067 手には鉄塊、この背に光
聖欧都から見れば小さく些細な、けれど俺個人からすれば大きな動乱にも一応の決着はついた。
ルズレーを倒したあの後のこと。
シドウ教官が寄越した隊員達によって、貴族派とルズレー達は拘置所へと連行された。大多数で一人に対して暴行を働いたんだ、決して軽い罪じゃない。
特にあのパエリア野郎は改竄教唆に贈賄とかの罪で、相応の罰が降る可能性が高いらしい。少なくとも騎士称剥奪は確実だってさ。それと、ルズレーとショークも相当な処分を受けると思う。ルズレーがああいう行動を取ったのは俺が原因だし、正直複雑な気持ちだった。
(ま、俺の罰もまるっきり免除って訳にはいかないんですけどね⋯⋯)
《そりゃあ依頼受けたのは事実だからね。一週間の謹慎と反省文十枚だっけ?》
(ああ。謹慎はいい。けど反省文はきっつい。俺、マジで文章書いたりすんの苦手なんだよ。あぁぁ、国内逆立ち十周とかのがよっぽどマシだった⋯⋯)
《マスター⋯⋯バランス感覚おかしいよ、色んな意味で》
清さとはつまり公平さともいえる。
清職者という異名持ちのシドウ教官は、俺の罰を見逃してくれるほど甘くなかった。まあ、騎士称剥奪よかだいぶマシにはなったけど。
ともあれ、解決は解決だ。
終わってみれば思うところも省みるべき事も色々あったけど、少しばかり肩の荷が降りたってもんだ。
えっちらおっちら寮への道を帰りつつ、ホッと胸を撫で下ろす。
そんな俺に、弱った声が真後ろから囁かれた。
「⋯⋯笑えばいいでしょ」
「あァ?」
声の主はシュラである。はい、そうです。俺は現在シュラをおんぶして歩いていてます。
というのも、シュラはどうやら闘いの際に足の骨にヒビが入っていたらしく、治療魔術を施しはしたものの痛みが残っているんだとか。
疲弊もあってフラフラ歩くシュラを見てられず、俺が無理矢理背負ったという訳である。
「何を笑うってんだ?」
「言わせる気?この
「あァ!?なんでそうなんだコラァ!」
「うっさい。近いんだから怒鳴らないでよ」
「⋯⋯お、おう」
帳の降りた夜の道。背負う男と背負われる女。それ以外には誰もいない。クオリオも医務室までは一緒だったんだけど、やることがあると言って姿を消した。なんかニヤニヤしてたけど。
(⋯⋯うーむ)
《さっきからマスター、色々考え事してるっぽいけどさ。ひょっとしてぇ、ムラムラしてたりするぅ?》
(え?怪我人相手に欲情する訳ないだろ。そんなのヒーローの風上にも置けないし)
《⋯⋯えー、つまんなーい。枯れ過ぎだよマスター》
(知らんがな)
なんで凶悪が不満そうなんだよ。
いや、確かに背中越しに伝わる感触とか太腿の感触とかやべえよ?でも怪我してるし、そもそもシュラはライバル枠だし。
「笑わないの?」
「だから、なにをだ」
なんて風に脳内漫才してると、しおらしいシュラの声がまた降ってくる。そこにいつもの気の強さはほとんど見当たらない。
今のシュラは、まるですぐにでも消え入りそうな小火だった。
「⋯⋯だ、だって。アンタを助けるって言って、ひとりで突っ走って、勝手にピンチになって。しかも肝心のアンタはクオリオにとっくに助けられてて」
「⋯⋯あァ?」
「それで、めでたくこうしてアンタのお荷物よ。最後の最後までなにも出来ないで。みっともなくて泣けてくるわ」
「⋯⋯テメェ」
「だから、いっそ笑ってよ」
言い切って、耳元で喉鈴が転がる。かすれたような自虐の笑みだった。
なにも出来なかった。それが悔しくて虚しくて、堪えてしまっているんだろう。背の重みがシュラの気持ちに引きづられて増した気さえする。
《あらら、面倒くさい女だねえ。いっそ放り捨てて罵っちゃえば?この役立たずめ、ってさ》
(はいはいお黙り凶悪ちゃん。良い子はもう寝る時間帯だぞ)
《ちょっ、子供扱いはんたーい!》
(じゃ、大人なレディは静かにしてような。空気読もうか空気を)
《むー。なんか、マスターに言われるのは納得いかない》
(ひどい)
そりゃ俺だって空気読むの下手だよ。
上手い言葉を探せるだけの、幅のある人生を送れて来た自信はない。でも俺の為に必死に頑張ってくれた奴に、なにもしてやれずに終わるのは嫌だった。
主人公以前に。ヒーロー以前に。
熱海憧としても。
「面倒くせえ奴だな」
「⋯⋯」
「俺は結果主義じゃねえ。至るまでの過程にもこだわってる。あん時の医務室でもそう言ったろうが。忘れたか?」
「⋯⋯覚えてる、けど」
だから、気持ちだけは伝える。
上手い言葉を見つけられずとも。
伝えようとする言葉が捻れても。
一字一句に込めた熱だけは届いてほしい。
せっかく、こんなにも近くに居るんだから。
「ハッ。"だったら"、俺がテメェを笑う訳ねえだろ」
「⋯⋯」
「んな事すら分からねえなら、馬鹿はテメェもだ。ばーか」
「⋯⋯あっそ」
変な激励もあったもんだと我ながら思う。
でも言いたいことは言ったし、これ以上言う事もない。
だからこの話はここでおしまいだと。返事も待たずに、俺は再び歩き出す。
「⋯⋯じゃあ、あたしもアンタと同じでいいわよ」
響いたのか。伝わったのか。
人の気持ちに
けれど、振り向いてまで確かめる気にはならなかった。
「ねえ。さっきから歩くの早いわ」
「あァ?」
「揺れるから。痛みに響くの」
「⋯⋯仕方ねえな」
注文に答えるように緩めた歩速。
それに少しだけ微笑んだシュラの声は、さっきよりも明るい。
「⋯⋯うん。じゃあ、このままゆっくり。ね?」
「⋯⋯ケッ、偉そうに」
首元から胸元へと回されたシュラの腕。
支えを欲しがるように俺のシャツを掴む手の爪が、月光に触られて白く輝く。
「ヒイロ」
「んだよ」
「なんでもない」
「⋯⋯そうかよ」
眠りについた夜の片隅で。
返したばかりの黒リボンが、視界の隅でひらりひらりと揺れていた。
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