091 審問会


 警邏、警備、門番。

 交代時間、メンバー、巡回ルート、エトセトラ。

 ジオーサ周辺の地図を広げながら、隊長がそれらを俺達に説明し終えた頃にはもう空には夕暮れが忍び寄って来た。


 そんでもって茜色のついでとばかりに俺達へと忍び寄って来たのは、相変わらずのダイヤモンドスマイルをちらつかせるハボック町長だ。彼はいかにも申し訳なさそうな顔で、シドウ隊長にある要望を囁いてきた。

 いわく。騎士団の方々を審問会の皆に是非とも紹介したいとのことで。


 いざ護衛任務開始という出鼻をくじかれたからか、若干渋い顔をしつつも、やっぱり無下には出来ないんだろう。

 到着直後の焼き直しの如く、意気揚々と先導する町長の後ろをついていく俺達なのだった。





「おお、お待ちしておりましたよ」

「活躍はかねがね。よくぞお越しいただきました」

「御足労、感謝」

「ひひひ、ワガママ言ってすまないね」


 審問会の集会所を訪れるなり俺達を出迎えたのは、四人の初老の方々だった。

 みんなハボック町長と同じぐらいの年代か。言葉尻こそ個性が出てるが、さながら選挙演説のワンシーン見たく俺達に握手を求める彼ら。揃って圧みのある満面の笑みを浮かべている辺りも、町長さんと共通してる。

 けれどもっとも目を惹く彼らの共通点といえば⋯⋯それぞれが身につけている装飾品のいずれにも、大粒のダイヤがあるところだろう。

 

(うっわ。イヤリングにネックレスに、バンクル、ブローチ⋯⋯全部ダイヤじゃん。ダイヤ尽くしじゃん。なんだこれ)


 何カラットがどうとかまでは知らなくとも、小さめのドングリくらいの大きさともなりゃ、相当な高額だって事くらい俺にも分かる。ひょっとして町内会ってより、資産家達の集い的なニュアンスだったりするのか。


「うにゃあ!あっちもこっちもすっごいダイヤだ!キラキラだぁ! すんごいねこれ、お金持ち集団?」

「ね、姉さん。そんなにはしゃがないで⋯⋯でも本当に凄いですね。ダイヤの装飾品が審問会に入会する条件とかなんでしょうか?」

「む、ははは。いやなにいやなに、決してそういうわけではありませんぞ、騎士のお嬢さん。これは単なる嗜みの延長のようなもので」

「左様、左様」

「ひひひ。強制って訳じゃあないさ」

「まあ、あくまで自主的なもの」

「そういう意味では、私共の結束の証ともいえるかな」


 結束と言うだけあって、審問会委員の息はぴったりらしい。

 ご老人ならぬ五老人のダイヤモンドスマイルには、俺達をたじろがせる妙な圧があった。。


「改めてではありますが、ご挨拶を。我らはジオーサの審問会。噂に聞いた御二人を含んだレギンレイヴ小隊の皆様とは、是非ともお会いしたかったのですよ」

「然り、然り」

「⋯⋯大した歓迎ぶりね」

「わはは。それはもう。なにせ先月に魔獣の脅威に恐々としたばかり。そこに新たなる英雄騎士の到来ともれば、私共としては心強きことこの上ない」

「貴方がたほどの騎士様が警護してるといえば、魔獣のごとき⋯⋯いやさ、あの【舐めずる影】とて恐れをなして一目散に逃げ出すでしょうな!」

「左様、左様」

「ひひひ、裸足で回れ右さね」


「──【舐めずる影】だと?」


 舐めずる影って。

 なにそのじっとりとした不穏な響き。


「たいちょー知ってんの?」

「うむ。近年、巷を騒がせ続けている有名な辻斬りだ。騎士団のブラックリストに入ってる賞金首でもある」

「つ、辻斬りですか⋯⋯」

「名前は僕も聞いたことがある。あまり詳しくは知らないけど、相当に腕が立つ輩らしい」

(賞金首か⋯⋯ロマンだなぁ⋯⋯)

《えー、浪漫って。むしろ騎士とかと対極じゃない?》

(いやいや、ハードボイルド系な作品だと結構定番じゃん。襲い来る賞金稼ぎ達を、ちぎっては投げちぎっては投げ、みたいな)

《はぁ。まーたマスターの悪い病気が》


 凶悪には呆れられてるけど、実際硬派な物語じゃ王道なんだよな。悪の政府だかに反発するレジスタンスものとか、ダークヒーロー系の創作物じゃあ、主人公が賞金首って設定も珍しくないし。

 そういうのもかっこいいよな。俺の好む王道じゃあないけども。


(【舐めずる影】か⋯⋯通り名はちょっとアレだけど、会ってみたいな)


 なんて風に、ああだこうだと胸を熱くさせていれば⋯⋯ふと、シドウ隊長がある一点をじいっと見据えていた。


「ところで一つ、不躾ぶしつけながらも尋ねてよろしいか?」

「ええ、ええ。なんなりと」

「ふむ。あの奥の部屋は一体なんなのだろうか? やたらと施錠がされているが」


 なんだろうと隊長の促す方を向いてみれば、不躾だって前置きをしつつも尋ねた理由がひと目でわかった。

 目線の先には、一枚の扉。ただし、その扉には複数の錠前やらかんぬきやらでガッチガチに固められていた。 


「⋯⋯ああ。あちらの部屋は『保管室』ですよ」

「保管室?」

「ええ、ええ。ジオーサの町内政策に使われた予算帳簿や町民の戸籍情報などなど、貴重なものを保管している⋯⋯ただそれだけの部屋ですぞ」

「ほう。防犯意識が高いようでなによりだ」

「少しばかり過剰な心配に映るやもしれませぬが、しかしこの町の長としてはこれくらいの意識は、ええ、はい」

(防犯意識ってレベルかこれ⋯⋯もう金庫室って感じだけど)


 いや、戸籍情報とかも充分大事っちゃ大事だけどさ。

 あれ絶対開けるの面倒臭いっしょ。白魔術の『施錠』を使っても、ちょっと手間取りそうだし。

 試しに住民情報見せて、とか言ってみようかな。いややっぱ止めとこう。審問会の人達の笑顔の圧がヤバいことになりそうだし。


(顔に似合わず心配症なんだなあ、ハボックさん)

《心配症ねぇ⋯⋯ボクはちょっと怪しいと思うけどなー?》

(怪しいってなんだよ)

《えー。だってさぁ、あんなにまでガッチガチにするなんて、よっぽど見られたくない秘密でもあるんだって思わない?》

(そりゃ帳簿とか戸籍情報とかはあんまり見せるもんでもないし)

《いやいやそんなんじゃなくって⋯⋯あっ。じゃあさじゃあさっ、今度こっそり入ってみる? マスターの白魔術が珍しく活躍するかもよー?》

(珍しくは余計だっての。てかそんなことしたら俺が小隊にとっ捕まるじゃん)

《なんだよもー。バレなきゃセーフでしょー!》

(バレたら一貫の終わりでしょーよ!)


 よっぽど悪いことしたいんだろう。

 脳内で子供見たくやいのやいのと騒ぎ立てる凶悪から、逃れるように俺は視線を逸らした。


(⋯⋯見られたくない秘密、ねえ)


 窓の外、夜の帳がそろそろ降りてくる。

 もしかしたら、近い日に雨でも来そうな空模様。

 宝石の煌めきでも隠れてしまいそうなくらい、どっぷりとした暗雲が。

 茜に染まる空色を、じわじわと呑み込んでいた。



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