第2話 死合

「う……ここは…?」


意識が戻り、掠れた声と共に起き上がると、そこには赤黒い地面と天井が見えないほど高く黒い空が広がっていた。周りも暗く10m先は見えない。


「落ち着け……何が起こったんだ?」


混乱する自分を落ち着かせ状況を整理した。


俺は黒い穴に引きずりこまれ意識を失った。普通異形は人を食らって成長する。厳密には魂だが、異形には魂を人間の体から取り出すほど技量がないやつが大半なので体ごと食べる。


しかし今も俺は死んでいない。あの穴はなんなのだろうか。ここはアイツの中なのだろうか。現実味を感じない。ならここは彼岸かと思ったが少し考えその考えを捨てる。俺は体の節々が痛み、喉の渇き、空腹も感じる。痛みを感じ欲求があるのは体がある証拠だ、たぶん…。


それより腹が減った。なんでもいいから口の中に入れたい。そ思いフラフラと歩き出すと、


「グルルルル…」


と前から唸り声が聞こえた。

そして現れたのは大型犬よりひと回りほど大きい狼。口から涎を出し、見るからに腹が減ってそうだ。


「なんだこいつ、"送り狼"か?」


"おくおおかみ"は異形の一種で"送り犬"とも言われている。異形にはS〜F級まである。


その中でも送り狼はD級であり、ざっくり言うとマシンガンなどの小火器で楽に殺せる程度。ただ送り狼は異形の中では珍しく繁殖する個体であり、生まれたての頃から育てると主従関係が築け、育て方によっては通常より強くなるらしい。


簡単に使役できるので死縷々士の中では式神の代わりに使うやつも多い。群れで来られると厄介だが単体ならそこまで怖くはない。


だが目の前の狼は違った。目が血走っており、牙は剥き出し、何より妖気オーラの質が違った。ヘドロみたいに濁りきっている。


俺は頭の中の危険度を上げ、体に妖気をまとい迎え撃つ態勢に入る。


しばらく睨み合った後、狼が仕掛けてきた。真っ直ぐきたので姿勢を少し低くし。拳に妖気を込める。

そして跳び上がったところで眉間を打ち抜く、


___そうしようとしたら右腕が軽くなった。


撃ち抜いたはずの場所には肘から下が無くなった俺の右腕があった。


「痛ったあああああああああああああ!!!!!!」


経験したこのない耐え難い痛みが右腕を駆け巡り、俺は今まで出したことのない絶叫を口から出した。



狼は俺の後ろで俺の腕を食っている。この状況に吐きそうになりながら狼とは反対の方向に逃げた。



無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だなんだあの狼、俺の知っているやつじゃない本当はもっと弱いのに無理だ無理だあんなの絶対勝てない‼︎


俺は無くなった腕を庇いながら走った。狼が見えなくなるまで恐怖のまま走り続けた。だがすぐに俺は絶望することになる。



△▽△▽



川だ。それはそこが見えなく、青黒い色をしていた。見た瞬間生存本能が働き、体が止まった。


無理だ。入ったら死ぬ。


そう体が訴えていた。進みたくても足がすくんで動けない。俺が立ち止まって動けずにいると後ろから気配を感じた。


狼が追いついてきた。俺の右腕を食べ終わったのだろうか。



嫌だ嫌だ嫌だイヤだイヤだイヤだ死にたくない!!


俺は川沿いに逃げた。


恐怖で冷静になれまいまま、俺は一つだけ考える。父と母が死んでから鍛錬を辞めようとした時に自分に言い聞かせていたことだ。



__アイツは、和馬は今の状況でも逃げずに戦うんだろうか。きっと戦うだろう、あんだけ強く、あんだけ主人公してたら。主人公相手に勝てるわけない。なら俺は戦えなくても仕方がない___





わけねえだろ!!!



俺は向きを変え、追いかけてくる狼に突進する。


なんでこんな奈落まできてアイツと比べられなきゃいけないんだ!!

自分でもわかってるんだよ!自分が才能を言い訳にして諦めてたことぐらい!!だけどここで逃げたら死ぬだけだろ!!

最期にあの狼だけは絶対ブッ殺してやる!!


俺は自分の着ていた服を左手に巻き付け、狼に向かって前傾姿勢で近づく。


「こいよ!!このクソ狼!!」


勝算はある。狼は空中で移動してきた、なら!!


さっきと同じように狼が跳び掛かってきて、それに合わせて俺も左手を突き出す



ように見せかけ、右足を引き90度回転、そこには俺の視界から消えた狼が大きく口を開いて噛みつこうとしてくる。


攻撃できない右からくることはわかっていた。そこに俺は服を巻き付けた左手を狼の口の中に突っ込み、舌をがっしりと掴んだ。手を妖気で覆ったがそれでも狼が噛みちぎろうとして牙が手の甲に突き刺さったが痛みを堪え、後ろにある川に狼の身体ごとぶち込む。川が湧水みたいに冷たい。狼はしばらく暴れてたが十秒ぐらいで身体が冷たくなり、動かなくなった。



___死んだ。俺が倒したんだ。初めて俺は自分の意志で異形を殺した。任務でも誰かの為でもなく、自分が生きる為だけに。

達成感と生き物を殺した手応えの気持ち悪さに俺は屈んで吐いた。


そして恐怖でかかった精神への負担、疲労、右腕の大量の出血と激痛で気絶しそうになる。


せめてこの川の水を…


川の水を左手ですくい口に運んだ。


口が湿って美味しいと思ったのも束の間、身体全体に激痛が走り、俺は痙攣し出した。


「グ、アガ…」


熱い。喉が焼けるように熱くて痛い。右腕も熱い。


俺は川沿いで倒れた。


またかよ……



俺は今まで想像を絶する激痛と熱さにより本日二度目の気絶をした。




△▽△▽




頭がガンガンする…。俺は何時間寝ていたのだろうか。


俺はをついて起き上がる。


……ん?なんで右手あるんだ?


普通に疑問に思い身体全体を確かめる。


「なんじゃこりゃ」


咬み傷どころか擦り傷もない。なんで腕が再生し、傷が治ったんだ?この川の水を飲んだからか?


俺は考え結論を探し、ある答えに辿り着いた。


「まさか…、そんな馬鹿な。」


本で見たある知識と一致する。だがその場合ここは最悪の場所だ。



この川はこの世の深淵、"タルタロス"に流れる



「ステュクス川か?」






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