第4話 邂逅
「この影の中じゃ阿呆。ここから出せ。」
クロ丸から声が聞こえる。クロ丸の声ではないらしいし、誰の声だろうか?
「お前が殺した犬だ。それより早くここから出せ。暗くて落ち着かん。」
何とも偉そうな口振りで……、ていうかなんで俺の考えることわかったんだよ。怖いんだけど。
「我からすれば人の心を読むのなど容易い。我は《冥界の支配者》だぞ、そこらの神とは格が違う。」
あまりのことに声が出ない。そりゃそうだ、奈落に落ちて初めて出会った奴が《冥界の支配者》とかビックネーム過ぎるだろ…。
《冥界の支配者》
それはエジプト神話で冥界を
「いや合ってるぞ。父上が"ハデス"に負けて死んでから我が権能を引き継いだ。
まあすぐハデスに権能を封じられここに送られたが。」
ごめん合ってたわ。
ちょくちょく心を読んでくるのが怖いがそれより聞き捨てならないことを聞いた。
「オリシスが"ハデス"に殺されただと?なんでエジプトの神々とギリシャの神々がどうして戦っているんだ?他教の神と戦うのは
他教の神と関わらないのは神々の間では暗黙の了解である。それを破るほどのことがあったのだろうか。
「我々の
《創造主》とはエジプト神話の最高神である『ラー・アトゥム』。
創造神と太陽神の二つの名を冠し、その権能は凄まじく、ギリシャ神話の《全知全能の神》ゼウスに引けを取らない。
ちなみにアヌビスの高祖父(ひいひいおじいちゃん)である。
対して《大気の統括者》はアトゥムの子、『シュー』である。こちらも最高神の子供であるので権能もポセイドンに劣らない。
それに比べるとオリシスは主神だがハデスレベルには敵わない。
エジプト神話対ギリシャ神話はギリシャ神話側の勝ちか…。
まさか本当に神がいたとは…。内容が濃過ぎるため思考がフリーズしかけたがなんとか理解が追いつく。なら…
「異形が俺たちの世界にわたってくるのもそれが原因か?」
「知らん、そもそも神以外が別世界に渡るなど聞いたことがない。もういいであろう。早く出してくれ。」
アヌビスの返事がイマイチだったがそれは後で詳しく聞こう。
「お前、俺殺さないよな…?」
一応聞いてみる。
「そんなことするわけないだろう。第一奈落では権能が使えない。"タルタロス"に居場所がバレてしまう。」
主神クラスでも恐れる《深淵の神》、できれば会わずにここから脱出できることを願う。よし、殺されないことが分かったから出してやろう…って俺出し方わからないんだけど。
「簡単なことだ、お主が我の姿を想像すれば良い。さすれば後は我が自力で出る。実体を取り戻すにはお主の力を借りなければならんからな。」
「りょーかい。」
アビヌスの姿を思い浮かべる。アビヌスは犬頭人体なのだがいざ想像してみるとちょっと気持ちが悪い。もう少し可愛くなれば良いのに…
「待て、お主。何を考えておる。我は黒いファラオハウンドでいいのだ。余計なことを考えるでない!」
アヌビスがなんか言ってるが俺の想像は止まらない。
まずファラオハウンドってなんだよ、絶対可愛くないじゃん。可愛いやつ可愛いやつ…
「で、ではドーベルマンはどうだ!?カッコいいし、戦力にもなれるぞ!」
ドーベルマンも良いよな…。黒くてかっこよくて毛並みも綺麗だし…。よしっ、ドーベルマンにするか。
俺はドーベルマンを想像する。
「そうだ、それでいいのだ。お主もかっこいい方がいいであろう?」
クロ丸から黒い煙が出てきてだんだんと集まっていく。
思わず想像してしまった___
___近所の人が飼ってたポメラニアン可愛かったな…。
ドーベルマンっぽい形を形成していた黒い煙が縮んでいく。
「この愚か者がーーーーーー!!!」
目の前には神話に出てくるような威厳を纏った高貴な犬____
___ではなく小型犬サイズのポメラニアンが俺の前に立っていた。その可愛い外見と中のアヌビスを比べて考えると不覚にも吹き出してしまった。
ポメラニアンは容赦なく俺の足に噛みついてきた。小型犬でも噛む力って強いんだな…。
◇◆◇◆
「殺してやる……。ここから出たらすぐに消し炭にしてやる……。」
あれから何回も噛みつかれたけどまだ怒り足りないようだ。ごめんって……もう脛が痛い……。
一応実体は作ってあげたので、聞きたかったことを聞く。
「で、ここから出る方法はあるのか教えてくれ。」
まだ唸っているポメラニアンは、不満そうにしながらも
「あることにはある、ほぼ無理だが。」
出る方法はあるのか……。でも何で無理なんだ?
