076 白き凶悪

〘モクモッ!〙

「も、モクモ⋯⋯」


 とりあえず挨拶は基本。身に染みた礼儀が反射的に片手を挙げさせる。けど頭はパニクっていた。

 モクモンって。煙じゃん。魔法のランプって魔神が出てくるのがお決まりじゃないの。煙なんですが。


「モクモン、箒を出して」

〘モクー!〙

「!」


 困惑する俺をよそに、リャムにお願いされたモクモンがランプの蓋に手を突っ込む。そしてポンッと軽快に音を立てて、掴み取ったのは、あの時の竹箒だった。


「ランプから取り出しやがった⋯⋯」

「あ、はい。このランプはモクモンの住処なんですけど、中が広いらしくて。色んなものを仕舞っておけるから便利なんです」

「た、確かに、魔術の種類同様、触媒も多岐に渡る。いちいち持ち歩くのも不便なのは分かるけど⋯⋯」


 白エプロンもそっから収納したって事か。つまり俺の当初の疑問も晴れた訳である。でもそれ以上の摩訶不思議が出てるんですがそれは。


「ひょっとして、このモクモンというのは『白魔獣』なのか?」

「⋯⋯はい、そうです」

「あァ?『白魔獣』だ?」

「⋯⋯うん。まさかと思うが、知らないなんてことは⋯⋯」

「そのまさかに決まってんだろ」

「⋯⋯⋯⋯胸を張れることじゃないよ、ヒイロ」


 知ってるのか、クオリオ。といいたいのに知ってて当然みたいな反応は辛い。でもしょうがないだろ、ここんとこ俺の知識は魔術やバッドステータス理解に割かれてたんだから。

 俺の脳内メモリ容量の低さを舐めるなよ。

 うん。やっぱ辛い。自分の馬鹿さが一層辛い。


「──ねえ」

「あァ?⋯⋯ッ」


 けど。

 肩越しに囁かれたシュラの低い呟きが、自虐してる場合じゃないと肌をあわ立たせた。


「しゅ、シュラ姉⋯⋯?」

「魔獣じゃない、ソイツ。なんで魔獣が此処に居るのよ」

「おいシュラ待て、待ちやがれ!」

「⋯⋯ヒイロ。そこ、どいてよ」

「なら剣の柄から手ェ離せ。どくならそれからだ」

「ちょ、ちょっと待てシュラ!ヒイロも!急にどうしたんだっ!」

「え、あ、あの、シュラさん⋯⋯?」

〘モ、モク⋯⋯?〙


 まずい。そう思って咄嗟にシュラの前に立ち塞がれば、案の定だった。シュラの紅い瞳が、憎々しげにモクモンへと向けられている。魔獣を睨み付ける時と、同じように。

 モクモンも姉妹も、クオリオも突然のシュラの行動に戸惑っていた。けどそれも仕方ない。多分シュラが魔獣を憎んでるって事を知ってるのは、この中じゃ俺しかいないんだ。


「落ち着きやがれ」

「アタシは落ち着いてるわ」

「ならどうするつもりだった」

「⋯⋯決まってるじゃない。魔獣なら、斬るだけよ」

「ソイツは白魔獣ってんだろ?良く分かんねえが、テメェの憎む魔獣とは違うんじゃねえのか」

「⋯⋯ッ!」


 白魔獣どころか、そもそも俺は魔獣ってものが一体なんなのかも良く分かってない。精々ヒトを襲う、人類の天敵って事くらいだ。

 けどリャムに庇われて震えてるモクモンってのが、いわゆる俺が戦ってきた魔獣とは同じには見えない。クオリオだって警戒もしてなかったし、なにかを害する存在じゃあないんだろう。


「──ッッ。関係ないわよそんなの!魔獣は魔獣、白も黒も無ければ、つける気もないっ!魔獣って名前の灰色なら、討たなきゃいけないのよっ、アタシは!」

「テメェ⋯⋯」

「そうじゃなきゃ、アタシは⋯⋯だから、どいてよぉっ!」


 しかしシュラは違った。

 もはや悲鳴に近い絶叫をあげながら、悲壮感に顔を崩して、剣を振る。

 軌道は腕にめがけて。がむしゃらながら、そこに殺意もなければ普段の冴えもない。ただの威嚇に過ぎない事は、俺にでも察せた。


「⋯⋯チィッ、凶悪ッ!!!」

《んふ。はーい、モードオフっと》


 だからこそ黙って斬られちゃいけない。確実にアイツのきずになっちまう。

 呼び掛けた名に応えて指輪から鉄パイプへと姿を変えた凶悪で、俺はシュラの剣を受け止めた。

 でも、それが失敗だったと知るには、俺はあまりに無知だった。


「────アンタ、いまの。その、武器。まさかっ」

「っ。やっぱりか」

「⋯⋯あァ?これがどうかしたのかよ」


 シュラの動きは止まった。

 けれどその紅い目は、俺の手の凶悪を前に、グワンと揺れて。

 まるで手痛い裏切りを貰ったかの様なシュラの反応に、クオリオの息を飲む台詞さえ妙に遠く思えて。


「⋯⋯なんでよ。なんでアンタまで⋯⋯

 『白魔獣』を持ってるのよ⋯⋯ッ!!」

「⋯⋯⋯⋯は?」(⋯⋯⋯⋯は?)




《────んふ。んふふっ。あはははっ!

 あーあ、バレちゃったねー⋯⋯マ・ス・タ・ァ!!》 


 シュラの言葉に真っ白になった俺の思考を、凶悪の愉しげな声が埋め尽くした。



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