082 リャム、大胆になる
「どどどどうしようつい誘っちゃったけどよく考えたら姉さん以外にお料理振る舞ったことないよどうしよやっちゃったよたすけてモクモン」
〘モクモ。モクッモク。モッモックー⋯⋯〙
「深呼吸?う、うん。まずは落ち着かないとね。うん。ひ、ひ、ふー⋯⋯ねえモクモン、これなんか違う感じがするけど」
〘モクッ!?〙
(こっちの世界にもラマーズ法あんのかい)
《らまぁず?》
(あ、凶悪は流石に知らないか。悪い)
《⋯⋯マスターに知識で負けただと?し、死にたい⋯⋯》
雨雲の気配もないのんびりしたお昼時。にも関わらず、あっちもこっちもてんやわんやであった。何故だよ。
どうもご機嫌よう主人公です。なんでもしたげるセカンドチャンスを与えたら、何故かリャムの部屋に呼ばれ、料理を振る舞われる事になり申した。
いや逆だろ。なんで俺がされる側なの。
「おい、大丈夫か」
「おかまいなくっ!ど、どうぞごゆっくり!」
「お、おう」
全然大丈夫そうじゃないんだけど。とはいえ余計パニックになられても困るし、とりあえず椅子に座りながらも静観する事にした。
かくいう俺も多少緊張してたし。なんせ女の子の家に招かれるなんて初体験だ。見渡してみる寮部屋の中は、小物やらカーペットやらテーブル掛けやら、些細な部分まで異性を感じさせる柔らかい雰囲気だった。
「と、とりあえず一品目⋯⋯よ、よし、せっかくだし得意の魚料理で⋯⋯ああっ、魚屋さんにさばいて貰うの忘れてたぁ!」
〘モクモ、モク!〙
「うう、言わないで。ちょっと緊張してたの。こ、こうなったら私がさばいてみるしか⋯⋯」
〘モクッ?!モ、モクッ〙
「だ、大丈夫、多分。やり方は覚えてるし⋯⋯せっかくなんだから、いいとこ見せないとだし⋯⋯」
〘モクー⋯⋯〙
あのー。これリャムさんテンパってませんかね。
調理台の前でワタワタしてるんですが。ごゆっくりと言われたけど、ここは様子見た方が良いかも知れん。
「い、いきますっ」
〘モククッ〙
意を決したように包丁片手に、まな板の魚に挑まんとする少女。けど魚をさばいたことないせいか、手がプルプルと緊張で震えてる。うん、これ覗いて正解だったわ。
「待ちな」
「うひゃい!?え、あの、ヒイロさん?」
「挑戦心はかってやるが、その手つきじゃ怪我すんのがオチだ。大人しく諦めろ」
「う。で、ですけど、うっかり買っちゃったのは私ですし⋯⋯お魚屋さんに持っていくまで待って貰うのも申し訳なくって」
どうにも引っ込みがつかなくなってたらしい。別に待つくらい良いんだけど、それすら申し訳ないと感じる辺り、肝が小さいというか優し過ぎるというか。
けどリャムは運が良い。
「ククク。生憎待つ必要なんざねえのさ」
「え?それって、どういう⋯⋯あっ」
小さな手から包丁を譲り受け、まな板の魚をジッと見下ろす。
異世界だけあって見たことない種類だけど、そんなに変わらないっぽいな。イケる。
「俺がやる」
ってわけで、ここは俺の数少ない特技を一つ披露するとしましょうか。
◆
思えばかなり久しぶりだった。
台所に立つのも、包丁を握るのも。世界すら違うのに、遠い昔に嗅いだ畳の匂いが蘇る。
「聞くが。コイツでなに作るつもりなんだ?」
「え、えっと。ソテーにしようかと」
「ン。なら三枚におろせば良いんだな」
「は、はい」
ザッと聞いた感じ、捌き方も使う部位も現世の魚とほとんど変わりないらしい。頭を落として鱗を剥いで、臓器を取って、と。何年ぶりってくらいだけど、案外こういう技術は錆びつかないもんだな。
「す、すごくお上手ですね。ひょっとしてヒイロさんも普段お料理するんです?」
「しねえよ。だがまあ、ガキん頃に引き取られた家が港町でな。手伝いで良く⋯⋯⋯⋯っと悪い。今のはナシだ」
「へ?ええっと⋯⋯」
「つまりだ。俺ァさばくのは得意だが、味付けやら加熱具合やらはからっきしだ。そっちには期待出来ねえから、テメェに任すぞ」
「ふぁ!はい!ま、任せてくださいっ」
危ない危ない。ついポロッと『前世』についての話をするところだった。なんとか誤魔化せて良かった。
今ここに居るのは麓の村ヘルメル出身のヒイロ・メリファーであって、熱海憧じゃない。あの火災で両親を亡くした俺が、祖父母に引き取られたって話、する訳にもいかないしな。
《マスターってさ》
(ん?)
《前から思ってたけど不思議だよね。いや不自然って言うべきかな?ヒーローだとか良く分からない言葉知ってるし。結構隠し事してない?》
(⋯⋯あー。まあ、そこはほら、秘密が多いのは良い男の証ってやつで)
《うわ、前にそれで誤魔化したボクへの当てつけ?性格わるぅい》
(人聞き悪っ。しょうがないだろ、俺にだって色々あんの)
《むー》
不服そうに唸る凶悪だけども、ほんとに色々あるからさぁ。
現状を一から説明するとなると流石に長くなるし。あるヒーローに火災事故から助けられて、家族で唯一生き残って。そっからじいちゃん家に引き取られて⋯⋯と、軽くなぞるだけでも山積みだ。
そもそも女神様のミスで一回死んでんだよね、とか言ったらどんな反応するんだろ。
「⋯⋯」
「おい。なに人の手をジッと見てやがんだ」
「ふぁ。あ、ええと、私と比べて大きいなぁと思いまして。気が散りましたよね、すいません」
ちょっとした懐旧に浸っていれば、なにやらリャムが包丁を握る俺の手を凝視していた。大きいなぁって、そりゃ俺とリャムみたいな小柄な女の子とじゃあなぁ。
「俺がデケえってより、テメェが小さいんだろ。倍ぐらいは差があんぞ?」
「さ、流石にそこまでちっちゃくないですよっ」
「ククク、どうだかなぁ」
「測ってみればわかることですっ。ほら!」
言い方が良くなかったのか、珍しくムキになったリャムがピトッと俺の手の上に掌を重ねる。仮にも包丁握ってるんだから気を付けて欲しいんだけど。
こういうとこは、案外リャムも見た目相応なんだよなぁ。
「⋯⋯あー。確かに倍は言い過ぎたかもな」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯そ、そそ、そうですね」
「あン?なに急に黙り込んでやがる」
「ふぁ!おかまいなくぅ!」
「お、おう」
いや構うわ。急に真っ赤になられたら、何かあったのかと思うじゃん。でもこれはアレだな、自分でも子供っぽいことしてしまったっていう意味での赤面だろうな。
(思春期ってやつだねえ)
《合ってるけど間違ってるよ、お馬鹿マスター》
(えっ?)
なんでそこで溜め息をつかれるのか。
どういう意味だって聞こうにも、これみよがしに《色々あるんだよ》と意趣返しされる俺であった。
.
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます