083 リャム、春はまだ半ば

「⋯⋯美味かったぜ。やるじゃねえか。テメェの姉貴がちと羨ましいぐらいだ」

「え。あ⋯⋯ふふ。はいっ、おそまつさまでした」


 振る舞われた料理は、やるなんてもんじゃなかった。

 マジで美味かった。腹に入ればなんでもってくらい雑食な俺だけど、これを毎日食べられる奴は幸せだろう。

 シャムの普段が人生楽しそう感出てるのも納得である。


「なんというか、少し不思議です」

「あン?なにがだ」

「その、姉さん以外にご飯を食べてもらうことなんて無かったから。ホッとしたというか⋯⋯美味しいって言われると、こんなに嬉しいものなんですね」


 ふにゃっとはにかんで、リャムは胸を撫で下ろす。

 嬉しい、か。確かに俺も、捌いた刺し身をじいちゃんばあちゃんに褒められた時はかなり嬉しかったっけ。

 先立ったばあちゃんを追いかけるようにじいちゃんが肺癌を患った時、もう一度食べたいと言われたとも言われた。結局、食べられるほどに快復してくれる事はなかったけれど。

 懐かしい記憶だ。まさか違う空の下で、こうして思い出せる機会に恵まれるとは。人生って分からないもんだな。


「テメェほどの器量なら、招いたって誰も嫌な顔しねえだろ」

「え。あ、ありがとうございます。でも私、やっぱり姉さんみたいに人付き合いも上手く出来なくって⋯⋯」

「あァ?あいつ、人付き合い上手いのか?常ににゃーにゃーうるせえし振り回しやがるしで、下手に見えるがな」

「あはは⋯⋯でも、姉さんが居るだけで明るい気持ちになれますし、意外と細かい気配りとかも出来てて。私より全然、姉さんは凄いんです」


 儚く微笑みながら、リャムはグラスを小指の爪先でひっかいた。それこそ不思議だよな。リャムみたいな見た目も性格も良い子なんて、普通に友達沢山居そうなもんなのに。

 どちらかといえば、リャム自身が周りから一歩距離を置いてる感じがする。踏み込めない性格っていうなら、それまでなのかも知れないけど。


(うーん。ちょっと気まずい)

《話題選び失敗しちゃったねえ、マスター?》

(うぐ。くそう、こういう時のトークスキルは流石に自信ない⋯⋯)


 気まずい沈黙が降りる。

 しかし、ここで黙っていては主人公の名折れである。美味しいご飯出して貰った手前、なんとか良い感じに話題を変えねば。

 とはいえぶっちゃけ軽快なトーク術なんて会得してない俺からすれば、辿り着く会話カードはやっぱり種類が少なくて。


「ン、ンンッ。あー畜生。飯が美味すぎた。あんな美味いもんだして貰っちまったら、こっちは引っ込みがつかねえぞ。おいリャム、どうしてくれんだ」

「へ?え、あの、ご、ごめん、なさい?」

「バカ、そこでテメェが謝って⋯⋯いや待て。おうそうだ。美味過ぎたのが悪い。お陰で俺も黙って引き下がれなくなった。つまり分かるな?分かるだろうなァおい」

「え?え?⋯⋯分か、る?ええと、ごめんなさい。なんのことだか⋯⋯」

「なんのことかだ?決まってンだろ。

 ラスト願い事チャンスだ!」


 俺が選んだのは、三度目の正直チャレンジだった。


「ふぁ。ま、またですか!?」

「なんだこら嫌だってのか、あァン!?」

「い、いやじゃあ、ないですけど⋯⋯」

《Oh⋯⋯これは酷いゴリ押し⋯⋯》

(しょ、しょうがないだろなんも思い付かなかったんだからっ)


 我ながらとことんパワープレイしてると思うよ。

 けど買い物の付き添いとご馳走されただけじゃ、あの時の御礼が出来たとも思えんし。ランプの魔神のお願いストックも三度までって事で、仏さんだって見逃してくれるだろう。


「ようし。ラストこそ叶え甲斐のあるやつ頼むぜ。遠慮はなしだ。テメェの欲望をさらけ出しちまえ」

「よ、欲望⋯⋯欲望⋯⋯うううん」


 リャムみたいなタイプには難しい要求かもしれないが、こっちももう引っ込みが付かない。

 それこそランプの魔神みたく腕組み仁王立ちしながら、待つこと一分間。頬をふんわりと桜色に染めながら、リャムが上目遣いに俺を見上げた。


「欲望、とはちょっと違うんですけど」

「なんだ。言ってみろ」

「その、たまにお姉ちゃんみたいになりたいなぁって思うんです」

「⋯⋯姉みてえに、だと?」

「は、はい。駄目でしょうか」

「⋯⋯お、男に二言はねえ。ちと待ってろ」


 シャムみたいになりたい。それがリャムの願いとは。

 しかし、シャムみたいにと来たかぁ。見た目的な意味じゃないだろうし、うーん。


《これはなかなか難問が来ちゃったねえ。さあさあ、応えなきゃ男が廃るよー》

(あ、煽るなって。任せろ、すぐに俺が名案を⋯⋯⋯⋯閃いた!)


