自身の中で絶え間なく錬成しているものだ。人間が言う活力、気力、生命力の源だ。なのに人間は妖気を害なすものと思いこみ、ゆえに身体から湧き出てくる妖気以外の使い方を知らぬ。だから成長に限りが有り、力の

本当の使い方も知らない人間に毛が生えた程度の奴しか生まれん。


もっと自由に考えろ。外の妖気と自分の身体の内側の妖気を別物と考えるな。

妖気はお主の身体であり、お主の身体は妖気である。身体に溜め込むのではなく外の妖気と同調させろ。今のお主なら出来る。」



普通の人間には妖気は毒だ。外の妖気は瘴気に近く身体の中に取り込むだけで呪いに蝕まれる。普通の術師なら絶対にやらない。ならば。


俺は今是が非でも強くならなければならい。奈落は弱肉強食の世界だ。話し合いなどできない。この世界では純粋な力こそ他者を制するために必要だ。それに"上"での常識など此処では意味を成さない。もう俺自身も非常識であろう。


アヌビスに言われたこと実践する為、体に溜めてた妖気を解放し、外の妖気を流し込む隙間を作る。


「ぐ、がはっ!!」


身体に妖気を取り込んだ途端俺は吐血した。その場に手をつき倒れる。


肺が焼けるようだ。長距離走った後のあの辛さを何十倍にもした痛さが肺を満たす。すぐに身体の末端まで鋭い痛みが広がった。身体から妖気を追い出そうとするとアヌビスが怒鳴った。


「何を甘ったれているのだ!!痛みから逃げるなど強さを追い求める者としては弱さの頂点であり、万死に値する愚行である!!お前はいつまで逃げているのだ!!そんな甘い考えを持つから周りから見放されてきたのだお前は!!!」



あいつ俺の記憶も覗きやがったな。外野が勝手にごちゃごちゃ言いやがって。


最初のアヌビスとの戦闘と同じくらい怒りが湧く。


父と母が殺され、幼馴染と許嫁から見捨てられた俺の痛みがわかるのかてめえは!!あの自分の無力さへの苦しみと絶望がわかるのか!!


妖気を追い出すのをやめ、尋常じゃない量の妖気を取り込む。


父と母の死に顔を想像した。軽蔑した幼馴染と許嫁の表情を想像した。





___こちらに見向きもしない"アイツ"を想像した。



「クソがあああああ!!!!!!」


全身が焼かれるかのような痛みと身体が煮えたぎるような怒りが混ざり、身体から黒い瘴気が発生する。


失神しそうな痛みを怒りで耐え、妖気を取り込み続ける。そして立ち上がる。


身体が外の妖気で充満し、自分の妖気と同化していくのを感じる。最早もはや身体自体が妖気であるかのように感じ、身体と世界の境界線があやふやになってくる。


そして俺の身体から見るだけで目が焦げそうなどす黒く、それでいてどこか引きつける炎が出てきた。全身が燃え出している。


「この姿は……、まさかあの御方の!!」


アヌビスがこちらを食い入るように見つめる。


俺は痛みと激情から上に向かって咆哮した。黒い炎からさめのような禍々しい巨大な異形が誕生した。そいつも咆哮する。地面が戦慄き、爆発したような大気の震えを感じた。


そしてそいつは俺の身体の中に入っていく。完全に入った時俺の身体が、いや炎が爆発した。辺り一面が焦土化し、辺りには何も居なかった。



___あれ、アヌビスはどこ行きやがった?



妖気がすっからかんになり倒れゆく時に少しだけ考えるが、すぐに脳が停止し

三度目の気絶をした。



◇◆◇◆



自分の中に入っているみたいな感覚だ。


闇の中でぼんやりと考える。そして前に歩き出す。するとすぐそこに無数の光があった。その中で一際ひときわ大きく、神々しい光を放っている光を見つける。


これ、アヌビスの魂か?


だとする俺の周りにある光は少し前に殺した狼たちの魂か……。僅かに温かさを感じる。俺はその中を歩いて更に虚無へ進む。何分か、何時間か、はたまた何年も歩いたかもしれない。目の前にアヌビスの魂とは比較にならないほど果てしなく大きな黒い球体があった。見惚れていると無意識に手を伸ばしており、手を引っ込めようとしたが、触れてしまった。その瞬間果てしない快楽と果てしない痛みが身体を襲った。その場に崩れ落ちる。


「あっが、あ……あ……」



絶叫を上げるまでもなく息ができない程の快感と痛みは混ざり合い身体に溶けていった。そして気絶。また起きたと思ったらあの快感と痛みが身体をつらぬきまた気絶した。




これを何度も繰り返し、自我が曖昧になった頃に耳のそばで何かが囁いた。



「■■■■■■■■■、■■■■■■■。」



声は聞こえるのに理解できない情報が頭の中にに入り、目を開けると元の世界だった。


身体を傾けると俺を囲むように、何千もの狼が頭を垂れていた。



「何これ」



________________________________________________________________________


この主人公滅茶苦茶気絶してますが、弱いのではなくほぼ何かの反動が来てるだけなので許してあげてください。この後も滅茶苦茶気絶しますが。


(この主人公は気絶とは少し異なります。)


あとこれからも誤字脱字があったら報告して下さい。

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