081 リャム、少し相談する

 人の趣味とはいわば人それぞれである。

 クオリオは読書で、俺は鍛錬。シュラは分からないけど、シャムは食べ歩きなんだとか。そして今、欧都南区の市場通りにて俺の隣を歩くリャムの趣味は「料理」らしい。


「あ。この根菜、良いですね。美味そうです」

「見ただけで分かンのか?」

「はい。ここ、根っこが長くて多いじゃないですか。たくさん大地の栄養吸ってる証なんですよ」

「ほう。詳しいな。さては食材選びの達人かテメェ」

「そ、そんな大袈裟な⋯⋯」


 麻籠あさかごを二の腕に引っ提げて食品を眺めながら、少し照れくさそうにはにかむリャムだった。

 うーん、健気で物静かな美少女の趣味が料理。これまたなんともベタな。良いけどね、嫌いじゃないし、むしろ好き。


「つっても寮で飯は出んだろ。毎度自炊してんのか?」

「毎度って訳でもないんですよ。忙しい時とかは寮食で済ませることもありますけど、その、姉さんって好き嫌いが多くて」

「偏食家のアホの為に作ってやってんのか。ハッ、面倒見が良くて健気なヤツだ」

「ふぁ。あ、ありがとうございます」


 シャムが偏食家だったとは。うん、全然違和感ねーや。なんか苦味のある野菜とか超苦手そうだし。

 そんな姉の為にご飯作ってあげるとか、つくづくええ子やないかい。


「ヒイロさんは、こういう場所にはあまり来られないんです?」

「飯は基本、寮で出されたもんばっかりだしな。機会もねえし、そもそも俺みてえなのが食材片手にうなってみろ。周りドン引きじゃねえか?」

「え。別にそんな事⋯⋯」

「あんだろ。我ながら武器屋で剣だの槍だの物色する方がよっぽどらしいと思うぜ?」

「⋯⋯ええと」

「ククク、目ェ泳がせやがって。素直なヤツだ」


 実際、さっきからちょくちょく周りの視線が痛いし。

 パッと見て、大柄で人相悪い男と気の弱そうな美少女って組み合わせだし。いわゆる美女と野獣みたく映るんだろうか。

 おのれいモブ共め。こちとら主人公ぞ。まあ俺が逆の立場だったら、通報の二文字が過ぎっちゃうけどな!


「まァ武器屋つっても俺には自前のがあるし、わざわざ行く必要はねえがな」

「あ⋯⋯きょーあく、でしたっけ。ヒイロさんの白魔獣」

「おう。こいつがまたとんでもねェ厄介な性質たちでな。隙あらば頭ン中で喚きやがる。俺じゃなきゃ持て余す代物だっつーのによ」

「あはは。た、大変みたいですね」

《えっ、なにこの感じ。手の掛かる子供みたいなさぁ。ものすっごくボク不満》

(実際手がかかるじゃん。口の悪さ的な意味で)

《なにさ!むっかつくぅ!マスターにだけは言われたくないし!》


 よっぽど不服なのか、ビシビシと頭痛を送ってくる凶悪さんである。まあ頼りにはしてるけど、時々悪ガキムーブしたがるのも事実だし。というか俺にだけは言われたくないってなによ。


「⋯⋯ヒイロさんは、白魔獣が恐くないんですか?」

「ハッ、ちっと変わり種なくらいの魔獣なんぞにビビるかよ」

「変わり種ですか。実際、恐がってる人もすごく多いんですよ?」

「あァ?一般じゃ、白魔獣は人間に利するヤツの事を言うんだろ?ンな恐れるべきもんでもねえだろ」

「はい、そういう認識になってます。けど、白魔獣だって魔獣なんだから排除しなきゃ駄目って言う人も多くって」


 そういえばリャムが居たラーズグリーズじゃ、騎士団に鎮圧、保護された白魔獣の管理もしてるって話だったっけ。

 だとしたらその活動に異議を唱える声があったって不思議じゃない。魔獣は人類の天敵だ。被害にあった遺族達からすりゃ、あの時のシュラみたく許し難いって思うのも自然だろう。

 もしかしたらモクモンランプの所有者であるリャムも、咎められた経験があるのかもしれない。


「声が多けりゃ正義って訳でもねえだろ」

「え?」

「そいつらの主張が正しいかどうかより、テメェ自身がどう思うかだろ。あの煙が大事なら、テメェは胸張ってりゃ良い。そんだけの話だ」

「ヒイロさん⋯⋯」


 俺だって今更凶悪を手放したりするつもりなんて無いし。例え、シュラやクオリオに請われたとしてもだ。

 ちょっかい出される事は多いけど、愛着だって湧いてる。きっとリャムもそうなんだろう。目を細めて微笑むリャムは、どこか安堵したように息を吐いていた。


「まァ、捻り出した頼み事が『買い物の付き添い』な辺り、テメェにはまだ難しいだろうがな。ククク」

「⋯⋯そ、そんなことないです。私にだって出来ます」


 話の流れを変える意味合いでも、ここは本来の目的へと軌道修正するべきだろう。

 そう、そもそもこの買い物だって引っ込み思案の荒療治の産物だ。しかしやはりリャムの謙虚さは筋金入りなので、まだもう一押し二押しは欲しい所である。


「言うじゃねえか。ならサービスだ。もう一個ぐらい頼み事する権利をくれてやろう」

「ふぁ。も、もうひとつですか?」

「おう。さあバッチ来いや。吐いた唾は飲めねえぞ?」

「う、うう⋯⋯」


 困ったように眉を下げるリャムだったが、ここで手を緩めては本懐は遂げられない。

 周りの視線がちょっと強くなる中で、ようやっと願い事を決めたのか、どこか迫真めいた勢いで顔を上げたリャムだったが。


「じゃ、じゃあ⋯⋯」

「おう」

「わ⋯⋯」

「わ?」

「わ、わ⋯⋯わたしが作ったご飯、食べてください。毒見ですっ!」

「⋯⋯⋯⋯」(⋯⋯⋯⋯)

《⋯⋯⋯⋯》


 あー。

 うん。

 俺は思った。

 あの姉にこの子の爪垢煎じて飲ませるより、姉の爪垢を妹に飲ませる方が良いかもしれん、と。 



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