 いや待てそうか。「シャムみたいに」じゃない。

 リャムが行ったのは「お姉ちゃんみたい」になりたい、だ。 

 よくよく思い出せばリャムはちょくちょく子供扱いを嫌がってた節がある。逆にいえばお姉さん扱いがされた事がないのだ。

 答えは見えた。ならば後は突き進むのみ。


「ククク、なるほどな。つまり姉みてえに年上ぶりてえって訳だな?」

「へ?」

「楽勝だ。楽勝すぎんぜ。良いだろう。だったらテメェには特別に、俺を『ヒイロくん』と呼ぶ権利をくれてやろう」

「⋯⋯ふあ!?」

「さん付けすっから年下の枠に収まんだ。もっと生意気に行け。なんだったら呼び捨てでも良いぜ」

「え、ええええ、そ、それは、ちょっと⋯⋯」


 ふ。やっぱり遠慮するよな。しかしここは譲れん。


「呼んでみろ」

「ででででも」

「呼ぶだけだ」

「でですけど」

「呼べ」

「ふぁ。はいぃ」


 やっと聞き出せたリャムの願いっぽい願いだ。

 男に二言は無いと言ったし、なにがなんでも押し通す。

 若干涙目になりつつも俺の頑固さを悟ったのか、黙り込み、モジモジとしつつ、口を開いては閉じて。


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯ヒイロ、くん」


 桜の花弁のような唇が、一度キュッと結ばれたあとに⋯⋯満を持して花開いた。


「おう。やりゃ出来るじゃねえか」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

「あァ?なに黙り込んでんだよ」

「なんか、背徳感みたいなのが、すごくて、ふぁい」

「⋯⋯???」


 え。背徳感ってなに。

 まるで熱に浮かされたみたいに身悶えてるし。一体リャムはどうしちまったんだよ。

 けど分かる。多分これ、俺またミスったパターンだ。

 だってもう今頭痛がすんごいし。凶悪さんからの叱咤的な意味で。


《マスター》

(はい)

《年下の女の子をいかがわしくさせるのが、マスターのツボなの?》

(いやいやとんでもござらん。拙者はただ真剣にリャムの願いを叶えたまでで)

《真面目に》

(はい。ごめんなさいでした)



 なお、凶悪さんから散々な言われようをされた後。

 ようやく我に帰ったリャムさんはどうやらこの呼び方がまんざらでもなかったらしく、以降リャムからは「ヒイロくん」呼びが固定された。

 またその際に、シュラにとんでもなく冷めた目で見られた事を、ここに追記しておく。


 うん。ほんとどうしてこうなった。












◆ ◆ ◆ 




 しかしその晩のこと。

 とうにヒイロが去り、シュラと買い物を楽しんだシャムがぐうすかと寝台にて寝息を立てている最中。

 一人テーブルに向かい合い、一通の手紙をしたため終わった春の少女は、椅子に背を預けて呟いた。


「願いごと、かぁ⋯⋯」


 脳裏に浮かべるのは、口振りだけが粗暴な男のこと。

 強引で無茶苦茶で無軌道で、けれど自分の為になにかをしようと必死になってくれたヒイロ・メリファー。

 無愛想かと思えば端々に不思議な愛嬌があって、そこに気付くたびに心が絡め取られる感じがして。

 その方向性は空回りが多かったものの、彼の思い遣りはリャムにしっかりと届いていた。


「もしもあの時⋯⋯本当のことが言えたなら」


 自分なんかの為に、こんなにも頑張ってくれる人。

 背が高くて手の大きな、淡い香りのする異性。

 だからこそ、つい思ってしまう。


「たすけて、って。言ってたら。ヒイロくんは⋯⋯」


 もしもあの大きくて暖かい掌に。

 自分のこの手を伸ばしたら。

 躊躇ためらうことなくあの人は。

 掴み取ってくれるのだろうか。


「⋯⋯ううん。そんなの、駄目だよね」


 想いはまだ、思うだけ。

 ぼんやり灯るランプの小火にかざし、溶かした蝋印で手紙に封蝋したリャムは、儚く微笑む。


 小さな指先がなぞった封蝋には、リャムが元々に籍を置いていたラーズグリーズの紋章が描かれていた。












 まだ道なかば、春なかば。

 半ばで半端な腕は、救いを求めるにはまだ伸ばしきれない。


 けれど少しずつ、彼女の心に変化は訪れていた。

 季節が変わるように。変わらぬものなどないように。

 『灼炎のシュラ』においては『シャム・ネシャーナ』と殺し合いの末に、相討ちとなった少女の未来も、今。


 背高い赤毛の存在により、変わろうとし始めていた。



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