089 テクニカル・ノックアウト
さながら通り魔にあったような衝撃だった。
「は⋯⋯?」
急に現れて急に舞台に上がれとか。口ぶりからしてこの人、劇団長だよな。え。つまり。俺に劇に参加しろってこと?
いやいや。ちょ、ちょっと突然過ぎて頭ん中真っ白だわ。
「へえ。まさかいきなり劇団長に目をつけられるとは、ラッキーなボーイが居たもんだな。ヘイ、我らがドルド劇団長。一体彼のどこに惹かれたんだい」
「決まってるだろう。顔だ」
「⋯⋯ハハ、劇団長はいつだってそうだ。言葉手短に要求をおっしゃる。俺達キャストはいつだって振り回されるんだから困ったもんだ。なあローズ。キミもそう思わないか?」
「⋯⋯珍しく貴方と同意見ね、マーカス。劇団長の思いつきにも困ったものだわ」
衝撃のあまり動けない俺達の代わりに前へと出たのは、三人組の残り二人だった。
胸元をはだけさせたピンクのシャツが妙に似合ってる金髪イケメンと、ラメ入りのドレスが艶っぽい紅い長髪の女性。
それこそ腕組んでレッドカーペットを歩いてそうな美男美女に顔を出されて、ざわついたのはクオリオだった。
「ま、まま、マーカス・ミリオとローズ・カーマイン⋯⋯ほ、本物だぁ」
「なに興奮してんだクオリオ」
「興奮するに決まってるだろう!ワーグナー劇団の二枚看板だぞ!設立当初から看板として活躍し、
「お、おう」
どうしよう。いつものクオっちじゃない。
舞い上がり過ぎてバグってますやん。ファン丸出しじゃないか。見ろよ。お前の勢いに小隊のみんなも、二枚看板さんも若干引いてるぞ。
思わぬ熱狂ぶりに空気が塗り替わって、クオリオもようやく気付いたんだろう。慌てて咳払いしてそっぽを向くけど、もう手遅れ。
シャムのニヤニヤした視線に、クオリオは心底居心地悪そうに背中を丸めていた。
「熱狂的なボーイのおかげで自己紹介の手間が省けたな。よろしく、ナイトの諸君。俺のことはプリンスでもマーカスでも、好きに呼んでくれ。出来れば愛を込めて」
「ローズよ。生憎だけれど、どうでもいい連中からの愛なんていらないから、お仕事に励んでくれれば結構」
「おいおい冷たいな。せっかく噂の英雄騎士殿らも呼んで貰ったってのに」
「英雄騎士、ね⋯⋯」
ハボック町長もそうだったけど、俺達がコルギ村の困難を解決したって事は劇団の人達も知ってるのか。
いや、ひょっとしたら劇団側が町長に教えたのかもしれない。そもそも護衛を依頼したのも劇団らしいし。
それにしては、マーカスと比べてローズの態度は冷たかった。お世辞にも友好的とは言えない。
その証に俺を値踏みするように凝視しては、不機嫌そう鼻を鳴らす始末だった。
「アッシュ・ヴァルキュリアの方は噂通り、箔に劣らない存在感に美貌。けれど貴方のほうは想像以下。まるで騎士らしさが無いじゃない。そこいらのゴロツキって風情だけど」
「あァ? なんだテメェ。喧嘩売ってんのかこら」
「まさか。争いって同程度同士でしか起こらないものよ? 身の程とは弁えるものだわ」
「こ、このアマァ⋯⋯!」
《わお。女優さんってば言うねえ。バチバチだー》
えー。なに。なんなのこの女。
こんなにも喧嘩腰なの、シュラかルズレーくらいだぞ。
さてはあれか、俺が劇団長に指名されたのが気に入らないって感じか。うん。ぶっちゃけ気持ちは分からんでもない。
けど言われっぱなしで済ませるほど、俺は我慢強くなかった。
「ハッ。さっきの話を聞いてなかったのかよ。俺はテメェんとこの劇団長にご指名貰った男だ。だってのに随分と好き勝手言えたもんだなオイ」
そう。俺はいわばこの劇団のトップからちょっとしたスカウトを受けた立場だ。つまり俺の第一印象を批判するって事は、トップの眼を疑うってことと同義。
ぐふふ、どうよ。これにはぐうの音も出まい。
我ながら完璧な反論を言えたもんだとほくそ笑む俺だった──が、しかし。
「ご指名ねえ⋯⋯舞い上がっちゃって。貴方、勘違いしてるわ」
「あァ?勘違いだと?」
返って来たのは、超絶ヘビーなカウンターだった。
「ええ。だって劇団長がやらせようとしているのって⋯⋯『悪徳貴族の取り巻き役』だもの」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯えっ」
(えっ)
《ぶはっ》
えっ。なんですと。悪徳貴族の、取り巻き?
