060 主役達の奔走
「はは、そんな馬鹿な。依頼請負の罰則は重いけど、なにも剥奪なんて。冗談だろ?」
「冗談なんて言えるはずないでしょ⋯⋯」
足元が不確かでさえあった。
シュラが告げたヒイロへの処分。クオリオにとっても、簡単に受け止められるものではない。
きっとなにかの冗談だ。そうであるはず。そうに違いない。
しかし眼の前で俯くシュラの表情は、種明かしを期待するにはあまりに暗かった。
「本当に⋯⋯剥奪なのか?いくらなんでも罰則が重過ぎるぞ!な、なにかの間違いじゃないとか⋯⋯そもそも、ヒイロが剥奪処置を下されたなら、なんでキミだけが此処に⋯⋯」
「そんなのアタシが知りたいわよッ!!アイツだけ主犯に仕立て上げられて、アタシは巻き込まれただけの扱い?だから謹慎程度で済ませる!?こんな馬鹿げた処置を、団長補佐官筆頭もみすみす受理して⋯⋯ワケ、分かんないわよッ」
「⋯⋯⋯⋯」
冗談であって欲しかった。けれども聞いたこともないシュラの慟哭は、その事実に彼女が打ちのめされている証だ。
嘘だと思いたい気持ちよりも、聡明な頭脳が導き出す。
ヒイロは騎士団から追放されるという事実を。
ようやく暖かくなったばかりの
「ごめん。八つ当たりして悪かったわ。でも、少し⋯⋯放っておいて」
「ぁ⋯⋯」
クオリオの優秀な頭脳をも埋め尽くす衝撃と困惑。立ち直れない間に、灰色の少女が去っていく。街並みの陰りに呑まれ行く背に伸ばした腕は、宙を掴むだけだった。
「⋯⋯称号剥奪だって?」
独り残されたクオリオが呟く。ヒイロに下されたあまりにも重い処分。けれどもそれが返って、クオリオに多くの疑問をもたらした。
(おかしい⋯⋯依頼請負で称号剥奪なんて、現地で余程の被害を起こさない限りくだらない罰だぞ。それが即日に検討されたって?しかもそれを補佐官筆頭⋯⋯"あの人"が受理しただって?)
仮に剥奪処分がくだるほど被害を出したなら、シュラの態度も妙だ。自分への悔いより、理不尽な処遇に困惑しているように映った。
それに処理がスムーズ過ぎる。罪が重ければ重いほど事実確認と精査は必要なはず。なのに剥奪処分が即日即決。このスムーズさに、どうにも違和感を抱かずにはいられなかった。
(⋯⋯確かめなくては)
使命感にも似た想いで、クオリオは騎士団本部ヴァルハラに向けて駆け出した。
(勝手に謝って勝手に筋通して、挙げ句勝手に居なくなるなんて⋯⋯そんなの、僕は絶対許さないぞっ)
いつかの夜に押し付けられた分厚い本を拾い上げ、強く胸に抱き締めながら。
◆
「最低ね」
寮部屋に帰宅するなり、備え付けのベッドに寝転がったシュラの第一声だった。
懲罰房の硬い床も、不潔な臭いも薄暗さも此処には無い。けれどあそこに居たときよりもずっと最悪の気分だった。
「⋯⋯恩に報いろだなんて言ってくれるわ。だったらアタシが一番に報いなきゃいけないのは、ヒイロじゃない」
恩義がない訳じゃない。でも報いたいと真っ先に想う相手は、仄暗い独房に閉じ込められたままだった。そして彼は騎士じゃなくなる。あれだけ努力していた男が、夢を折らなくてはいけないのだ。
「なのになんでアタシは、なにもできないのよ⋯⋯!」
その傍らで、自分だけがのうのうと赦される。
シュラにとって最低で最悪で、残酷な現実だった。けれどもこの不条理を覆す妙案が思い付かない。
修羅には闘う力しかないのだ。あれほど
「⋯⋯アンタだけに辞めさせるもんか」
だから決意だけは固めていた。
騎士職を辞してヒイロを追いかける。今回の一件で疫病神扱いされるかも知れないが、
騎士となれば魔獣の情報が多く手に入り、討つ機会も増える。復讐の炎を燃やす薪をより多く得られるからこそ、彼女は騎士になったのだ。今更惜しくなどない。
「アンタだけ独りにさせるもんか」
なによりこのまま彼を独りにしたくなかった。
否、本当は独りになりたくないだけなのかも知れない。
入団試験の時に見た、他とは違う焔の意志を。
祈りの家から去り行く時に背に感じた、あの重みを。
このまま遠ざけて終わるのは、嫌だった。
だからヒイロが騎士を辞めるのならば、自分も。
無力感に苛まれながらも揺るがない決意を硬める、そんな折だった。
「シュラ姉、帰って来てる〜?」
「⋯⋯シャム?」
返事を待たずして寮部屋の扉を開いたのは、毛先だけが桜色に染まった青髪ミドルヘアーの少女であった。
錠前付きの赤いチョーカーを首に巻いており、桜と青が瞳の色が不思議ながらも快活な印象を与えた。
「わはぁ!おっかえりー!ひさびさのシュラ姉だ!」
「ちょ、ちょっとシャム⋯⋯急に飛びついて来ないでよ」
「ごめんごめん。つい嬉しくなっちゃってさぁ」
「ついじゃないわよ全く⋯⋯」
元気の塊ともいえるシャムを当初は鬱陶しがったシュラだったが、折れたのだろう。『シュラ姉』と呼ばれる頃にはもう、シャムを厭うことはなくなっていた。
「ねえねえ、ご飯行かない?シュラ姉が居ない間、積もる話もあってさぁ〜」
「⋯⋯ごめん。ちょっと今は、気分が良くないのよ。少し一人にしてくれない?」
「ええぇぇぇ⋯⋯」
シャムの悲嘆っぷりは罪悪感を大いに刺激したが、それでも今は食事を楽しむ気分にはなれなかった。
青桜の瞳を潤ませ気持ちを訴えるが、シュラの態度は変わらない。渋々納得し密着状態から離れたシャムだったが、はたと思い出したように懐をまさぐった。
「あ!忘れてた、シュラ姉に渡さなきゃいけないものがあったんだった」
「⋯⋯アタシに?」
「そうそう。寮母さんがシュラに渡して欲しいって頼まれたものらしくて、そこをすかさずウチが任されたのさ!はいこれ!」
「⋯⋯手紙?」
差し出されたのは、一通の手紙だった。シャムが大雑把にしまったせいか少し
不思議に思いつつも、シュラは手紙に目を通す。
「────え」
差出人の名前はない。内容も僅か。
けれども記された内の一文に、シュラの時はピタリと止まった。
『ヒイロ・メリファーを助けたいか?』
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