第3話 相棒

"ステュクス川"


それはタルタロスから冥府に流れる伝説の川。

川に入ると不死の身体を得られる。アキレスもこの川に入り不死の身体を手に入れた。まあ最期は弱点を射抜かれ死んだが。またこの川には罪人を永く苦しめるために回復の効果もあるらしい。道理で喉が焼けるわけだ。



また"タルタロス"とはギリシャ神話で原初の神の一柱、大地の神ガイアとついとなる深淵しんえんの神であり、地下のさらに深く、『奈落』と呼ばれる深淵そのものである。奈落はハデスにより罪人を幽閉するための空間。それはタルタロスの身体の中とされ神々さえ忌み嫌う場所である。


ぶっちゃけ俺でもタルタロス=奈落=タルタロスの身体の中、とかよくわからないが。しかも奈落にはタルタロス自身も幽閉されているらしい。

自分の身体の中に幽閉とか文だけで意味不明であり、俺も理解し難かった。

まあタルタロスの身体の中というのは他の二つに比べると重要じゃないので

スルーさせてもらう。


仮定を立てたここが『奈落』の場合、ここには神々に幽閉されるほどやばい奴らがいることになる。ていうかここ奈落なら地獄であってんじゃん。

まあそれは置いといて、そんなヤバい奴らと出会った時点で俺は即終了、本当の意味で死ぬ。


本来はここで死んだ罪人は、奈落の別の場所で全ての記憶を失って誕生する。

ただ俺は冥府に行っていないので、多分あの"黒い穴"から抜け道のような感じでここにきたので、その条件が俺に当てはまるかどうかわからない。


もし条件が当てはまったとしても、全ての記憶を失ったらもう"それ"は俺ではなく俺の形をした「何か」だろう。そんなことになるのはごめんだし、復活するかどうかすらわからないので、極力隠密で行動。見つかったら全力で逃げる。それが一番生存確率が高い。


そんなことを腹に決め、近くを見渡す。



「お、あったあった。」



割と近くの川辺にあの狼の水死体が流れ着いていた。

それを引き上げ向き合う。



「どうすっかなこれ。」


狼の死体はずぶ濡れだったが自分の奈落で初めて仕留めた獲物だ。有効活用したい。

皮は剥ぎ取って破けた服の代わりにしたい。送り狼の毛皮は俺の元いた世界

では…ここ奈落なんだし元いた世界のことを"上"としよう。


"上"では送り狼の毛皮は毛並みが綺麗でなんと衝撃耐性があり、面からの衝撃に強いため一部の死縷々士は戦闘服の裏地に使ったりする上等な代物だった。

そんな毛皮をわざわざ捨てることもあるまい。俺はもう魂の抜け殻となった死体に手を合わせる。



「うし、やるか。」



俺はせっせと皮を剥いていく。水に浸かったことで生臭さがなくなったと思ったら、血と一緒に獣特有の強烈な獣臭さを嗅いでしまい、しばらく悶絶した。


一通り皮を剥き終わった後、皮をなめすため川に漬けたまま石で固定しとく。皮を鞣す手順は薬品がないと結構時間がかかるが、鞣さないと腐ってしまうため背に腹はかえられない。


ざっくり説明すると


①皮についている肉をこそぎ落とし、水に漬ける。

②糞尿で毛皮の毛を抜く。

③石や骨で皮を叩き柔らかくする。


の三工程だ。

送り狼の皮は硬くなりにくく妖気を通すと柔らかくなる。しかし常に妖気を通さなければならないのでなめしたほうがいい。送り狼の毛皮は乾燥も早く油もそこそこあるため、薬品で柔らかくしなくても、立派な革になる。


ちなみにこれは師匠のもとで教わった。

師匠はゴリゴリの肉体派で拳で戦う派だったので、当初は師匠に山に連れてかれ

二週間師匠と過ごした。最初に獲物を仕留めた時喜びもつか、その動物の大腸と膀胱から糞尿を取り出されられ、手を汚して泣きながら、皮から毛を取ったのは今でもトラウマだ。


その時5歳だぞ俺、なんて事させてんだ。



「師匠も師匠だ…。」



師匠は俺が習うまで子供に教えたことがなかったらしい。

当時の俺に一番近い年齢の兄弟子22歳だったし。

師匠曰ししょういわく、一緒について行っただけでも破格の待遇らしい。他の人たちは何も無しで送り狼やら"火熊"などのいる山にぶち込まれて、十匹分の頭を持ってこない限り下山が許されなかったらしい。兄弟子達の身体はやたら咬み痕、爪痕が多かった。


