061 貴方は私が救うから

《ねえ、マスター》

(なんだよ凶悪)

《いや、ほんとーにあれで良かったの?マスター、騎士じゃなくなっちゃうんでしょ》

(まあ、そうだろうな)

《ボクは納得いかないけどなぁ。あの女だけって所が特に》

(なんでだよ。シュラは元々反対してたんだ。一緒に来てくれたのも俺一人じゃ不安だったからだって言ってたし)

《それはさっきも聞いたけど⋯⋯マスターはなんでアイツだけ、とか思ったりしないの?》

(しないって。むしろアイツの罪が軽くなったんならいい事じゃね?)

《⋯⋯はぁ。これだよ。マスターをマスターにしたの、ミスったかなぁ》

(ひどい)


 拝啓女神様へ。出来立ての相棒が早くも俺をあやまちにしようとしています。泣きそう。

 外はすっかり陽が落ちた夜。シュラだけはせめて、と思った俺の証言が凶悪は気に入らないらしい。

 でもさあ、仕方なくない?実際依頼受けたの本当に俺だし。嘘ついてどうすんの。主人公的にも、あそこはああ答えるのがベストだと思うけど。


《はぁ。それにしても、いつまでここで放置されるのかなぁ。マスター忘れられてない?》

(いやそんな、俺ほど存在感あるやついねーだろ)

《んー。確かに思考と言動のちぐはぐさとか、行動自体は強烈だけど、いまいちこうステータスとか外見がパッとしないよね》

(えっ)

《黙ってるマスターはなんか普通にそこら辺に居そうだもん》

(なっ⋯⋯なぁっ!?)


 おいおい。おいおいおい。

 なにを仰る凶悪さん。こんな主人公捕まえて。

 くそっ、シュラとかクオリオと比べると華がない自覚があるだけに今のは刺さった。だからだろう。凶悪に対しての反論は、思考だけでは収まり切れなかった。


「誰がモブだコラァ!俺ァヒイロになる男だぞ!」

「ずいぶん大きい独り言ね。アンタは最初っからヒイロでしょうが」

「!?」

《おっと》


 つい叫んだら、まさかの人物からまさかの返事がまさかなとこから返って来たよ。

 振り向いた先の、独房についてる鉄格子付きの窓穴。今の声は間違いなくここから聞こえてきていた。


「シュラ?!テメェ、なんでンな所に居やがる⋯⋯!?」

「馬鹿、声大きいわよ。静かにしなさいっ」

「お、おう。じゃなくてだな、どうしてそこに居んだよ」

「本部の地理に詳しい知り合いが居たのよ。探すのに少し骨が折れたけど、監視は殆どないみたい。騎士の怠慢に助けられるなんて、皮肉な話ね」


 つまりは懲罰房の窓に繋がる外に忍び込んでる訳だけど。クールな癖に結構無茶するよなこいつ。

 見つかったらヤバいのに、どうしてこんなとこまで来たんだか。今は方法よりも、シュラの目的が知りたかった。


「様子を見に来たの。さっきは格好付けたアンタが、今頃後悔してるんじゃないかって」

「あァ?してる訳ねえだろ。丁度これからの俺様の未来に想いを馳せていたところだ」

「冗談よ。相変わらず無駄に前向きね、アンタは」

(冗談かい。シュラが言うと冗談に聞こえないっての)

《ふん、冗談にしても性格悪いよねこの女》

(⋯⋯なんか凶悪、シュラに対して当たり強くね?)

《気のせい気のせい》


 凶悪の言葉が俺だけに聞こえる仕様で良かった。なんか折り合い悪そうだしこいつら。

 でもあれか。様子見にここまで潜り込むってことは、案外俺を心配してたのかもしれないな。シュラも可愛いとこあんじゃん。


「それにアタシに一方的に借りを作って、自己満足に浸られでもしたら腹が立つじゃない」

「あァ?」

「孤児院でアタシを助けて、ここでもアタシに有利な証言して。なによ、もしかしてアタシに惚れてるの?」

「阿呆かよ。仲間だから助けたまでだろうが。変なこと言ってんじゃねえ」


 あ、前言撤回。こいつ可愛くない。

 やっぱりライバルキャラということか、素直に感謝している訳じゃないらしい。ずいぶん捻くれた言葉に思わず俺もムッとしてしまう。


「知ってるわ。でも⋯⋯アタシは割と、アンタのこと嫌いじゃないわ」

「⋯⋯⋯⋯あ?」


 って、あれ。いや嫌いじゃないって。俺も別にシュラが嫌いって訳じゃないけど。

 急にしおらしい声色になったシュラに戸惑ってたら、なにやらヒラヒラとしたものが窓の格子越しに投げ渡される。

 なんだこれと手に取ってみれば、"リボン"だった。

 色は黒の布製。あの入団試験の折に拾った、シュラのリボンだった。


「それ、持ってて」

「このリボンは⋯⋯あン時のやつか。大事なもんじゃねえのか?」

「大事よ。大切だった人達から貰った形見だから」

「形見、だと⋯⋯だったら」

「あげる訳じゃない。押し付けてるだけ。ちゃんと後で返して貰うわ。だから、変なことに使ったら殺すわよ」

「使わねぇつってんだろ!」

「ふふっ」


 懐かしいやり取りを思い出したのか、珍しく年相応に弾んだ笑い声だった。

 でも待てよ。大切だった人達の形見って。そんな大事なもんをどうして俺に渡すんだよ。


「ヒイロ」

「あァ?」

「アンタは絶対、私が助けるから」

「シュラ⋯⋯?」

「だから、そこで待ってなさい」


 待て。なんでそんな覚悟決めたような声出してるんだよ。

 なにするつもりだお前。そんな問いかけに、シュラは応えない。


「シュラ!」

「⋯⋯⋯⋯また後でね」


 ただ一言の返事の後に、駆け出すような足音が遠ざかっていく。

 無理矢理に窓の格子にしがみつき、外を見渡す。けれどもうシュラはどこにも居ない。黒々とした闇の中に、足跡だけが吸い込まれていく。


(⋯⋯なにしようってんだよ、シュラ)


 べったりとした夜空に浮かぶ月が、少し赤みを帯びていて。

 なぜだか、胸騒ぎが止まらなかった。

 


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