064 月が晒した彼の悪意は。


 所詮は烏合の衆。何人集まっても誠に強きものには敵わない。

 そんな理屈を押し付けるにも限界はある。


「そらそらそらっ!さっきまでの威勢の良さはどうした!」

「くうっ⋯⋯!」


 歯噛みするしかない。

 相手は総勢十一人。パウエルの呼んだ増援は、シュラを致命的に追い詰めていた。

 個々の力はどれもシュラには及ばない。しかし数が多過ぎた。

 魔術、剣、槍、弓。反撃すら潰すほどの攻撃の物量に、シュラは防戦一方を強いられていた。


「あははは!不様なダンスじゃないか、ええ?所詮平民、そんなステップじゃ男のエスコートにも応えられないぞ?」

「卑怯者が、アンタはなにもしてない癖にっ!」

「これは粛清だ!僕はお前という身の程知らずを躾ける為の場を用意した。十全たる功績を果たしてる!卑怯者呼ばわりはいただけないなぁ、じゃじゃ馬め!」

「なにが仕事よ⋯⋯全部アンタの逆恨みの癖に!」


 よってたかって数の暴力を押し付けているだけの男が、なにを誇らしげに胸を張るのか。

 

「よく言ったセネガル卿。そう、貴族とは存在そのものが貴ばれしもの。平民ごときが楯突いて良いはずがない」

「騎士社会などクソ喰らえだ。相応しき者が然るべき地位に君臨するから社会は回る。その理屈をしかと刻みつけてやろう」


 しかし彼に。否、彼らに恥と思うことなどない。むしろ正しい行いなのだろう。自分を尊ばない下賤な輩など、彼らにとっては無価値でしかないのだから。


「調子に乗るなァァァァァッッ!!!」

「なん──ごほっ!?」

「ネギダッタ卿!?こ、このブス!平民の分際でよくも我ら貴族に⋯⋯」

「さっきからうっさいのよ厚化粧」

「ぶぺっ」


 だが黙ってなぶられるアッシュ・ヴァルキュリアではない。迂闊に近付いていた貴族に剣の柄を叩き込み、更に口喧しい女貴族も蹴りの一撃で黙らせる。受けた侮辱の分、顔を踏んで置くのも忘れない。


「おのれい、よくも!諸兄、合わせよ!

 『おどけ、遊べ、バラバラに』」

「『歌え、歌え、青き水面よ』」

「『燃やせ、燃やせ、赤のはじまり』」


 二人を昏倒させられはしたが、生じた隙は大きかった。

 シュラの反撃は一瞬の煌めきに過ぎないのだと知らしめるべく、悪辣達は一斉に唱える。


「『シルフの遊戯』!」

「『ウンディーネの詩』!」

「『イフリートの爪』!」

(まずい⋯⋯!)


 緑の刃。赤の爪。青の奔流。

 同時に放たれた三色の魔術は到底受けられるものではない。

 即座に飛び退き回避するシュラ。しかし大多数を相手に立ち回り続けた疲労に、動きの冴えは奪われている。


「かはっ」


 そして魔術着弾の余波により、シュラの身体は壁に叩きつけられてしまった。



 




