077 魔獣と加欠。白と黒

「そう、か。さっきの闘いぶりからして感じ取れてはいたけど、シュラは魔獣を強く憎んでいたんだね」

「⋯⋯あァ」


 歯痒い思いってのはまさにこのことか。

 あの後、シュラは去ってしまった。制止する声にも耳を貸さずに。けどその目には憎しみも拒絶も浮かんじゃいなかった。

 あいつの去り際。まるで突き放されたかの様な怯えた横顔が、目に焼き付いて離れない。


「その、ごめんなさい。私が余計なことをしなければ」

〘モクゥ⋯⋯〙

「なんでテメェらが謝んだよ。聞いたのは俺だろ」


 責任を感じてるのか、しょぼくれる一人と一煙。当然リャム達に責任なんて無い。シュラを心配して追いかけていったシャムにも。


「けど迂闊だったな。黒魔術について教える時に、確認しておくべきだった。白魔獣という存在は非常に希少とはいえ充分認知されているし、知っているものだと決めつけていた。僕としたことが⋯⋯」

「テメェのミスじゃねぇ。どこかしらから湧いて来る天敵、程度にしか思ってなかった俺のミスだ」


 結局は、俺のやらかしなんだよなぁ。

 単純に白魔獣って存在を知らなかったのもそうだし、凶悪についても主人公強化イベントの恩恵って所で思考を止めてたのが良くない。でも、まさかなぁ。

 

(まさか凶悪が白魔獣ってやつとはなぁ⋯⋯)

《いやーびっくりだよねー》

(他人事みたいに言うなよ。なんで教えてくれなかったし)

《えー。だって、ミステリアスさは良い女の子の秘訣でしょ?》

(こんにゃろうめ⋯⋯)


 なーにが良い女の子の秘訣か。鉄パイプの癖に。

 こいつめ、絶対確信犯で黙ってたろ。


「⋯⋯ん。それなら、改めて教えておくべきかな。白魔獣と、魔獣の生誕の仕組みについても」

「!」


 シュラは放っておけない。しかしなにも分かってない俺が、今のまま言葉を交わしたって響きはしないだろう。

 まずは知ることが先だ。そういう意味でも、クオリオの申し出は非常にありがたかった。


「大多数の認知上では、白魔獣とは人間に害意を持たない"魔獣"と定義されてる」

「害意?」

「ああ。例としてあげるなら、かつてこの国の初代皇帝を導いたと云われてる、四枚羽根鴉の『ギムニフ』。国旗のモチーフにもなってように、人に利益を齎す魔獣⋯⋯」

「それが『白魔獣』だってのか」


 魔獣にも色んな種族が居るのは知ってたけど、そもそも大元の分類が二つあったとは。今は指輪モードの凶悪をじいっと見つめる。


(⋯⋯利益ねえ)

《んー?なにかな、その疑ってる感じぃ。ボクはちゃーんとマスターに協力してるよねえ?》

(でもお前さん、害意チラチラ見切れてんじゃん?)

《あは。そりゃあ、ただ人のお役に立ちますぅなんてボクの柄じゃないし》


 と、いつもの凶悪節である。こいつには助けられているけども、なにかと悪い方へとそそのかそうとするし。本当に白魔獣なのかさえ疑わしいもんだ。


「そして、白魔獣は特殊能力を持っている事が多い。例えばリャムのモクモンならば魔法のランプへの収納。君のその鉄塊はさしずめ、魔術の増幅といった所じゃないか?」

「⋯⋯良く分かったな」

「誰が君の魔術を指南してると思っている。いつぞやにシュラを追って旧校舎に向かう時。ヘルスコル俊敏性強化を行使した君の速度は、明らかに普段の君では出し得ないものだったからな」

「ハッ。あん時から見抜いてやがったか」


 うへえ。まさかクオリオにバレていたとは。いやよく考えれば当たり前か。俺の白魔術は、凶悪のおかげで滅茶苦茶効果上がってんだもんな。バレない方がおかしい。

 てことは、クオリオは気付いた上で静観してたって事だろう。ひょっとしたら話してくれるの待ちだったのかも知れない。

 少し咎めるような眼鏡越しの瞳が、俺の罪悪感をグサグサと刺していた。


「さて。ここまで一般的な白魔獣の定義を説明した訳だけど⋯⋯正直、"この定義は疑うべき"だと僕は思う」

「あァ?どういうことだそりゃ」

「言葉の通りさ。何故なら過去に、白魔獣と見なされていたものが人に害を為したケースもいくつか報告されているんだ」

「マジかよ」

「はい、本当ですよ。私の居たラーズグリーズの部隊も、そういった白魔獣を確保し、害を発生させないように封印して保管したりしてますし」

「うん。だから僕は、"害すると時も、利する時もある存在"という認識が正しいと思う。人類の味方などと安易に捉えるのは危険だ」

「⋯⋯なるほどな」

《あっ、なにさ!すんごく納得した風に!》

(だってしっくりきたんだもの。便利だけど厄介でもある感じがまさにじゃん)

《むー。違うとは言わないけど、面倒くさいヤツみたいに言われてる気がして嫌!》


 あんだけ俺の脳内で食わせ者ムーブしといて、よく言うよ全く。でもクオリオの忠告は、凶悪の所持者である身としては腑に落ちるものだった。

 強い力を行使するには、相応の代償が必要、みたいな感じだし。


「以上を踏まえた上で、魔獣の生誕について君に説明する訳だけど⋯⋯どうしたものかな」

「あァ?んだよ、奥歯に衣着せた言い方しやがって。らしくねえ」

「普段はデリカシーないみたいに言うな!⋯⋯ったく。先に言っておくぞ。今から君に話すのは、近年になって持ち上がった、ある仮説に過ぎない。僕は支持しているけど、あくまで仮説だということを念頭に置いていてくれ」

「お、おう」


 よっぽどとんでもない内容なのか、念を押すクオリオの迫力に頷かざるを得ない。というかリャムまでこっそりコクコク頷いてるし。

 教鞭振るうモードのクオリオは、少し雰囲気変わるよなぁ。



「君は魔獣が死ぬ際に、身体が"黒い煙"と化す事に気付いているかい?」

「⋯⋯そういやそうだな。あんま気にした事なかったが」

「実は、あれこそが魔獣が発生する元凶なんじゃないかって言われてるんだ。現にあの煙には【加欠かげ】という呼称がついているからね」

「カゲ、ねェ⋯⋯」


 魔獣を倒した時に出る黒い煙。あれに名前までついてたのか。

 にしても加欠カゲと来たか。どうも穏やかじゃない響きだな、程度に感じた俺だったが。


「では、この加欠の正体とは何なのか。魔獣を構成する魔素。魔獣の断末魔。神に裁かれた証。討ったものへの呪い。

 様々な説が存在するけれど、僕が支持する仮説では⋯⋯こう云われている」


 その感触は正しく。

 けれども想像以上に不穏だった。





 




「加欠とは魔獣の生まれる源であり。

 加欠とは即ち──"未練"だ」



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