おう。おおう。あの僕、一応この物語の主人公なはずですけど。
「悪徳貴族の、取り巻き?」
「あー。そうだぜボーイ。キャストはいるんだが、ガタイは良くてもいまいち優男な風貌でな、劇団長はそこが不満だったらしくてな。そこでボーイの⋯⋯」
「顔だ」
「⋯⋯まあ、そういう意味でお眼鏡に叶ったって訳さ」
「なん、だと⋯⋯ち、ちなみに台詞量は?」
「三行よ」
「は?」
「ぶふっ」
「ぐ、ぷふゅぃっ」
《ぷひひっ、三行!たった三行って!うあははははっ!!》
(わ、笑うなァァァ!!!)
おい。いやおい。三行ってなんだよ。もはやモブと変わらないじゃん。
あのー!主人公っすよね自分!
そこは主役に大抜擢とかであれよ!何にビビッと来たってんだよ劇団長さんは!嘘だと言ってよルズレー!
ちくしょう。なにが腹立つってこっそりツボってるシュラとシャムが腹立つ。クオリオもニヤニヤすんなっ。オロオロしながら俺を気遣うリャムの爪垢飲ませたろか!
「ぐ、ぐぬぬ、ぐぬぬぬぬぅ⋯⋯!」
「あら、とっても良い顔ね。本当は素人を舞台に上げるのなんて反対だったけれど、そのやられ役っぷりはお見事。劇団長の推薦、私も賛成しちゃおうかしら」
「てっ、テメェェェェ⋯⋯ッッ」
《うひゃあ、緩めないねえ。この女優さんとは仲良く出来そう。あはは》
ここぞとばかりに叩き込むローズの、なんと憎らしいことか。
まさに悪女然とした笑みは皮肉なほどに美しく、名前に恥じない薔薇の棘っぷり。ツンツンってレベルじゃねえ。
「あ、生憎だが、俺は騎士として此処に来てんだ⋯⋯せ、せっかくの申し出だが、お断りさせてもらうぜ」
「あらそう、残念」
「ぐっ、このアマァ」
ちっとも残念そうでもないくせっ。
くそう、いかん。このままじゃ負ける。
けど折れるな俺。ここで言い返せねば俺が廃る。大丈夫俺は主人公いけるいける!
そう意気込みながら、俺は圧倒的劣勢を覆すべくビシッとローズを指差して、挽回の宣誓を叩き込んだ。
「──良く聞きやがれ性悪女ァ!
俺はヒイロ、ヒイロ・メリファー! やがてテメェなんぞ目じゃねえくらいの高みに至るべき男だ! だから端役なんぞこっちからお断りよォ!
いいかっ!俺様になにかを演じて欲しいなら、主人公役くらい持って来やがれえ!」
言ってやった。ビシッと。
言ってやったつもりなんですよ。
けど、悪女はまるで気圧された様子もなく。
むしろ咲き誇る薔薇のように、にっこりと微笑んで。
「それ、言うなら劇団長にじゃないかしら?」
「⋯⋯⋯⋯おっしゃる通りだちくしょうがァァ!!!」
返しのマジレスパンチに、負け犬の咆哮が虚しく響き渡るのだった。
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