090 想い出は遠くの日々


 とある有名なスポーツ大学のヘッドコーチの名言がある。


『例えどんなに優れた選手であっても、敗けたことがない者など居ない。

 だがその中でも一流の選手は、自分のそれまでの努力に報いようと、すみやかに立ち上がろうと努める。

 並の選手は、立ち上がるのが少しばかり遅い。

 けれど敗者とは。いつまでもフィールドに横たわったままなのだ』

  

 そう、つまりこの名言を今の俺に当てはめるならば。

 いかにあの性悪女優の言葉に打ちのめされようとも。

 屈辱に塗れようとも。

 最終的に立ち直れば、それすなわち。

 俺の勝ちなのである。



「改めてお前らに言っておく。

 俺はヒイロだ。アスガルダムの騎士、ヒイロ・メリファーだ」

「は、はい」

「うんうん」

「確かに俺は華のねえ悪人面かも知れねえ。華々しい芸能の世界と比べれば、見向きもされねえ石っころなのかも知れねえ。

 だが──この俺の胸に灯る火は!熱く燃えたぎる志はッ!

 どんな夜闇でさえ花開く、気高いもんだと誇って言えらァ!」

「ひ、ヒイロくん。その意気です!」

「いいよーヒイロン!しまっていこー!」

「おう、そうとも。俺は偉い。そんでもってあの性悪に言われっぱなしで終わる男じゃねえ!テメェらもそう思うだろ猫姉妹!」

「は、はい!思いますっ!」

「ようし高まって来た!いいぞテメェら!もっとだ!もっと褒めろ!」

「えっ。は、はい!え、えと⋯⋯ヒイロくんは凄い!」

「ヒイロンはすごーい!」

「まだまだァ!」

「ひ、ヒイロくんはかっこいい!」

「ヒイロン仕上がってるよー!」

「もっともっとォ!」

「ヒイロくんはリッパ!ヒイロくんバンザイ!」

「ヒイロンさいこー!パワーー!!」

「よおーしよしよし!みなぎってきたぜええええ!」

「いえええーい!!!なんか良くわかんないけどおもしろーい!いっええーーい!」

「⋯⋯うう、さ、流石にちょっと恥ずかしいよぉ⋯⋯」





「ねえ。なによあれ」

「僕に聞くな。ちょっと今、他人のふりで忙しい」

「⋯⋯痛恨の馬鹿共めが⋯⋯」



 こうしてネシャーナシスターズが結成した「ヒイロを応援し隊」からの熱い激励により、俺は見事立ち直った。

 なおこの隊はシドウ隊長の怒りの拳骨と共に、即日解散とされたのだった。

 鉄拳制裁されたのは、主に俺だけど。






「さて、総員傾注。これより今回の護衛任務にあたっての情報整理と行動を提示する。各々、聞き逃しのないように」


 さて、ところ代わり俺達は劇場から広場へ。

 俺の劇的な復活を見計らってか、シドウ隊長は普段の厳粛な雰囲気を発しながら、直立する隊員達を見渡した。


「まず初めに、此度の護衛任務は要人警護ではなく、町全体の警備となることは貴様らにも理解出来よう。依頼自体は劇団からの申請だが、別段彼らが何かしらの脅威にさらされている訳でもない。想定される敵性はもっぱら、外から来る魔獣や盗賊団であろう。差し当たって、我らがすべき業務は⋯⋯ベイティガン、述べてみよ」

「⋯⋯基本は町内の警邏。町の出入口の警備でしょうか。ハボック町長の話では、この町は北と南に小さな門があり、それ以外は外壁で塞がれているようですし」

「うむ。加えて周辺の警邏も必要だな。神出鬼没の魔獣が町へと近付くのを、未然に防ぐことも肝要である。門の警備に関してはジオーサ側にも門番役がいるので多少は任せても良いだろうが」