「は、はは、ようやく膝をついたな!」

「クフフ。やはり平民が偉大なる貴族に勝てる道理など無かったということである」

「キッヒヒヒヒ!あのアッシュ・ヴァルキュリアさんが目も当てられねーほどズタボロたぁな!そそるじゃねえか、誘ってんのかぁ?」

「う、ぐ⋯⋯」


 背中を襲う衝撃が抜けない。

 呻きながらも立ち上がれないシュラを見て、ルズレー達は醜い勝鬨が上がる。

 度重なる攻撃により衣服が千切れ乱れたシュラの姿に、ショークは下卑た笑みを浮かべていた。


「ふざ、けんな⋯⋯誰があんたらみたいなの相手に⋯⋯!」

「つくづく可愛げのないアマだぜ。そんなざまになってもまだ抵抗するつもりかよ」

「生憎ね、例えどんなに惨めになっても、アンタらに愛想振り撒くぐらいなら死んだ方がマシよ⋯⋯!」

「⋯⋯ケッ。気に入らねえな、テメェもよぉ!」

「あぐっ」


 満身創痍ながらも気丈に振る舞う、シュラの赤き瞳が気に入らなかった。既視感があったのだ。どこぞのデクと同じ強き者が放つ光。

 ショークに肩を蹴り抜かれ、呻くシュラ。だがそんな彼女を、もっと暗き感情を宿して見下ろす男が居た。 


「愛想ね。ふん、なにを清純ぶっている。アイツをたらし込んだ売女ばいたに言えた台詞か!」

「⋯⋯?」

「あいつは愚鈍だが、僕に刃向かえるような男じゃなかった。古来より男を変えるのは女だ。お前があいつを誑かして、あんな風にしたんだろ?」

「アンタ、なに言って⋯⋯」

「──全部お前のせいだと言ってるんだっ!」


 突然に弾けたルズレーの様相に、辺りはシンと静まり返った。

 呆気に取られたのはシュラだけではなく、ショークも、パウエルも、増援に来た貴族達も、誰もが豹変したルズレーを見た。

 だがルズレーは止まることなく、火がついたように更にまくしたてる。


「あいつは従順だった。常に僕の後ろに居て、僕の言うことならなんでも従う奴だった。それが変わったんだ。急に、前触れもなく!」

「⋯⋯なんの、話よ」

「とぼけるな!お前があいつに何かしたんだろう!洗脳のユーズアイテムか?それともその下品な身体で籠絡したか!卑しい身分の分際で、僕の手駒を奪い取りやがって。この魔女め!」


 さながら断頭台にて魔女を断罪するかのような糾弾だった。

 お前のせいでヒイロは変わった。しかしシュラにはまるで意味が分からない。

 シュラが初めてヒイロに会った時から、彼は彼だった。それにあの強固な精神が、自分に関わっただけで大きく変わるとも思えなかった。


「だからお前を痛めつけて、知らしめる。僕に逆らうことの恐ろしさを。裏切ることの間違いを!そうすればアイツだって目を覚ますさ⋯⋯!」

(なんなのよ、こいつ。さっきから、様子が⋯⋯)


 シュラからすれば、ルズレーの言葉は全くもって支離滅裂である。自分を痛めつけて、ヒイロが変わるはずなどない。見当違いもはなはだしい。


「さあ、あいつを返して貰うぞ⋯⋯!」

「ふざ、けんな⋯⋯!」


 本物だった。ルズレーの歪んだ執着も。シュラを屈させればヒイロを取り戻せるという盲信も。

 しかしシュラとて誓ったのだ。アイツにも、自分にも。

 ヒイロ・メリファーは必ず自分が救ってみせると。だからこそ、こんな所でルズレー相手に敗北する訳にはいかなかったのだ。


「約束、したのよ。アタシが救ってみせるって。だから、アンタ達なんかに負けてらんないのよ⋯⋯!」

「ぐおっ、このアマ、まだ動きやがるか⋯⋯!」


 気力を振り絞り、ショークを払い除ける。

 衝撃で痺れる身体を、それでも無理矢理に立ち上がらせる。


「ふん。この状況で、まだ僕たちに勝てると思ってるのか?」

「⋯⋯当たり前よ。"アタシだって"、アンタ達に勝つまでは、終われないのよ──!」


 正面には卑劣の群れ。ここからはもはや足掻きにしかならないほどの絶対的な不利。

 それでも、剣を構える。心に芯を通す。

 いつか見た背中を"なぞる"ように。

 シュラは前を向く。挑むべき死地を見定めるように。


 しかし。


「──えっ」


 死地へと挑まんとするシュラをさえぎったのは、なぞったばかりのたくましい背中だった。



「ったく。どっかで聞いたような啖呵たんか切りやがって。いつからそんなに熱くなりやがったよ、冷血女」



 そう。どうか忘れることなかれ。


「よう下衆共。こんな寂れた場所でずいぶんと盛り上がってるじゃねえか」


 暗い世界にこそ、まばゆく光が射し込むように。


「な、なんで⋯⋯」

「て、テメェは⋯⋯!」

「ば、馬鹿な。なぜ貴様が此処に⋯⋯!」


 救うべく者の危機にこそ。


 英雄の詩は響き渡るのだ。



「あァ?何故だと?

 ハッ⋯⋯ンなもん決まってんだろ、パエリア野郎が!」

 


 英雄に憧れる、今はまだ唯の一匹の雄。

 されどその佇まいは、既に威風纏いし赤き勇壮。

 

 

「────この俺が、ヒイロだからだ」


 

 ヒイロ・メリファー 見参。




 




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