073 シャム・ネシャーナの実力
なんだか想定外過ぎる意地の張り合いが起こった、明くる日の昼下がり。
俺達はシドウ隊長引率の元、欧都付近の石橋に訪れていた。本隊所属のメインは魔獣討伐。つまりは俺達レギンレイヴの『初任務』という訳である。
「⋯⋯橋、見事なまでに壊れてやがんな」
「一週間前の大雨で氾濫したらしい。欧都付近なだけあって使用頻度も多いから、早急な工事を手配しなければならないって話だけど⋯⋯」
「ゴロゴロと。虫みたいに湧く連中ね」
皮肉さを帯びたシュラの言葉通り、橋の周りは魔獣で溢れていた。
大体三十匹くらいか。魚みたいな奴からコルギ村で見た小さい人型、更には狼っぽい奴まで。レパートリーも豊かなこった。
「ゴブリンにサハギン、オークにウルフってとこ? うーん、全然大物居ないじゃん!せっかくクオっちにウチの実力見せつけてやろーってのに!」
「姉さん、油断しちゃだめだよ?」
「フン。精々足元を掬われないようにするといいさ」
《んふふ、バチバチだねー。こういうギクシャクもよきよきぃ》
(歪んでんなぁ、凶悪さんや)
本日も人の脳内で絶好調な凶悪さんだったが、いうほど深刻な溝って感じじゃないよな。意地の張り合いみたいなもんだし。
「此度、私は手を出さぬ。お主らだけで事を為してみよ」
「ほぉう。まずはお手並み拝見って訳か?」
「フ。試金石にしては物足りぬ、といったところか。しかし隊とは一丸、連携が命となる。互いがどういう力を持ち、どう足並みを揃えるへべきかを把握せぬままに荒波に出せるほど、貴様らはぬるま湯離れが出来ているかな?」
「⋯⋯言うねェ。クク、上等だ」
連携云々に関しては納得。けども建前の奥には「この程度の任務、軽くこなせないなら期待外れ」という挑発があった。
良いね。良い塩梅で気合を入れてくれるもんだ。
「──レギンレイヴ、始めんぞ!」
「ああ」
「ん」
「はいっ」
「あいさー!」
試される状況こそ燃えるってもんだ。
気炎を吐いて武器を取り、俺達は初任務を達成すべく魔獣の群れへと躍り出たのだった。
(よっしゃぁあ!! しれっと仕切って副隊長っぽいポジションいただきぃ!)
《うっわ汚い。流石マスター、きたない》
凶悪さんや。
言ったもん勝ちって、素敵な言葉だと思わんかね。
◆
開戦の狼煙的発言をし、さりげなくリーダーシップを発揮してるように見える俺の主人公的頭脳プレイが炸裂した。かに思えた。
しかし実際に開戦の狼煙を上げたのは、驚くべき俊足でもって一番槍をぶんどった猫娘であった。
「にゃっはァァァァァッッ!!!」
【gobu!?】
猫めいた叫び声をあげ、スカイブルーカラーの少女が魔獣の群れを蹴散らしていく。蹴散らす、ってのは比喩じゃない。文字通り吹っ飛んでいた。
「さあさあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい!これぞ天下無敵のシャムちゃんのぉ、超絶パゥワーアタックだぁぁぁい!」
さながら古代中華の武将の如き名乗りは、可憐な少女があげるにはあまりにもギャップがある。でも名乗り以上にギャップを感じさせるのは、シャムの右手に握られた武器だろう。
それは大人ひとり分はありそうなほどに大きい鉄球が付いた、鉄棍だった。
並の人間じゃ持ち上げるだけでも叶わない鉄の塊を、あろうことかシャムは片手でぶん回しているのだ。
「⋯⋯あの鉄球を振り回すたァ、どんな馬鹿力してんだよ」
「⋯⋯非常識だ。振り回すって、片手で?どういう腕力をしているんだ。滅茶苦茶だ。詐欺にでもあった気分だ」
「あれで常人以上に速く動けるんだからね。面食らう気持ちは分かるわよ。アタシも最初見たときは目を疑ったわ」
「にゃーっはっはっは!!」
冗談みたいな光景だが、魔獣からすりゃ冗談じゃ済まない。
ブンブンと襲い来る暴力の塊は受け止めることすら許さず、魔獣達は次々に黒い煙と化していた。
魔獣達もまともに戦える相手じゃないと判断したんだろう。一匹一匹ではなく、一斉に黒い影達はシャムへと飛びかかった。
「一斉攻撃? ふふん、甘いね?甘いよ!飛んで火に入る夏のなんたら! 喰らえっ⋯⋯『ハリケーンストーム』!!」
しかしシャムは待ってましたとばかりに瞳を輝かせ、鉄球を持ったまま身体を駒のように高速回転させる。軸は身体、遠心するのは鉄の大玉。
瞬く間に文字通り暴力の嵐となったシャムへと、飛び掛かった夏のなんたら達がどうなるのか。もう、言うまでもなかった。
というかね。というかね!