「へえ。任せっきりって訳じゃないのね」

「首都から離れた地にある町村は、自警の意識が高いものだからな」

「じゃあ、門番は町の方々にお任せするってことですか?」

「全てではないがな。ある程度は我らも門番を務める事になるだろう」

「うへえ。ウチ、じーっとしてるの苦手だなぁ」

「⋯⋯」


 ぶっちゃけ俺も苦手だ、とは言わない。シドウ隊長に睨まれたくないし。けど思ったより護衛任務の要点は分かりやすいな。ようは主に町の中と外をパトロールするのがメインって事だろう。


「ともかくだ。ドルド劇団長からうかがった話によれば、公演日は明後日の午後からとなる。各隊員、くれぐれもぬかりのないように」

「うーん。門番に警邏かぁ。なーんか地味だなぁ。これなら普段の討伐任務のが刺激的だしー」

「ね、姉さん」


 うん。シャム。ぶっちゃけ俺もそれは思った。でも言わない。 

 だってほら、シドウ隊長の隻眼がそれはもう恐いくらいに吊り上がってるし。


「ふむ、刺激か。ではシャム・ネシャーナよ。貴様は主に私と任務にあたって貰うとしようか。任務中に少しでも気がゆるんだら⋯⋯お望みの刺激をくれてやるとしよう」

「ふにゃっ!?」


 あーあ、言わんこっちゃない。

 隊長からの無情な宣告に、がっくりと膝をつくシャム。可哀想だし、後で俺とリャムで「シャムを励まし隊」でも結成してやるか。


(演劇か。どんな演目やるんだろうな)


 ちらっと視線を逸らせば、そこには黒い幕で覆われた劇場のテントがある。

 あの中では本番に向けての余念を無くすため、リハーサルが行われているのだろう。


(あの人も、張り切ってんのかね)


 思い浮かぶのはやっぱり女優のローズだ。

 ずいぶんキツい言われ方をしたもんだけど、あれも第一線で活躍する役者としてのプライドが許さなかったのかも知れない。そう思えば、言い負かされた悔しさも薄れていく気がした。


「確かに護衛任務とは、討伐任務に比べいささか受動的ではあろう。だが任務である以上、決して気を抜いて良いものではない。各員、それを肝に命じよ。特に⋯⋯ヒイロ」

「あ?俺か?」

「貴様に決まっておろう。良いか。再びドルド劇団長から勧誘されようとも、その時は。分かっているな?」

「⋯⋯フン、言われるまでもねえよ。ちゃんと断る。これで良いんだろ」

「うむ。ならば良し」


 釘を刺してるつもりなんだろう。じっとりと睨めつける隊長の視線は、口ぶりとは裏腹にちっとも緩められる気配がない。

 けど、これはシドウ隊長の懸念は取り越し苦労ってやつだ。

 また劇団長が俺を誘ったとしても──いや。

 

(⋯⋯"最初っから"そんなつもり、無かったしなぁ)

《ふーん。それって最初からあの劇団長の誘い断るつもりだったってこと? 意外だねえ》

(まあな。でもそんなに意外か?)

《そりゃあね。マスターっていえば馬鹿がつくほどの目立ちたがりだしい。あ、それとも男の子の強がりってやつー?》

(⋯⋯いんや。割と本心で平気だけど)


 目立ちたがりってのは今更否定出来ないけど。

 嘘偽りない本心だった。

 ローズが言うような負け惜しみでもない。

 むしろ、そっちの方がまだ良かったのかもしれない。



(凶悪⋯⋯言っとくけどさ。

 自分以外の誰かを演じるって、そんな簡単なことじゃないんだよ)

《⋯⋯え?》






『はい、誕生日プレゼント。

 ははは、びっくりしたかい。ほおら、開けてごらん。

 どうだい?欲しかったゲームだろう?

 おばあちゃん、ちゃあんと覚えていたんだから。

 ねえ、それで合ってるだろう?

 合ってるよねえ。


 【 】ちゃん?』





 カタンッ、と。

 古びたシーリングライトの紐糸を引っ張るように。

 目の奥の神経を、さびついた思い出が刻んでいる。

 じわりと膿んだ様な理由痛みが、まだ俺の中で燻っている証だった。





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