そんな事を思い出した後、皮を剥ぎ取った狼と対面する。



ゴクッ……これ生で食えっかな。こんなに臭い肉でも食べたくなる、なんでもいいから腹を満たしたい。


一度意識したら耐えがたい空腹が襲ってくる。もう飢えの一歩手前くらいまできてる。奈落は罪人を苦しめるためにあるので、飢餓を味わわせるために腹の減りが異常に早いという鬼畜の特殊効果付きだ。


本当なら火を通したほうが腹持ちはいいのだが火起こしの道具がなく、燃やす物もない。


一分くらい悩んだ後、覚悟を決め口に放り込んで一気に噛み砕いて喉に流し込んだ。



「ゔ、ヴェエエエエ!?!?」



あまりに気持ちの悪い食感と、鼻に広がる獣臭に胃の中を全部ぶちまけた。

こんな不味い物食った事がない。現代の食へのありがたみを今更ながらに感じる。


こんなに不味くても身体が食わなきゃヤバいとSOS信号を出しているので、鼻をつまんで泣く泣く口に入れる。


「ヴェエエエエ!!!」


「はは……洒落になんねえや…」



食っては吐くを繰り返してなんとか胃を満たすことができた。



「早急に火が欲しい…」



地面にうつ伏せになりながら呟く。


火が無いとこんなに辛いなんて…


あまりの過酷さに涙を流しているとふと地面に目が止まった。



「あーー!!!お前は!!!」



最初は地面に穴が開いているのかと思ったが、よく見たら動いてる。起き上がって近づいて見たら、俺をここに引きずり込んだ諸悪の根源、あのブッラクホールみたいな黒い円型の異形がいた。目や鼻すらない真っ黒なだけの異形。以前と比べて随分小さくなっている。前はマンホールぐらいのデカさがあったが、今では握り拳ぐらいの大きさだ。最初は消し祓おうと思ったが、あまりに無害だったので段々可愛く見えてしまい逆に愛着が湧いてきた。そうだ!



「肉いるか?」



狼の残骸を指差す。もう食いたくないし、じきに腐る。だったらこいつに餌付けしよう。喋り相手欲しいし仲間にできれば一石二鳥だ。


黒い丸はプルプル震え出すと狼の残骸に近づき丸ごと影の中に飲み込んだ。



「あ、バカ!骨は吐き出せ!」



と慌てていうと骨を吐き出してくれた。骨は後々使えるからな。


黒い丸が俺の足元に近づいてきた。



ん?これ主従関係できてね?


式神化するための主従関係は魂の繋がりができるため感覚でわかるらしい。兄弟子に式神使いがいたので教えてもらった。今感じているこの線っぽいのが魂の繋がりなんだろう。


試しに、右に行けと思念を送って見た。するとほぼ誤差0秒で右に動いた。

式神化完了だ。初めての式神に少し興奮する。他にも試してわかったことがある。何とこの黒い丸は攻撃できるのだ!!円の中からでかい棘を出したり、影の一部を飛ばしたりして攻撃できる。威力は俺の通常パンチより強い。なんか屈辱……。


あとは使役範囲が滅茶苦茶広いことだ。10分ぐらい自分から離れるように動かしても全然繋がりの途切れを感じなかった。普通の式神使いの使役範囲は100m前後なのでこれは素直に嬉しい。

戻ってくるように伝えると俺の足元から出てきて驚いた。俺の影に戻ってくる時に限り瞬間移動できるっぽい。


最後に一番重要なのが妖気オーラの総量が尋常じゃないことだ。俺の四倍くらいあり、B級中位ぐらいありそうだ。しかもこいつと主従関係を結んだことで俺自身の妖気も増えている。


総合的にはB級上位を使役しているのとあまり変わりはない。

初めての式神がB級上位レベルなんて普通は有り得ないことだ。あまりの嬉しさに気分が高揚する。



初めての式神としてこいつの名前をどうしようか迷う。いつまでも黒い丸はかわいそうだ。何か愛着の湧く名前……。


黒い丸……くろいまる……くろ…まる?クロ丸だ!


何とも陳腐な名前だがピッタリだ。本人も喜んでいるのかプルプル震えたあとその場をくるくる回ってる。余程嬉しいんだろう。



「よろしくな!クロ丸!」



奈落に落ちてから初めての仲間兼式神ができた。




「おい、おぬしここから出せ。」



どこからか声が聞こえる。



「クロ丸、お前喋った?」




クロ丸かと思ったが魂の繋がりで否定しているのがわかった。


どこから聞こえたんだ?



「この影の中じゃ阿呆。ここから出せ。」



やっぱりクロ丸から声が聞こえた。


え?…………





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る