「ここから出る方法は三つある。
一、冥府のハデスの元に行き現世に返してもらう。これは我がこの影に取り込まれてしまったため、お主との魂の繋がりができ、お前も拒否される可能性が高い。第一神が特定の人間を蘇らせることは滅多にない。あとあの糞野郎に頼むなど最も意味がない。。
二、"原罪の林檎"を食べ強制的に現世に帰還する。これは天界にしかない。ごくたまに林檎が上から落ちてくることもあるがそれを見つけるなど不可能だ。
三、タルタロスを殺し権能を奪って現世に帰還する。話す意味もない。」
無理じゃん。一部個人的な怨恨があるが、三つの方法はどれも現実味がない。
一は一番ありそうでない。アヌビスをクロ丸が取り込んだ手前、俺が現世に帰る時、こいつもついてくる。そんなことハデスが許すはずがないだろう。二は安全だがそもそもできない。
"原罪の林檎"
それはアダムとイヴが食べ神の怒りを買い、人間界に堕とされた原因。神以外が食べると人間界に即堕とされるが、奈落なんかにあるわけない。もしあったとしてもこの暗い奈落で一つの林檎を探すほど俺は馬鹿じゃない。三は論外。最高神ですら手に余る神にどう勝てというのだ。近寄った瞬間殺されてしまうだろう。
俺が頭を抱えているとアヌビスが言いにくそうに俺に言ってきた。
「これは可能性の話だが、別の方法がある…。だが確証があるわけではない。」
「それを教えてくれ!!」
俺は小さいポメラニアンに縋る。他の方法は命がいくつあっても足りない。
「それは‥‥、この影を育てることだ。」
……ん?どういうことだ?いまいち要領を得ない。
「この影は我を取り込んだことで格段に成長している。つまり、何かを取り込むたびに成長しているのだ。」
それとここから出る方法に何の関係があるんだ?
「実はこの影に中に入っている間に変なものを見た。髪の毛程のか細い光を見た。ありえないと思ったがそれは間違いなく外の世界へ繋がっていた。外気が感じられたのだ。その穴は虫一匹入れない程の大きさだったがもしかしたら成長するにつれて穴が大きくなるやもしれん。あくまで推測だが。」
俺はクロ丸を見てみる。見れば確かに穴っぽいが光などどこにも見えない。ほんとに"上"に帰れるのか。それに成長させるってことは……、
「どんだけ異形殺さないといけないだ?」
「知らん、お前が入れるほどの大きさになるまでだ。」
アヌビスを取り込んで虫が通れない程ならどれだけ殺さなければならないのか。
俺は絶望するが、アヌビスからは動揺と恐れが感じられた。
「何でそんな動揺してんだよ。」
「そもそも神以外が外界との繋がりを持つのはあり得ない。世界の理に反している。ならこいつは何なのだ?そもそもどこからきたのだ?
それに、この影の中で私ですら見えない深い闇を見た。主神ですら覗けない闇を宿している存在など、世界から見ても神々から見ても特異点だ。はっきり言って怖い。」
アヌビスが恐れるなんてお前も大概だな、クロ丸。
「そもそも確証がないのに異形を何体殺せばいいんだ。
そこまで俺は強くないぞ。」
「そうだな……しかしお主は異形と戦わねばならぬ。」
「何でだよ。」
「後ろに狼の群れが来ている。大方血の匂いで寄ってきたのだろう。」
後ろを振り返ると唸り声を上げた
「我の援護を期待するなよ。お主のせいで攻撃する力が皆無なのでな。」
「今からでも姿変えられないのか?」
「無理だ。この体に魂が定着してしまった。無理に引き剥がすと大変なことになる。」
ふざけた事が悔やまれる。だが敵の数は変わらない。
「はあ、マジかよ……。」
俺はため息を吐きながらポメラニアンを背に狼の群れと向かい合った。
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