065 君想フ声
「ヒイロ⋯⋯ど、どうしてアンタが此処に⋯⋯」
「ハッ。そりゃ俺の台詞だろうがよ。勝手に覚悟完了して飛び出して、やっと駆け付けた頃にはンなザマと来てやがる。随分とらしくねえなァ、シュラさんよぉ?」
「う⋯⋯」
正直な話、心底ホッとした。
だってこの状況、どう見たって間一髪だ。色んな意味で。けどこれもまた主人公補正ってやつだろう。
なんせ主人公ってのは大概、間が良い生き物だからな。
ま、今回ばっかは補正の恩恵だけじゃないけどさ。
「選手交代だ。ちっと休んでろ」
「ま、待ちなさいよ。いくらアンタでも一人じゃ⋯⋯」
「問題ねえよ」
平気だとアピールすべく、トントンと凶悪で肩を叩く。
その際、シュラのやられっぷりに脳内でなにやら言及してるけど、一旦無視する。だって、目の前の悪党達をいつまでも放置する訳にもいかないだろうし。
「答えよ。何故、懲罰房に居るはずの貴様がここに居るのであるか」
「あァ?ンなもん出して貰ったからに決まってんだろ?」
「なんだと!?誰がそんなことを⋯⋯!」
ま、驚きはごもっともだよ。そもそも俺だって、あのまま大人しく沙汰を待つつもりだったし。
だから俺の処分が必要以上重くされてるんだ、って言われた時には驚いたよ。ほんとよくもやってくれたなパエリア野郎め。
「ハハッ、ひとりでノコノコと来やがって。だから間抜けってんだよっ、テメェは!」
狼狽えるパウエルに気を取られていたからか、気付いた時には眼の前にビリビモスの鱗粉が舞っていた。
ショークか。いつの間に。とことん姑息な奴だなこいつは。
「詠唱破棄──『シルフの戯れ』」
かつて苦しめられるきっかけとなった鱗粉を前に、不思議と身構えることもなかった。
油断じゃない。信頼してたからだ。そんな期待に答えるように金色の雨を阻んだのは、俺より後方から飛来した風の刃だった。
「なっ⋯⋯この風、どっから!」
「油断大敵、ね。そっくりそのまま君に贈ろう」
「て、テメェは⋯⋯いつぞやの、ヒョロガリ眼鏡!」
「品性の欠片もないネーミングだな。けど、それでいい。生憎、君みたいな輩には名すら呼ばれたくないんでね」
そう、俺はひとりで現れた訳じゃない。
頼りになる友人を引き連れて、此処に来ていたのだ。
「おうクオリオ、遅ぇぞ」
「君が速すぎるんだ。なんだそのデタラメな脚力は⋯⋯それに迂闊過ぎるぞ。わざわざ敵中に突っ込む奴があるか!」
「そのおかげでギリギリ間に合ったんだろ。ガミガミ言うんじゃねえよ、小姑か」
「くっ⋯⋯一度、道に迷いかけた癖に。この方向音痴め」
けどやっぱりクオリオは辛辣だった。懲罰房で散々説教した癖にまだ言い足りてないっぽいし。
でも俺が懲罰房が出られたのは、紛れもなくクオリオのおかげだった。
「お、おのれぇ⋯⋯だが一体どうやって。見たところ貴様も所詮は騎士候補生であろう。その小僧を釈放する権限などありはしないはずである!」
「ああ、当然僕にそんな権限はない。だからこそ然るべき人を説得して、然るべき人にも力を借りたのさ。例えば僕の姉⋯⋯リーヴァ・ベイティガンとかにね」
「は⋯⋯!?」
ああ、そりゃ開いた口も塞がらないよな。
あのキツそうなモノクル美女が、まさかのクオリオのお姉さんだったとは。クオリオが、リーヴァさんと『もう一人』を懲罰房に連れて来た時はビビったもんだ。
どうにも一連の話を聞いたクオリオが不審に思って、リーヴァさんに直談判に行ったらしい。そしてクオリオの説得に折れたリーヴァさんが、今回の処断を決めた審問官に問いただし、あっさり白状したと。
おかけで俺は晴れて無罪⋯⋯という訳にはならなかったけど、騎士称剥奪は間逃れた訳だ。いやぁ、持つべきものは頭の良い友達って奴だよ。
「そして僕はヒイロほど無鉄砲で無計画じゃない。然るべき手は打たせてもらったよ、騎士オードブル」
「ど、どういう意味であるか⋯⋯?」
「────まったく。己を磨くことに時間を割かず、いつも悪事ばかりに知恵を回す。そしていざ悪事を為す時は、決まってこの場所を選びたがる。訓練生時代からの癖も変わらんな、パウエルよ」
「ひっ⋯⋯シ、シ、シ、シドウだとぉぉぉ!?」
クオリオの打った手とは、あまりに強力な援軍要請だ。
リーヴァさんと同様に事態の再確認をするべく、クオリオが懲罰房に連れて来た人物。それはあのシドウ教官だった。
「ヒイロ・メリファー。クオリオ・ベイティガン。本来ならばこの場を収めるのにお前たちの手を借りる訳にはいかぬのだが、事情が変わった。ある程度、任せて良いだろうか?」
「了解です、教官殿」
「そのパエリアはテメェにくれてやる。煮るなり焼くなり好きにしな」
「ま、ままま待てシドウ!!は、話せば分かるのである!」
「問答無用だ。ベイティガン団長補佐官殿より貴様には捕縛の命が降りた。生憎だが、"我が国の民を護るべく戦った若人を捕えた時よりも"、今の私は遥かに士気が高い。覚悟せよ、この痴れ者がッッ!!」
「ひいいいいっ!?!?!」
あの並外れた慌てよう、パウエルにとっちゃ教官は天敵なんだろう。詳しくは聞けなかったけど、どうやらシドウ教官はパウエルと関わりがあるらしい。
というのも、そもそもシュラが旧校舎に居る、と予測出来たのはシドウ教官のおかげだった。
実はあの格子越しの密会、シドウ教官は気付いていたんだとか。その上で見逃してくれたみたいだけど、シュラが旧校舎方面に駆けていくのを見て不審に思ったらしい。
で、今回の経緯とパウエルの勧誘の話を説明した際に、シドウ教官が言ったのだ。シュラに危機が迫っているかもしれないと。
(今回ばっかりは周りに助けられっぱなしだったなぁ、俺)
《今回は?今回も、の間違いでしょ?あの村でのボクの助力はノーカンってこと?わぁ、所有した途端にそれってマスターったら冷たいんだぁ!》
(あー、はいはい。毎度毎度助けられっぱなしですよ、ええ。ってことで、今回も頼むぜ凶悪)
《んふ。しょーがないなぁ》
そんでこの凶悪さんですよ。すかさず自己主張する辺り、もしかしたら俺と凶悪って似たもの同士かも知れないな。
ま、人の縁ってのは持ちつ持たれつだ。助け合い精神でいこうじゃない。
とはいえ持たれっぱなしじゃ格好つかないから。
主人公として。ヒーローとして。
かつてのヒイロ・メリファーとしても、やるべきことをやらなくては。
なぁ、ルズレー。お前もそう思うだろう?
「おう。久しぶりじゃねえか、ルズレー坊ちゃん」
「ヒイロ⋯⋯!」
しばらく見ない内にとんでもない目付きをするようになった因縁に、告げる。
「こっから先は、俺が相手になってやるよ」
お前の悪巧みは、俺が終わらせてやる。
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