(おおぉぉ!?なんてロマン技だ⋯⋯かっけー!)
《うわぁ、ダッサい》
(えっ)
《え?》
えっ。かっこよくない?ハリケーンでストームだよ?
技名叫んで大技繰り出すとか浪漫じゃん。何いってんだコイツ、みたいな反応はよしてくれよ凶悪さん。
「ふ、ふふふ、どうだぁ、この大技⋯⋯!見たかぁ、クオっち!これがウチの実力だよ!⋯⋯うえっぷ」
「⋯⋯僕はいつからサハギンタイプの魔獣になったんだい?」
「⋯⋯目、回したのね。だからあんまりその技使うなって言ったのに」
思わぬ方向性の違いを感じている間に、シャムは思わぬ方向を指差し、ドヤっていた。お目々をグルグルと回しながら。
お、おう。なんだこの、凄いんだか凄くないんだか微妙なパワー系少女は。あれか。これがいわゆる脳筋か。
【Gieee!!】
【wol--fff!!】
【gobuuuu!!!】
「うう、フラフラすりゅう⋯⋯」
「っ、まずいぞ。あいつ、囲まれてるじゃないか!」
「はあ。もう、世話が焼けるんだから」
しかも急にピンチに陥ってるし。
なんというか、ポテンシャルは高いけど、その分、自分のポテンシャルに振り回されがちな奴なんだろう。頭を抱えるシュラを見れば、良くも悪くもシャムがどういう娘なのは伝わった。
とはいえ呆れてる場合じゃない。酔って顔を青くしてるシャムの為に、俺達も急ぎ助けに向かおうとしたんだが。
それより速く、詠うようなソプラノが響いた。
「『はやく、はやく、お帰りなさい』」
ソプラノは背後から。
振り返れば、いつの間にか白いシルクのエプロンをかけたリャムが、竹箒で地に陣を描きつつ呪文を唱えていた。
「『貴方の家に。私の胸に』──『シルキーの献身』」
「⋯⋯およ?」
その詠唱が完成した途端、シャムの身体が一瞬ピタッと止まったと思えば。
次の瞬間。
「のわぁぁぁぁぁぁ!!!」
見えない手に引っ張られるように、シャムは宙を飛んでいた。しかもギューンって擬音が出そうなくらいに高速で。
「ぶぺっ!?」
そして最前線から最後方へ。リャムが竹箒で描いた魔法陣へと、シャムはぼてっと落とされた。
「あたたたた。あ、ウチ助かった?助かった!ありがとーリャム!」
「もう⋯⋯あんまり無茶しちゃ駄目だよ、姉さん」
「めんごめんご!」
(今のって⋯⋯リャムの魔術か?)
《へえ。"黄色の中級魔術"だね。あれで姉ちゃんを引き寄せたんだ。やるじゃん妹ちゃん!》
リャムが唱えた『シルキーの献身』。
凶悪の注釈を交えれば、あの竹箒で描いた陣が触媒ってことなんだろう。
そうか、リャムは黄色の魔術師なのか。そんでもってあの咄嗟の判断力。姉は姉で目を見張るほどの前衛能力持ちと来てる。
ふーん。ほーん。なるほど。
(⋯⋯やっべえ)
拝啓、女神様へ。どうもお久しぶりです主人公です。
新たな味方が有能過ぎて、俺の出る幕が無くなるピンチかもしれません。
どうしよ?
どうしよ!
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